第四十五話
おじいさんの視線から私を遮るように、サッ!と瞬の背中が庇う。
天鼠部長も、説明に必死だ。
「お祖父様、今の時代は人を襲う事を禁じられております!」
「煩い!どけっ!」
おじいさんが手をかざすと、ヒュン!赤い光の矢が手のひらから飛び出し、天鼠部長の身体を貫いた。
「グッ……お、お祖父様、何故……」
天鼠部長が苦しげに崩れて、膝をついた。
「出来損ないの混血ごときが、この私に指図するなど、笑止千万!」
う、嘘っ……天鼠部長が……
「お父様!こちらをお飲み下さい!」
エルザさんが輸血パックを差し出している。だけど、おじいさんは受け取ろうとしない。
「このような紛い物を、大公である私に飲めと言うのか!」
「紛い物ではありません!正真正銘、人間の血液です!」
「目の前に新鮮な食糧があるというのに、邪魔立てをするな!」
苛ついたように叫ぶと、おじいさんがエルザさんの首に手を掛けた。
「お……お父様……」
エルザさんの顔が苦痛に歪み、手にしていた輸血パックが床へボトッと音を立てて落ちる。
このままではエルザさんが死んでしまう……そうだ!
銀のナイフを手にしている事を思い出し、エルザさんの首を掴むおじいさんに、思いっきり投げつける。
「紫!よくやった!」
投げつけたナイフをおじいさんが軽々とかわされてしまうけど、その隙に、エルザさんから離れたおじいさんに瞬がすかさず狐火を投げつけて更に引き離した。
て、天鼠部長は?!
天鼠部長へ駆け寄り、急いでお腹の傷を治す。
「天鼠部長、大丈夫ですか?」
「ご迷惑をお掛けし、申し訳ありません。恩を仇で返す真似は致しませんのて、ご安心下さい。」
天鼠部長は傷が塞がったと同時に立ち上がり、背中に黒い翼をはためかして、おじいさんと瞬の間に舞い降りた。
「ここは任せて下さい!狐くんは、日向さんを安全な所へ!」
「承知!」
瞬は天鼠部長の声に応えると、ひょいと私を横抱きにして隠し階段を駆け登っていく。
「瞬!私、走れるから!」
瞬の腕から降りようと声を掛けるけど、瞬は全く私を降ろす気配が無い。
「この方が早い故、紫はしっかりと我に掴まっておけ!」
「わ、分かった!」
階段を駆け上がる振動で落ちないように、ギュッ!と瞬に抱き付く。
その間にも残してきた天鼠部長とエルザさんが気になり、階段の下を見つめた。
「あの二人、大丈夫かなぁ……」
「無理であろうな。恐らく二人が本気で攻撃を仕掛ける事は、無いであろう。あの様子では、説得も難しい。」
「そんな……」
天鼠部長とエルザさん、二人が数百年もの間、慕い続け復活を願った相手に傷つけられるという現実に、心が痛む。
どうにかしてあの二人を……
「うっ……」
考え事をしていると、突然、瞬が苦痛に顔を歪めた。一瞬よろけるものの、すぐに私を抱えたまま、階段を駆け上がる。
「瞬!どうしたの!」
「我に構うな……紫は顔を引っ込めておけ……」
「な、何が……」
瞬の後ろに目を向けると、暗闇の中から赤い光の矢が飛んできた。
もう追い付かれたの?!
「瞬、もしかして何処かに矢が刺さったんじゃ……」
「良いから、顔を引っ込めろ!」
強引に顔を瞬の胸に押し当てられ、また瞬の苦しそうな声が聞こえてくる。
「ぐっ……!」
このままでは、瞬までが……そ、そうだ!
瞬の身体を、五分前の状態に……
心の中で唱えて、瞬の傷を癒す。
「紫、助かったぞ!」
傷が癒えた瞬は何とか階段を登りきり、客間に飛び込んだ。
「獣臭い……お前は獣か?」
隠し階段へ通じているクローゼットから一番遠い窓際に私を下ろした瞬は、背中に私を隠して、おじいさんの声が聞こえたクローゼットに身体を向けた。
……っ!
窓から差し込む月明かりが、瞬の背中を照らした。作務衣には数えきれない程の穴が空いている。
これ……全部赤い光の矢が突き刺さったの?なのに、そのまま走って……
そしてクローゼットからは黒い翼を背中にし、悠然と歩いてくるおじいさんの姿が浮かんできた。
「あの二人は?」
「私の下僕達の事か?殺しはしていないさ。私の為に、働いて貰わないといけないからね。」
瞬の問いかけに対して、世間話をするように答えるおじいさんに、憤りを感じる。
慕っている二人を、自分の娘と孫を下僕扱い……なんて酷い言い草……
「獣の血は、あの二人にくれてやる。後ろの娘を私に差し出せ。」
「そうはさせるか!」
瞬は臨戦態勢を取り、狐火をおじいさんに投げつける。
おじいさんはバサッと翼をはためかし、狐火を避けるように飛び上がる。
「紫……」
私にだけ聞こえるように、瞬が声を潜める。
「な、何?」
「我が相手しておる間に、逃げろ。」
「そんな……瞬を置いて行けないよ……」
「紫を庇いながらであると、あやつに勝てぬ可能性がある。言う事を聞いてくれぬか?」
「わ、分かった……」
そして瞬は、目の前の敵に意識を集中させる。
「くらえ!」
私を客間の扉に誘導するように狐火を投げては、おじいさんがそれを避けて赤い光の矢を放つ。
「獣風情が生意気な……」
扉まであと少しという所で、私達の作戦に気付いたのか、瞬だけに向けられていた赤い光の矢が、私に向けられてきた。
「危ないっ!」
咄嗟に瞬に抱き締められ、視界が真っ暗になる。
ドスッ!
瞬の身体を伝って、何かが突き刺さる鈍い音が聞こえてきた。
「し、瞬……?」
まともに赤い光の矢を受けた瞬が、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「早く……逃げろ……」
瞬が私を庇って……逃げる前に、瞬の傷だけでも……
苦しげな瞬の声に、一瞬迷いが生じる。その隙をついて、あっという間に後ろからおじいさんに拘束されてしまった。
しまった!
おじいさんは私の首に腕を巻きつけ、瞬から距離を取る。
「紫を放せ……」
睨み付ける瞬を嘲笑うかのように、おじいさんは私の首に回した腕に力を込めて締め付けを強くする。
「ほう。この娘は、お前の恋人か?」
「だったらどうする……」
「ならば、そこで恋人が干からびていく様を見ていろ。」
「そうはさせない……紫を放せ……」
おじいさんは瞬の言葉を無視して、私の首筋の匂いを嗅ぐように、くん、と鼻を鳴らした。
「おお、これは極上の匂いだ。」
ほ、本当に血を吸われてしまう……殺される……
死ぬかもしれない恐怖に、ガタガタと身体が震えてくる。
「大丈夫、あっという間に吸い尽くすから、すぐに意識は無くなるさ。」
もう……駄目だ……
成す術もなくおじいさんの手に顎を持ち上げられた時、瞬が満身創痍で立ち上がった。
「紫に触れるなぁ~~~!!」
えっ……?し、瞬?!
力一杯に叫び声を上げると、瞬の姿形がシュルシュルッと巨大な狐姿に変わっていく。
あっという間に瞬は、人の背程を越えるような、狐火を纏った大妖狐に変幻していった。




