第四十六話
「嘘っ……」
き、綺麗……
大妖狐の青白い狐火を纏った銀色に輝く美しい毛並みは、神々しいまでの光を放ち、見たもの全てが平伏してしまいそうな程の力強い目に、一瞬で魅了されてしまった。
これが、本来の瞬の姿……
「ガァーッ!」
大妖狐に変化した瞬が、おじいさんに向かってくる。
「くそっ!」
おじいさんは私を手放して、サッ!と向かってくる瞬を飛び避けた。すかさず大妖狐の瞬は飛び上がり、天井にいるおじいさんに襲い掛かる。おじいさんが手のひらを向けて赤い光の矢を放つものの、狐火に阻まれて瞬の身体まで届くことは無い。
「何なんだ、この獣は!」
す、凄い……まったく勝負にならない……
さっきまで圧されていた瞬なのに、今は低いうなり声を出しておじいさんの隙を狙い、圧倒している。
あっという間に追い詰められたおじいさんは、クローゼットの中へ逃げ込もうとした。
「お祖父様、どちらへ行かれるのですか?」
その時、エルザさんを肩に担いだ天鼠部長が、クローゼットの中から出てきた。
天鼠部長、生きてたんだ!
一安心する間も無く、おじいさんは天鼠部長に命令を出す。
「おお、丁度いい!あいつを殺れ!」
天鼠部長は相変わらず読めない笑みを浮かべて、おじいさんが指す大妖狐を見やる。
「……わかりました。おまかせ下さい。」
天鼠部長……どういう事?まさか本当に、おじいさんの下僕になってしまったの……?
上品な笑みを浮かべたままの天鼠部長は、おじいさんの命令に従うつもりなのか、瞬を見据えたままおじいさんの脇を通り抜けていく。
サクッ……
えっ?
手に銀のナイフを持った天鼠部長は、それを通り抜けにおじいさんに刺した。
「うっ、貴様……よくもこの私を……」
不意を突かれたおじいさんは、よろけながら床に倒れ込む。天鼠部長は笑みを浮かべながら、でも頬に一筋の涙を流しながら、おじいさんを見降ろした。
「お祖父様、何度も申し上げましたとおり、現在、人間を襲う事は禁止されています。」
「私が誰だか……分かっているのか……大公である……私を……」
おじいさんの声が途切れ途切れになっていく。
「ええ、もちろん存じ上げています。エルザの父であり、私の祖父でもあります。」
「何故……このような……」
「私は、幼い私の頭を大きな手で撫でてくれる、そんなお祖父様が好きでした。どうか、私の記憶の中の優しいお祖父様を奪わないで下さい。」
「……慧……」
おじいさんが、初めて天鼠部長の名前を呟く。その時、フッと事が途切れたように、おじいさんの目が閉じられた。
「天鼠部長……」
天鼠部長に恐る恐る近寄って、声を掛ける。天鼠部長は相変わらず読めない笑みを向けてきた。
「日向さん。祖父がご迷惑をお掛けいたしました。」
天鼠部長の笑顔には、涙の流れた跡がうっすらと浮かび上がっている。
何百年も慕っていたおじいさんを、もう一度自分の手で刺してしまうなんて、どれ程苦しい決断を下したのか……
「……おじいさんはどうされるのですか?」
「城に火を付けて燃やします。それで二度と復活できないかと……」
「天鼠部長はそれでいいのですか?」
「私は……」
天鼠部長は、少し言葉を詰まらせた。まだ、思い出の中のおじいさんが印象に強いのかもしれない。
「……私は日本で生活をしていますが、エルザの拠点はこちらです。先程のような状態のお祖父様の影響が強過ぎると、エルザが苦しむだけです。」
絞り出すよう言葉を紡ぐ天鼠部長は、静かに目を伏せた。
別の客室に移動し、みんなの怪我を治していく。特に天鼠部長の手の火傷が酷かった。
「これは、銀のナイフの影響ですか?」
「ええ。混血の私だから、この程度で済んでいます。エルザのような純血なら、触れる事さえも出来ませんから。」
吸血鬼が銀が苦手っていうのは、本当なんだ……
妙な感心をしながら、最後に人の姿に戻った瞬の傷を治す。
そして、瞬と天鼠部長は、城中にオイルを撒いた。古城の入り口に立ち、火のついた蝋燭を床に置くと、古城の中は一気に火の海となっていった。
「これで終わりね……」
業火に焼かれていく古城を見ながら、エルザさんがぽつりと呟く。
「そうですね……」
エルザさんの呟きに、天鼠部長も寂しそうに溢す。
「エルザはこれから、どうするのですか?」
「私はこのまま残って、組合に報告をしてくるわ。」
えっ?吸血鬼に組合なんてあるの?労働組合的な?
驚く私を気にすることなく、二人は会話を続けていく。
「ついでに、組合で結婚相手でも見つけて貰ってはいかがですか?」
「嫌よ。私は情熱的な恋に落ちるの。お見合いなんて冗談じゃぁ無いわ。」
組合って、結婚相談所も兼ねてるの……?
「慧こそ、日本では相手が見つからないでしょ。何なら私が探してあげようか?」
「いえ、結構です。」
「でも、人間は嫌だと言っていたじゃない。今度は子供がクォーターになるから、永遠に生きるのは自分だけになってしまうって。」
やっぱり吸血鬼って、不死なんだ……
「ですが、儚い相手だからこそ、良い事もあるかもしれません。」
そう言って、天鼠部長は、チラッと私を見た。
「何言ってんの。愛する妻と子供にまで先立たれてしまうと分かっていては、結婚できないでしょ。」
「そうですね。永遠に一緒に居られる相手が見つかるまでの間、日向さんいかがですか?」
いきなり天鼠部長に、微笑みながら手を握られる。
「へっ?な、何で私?」
「私の正体を知っている相手というのも、気を張らなくて済みますから。」
いや……さっき、相手が見つかるまでの間って言ってたよね……すごく失礼な事を言ってるって分かってる?
「ちょっと待ったぁ~!」
瞬が天鼠部長から私を引き剥がして、背中に隠す。
「何を言っておるのだ!紫は絶対に渡さぬ!」
そう言う瞬も、一度限りって考えだよね……
マジでこいつら、人を馬鹿にし過ぎっ!
「あのさぁ!天鼠部長も瞬も、私の中では有り得ないからっ!一度限りも繋ぎ扱いも、絶対に嫌ぁ~~っ!!」
私の叫び声は、夜更けのドイツの森に響き渡っていった。




