第四話
うわっ!見た事も無いような、超絶イケメンだっ!
少しだけつり目、だけど、それを感じさせないような大きな目……無造作に着た作務衣から覗く引き締まった胸元……絹糸のように光沢のある美しく長い銀髪……
嫌味なくらい端麗な顔は二次元並み、いや、二次元からそのまま飛び出してきたような……
って、見惚れてる場合じゃぁ無いってば!
慌てて我に返り、声を上げる。
「だ、誰なの?!そこで何をしてるの?!どうやって入ってきたの?!」
「ん?」
銀髪の二次元イケメンが私に目を向ける。と、同時に満面の笑みで、ガバッ!と抱きついてきた!
「紫ではないか!我の命の恩人だぁ~♪」
「へっ?!ちょ、ちょっと!話がまったく見えないんだけどっ!」
少しだけ身体を離して、銀髪の二次元イケメンの美し過ぎる顔を私の顔へ近付けてくる。
「助かったぞ!対価は身体で良いか?満足するまで手付けで癒してやるからな♪」
て、手付けって、エッチの事だよね……
「……慎んでお断り致します。」
「へっ?だっておなごは皆、喜ぶものであろう?」
馬鹿ですか……この人は……
「好きな人じゃぁ無いと、嬉しく無いモノなの!初対面なんて有り得ないからっ!」
「へぇ~、我を見て抱かれたいと思わぬなんぞ、変わっておるな。」
あ、アホだ……こいつはアホだ……
開いた口が塞がらないといった状態で言葉を失っていると、銀髪の二次元イケメンは何かを思い出したように、ポン!と手を叩いた。
「そっか!すまぬ、すまぬ!」
銀髪二次元イケメンがパチン、と指を鳴らすと、ポン!という音を立てて一つの鞄が出てきた。
「これこれ♪この前、神社の境内で営みをしておったカップルが、お供えしていったものだ♪」
そう言いながら、鞄の中から何かを取り出す。
って、鎖が付いた首輪じゃん!鞭じゃん!手錠じゃん!
「人間の営みにはこれが必要であろう?すっかり忘れておったぞ♪」
変態だ……間違いなくアブノーマルだ!
「そんなマイノリティな趣味無いしっ!」
「えっ?人間は皆、使うものであろう?」
「そんなモノ、使わね~よっ!たぶん……」
美華にも内緒にしているけど、未だ経験無し……なので、完全否定出来ないのが悔しい……
「あれ?おかしいなぁ……いつも境内で営んでおるカップルは、必ず使っておるのだが……って、蝋燭が出てきたぞ。これはどのように使うのだ?灯り取りか?」
「知らね~よ……」
これは悪い夢だ……きっとそうだ……
「ならば、何かして欲しい事は無いか?何でも叶えてやるぞ♪」
「……今すぐ寝たい。」
「えっ?」
「今すぐ深い眠りにつきたいっ!」
「そんな事で良いのか?」
「こっちは徹夜で寝不足なの!」
「ん……承知した。」
銀髪の二次元イケメンが、パチン!と指を鳴らすと、急に眠気が襲ってきた。
「あれ……?」
「目を閉じて……」
促されて目を閉じると同時に、ふわりと抱きかかえられる感覚が……でも、目蓋が重たくて目を開けられない……
「おやすみ……」
そのまま心地よい温もりに包まれて、深い眠りについた。
「……うっ……く……」
その夜、誰かの苦しそうな声が聞こえ、ボーっとする頭で声のする方へ目を向けると、添い寝していた二次元イケメンが、うなされている。
まぁ、これも夢だよね……二次元イケメンが添い寝なんて……
そう思い、身体を向けて問いかけてみる。
「……どうしたの?」
二次元イケメンは汗をかいて、尋常では無いくらい苦しそうに顔をしかめている。
「……ごめん……なさい…………兄上……」
そっと二次元イケメンの頭を包み込んで、あやすように頭を撫でる。
「大丈夫だよ……何も怖く無いよ……」
すると、少しずつ二次元イケメンの顔が穏やかになっていく。
「ゆっくり、おやすみ……」
そのまま温もりを腕の中に閉じ込めて、もう一度目を閉じた。
翌朝、目覚ましではなく、朝の爽やかな日差しに起こされるのは久しぶりだった。あくびをしながら、温かい布団の誘惑と葛藤する。
「……ん……ふわぁ……」
昨夜は変な夢を見たなぁ……二次元イケメンが夢に出てきて、夜中もうなされていて……
もうちょっと寝ていたい……何だかふわふわで温かい……
ん……?ふわふわ?!
一瞬で目が覚める。
ガバッ!と布団を剥ぎ取ると、そこにはすやすやと眠る子狐ちゃんの姿があった。
「えっ?えっ?!えぇ~~~?!な、何で?!」
玄関に目を向けると、無惨にも金網が曲がり破損しているゲージが……
「駄目だ……頭の中が混乱してる……」
ま、まさか……夢は現実?昨夜の銀髪二次元イケメンは子狐ちゃん?
いやいや、そんな非科学的な事がある筈無い……それよりも、動物病院から借りたゲージは弁償だよね……気が遠くなりそう……
眩暈を覚えながらも久々の休日は、ガムテープで補修したゲージに子狐ちゃんを入れ、エキノコックス対策にシーツを洗ったり、部屋中の床を消毒液で拭き取る作業に追われた。
夕方になっても、子狐ちゃんに変化は無い。糞がついたゲージの底に敷いてある新聞紙を取り換えて、牛乳とソーセージを用意してあげる。
「やっぱり昨夜の出来事は、夢だよね~♪」
きっと寝不足で、脳が誤認識しただけだわ!
一安心しながら、今日もホットドッグもどきの夕食を頂く。
それからパジャマを用意して、シャワーを浴びる事にした。
「あっ!ボディソープが切れてたんだ!」
シャワールームで服を全部脱いだ後に思い出し、買い置きを部屋へ取りに行く。
一人暮らしってこういう時、何の遠慮も要らないんだよね~♪
裸族よろしく、すっぽんポンのままでシャワールームのドアを開けた時だった。
ガチャ!
「あっ!もう上がったのか?紫は意外と大胆であるな♪」
……へっ?!
声が聞こえた方に目を向けると、満面の笑みでベッドに腰掛ける、夢に出てきた銀髪の二次元イケメン……
「……………………」
思考回路停止……
「ん?どうしたのだ?」
銀髪二次元イケメンの問いには答えず、黙って後退りをしてシャワールームのドアを静かに閉める。
ガチャ……
……えっ?えっ?えぇ~~~?!
ちょ、ちょっと!ど~ゆ~事よっ?!ってか、全裸見られたっ!
「紫、どうかしたのか?背中流してやろうか?」
ドアのすぐ傍から、銀髪二次元イケメンの声が聞こえる。
「い、いや!間に合ってますっ!」
「そうか?」
「そ、それより……見た?」
「何を?」
「は、裸……」
「おう、全部見せて貰ったぞ♪」
嘘っ!は、恥ずかし過ぎじゃん!
「気にせずとも大丈夫であるぞ!紫も我の下の世話してくれたであろう♪」
それって、糞だよね?糞の始末の事だよね?!
「と、とりあえずすぐにシャワー浴びて出るから、入って来ないでよっ!」
「りょ~かいっ♪」
落ち着け……落ち着け……
シャワーを浴びながら、一人素数山手線ゲームを始める……
「2、3、5、7、11、13……」
そんな事をしている事態、冷静では無いのかもしれない。
無駄だとわかっているけど、ありとあらゆる現実逃避を試みた。