第三十九話
数日後、天鼠部長とのランチの順番が回ってきた。
「さぁ!お好きなランチボックスを選んで下さい!」
先日助けて戴いたお礼にと私が奢るつもりで、公園にあるキッチンカーが並ぶエリアへとやってきた。
「ふふ。では、日向さんのお勧めを教えて頂けませんか。」
天鼠部長はずらりと並ぶキッチンカーを見て、クスッと笑った。
やっぱ、庶民的過ぎたかなぁ……でも、私が奢れるのはこの辺りが限度だし……
まぁいっか!こういうのは気持ちの問題だしね♪
気持ちを切り替え、一軒のキッチンカーの行列に並ぶ。
「ここの鶏唐は最高ですよ!外はサクッとしてて中はジューシー、かに玉のあんかけがご飯によく絡んで、いくらでも食べれちゃいます♪」
「では、それを頂きましょう。日向さんも同じ物で大丈夫ですか?」
「同じ物ですが、今日は私がご馳走させて頂きます!」
お財布を取り出した天鼠部長を止めると、心底不思議な顔をされた。
「何故でしょうか。」
「この前、助けて頂いたお礼です。」
「いえ、レディを助けられたのは、私にとってこの上無い誉れです。日向さんが気にする事なんて何も無いですよ。」
そう言って、天鼠部長は優雅に微笑む。
うわわっ!完璧な英国紳士!
「で、でも、それでは私の気が……」
なおも食い付こうとすると、唇に指を当てられて、言葉を遮られた。
「お気持ちだけ受け取らせて頂きます。それに、私からお誘いをしているのに、レディに払わせる訳には行きませんから。」
か、完璧過ぎる……
「すみません、ご馳走になります……」
心の中で白旗を上げて、結局奢って貰う事になった。
公園のベンチに並んで座り、ランチボックスを一緒に頂く。
仕事の内容や不満が無いか、改善点はあるかなど、色々な事を聞かれた。
「プログラマーとライターの兼任は、大変ではありませんか?」
「大丈夫です。プログラマーとは言っても、開発部が作ったプログラムをベースに使いますし、難しい作業はありませんから。」
「そうですか。日向さんのボツになったストーリー案も、非常に面白く拝見させて頂きました。これからも期待していますよ。」
「はい!」
一人一人と親しくなると言うよりは、気軽な面談に近い感じだな……
そんな事を考えていると、天鼠部長は、ふと思い出したように声を上げた。
「そうそう、日向さんは不思議な石を持っていますか?」
「ゴホッ!」
思わず噎せてしまった。
「どうかしましたか?」
天鼠部長は私の背中を、優しく擦ってくる。
「だ、大丈夫です……」
って、何で天鼠部長が石の事を聞いて来るの?美華はもののけで見た事が無い種族だって言ってたじゃん!
お茶を一口飲んで、まずは呼吸を整える。
「……不思議な石って、どんな石ですか?」
うん……普通に答えてられているよね……
「すみません、変な事を聞いてしまいましたね。実は、パワーストーンに多少凝っていまして、何か珍しい石があればと思ったのです。」
「ぱ、パワーストーンですか……」
あぁ~、びっくりした……過剰に反応し過ぎかも……
「私はあまり詳しくは無いですね。ローズクォーツが恋愛成就とかで持っている方は時々見掛けますが。」
「そうですか。」
「私、食べ終わった箱を捨ててきますね!」
天鼠部長のランチボックスも受け取り、そそくさと席を立つ。
「ビンゴ……」
怪しく目を光らせた天鼠部長が呟いた言葉は、私の耳には届かなかった。
「うぅ……」
夕方、隣側のデスクに座っている男性先輩が、頭を抱えていた。
「どうかしましたか?」
心配になり声を掛けると、ガシッ!と肩を掴まれた。そして絶望に染まった顔を向けてくる。
「日向、よく聞いてくれた……」
「な、何ですか?」
怯みながらも、返事をする。
「実はなぁ……天鼠部長に、明日までに仕上げろって言われたんだ……しかも、にっこりと笑いながらだ……」
「えっ?締め切りはまだ先ですよね?」
「前にアップデートした時にエラーを起こしただろ?それで早めに仕上げて、最終確認の時間をたっぷり取れと……」
「成る程……」
そういえば前の時は、鬼塚部長に激怒りされてたもんな……
「鬼塚部長は鬼だったけど、天鼠部長は悪魔だ!笑顔で徹夜を命令する悪魔だ!絶対に前の会社は、ブラック企業だ!」
「あは……あはは……」
に、苦笑いしか出来ない……
「それで、あとどれくらいですか?」
「これだ……」
見せられた資料を見て、絶句した。
これ、完徹でも終わらないんじゃぁ……
「頼む!日向!半分やってくれ!」
先輩は両手を合わせて、頭を下げてくる。
「はぁ、分かりました。その代わり私の締め切り前には、手伝って下さいね。」
「ありがと!感謝するよ!」
久々に徹夜決定……
絶望の淵から一転して満面の笑みを浮かべる先輩に、分からないようこっそりと溜め息をついた。
美華にビュヴールの断りを入れて、仕事に取り掛かる。
「先輩、このデータがサーバーに見当たらないんですが。」
「悪い悪い。すぐに移すよ。」
カチカチとキーボードを叩く音が、フロアに響く。
あ……眠たくなってきた……
終電も終わる頃になると、眠気が襲ってくる。コーヒーを飲んでも、焼け石に水の状態だ。
そんな時、警備員さんがフロアへやって来た。
「日向さん、ロビーにお客さんが来ているよ。」
「お客さんですか?」
こんな時間に誰だろう……
不思議に思いながら向かってみると、薄暗いロビーのベンチに見慣れた絹糸のような銀髪が揺れていた。
「瞬!どうしたの?」
急いで駆け寄り声を掛ける。すると、何とも呑気な答えが帰ってくる。
「一人で部屋におっても暇でな。」
「そんな事言われても、今夜は徹夜になるよ。」
「そうなのか?だが、人間は寝ないと体力が持たぬであろう。」
「うん。もうかなり眠たいけど、仕事が終わらなくてね……」
「ならば、三十分程寝るが良い。」
「駄目駄目。今寝たら、起きない自信があるもん。」
「大丈夫だ。我が術を掛ければ、一晩分の睡眠となる事も出来る。」
「えっ?マジで?」
こ、これが本当なら魅力的な誘惑……
「瞬……三十分したら、ちゃんと起こしてくれる?」
「おう、大丈夫だ。我に任せろ。」
自信たっぷりに言った瞬は、私をベンチに座らせて、パチン!と指を弾く。途端に強い眠気に襲われ、自然と瞼が落ちてくる。
「我に寄り掛かるが良い。」
肩を抱き寄せられる感覚が……
「……ありがとう……」
瞬はやっぱり優しいね……
言葉の続きは、紡げなかった。
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紫が寝入ったのを確認すると、瞬はゆっくりと紫の頭を自分の膝に乗せた。
「気持ち良さそうであるな……」
瞬は愛しいものを見るかのような優しい顔つきで、すっかり力が抜けた紫の頭をそっと撫で続ける。
その様子をロビーの天上から、一匹のコウモリが見つめていた。
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