第三十一話
「えっ?ドライブですか?」
いつも通りビュヴールへ鬼塚部長に送って貰う途中、唐突に切り出された。
「あぁ。次の休みなんだが、予定は空いてるか?もう少し俺の事を知って貰わないと、紫も俺との将来を判断出来ないかと思ってな。」
「それはそうですが……」
と、泊まりでは無いよね?!そうは言っても、温泉の時の前例があるし……
そんな私の思考を読み取ってか、鬼塚部長は私の頭をポンポンしてくる。
「そんなに警戒しなくても、日帰りだから。」
「そ、そうですよね。」
心の中でホッと安心した息を吐き出す。
「はい、分かりました。何処へ行くんですか?」
「海沿いに、いい食堂があるんだ。地元の漁師だけが行くような小さい店だが、味は最高に旨い。」
「そうなんですね!楽しみです♪」
きっと前のレストランでは、私が緊張していたのが分かったんだろうな……
すぐに相手の好みに合わせたデートプランが立てられるなんて、やっぱり鬼塚部長は大人だわ……何処かのエロ狐と違って……
って、何で瞬と比べてんの!
「……」
瞬には好きな人がいるじゃん……私を一度きりの相手扱いした最低な奴なんだから……気にする事なんて何も……
「どうかしたか?」
急に黙り込んだ私の顔を、鬼塚部長が覗いてくる。
「い、いえ。子狐ちゃんの餌を用意しておかないとって思って。」
「はは。飼い主も大変だな。」
苦笑いを浮かべた鬼塚部長は、もう一度私の頭をポンポンした。
ビュヴールからの帰り道、瞬からも休みの日の予定を尋ねられた。
「買い物?」
「改めて、颯への贈り物を選ぼうかと思ってな。紫にも見繕って欲しいのだ。」
「それが無難だろうね。」
また、瞬一人で買い物へ行くと、ロクな物を買いそうも無いしね……
「それで、暇はあるか?」
「ごめんね。鬼塚部長と出掛ける約束をしていて……」
途端に、瞬から、どよ~んとした空気が漂い始める。
「……それは、絶対に行かねばならぬのか?」
「まぁ、お互いを知る為には、いい機会かと思ってね。」
「ならば、我を知れば良いではないか!それが、名案であるな♪」
勝手にテンション上げてるし……勝手に人の予定を決めてるし……
「あのさ、瞬は顔とエロと変態以外に、何かあるの?」
「何を言う。我ほどおなごに優しい者もおらぬでは無いか♪」
そりゃぁ、子狐ちゃんの姿でも一生懸命薬箱を出そうとしてくれたり、悪寒がする時も一晩中温めてくれたり、優しいのは知ってるけど……
何だか悔しくて、わざと憎まれ口を叩いてみる。
「その割には、私を一度きり扱いしたけどね。」
「紫、それは誤……」
「と・に・か・く!」
瞬の言葉を遮って、ビシッ!と指を指す。
「当日は絶対に付いて来ないでよっ!」
ず~ん……と効果音が付きそうなくらい、再び瞬が落ち込んだ。
そして、ドライブの日、朝から子狐ちゃんは不機嫌丸出しだ。
「紫……本当に行くのか?」
「行くよ。約束しているしね。」
普段の仕事時には着けない大きめのピアスを付けて、身支度をしながら答える。
「そうだ!」
何かを思い出したのか、瞬は急にテンションを上げた。
「兎狩りに行こうでは無いか!我は狩りが得意であるぞ♪」
「絶対に嫌っ!ってか、うさちゃんに可哀想な事をしないでよ!」
「いや……兎はご馳走……」
もののけの世界では、それがウリになるんだるうけど、人間界でその口説き文句は無いわ……
もしかして瞬って、意外と口説き慣れて無い?まぁ、女の子から寄って来るなら、口説く必要も無いもんね……
そして、しっぽと耳を垂れ下げた子狐ちゃんに後ろ髪を引かれながら、部屋を出た。
鬼塚部長とのドライブデートは、終始お姫様のように扱われた。今も差し出された手を取り、夕方の海岸を一緒に歩いている。
「今日は付き合ってくれて、ありがとな。」
「いえ、こちらこそ全部ご馳走になってしまって……」
「俺が誘ったんだから、当たり前だろ。そんな事を気にするな。」
ため息が出そうなくらい、大人な対応だ。
鬼塚部長がふと立ち止まり、私に向き直った。
「また誘ってもいいか?」
「はい。」
「ありがとう。」
……あれ……?
