第三十八話
翌日は美華の都合も付き、仕事が終わって一緒にビュヴールへ向かう。その道中、勾玉の話は漏らさないようにして、鬼塚部長の最期を話した。
「そんな事があったんだ……紫も大変だったね。」
「まぁね。」
「でも、何故鬼神族が人間界に居たのか、謎が解けたわ。」
「どういう意味?」
「昔ね、千年戦争ってのがあったらしくて、その時に鬼神族は一つの島に封印されたんだって。」
「へぇ~。」
鬼ヶ島……?だったら笑えるな♪
「それで、今は封印を解かれたんだけど、まだ人間界に出入りする事は禁止されているんだよね。」
「もしかして鬼塚部長は、島に封印される前に紅姫が封印したって事?」
「多分ね。」
紅姫は、それも見越して鬼塚部長を封印したのかな……
またしても難解な人間離れした話に耳を傾けていると、一人の女の子が私達の前を遮ってきた。
「ちょっとそこのあなた!話があるんだけど!」
女の子は明らかにお怒りの様子で、私を指差している。
「わ、私?」
何かしたっけ……でも、顔に見覚えが無いし……
美華が警戒して、一歩前に出る。
「あなたは誰?」
「そんな事どうでもいいでしょ!私はそこの高飛車なブスに用があるのよ!」
はぁ?高飛車なブスって、私の事?
そ、そりゃ美華に比べたら劣るし、単なる引き立て役にしかならないけど、初対面で言われる筋合いは無いもん!
言い返そうとすると、私よりも前に美華が攻撃を始めた。
「お前程度の顔に言われたく無いね!自分の顔を鏡で見てから言えよ、ブス!言いがかりを付けるな!」
み、美華……口が悪くなってるよ……
美華のような美人に言われては反論が出来ないのか、女の子は余計に憤慨してきた。
「何よ!この女の正体も知らない癖に、口を出さないでよ!」
「正体ってどういう意味よ!」
えっ?もしかして、高倉の血筋って事?こ、こんなところで大きな声に出されたら、ヤバいじゃん!
急いで女の子の口を塞ごうとするけど、それよりも前に女の子が声を張り上げてしまった。
「この女はね!イケメンの彼氏が居ながら、瞬くんにも色目を使う奴なんだよ!」
へっ……?
ピタッと、私と美華が固まる。
「どういう事?」
美華が小声で尋ねてくる。
「実は昨日、颯さんがビュヴールに来てね。」
「マジで?総大将様が?」
「うん。その時、一緒に飲んだんだ。」
「成る程ね。納得だわ……」
美華とコソコソ話していると、女の子は怒りをあらわにして、私に掴みかかってきた。
「もうあの店に、二度と行かないでよ!瞬くんに近付かないで!」
な、殴られるっ!
咄嗟に身構えると、誰かが女の子の腕を掴んで止めてきた。
「いけませんね。このような往来で。」
聞き覚えのある低音ボイスに目を向けると、天鼠部長が女の子の腕を掴んでいた。
天鼠部長は紳士的で上品な笑みを浮かべるものの、有無も言わせない雰囲気を出している。
「こんな可愛らしいお嬢様が、はしたない真似は止した方がいいですよ。」
天鼠部長に微笑まれた女の子は顔をポッと赤らめ、口調までも変えてきた。
「そ、そんな……お嬢様なんて……」
「とても素敵なお嬢様が争う所なんて見たくはありませんので、ここは引いて頂けませんか?」
「は、はい……」
あ……この女の子も私と一緒で、イケメンに弱いタイプだな……
天鼠部長に小さく手を振って小走りに走り去る女の子の背中を、哀れみの目で見送った。
「日向さん、大丈夫ですか?」
天鼠部長に話し掛けられて、ふと我に返る。
「助けて頂いて、ありがとうございます。」
ペコッと頭を下げると、天鼠部長は上品な笑みをより深める。
「いえ、大事な人を守るのは、当然です。また今度、ランチをご一緒しましょう。」
そして、華麗なターンを決めるように踵を返して、その場を去って行った。
「ちょっと!紫、あの人ハーフ系イケメンは誰なの?大事な人って、どういう事よ!」
美華が私の腕を掴んで、揺すってくる。
「いや、多分、大事な社員って事だと……」
「あんな人、紫の会社に居た?」
「鬼塚部長の後任で最近入って来た人なんだよね。」
「本当にそれだけ?ランチに誘われてたじゃん!」
言い訳をする私に、美華は疑惑の目を向けてくる。
「ランチは同じ部署の人達全員、一人一人と行くんだよ。」
「信じがたいけど……また紫のイケメン惚れ病が出たとか……」
美華のジト目が、突き刺さる……過去の恋愛事情を知られているだけに、疑惑が晴れない……
「本当に何でも無いから……赴任してまだ数日だし、まともに話した事も無いからさ。」
「紫の周りがいつの間にかイケメンだらけになっちゃって、そのうち本当に刺されそうだね。」
「うっ!嫌な事を言わないでよ……」
イケメンだらけと言っても、天鼠部長以外はもののけだけどね……
何だか腑に落ちないけど、私の周りには色々と危険があるらしい。
「会社の上司の顔は、もののけの種族で見た事が無いから大丈夫だと思うけど、一応気を付けてよ。」
「はい……気を付けます……」
美華の助言に、ただただ頷くだけだった。




