表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/85

第五十三話

 瞬のお父さんに結婚が認められて身の危険が無くなった後も、相変わらずビュヴール通いは続いている。

そして、今日は天鼠部長も一緒だ。

他のお客さんが帰った店内は、興味津々で天鼠部長に話を聞く美華の声に包まれている。


「それで、やっぱり人の血を吸うの?」

「いえ、今は禁止されています。」

「今は人を襲う事はしないんだ。」

「昔と違って、今は輸血パックという便利な飲み物がありますから。」

「なら、輸血パックがお弁当になるの?」


美華の質問に、天鼠部長が苦笑いをしている。


「いいえ。私は混血なので、人間と同じ物を食します。私にとっての血は、人間で言うところの嗜好品ですね。」

「嗜好品?」

「ええ。お酒や煙草みたいなものです。必ず必要ではありませんが、楽しみとして飲むものですね。」


やっぱり、天鼠部長も血液は飲むんだ……


ドイツに行った時、美味しそうに輸血パックを飲んでいたエルザさんを思い出し、食欲が萎えてくる。


「ん?紫、どうかした?今日はあまり飲まないんだね。」


美華が心配して話し掛けてくる。


美華は血を飲む話を聞いても、平気なんだね……


「だ、大丈夫……お客さんも帰ったし、カウンターへ行ってくるね。」

「若様と一緒に居たいって言えばいいじゃん♪素直じゃぁないね!」


からかうように送りだす美華に苦笑いしながら席を立つと、後片付けをしている瞬の前に座る。


「紫、どうかしたか?」

「うん……血液の話がね……」


瞬は何かを思い出したように、苦笑いした。


「もしかして、また飲むという話か?」

「正解……もう、思い出しただけで、気分悪くなりそう……」

「まぁ、もののけの習性であれば、咎める事も出来ぬしな。」

「そうなんだけどね……」

「お疲れ。」


思わずカウンターにうっ潰した私の頭を、労うように瞬がポンポンとしてくる。


「もののけって、そんな話を聞いても平気なの?」

「まぁ、種族によっては人を襲う者や死肉を食らう者もおるからな。人間よりは平気であろう。」

「そっか……」

「その手の話が苦手ならば、何故今宵は吸血鬼を連れて来たのだ?」

「それがね……瞬がいる飲み屋を紹介して欲しいって言われてね。何でも正体を知られているのが、かえって気が楽みたいよ。」

「なるほどな。」

「それに、あの笑顔って、有無を言わせて貰えないところがあるから断れなくて……会社の女の子に見られちゃったから、明日からみんなの目が怖いんだよね……」

「我と恋仲だと言えば解決するであろう。」

「そんな簡単に行けばいいけど……」


それはそれで、色々と言われそうだもん……


はぁ……と大きな溜め息をついて、カクテルの残りを飲み干した。





 翌日の昼になり、作った筈のお弁当がバッグの中に無い事に気付く。


「あれ?確かに入れたのに……」


バッグをごそごそといじっていると、天鼠部長が声を掛けてきた。


「日向さん、どうしましたか?」

「あっ、いえ……大した事では……」


咄嗟に壁を作るものの、天鼠部長は更に追い討ちを掛けてくる。


「……お困りのようでしたら、ランチがてらお話をお聞きしますよ。」


だから、それを避けたいから、わざわざお弁当を作ったんだってば……


「そこまでして頂かなくても……」

「私も色々聞きたい事がありまして、可能ならご一緒願いたいのですが。」

「い、いえ……」


うっ……周りから様子を伺う女の子達の目線が、グサグサと突き刺さる……


どう切り抜けようかと頭をフル回転させていると、オフィスのドアが、バン!と勢いよくよく開いた。天鼠部長も一緒にそちらを見ると、他の部署の女性が血相を変えて私の所まで走ってきた。


「日向さん!す、凄いイケメンが!」

「ん?イケメンがどうかしましたか?」

「ひ、日向さんに会いに!」

「えっ?」


しどろもどろの女性を宥めながら、詳しい話を聞き出そうとすると、トントンと天鼠部長に肩を叩かれた。


「日向さん、彼氏さんがいらっしゃいますよ。」


……へっ?


もう一度開けられたドアに目を向けると、微笑みながらヒラヒラと手を振る二次元イケメンの姿があった。


「瞬!ど、どうしたの!」


急いで瞬の元へ駆け寄ると、瞬は私が作ったお弁当を掲げる。


「ほら。弁当を忘れておるぞ。紫はそそっかしいな。そこがまた可愛いのだが。」


そう言って、コツンと私の頭に軽く拳を当ててくる。端から見れば、完全に仲良し同棲カップルに見えるかもしれない。


もしかして、これをする為に、お弁当を抜き取った?


疑念の目を向けるものの、瞬はニコニコと笑顔を絶やさない。


私を助けるつもりかもしれないけど、返って余計な詮索が始まりそう……


とは言え、瞬の演技を無駄にする事も出来ず、ペコリと軽く頭を下げる。


「あ、ありがとう……」

「我も紫が残してくれたおかずを詰めてきた故、一緒に食べぬか?」

「あ……それは……」


断ろうと言い掛けた声に、天鼠部長の声が被さってきた。


「ミーティングルームでしたら、特別に許可いたしますよ。」


天鼠部長……余計な事を……


「おお!それは助かるな♪」

「あはは……ありがとうございます……」


瞬が満面の笑みで答えて、私は苦笑いを浮かべる。

話が落ち着いたと見たのか、遠巻きにしていた女の子がおずおずと天鼠部長に話し掛けてきた。


「あの……天鼠部長は日向さんの彼氏さんと、お知り合いですか?」

「ええ、色々と秘密を共有する仲です。」

「そんなに仲が良いんですね~!色々と納得です♪」


何を納得したのやら……


「で、では、ミーティングルームをお借りします……」


そそくさと瞬の背中を押して、オフィスを出た。





 「はぁ……びっくりしたよ……」

「これで、紫も肩の狭い思いをせずに済むであろう。」


悪びれる事なく、瞬がサラッと答える。


やっぱり、その為か……怒るに怒れないじゃん……


「まぁ、助かったよ……」


お礼を言うと、瞬は何を勘違いしたのか私の肩に手を回してきた。


「ちょっ!ここは会社なんだけど!」

「会社で無ければ良いのか?」

「そういう問題じゃぁ無いから!」


瞬から離れようとすると、瞬の腕に力が入り、余計に身体を密着させて耳元に顔を近づけてくる。


「しっ……こちらを伺っておる者がおる。ここでバレれば、誤魔化しが水の泡となるぞ。」


そう言われると、抵抗する事も出来なくなる。


「わ、分かった……」


ここは諦めて瞬に従っておこうと、小声で返事をする。だけど、瞬には別の目的があったようだ。


「仕方ない。牽制しておくか……」

「えっ?何か言った?」


小声で何かを呟いた瞬に聞き返すと、瞬は立ち止って私の髪の毛を耳に掛けてきた。


や、ヤバいっ!これって!


チュッ♪


警戒するものの一歩遅く、素早く瞬がついばむように唇を重ねてきた。


「ちょっ!瞬!」


ガバッ!と瞬から離れて睨みつけるけど、瞬は何食わぬ顔で笑っている。


「はは!紫は恥ずかしがり屋であるな♪」

「もうっ!会社でする事じゃぁ無いから!信じられないっ!」


そして、昼から何故か隣の席の男性先輩がいじけていた。

女の子達からは、

『何処であんなイケメン見つけたの?』

『合コンセッティングして!』

『天鼠部長と仲がいいのは、彼氏と知り合いだったからなんだね♪安心したよ!』

『お弁当を持って来るって事は、同棲してるの?』

と、天鼠部長との仲を疑われなくなった代わりに、あらゆる質問や依頼をされる羽目になった。


これはこれで疲れる……


そして、瞬との別れは、突然やってきた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