穏やかに微笑む鬼塚部長の顔を見た時、違和感を感じた。
一瞬だけど、鬼塚部長が透けて見えた……
ゴシゴシと思わず目を擦る。
「紫、どうかしたか?砂でも目に入ったか?」
もう一度鬼塚部長に目を向けても、普通に見えるだけだ。
「いえ、何でもありません。」
「そうか。」
「そうそう、もっと紅姫の事を教えて頂けませんか?」
違和感を誤魔化すように、話題を振る。
「紅姫の?」
「はい。私のご先祖様がどんな方だったのか、もっと知っておきたくて。」
「分かった。」
二人で海が見える階段にそっと腰を降ろす。夕日に輝く水平線に目を向けた時、鬼塚部長がゆっくりと語り始めた。
「紅姫の治める土地は、山間の小さな国でな。海に面していないので、紅姫はいつも海が見たいと言っていたよ。」
「そうなんですね。」
「だから、俺が海の話をすると、目をキラキラと輝かせて聞き入っていたよ。いつか一緒に行こうと約束もした。」
穏やかな顔をした鬼塚部長の手が、私の頭に伸びてくる。
「だから、今日は一緒に来れて良かった……」
頭を撫でた鬼塚部長の手は、肩に下りて、そのまま向かい合う形になった。
「愛してる……」
鬼塚部長の顔が微かに傾き、少しずつ近付いてくる。
「……紅姫……」
紅姫の名前を鬼塚部長が口にした瞬間、ハッ!として距離を取った。鬼塚部長自身もしまった、という感じで戸惑いを隠せず、目を泳がせている。
やっぱり鬼塚部長が愛してるのは、紅姫なんだ……どうしても踏み出せない理由が、これではっきりした……
「わ、悪い。紅姫の話をしていたからつい……」
「いえ……」
スッと立ち上がった鬼塚部長の顔は、すでに平静な表情に変わっている。
「そろそろ帰るか。あまり遅くなったら、過保護な狐が煩いからな。」
「ふふっ、そうですね。」
傷つくかと思えば、むしろ自然と笑顔が溢れる程スッキリした気分だ。
アパートまで送って貰ったら、指輪をお返ししよう……
そして、一緒に紅姫の事を語り合える関係になれたらいいな……
帰り道は渋滞にはまり、空はすっかり暗くなっている。
「眠かったら、寝てもいいぞ。アパートに着いたら起こしてやるから。」
ずっとハンドルを握っている鬼塚部長の方が疲れている筈なのに、相変わらず私を気遣ってくれる。
「ありがとうございます。大丈夫です。」
何気無く鬼塚部長に目を向ける。
……えっ……?
まただ……今度は鬼塚部長の手が一瞬透けて見えた……
「あの……鬼塚部長?」
「ん?どうかしたか?」
「変な事をお聞きしますが、鬼塚部長って、時々透明になりますよね?」
「透明?」
「はい、完全ではなくて、少し透けた感じに見えて……何かもののけの力ですか?」
「いや……」
鬼塚部長は、そのまま黙ってしまった。そして、信号待ちの度に手のひらを見つめ、ギュッと握り締めている。
それから帰りはアパートでは無く、何故か瞬がバイトをしているビュヴールがあるビルの前で降ろされた。
休み明け、会社へ行くと、鬼塚部長は退職していた。




