第三十五話
翌朝、紅姫からお願い事をされた。
「えっ?紅姫様のフリを?」
「そうなの。輿入れ先では、外への出入りが自由に出来ないらしいの。だから最後に、衛と少し出掛けたくて……」
胸がズキンと痛む。
きっと紅姫は、若い鬼塚部長を封印するつもりだ……でも、それは変えられない、変えてはいけない事実……
「……分かりました。」
「ありがとう!民の者が食べ物を持って来てくれる筈だから、それを私の代わりに受け取ってくれるだけで大丈夫よ!」
「それだけでいいのですか?」
「ええ、充分よ。輿入れ前に私が居ないとなると、都合が悪いのよ。」
そう言えば食べ物の差し入れは、紅姫が民を見捨てて逃げていないかの確認もあるんだよね……
側に控えている若い鬼塚部長も、心なしか昨日のようなピリピリした雰囲気は無い。きっと、紅姫脱出に私の存在は都合が良いと考えたのかもしれない。
そして二人は朝ごはんを食べた後、揃って出掛けて行った。
紅姫の着物を着て、子狐ちゃんと一緒に縁側へ座わり、紅姫の帰りを待つ。
「はぁ……あの二人、無事かなぁ……」
「無事とは言わぬな。結末は知っておるではないか。」
「そうなんだけどね……はぁ……」
どうやっても、溜め息は出てしまう。
「そういえば紅姫は、鬼塚部長との結婚は許さ……って言ってたよね。あれって、もののけとの結婚が許されていないって事かなぁ……」
「そうかもしれぬな。」
「それって、現代の私も……?」
言いかけて、ハッ、とした。
いやいや、別に瞬っていう訳では無くて!人間ともののけの区別がつかないしっ!知らずに結婚したら、マズイじゃない!
「……」
……瞬は、何て思ってるんだろう。
気になって、チラリと瞬を見る。
「そうか……我は、紫とは結ばれぬのか……」
その言葉に、胸がチクリと痛む。
「瞬……」
子狐ちゃんの頭に、そっと手を伸ばす。だけど頭を撫でる直前、瞬の言葉に手が止まった。
「勾玉が見つかる前に、一度営んでおけば良かった……」
……はぁ?残念がるのはそっち?!
頭を撫でる為に伸ばした手で、子狐ちゃんの首根っこを、ガシッ!と掴む。
「瞬……」
地を這うような声で名前を呼ぶと、持ち上げた子狐ちゃんは手足をバタバタさせて暴れ始めた。
「ゆ、紫!今のは、ほんの戯れだ!」
「ほう……二度とエロ発言が出来なくなるよう、永遠にその口を塞ごうか?」
「止めてくれ……勾玉を持った紫は、冗談では済まされぬからな……」
そろそろ日が暮れるという時に、紅姫は屋敷に帰ってきた。
「おかえりな……」
紅姫の泣き腫らした顔に、分かっていた事とはいえ、言葉が止まってしまう。
「す、少し気分がすぐれないので、部屋で休みます!」
紅姫はそそくさと、私の脇をすり抜けていく。私は紅姫の腕をガシッ!と掴み、引き止めた。
「鬼塚……いえ、衛さんを封印してきたのですね。」
私の言葉を聞いた紅姫は、目を見開いて驚いている。
「ど、どうしてそれを……」
「紅姫様に、お伝えしたい事があります。」
それから私達は、紅姫の部屋へ移動した。
「紅姫様、驚かないで下さい。私達は、今から約四百年後から来ました。」
「四百年後……」
紅姫は、信じられないといったように、目を見開いている。
「そして私は、紅姫様の子孫に当たります。」
「薄々、私と血が繋がっているとは感じていたけど、まさか子孫とは……」
少しずつ事態が飲み込めたのか、紅姫は落ち着いて私を真っ直ぐに見つめてきた。
「私は、衛さんの最期の言葉を、伝えに来ました。」
「衛……衛は、亡くなったの?」
「はい。私の時代に目覚めて、寿命を全うしました。」
「そうなの……さぞかし私の事を、恨んでいたのでしょう……」
少し俯く紅姫に、微笑みながら顔を横に振る。
「衛さんは最期、『紅姫……愛している……願わくば極楽浄土でも、貴女のお傍に……』と、そう言っていました。」
「衛が……そんな事を……」
紅姫の声が震えてくる。
「衛さんは四百年もの間、ずっと紅姫様の事を想い続けていました。」
「うっ……」
紅姫の瞳から、堪えきれなかった大粒の雫が零れ落ちる。
「紅姫様。どうか寿命を全うして、極楽浄土へ行く時には入り口で衛さんを待っていて下さい……衛さんもきっと喜びます。」
「うぅ……衛……私も愛してる……」
紅姫は顔を着物の袂で覆い、涙を流し続けた。
夜になり、自分の洋服に着替え、お別れを言う為に紅姫を探した。
「紅姫様。」
月明かりが射し込む縁側で、紅姫は座って空を見上げていた。私達に気付いた紅姫は、座るよう自分の隣に手を向けた。
「月が綺麗ですね。」
「ええ……ここから見る最後の月を、目に焼き付けておこうかと思って。」
「輿入れは、明日ですか?」
「そうなの。明日にはあの着物を着て、この家を出るわ。」
紅姫の隣に腰を降ろし、月を見ながら言葉を交わす。
「紫さん、ありがとう……衛の最期の言葉があれば、どんなに辛くても生きて行けるわ。」
「武家のお嫁さんは大変ですよね……」
「そうね。でも三人目の側室だし、すでに男児がいらっしゃるから、気は楽かもしれないわ。」
「さ、三人目?!」
驚きのあまり、紅姫に顔を向ける。紅姫は私が何故驚いたのか分からないようで、キョトンとして私を見た。
「どうしたの?」
「いえ、そんなに側室がいるなんて……」
「えっ?武家にしては、少ないと思ったけど……」
そ、そうか……武家って、男の子を人質に出したり、女の子は同盟の為に嫁に出したりするから、沢山子供が必要なんだよね……
「それに子供が沢山いる方なら、確実に高倉の血を残せるしね。紫さんに繋がると思えば、楽しみだわ。」
「ふふっ、そうですね。」
そして、紅姫に別れの挨拶をして、私と瞬は再び光に包まれた。
「ふぅ、やっと帰ってきた……」
光に包まれてやってきた場所は、私の部屋の中だった。
「って、いつまで抱きついてんの?」
時空を歪ませる前に離れないように抱きついたまま、到着しても離れない瞬を、ジト目で見る。
「ん……気のせいであろう♪」
はぁ……こいつ、離れる気が無いな……
「仕方ない。瞬だけを、戦国時代……」
「分かった!すぐに離れる故、止めてくれぬか!」
少し脅かすように呟くと、瞬は焦ったように私から離れる。
「ふふっ!いい能力を身に付けたかも♪」
「紫……迂闊な事を口にせぬよう、気を付けろよ。」
だよね……瞬の言う通りだわ……
突然舞い込んだ強大な力に戸惑いを隠せず、手に乗せた勾玉をじっと見つめた。




