第五話
「どうぞ……」
シャワールームから出た後、お茶を入れて、コトッとちゃぶ台の上にマグカップを置く。
「紫、ありがとな♪」
「いえ……どういたしまして……」
ゴクッと音を立てて、美味しそうにお茶を啜っている銀髪の二次元イケメンに、恐る恐る尋ねてみる。
「あの……」
「ん?何だ♪」
「あなたは何者なの?」
「我の名は瞬だ。」
「瞬ね……じゃなくて!素性を聞いているの!」
「神様であるぞ♪」
こいつ、頭がおかしいぞ……絶対にクスリやってるだろ……
「……で、その神様が何故?」
「すまぬ、すまぬ、ちょっと話を盛ってみただけだ。正確には神様の代わりに願い事を叶える神使であるぞ。」
「盛り過ぎでしょ……」
「だって、紫が素直に信じるとは思わなくってな♪」
「……それで?」
「あっ、スルーしたな!」
「いいから続きを言って!」
「紫は、おこりんぼさんであるな♪」
瞬はちょん!と人差し指で、私のおでこを突いてくる。
イケメンの笑顔だ……ま、眩しい……じゃなくて、こんな頭がイカれた奴、まともに相手をしたら駄目だ……
ふぅ……と、深く息を吐き出して、冷静を保つよう努める。
「で?その神様の使者がどうしてあんな所にいたの?」
「いやぁ……願い事を叶えるのが面倒になってな。」
「何で?」
「だって、お金持ちと結婚したいとか、イケメンの彼氏が欲しいとか、くだらない願い事ばっかりでな。」
こいつ……サラッと毒を吐いたな……
「お金持ちになるよう自分が頑張る事もせぬ、自分が減量して綺麗になる努力もせぬのにイケメンがいいとか、他力本願過ぎだと思わぬか?」
うっ……正論過ぎて反論出来ない……思い当たるフシがあるし……
「……それで、どうしたの?」
「で、面倒になって仕事サボったみたいな?」
「うん。」
「で、親父が怒ったみたいな?」
「うん……」
「勘当されたみたいな?」
「何、他人事みたいに言ってんのよっ!」
勘当された放蕩息子かよ……
「んで、神社追い出されて、ウロウロしてて、食べ物が無くて弱ってたらカラスに襲われて、紫に助けて貰ったってところであるぞ♪」
「子狐ちゃんを助けた筈なんだけど……」
「だって、それ、我だしな♪」
「そうみたいね……」
あまりにも現実世界からかけ離れ過ぎて、理解が追い付かない……そもそも子狐が人間になるって事は、質量的にも無理でしょ……
いや……深く考えた方が負けだ……
「怪我が治ったら、神社まで送るよ。何処の神社なの?」
「愛好稲荷神社だ。」
「嘘っ!恋愛成就でめちゃめちゃ有名なところじゃん♪」
だから、境内でエッチする不届き者がいるんだね……
「紫もお願いしたい事があるのか?」
「そりゃ、イケ……」
だ、駄目だ……さっき、他力本願って言われたばっかりじゃん……
「紫、どうしたのか?」
「と、特に無いっ!」
「そうか?でも、何でみんなそんなに恋愛したいのであろうな……」
瞬は頬杖をついて、形のいい唇からため息を漏らしている。
「瞬って、恋愛した事無いの?」
「営みの経験ならあるが、双方が適当に楽しめば良い事だ。恋愛なんぞ、ただの子孫繁栄行為であろう?」
身も蓋もない考え……これは、勘当されるわ……
「その……最終形はそれかもしれないけど、もっと違うものだよ。」
「違うもの?」
「例えば、ドキドキしたり、フワフワっとしたり、キュンとしたりさ♪」
身振りも合わせて説明をすると、瞬はジト目を私に向けてくる。
「……紫こそ、恋愛経験無いであろう。」
「そ、そんな事無いよっ!」
まともな恋愛経験は無いけど……
「それに、恋っていうのは、気づけば落ちてるものなの!」
「えっ?何処だ?何処にあるのだ?」
瞬は急にキョロキョロし始めた。
「だから……落ちてるの意味が違うってば……」
愛好稲荷神社、いつかは行ってみたいと思ってたけど、行かなくて良かった……瞬が叶えるなんて、怖過ぎだわ……
「それより、いつまでここにいるつもり?」
「ん……勘当が解けるまで?」
「はぁ?いつになるかわからないじゃん!」
「だって、行くところ無いしな。これもまた運命であろう。」
「こっちも養うお金なんて無いの!努力しても叶わない事だってあるの!」
「紫、お金無いのか?」
「な、無いよ……悪い?」
「だったら任せなよ♪」
瞬はおもむろに新聞紙を取り出して、パチンと指を鳴らした。
って、新聞紙が札束に変わってるじゃん!
「す、凄っ!」
「これで、我はここに居れるか?」
「いや……それは……」
うっ!心が揺れるっ!
思わず札束を手に取り、パラパラと触ってみる。
ん……?お札番号が全部一緒……
「瞬……」
「ん?なぁに♪」
「これって、偽札だよね……」
「うん、本物じゃぁ無いな♪」
「ば、バカヤロ~!こんなモノ使えるかっ!」
き、傷が完治したら、絶対に追い出してやるっ!