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第四十八話

 陸さんの車に乗り込むとすぐに、瞬は手を繋いできた。


「な、何?」


不意に手を包み込むような温もりに、ドキッ、としながらも平静を装って尋ねると、瞬は私にだけ聞こえるよう声を潜めた。


「紫、今宵はずっと手を離すで無いぞ。何があるか分からぬからな。」

「うん……」

「我と恋仲という設定も、貫き通せよ。」

「何で?」

「バレる事があれば、父上は紫を幽閉しかねぬ。恋仲の設定を守れば我から離れぬと踏んで、人間界へ快く帰すであろう。」

「分かった。」


そして瞬は指と指を絡めるように、しっかりと手を握り直してくる。


えっと……恋人設定の為だよね……


頭ではそう理解しながらも、絶対に離さないと言わんばかりに力強く繋がれた手を、どうしても意識してしまう。

動揺を悟られないように窓の外へ目を向けて、到着まで流れる景色を見て過ごした。





 瞬と手を繋いだまま案内された妖狐族屋敷の大広間へ足を踏み入れると、宴席が既に設けられていた。さながら、盃を交わす反社会勢力の宴会のようだ。


うっ……前回も怖かったけど、みんなが無理して微笑みを浮かべている今回は、別の意味で怖いかも……


「紫さん、よく来なさった。まぁ遠慮無く座りなさい。」


前回は名前も聞こうとせず殺そうとした私に、瞬のお父さんはにこやかに席を勧めてくる。


な、何なの?この正反対の態度は……


握った手に少し力入ってしまったのか、瞬は大丈夫だと言うように、更に握り返してくる。

神経を研ぎ澄ませながら瞬に手を引かれ、瞬のお父さんが座る高座から一番近い席に座った。


「瞬、良くやった。高倉家の子孫を探し当てるなど、流石ワシの息子は目の付け所が違うと、感心しておった所だ。」


やっぱり、私を認めた理由はそこか……ってか、瞬を死んでも構わないとか言ってた癖に、調子良すぎでしょ……


心の中で突っ込みながら、なるべく顔に出さないよう努める。瞬のお父さんは満足げに瞬を誉めた後、今度は私に問いかけてきた。


「ところで紫さん、今、下の者に高倉の石を探させておるが、何せ見聞が少なくてな。どのような特徴なのか知らぬか?」


あっ……まだ私が勾玉を持っているって知らないんだ……


「それは……」


言い掛けたところで、何も言うなと言わんばかりに、繋がっている瞬の手に力が入った。言葉に詰まった私に代わって、瞬が説明をする。


「父上、紫はつい最近、高倉家の子孫だと知ったばかりであります。血筋である紫のお父上も亡くなっておる故、手掛かりは無いかと。」

「そうか。まぁ、今宵は硬い話は仕舞いだ。瞬と紫さんの婚約を祝して、一席設けた。ゆるりと過ごされよ。」


色々すっ飛ばして、いきなり婚約ですか……


瞬のお父さんの言葉に、益々不信感を募らせてしまう。

すると瞬は、私に安心するよう微笑み掛けた後、瞬のお父さんへ顔を向けた。


「父上、人間界では、ゆっくりと愛を育んでいく習慣があります。口付けさえも、三度目の逢瀬までは許さぬ程です。」


そして、優しい顔つきで、私の頭をゆっくりと撫でてくる。


し、心臓に悪い……この優しい顔は反則でしょ……


演技だと分かっていたとしても、本気で照れてしまう自分を呪いたい気分だ。思わず顔が熱くなり、隠すように俯く。それをフォローするように、再び瞬が口を開いた。


「父上、このように人間は恥ずかしがりやなところがある故、どうか焦る事無く、暖かく見守って頂きたい。」


それを聞いた家臣の方々から、感心するような溜め息が上がった。


「流石は若様だ。人間の口説き方も熟知しておられる。」


いやいや……兎狩りに誘われて、ドン引きしましたけど……


「一晩で千人切りの異名は、伊達ではありませんな。」


やっぱり、そうなんだ……


瞬の説明で納得したのか、瞬のお父さんは声を上げて笑っている。


「はは!そうか、そうか。ワシも孫見たさに、ちと急ぎ過ぎたようだ。手付けもまだのようであるが、それだけ仲睦まじいのであれば、心配無用であるな。」


だから、まだ手付けしてないって、何で分かるのよっ!


心の中で突っ込みを入れているうちに冷静さを取り戻し、賑やかな宴会が始まった。





 「ささ!若奥様も一見どうぞ。」


宴会が始まったと同時に、目付きの鋭い強面の家臣の方々が、ひっきりなしにお酒を注ぎにやってくる。その都度瞬が私の肩を抱き寄せ、お猪口を横取りして、ぐいっと煽っている。


「酔った可愛い紫を見れるのは、我だけの特権であるぞ。」


笑顔で牽制をする瞬に、家臣の方々は微笑ましいものを見るような目を向けてくる。


「若様、お熱い事で。若奥様さえ居れば、妖狐の繁栄は未来永劫間違い無しですな。」


完全にこの人達の中では、結婚が決まっているのね……しかも私は、利用価値があるとしか見られて無いし……


言葉の節々に現れる高倉家血筋への過大な期待に、複雑な心境に陥ってしまう。

その気持ちを払拭しようと大広間を見渡した時、ふと瞬のお父さんの正妻さんの姿が無い事に気付いた。


「ねぇ瞬。」


瞬の耳元に顔を寄せてコソッと話し掛ける。


「正妻さんは来られて無いみたいだね。」

「あぁ。自分の血筋を当主に入れられ無かった故、拗ねておるのであろう。流石に父上の決定には逆らえぬだろうからな。」


成る程……


顔を近付けて小声で話す私と瞬を見て、家臣の方々は何を勘違いしたのか、ニヤニヤしながら腰を上げた。


「若様、お二人の空気を読まず、失礼しました。何なら寝所も用意させますが。」


し、寝所?!ちょっと、それは……


速攻で否定しようとすると、すかさず瞬は私を止めるように抱き締めてきた。


「その心配は無用であるぞ。我と紫は心で結ばれておるからな。」


そして少しだけ身体を離したかと思うと、私の耳に髪の毛を掛けて素早く唇を重ねてきた。


チュッ♪


なっ!なっ!何て!


「ちょっ!瞬!人前で何て事を!」


恋人設定だから言い返せないと思って、ここぞとばかりにキスしてきたな!


恨めしそうに瞬を睨む私を、楽しそうに見ている瞬。その様子を目の当たりにした家臣の方々は、益々笑みを深くする。


「ははっ!口付けごときで、うぶな事よの~!」

「二人の熱気に当てられては、火傷してしまうな。」


家臣の方々はそう言い残して、別の人へお酌をしに私達から離れて行った。


も、もう……恋人の振りを止めたい……私の心臓が持たない……


お酒を一滴も飲んでいないのに火照る顔を自分の手で必死に扇いで、宴が早く終わらないかとひたすら願って過ごした。




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