第三十三話
「……紫、もう大丈夫か?」
涙も止まり呼吸も落ち着いてきた頃、子狐ちゃんが伺うように尋ねてきた。
頬に残る涙を拭い勾玉をデニムのポケットに入れて、ゆっくりと立ち上がる。
こんなに泣いたのって、お父さんが亡くなった時以来だな……
「もう大丈夫。でも、知っている人が目の前で亡くなるのって、キツいね。」
子狐ちゃんを抱き上げて洞窟の出口に向かうと、子狐ちゃんがしんみりと言葉を口にした。
「我も目の前で兄上が殺されておる故、紫の気持ちはよく分かるぞ。」
「えっ?お兄さんって、亡くなってたの?」
「あぁ。我が幼少の頃にかまいたちの襲撃があった時、我を庇ってな……」
「そっか……」
だから屋敷に連れて行かれた時、それらしい姿が見当たらなかったんだ……
「あれは、明らかに我を狙っておったが、代わりに亡くなったのは、兄上の方だったのだ。」
「えっ?瞬が狙われたの?」
「恐らくな。後から産まれた妾の子である我の方が妖力が高く、跡取りで我を推す意見があったのは知っておった。だが、我は兄上を尊敬しておったし、兄上が跡取りとなる事を望んでおったのだ。」
「もしかして、瞬を襲ったのは……」
「はっきりとは言えぬが、兄上を推す者達の仕業と睨んでおる。」
それって身内の仕業……だから瞬は誰にも弱みを見せないように生きて来たんだね……
「本当に、大変な世界だね……」
ヨシヨシと子狐ちゃんの頭を撫でる。
「何だ?慰めてくれるのであれば、寝所の上が……」
「エロ狐は黙ってろ!」
言いかけた言葉を即時に遮る。
最近、瞬のエロ発言阻止までの秒数が、早くなったような気がするわ……
洞窟を出て沢で泣き腫らした顔を洗うと、気分的にも徐々に落ち着きを取り戻してきた。
少し歩くと、家が点在している集落が見えた。
「瞬、ちょっと散歩してもいい?」
「我は構わぬが、紫はあまり眠れておれぬであろう。」
「ちょっと眠たいけど、ここって紅姫の治めていた地域だよね?もう二度と来る事は無いと思うから、少し見ておきたいの。」
「分かった。」
そして子狐ちゃんを抱っこしたまま、集落に向かって歩いて行く。途中、開けた広場があった。その広場の奥に石碑のようなものが見えたので、それを見に行ってみる。
「瞬、これって……」
「あぁ。”高倉家屋敷跡”と書いてあるな。」
「ここに紅姫が住んでいたんだね。」
古びて苔が張り、今では誰も見向きもしないだろう石碑には、確かに紅姫が存在した史跡が刻まれていた。
片手に子狐ちゃんを抱いたまま、片手で石碑にそっと触れる。
「鬼塚部長の最期の言葉、紅姫に伝えたかったな……」
何気無く呟く。
その瞬間、ピカッ!とデニムのポケットから目も眩むような眩しい光が放たれた。
「紫!我から離れるな!」
な、何で?!これって、もののけの世界へ行った時と同じ光じゃん!!
子狐ちゃんは全身で私にしがみついてくる。子狐ちゃんを抱きすくみ、ギュッ!と目を閉じる。
光が落ち着いて恐る恐る目を開けると、そこは大きな屋敷の庭だった。
「……ここって、妖狐の屋敷?」
「いや、違うな。それに、もののけの世界であれば、我は人の姿をしておる筈だ。」
「でも電柱も無いし、さっきと風景が違うよ。」
そう言ったものの、確かに腕の中の子狐ちゃんが喋っている。間違い無く瞬だ。
「じゃぁ、一体ここは……」
「もしかしたらその勾玉には、時空を歪ませる力があるやも知れぬな。」
「じ、時空?!それはあまりにもファンタジーでしょ!」
「よく考えてみろ。あの鬼を四百年もの間、封印出来るか?時空を歪ませる力があると考えるのが、妥当であろう。怪我を癒すにしても、当該箇所だけ時を戻せば元に戻す事が出来るしな。」
「なら、もしかしてここは現代とは違うって事?」
ひとまず状況を整理する為、辺りを注意深く見渡してみる。すると、屋敷の陰から人の声が微かに聞こえてきた。
「瞬、人がいるみたいだよ。」
「念のため、見つからぬようにな。」
「了解。」
足音を立てないように、屋敷の陰をそっと伺う。
そこには、男の人と質素な着物を着た女の子がいた。二人は俯きながら向かい合って、何やら深刻そうな雰囲気だ。
男の人が話をしている途中、顔を上げた。
わ、若いっ!鬼塚部長じゃん!って事は、女の子は紅姫かな?顔が良く見えない……
いや、それよりも私達は本当にタイムトリップしたって事?!
戸惑いながらも様子を探ろうと、二人の会話に耳を傾けた。
「俺は最後まで、貴女をお護りします。」
「ですが……」
「愛しい貴女を置いて、何故里へ帰らねばならないのですか!」
「衛……」
女の子は、俯いているままだ。
「お願いです!俺と一緒に、もののけの里へ逃げましょう!」
若い鬼塚部長が、女の子の肩に手を置いた。女の子は頭を横に振っている。
「そんな事をすれば、民の者達が……」
「民の者は、皆で新しい土地を開拓すれば良いではありませんか!どうか貴女のお傍で、命が尽きるまで護らせて下さい!」
「なりません!私とあなたとの婚姻は許さ……」
ガバッ!と若い鬼塚部長が、言葉を遮るように女の子を抱き締めた。
「お願いします!貴女が他の男のものになるのなら、俺は生きていても意味が無い!」
うわわっ!若い鬼塚部長、情熱的っ!
女の子も観念したのか、若い鬼塚部長の背中にそっと手を回した。二人の顔がそっと近付く。
こ、こ、こ、こ、これ以上は覗いちゃぁ駄目っしょ!!
思わず物陰に隠れてしまった。
「もしかして、鬼塚部長が封印される前日かなぁ……」
小声で子狐ちゃんに話し掛ける。
「恐らくそうであろうな。」
「じゃぁ明日、鬼塚部長は……」
二人が気になり、もう一度屋敷の陰から様子を伺う。
「何者だ!」
へっ……?
その時、覗いた先から私の首筋に、すらりと伸びる刀が当てられた。刀を持つ人を恐る恐る見上げる。
げっ!若い鬼塚部長だ!ってか、殺されるっ!
「け、決して怪しい者では!」
恐怖におののきながら、両手を挙げる。
「衛?どうかしたの?」
騒ぎを聞き付けたのか、女の子が近付いてきた。
「えっ?」
女の子の顔を見て、驚いて目を見開く。その女の子は、学生時代の私にそっくりだった。




