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第二十九話

 その日も仕事が終わった後、鬼塚部長と一緒にビュヴールへ行く。店のドアを開けるとすぐに、美華が駆け寄ってきた。


「紫!若様の様子がおかしいんだけど!」

「えっ?」


店の奥を覗くと、ボックス席の一番端で、魂が抜けたようにうっ潰している瞬の姿が見えた。瞬がいる一角だけ、空気が淀んでいるようだ。


「私がここに来る前から、あんな状態で落ち込んでいるみたいで……紫、何か知らない?」

「あはは……心当たりはあるかも……」


苦笑いして答えると、美華は盛大なため息をついた。


「今、俺は居ない方がいいだろう。」


何かを悟ったのか、鬼塚部長も苦笑いを浮かべ、何も飲まずに店を後にした。





 美華と一緒にカウンター席に座り、瞬に聞こえないよう声を潜める。


「で、何があったの?」


美華は問い詰めるような視線を、私に向けてくる。


「あ……鬼塚部長と結婚するから、部屋を出ていけって言った……」

「はぁ?何でそんな嘘を言ったの?」

「だって……そう言えば、瞬は私を守る義務が無くなるでしょ?」

「それが妖狐の御屋形様に伝われば、紫は狙われなくて済むだろうけど……」

「だから、住む所が無くなるから落ち込んでいるみたいよ。」

「マジであんたは……」


何故だか美華は、頭を抱え込んだ。


「紫、本気でそう思ってるの?」

「違うの?」

「はぁ……私の失恋の傷は、癒えるどころか化膿してきそうだわ……」

「……?」


美華のため息の意味が分からないまま、今日は仕事にならないからと、マスターに帰るように促された。





 帰り道も、私の右隣からは淀んだ空気が絶えず流れてくる。


この調子じゃぁ、当分住む所は見つからないだろうな……でも、この状態なら襲われる心配も無いかもね。


そんな事を考えながらアパートまでたどり着く。ふと、部屋の前のドアに、人が立っているのが見えた。


「あれ?」


瞬がその人を見つけて、声を挙げる。その人は、スラリとした甘いマスク、物腰が柔らかそうなイケメンだった。ふわふわの髪の毛につい構ってしまいそうな可愛いらしさも、合わせ持っている。


うわっ!国宝級のイケメンじゃん!


ついつい心の中でテンションが上がってしまう、現金な私……


国宝級イケメンも私達に気付いたみたいで、人懐っこい笑顔を向けてきた。


「瞬、お帰り~!待ってたよ♪」

「やっぱり颯ではないか!こんなところまでどうしたんだ?」


さっきまでこの世の終わりみたいな顔をして落ち込んでいた瞬が、一転して嬉しそうな笑顔を浮かべている。


もしかして、またもののけの知り合い?でも、かなり親しそう……


そしてまた、訳の分からない輩を部屋へ招く事になった。





 テーブルにお茶を置き、緊張しながら国宝級イケメンの前に座る。そして、私の隣にいる瞬が紹介を始めた。


「紫、こいつは(そう)だ。犬神の当主をしておる。」

「犬神……って、えぇ~~?!」


確か、瞬のお父さんが言ってた筈だ!


「あの、もののけの世界を牛耳ってるっていう人?!全然見えない!」


私の驚きに、一瞬その場がシーンと静まった後、国宝級イケメンの颯さんが大爆笑し始めた。

瞬までもが、お腹を抱えて笑っている。


「あはは!確かに颯はもののけの総大将をしておるが、牛耳るとは違うぞ!」

「だって……そう聞いたんだもん……」


一人膨れっ面になっていると、颯さんが謝ってきた。


「ごめん、ごめん!あまりにも想定外な反応だったからさ!」


謝ってるけど、目に涙を溜めて笑いを堪えてるし……


腑に落ちないながらも膨れっ面を元に戻すと、颯さんは瞬に真面目な顔を向けた。


「言われたとおり、妖狐族に隠密を付けておいたけど、本当にいいの?」

「ああ、感謝する。」


隠密……?これまた、時代劇に出てくるような単語が……


「言伝てでも伝えたが、紫が人間界でも狙われてな。証拠が無いのだが、間違い無く妖狐であろう。」

「でも、もし本当にそうなら、妖狐の当主が罰せられるけど……」

「構わぬ。人間の命を狙った時点でマズイ事だしな。」

「分かった。何か動きがあったらまた知らせるよ。」


私がもののけの世界へ連れて行かれた時、瞬は、犬神には伝えないって言ってた筈……瞬はお父さんが罪人になるかもしれないって分かっていながら、私を守る為に颯さんへ報告したって事?


何だか複雑な気分になっていると、瞬が何かを思い出したように、颯さんへ話し掛けた。


「なぁ、颯は人間界の紅姫を知っておるか?」

「文献で読んだことはあるよ。確か、不思議な力がある石を持っている、何処かの姫だったよね?確か、紅姫って名前だったような……女の子だけに、その石が使えるとかって書いてあったよ。」

「それそれ、その姫の事だ。」

「確か紅姫の代でその石が無くなったらしいけど、何処かへ隠したとか、血筋を断つ為に武将へ嫁いだとか、当時は色々噂が立ったみたいだね。」

「そうか……」

「瞬にしては、珍しい話に興味を持ってるね♪」

「紅姫の子孫だが、どうやらそこにいる紫らしいのだ。」

「えっ?そうなの?」


颯さんは驚きながらも、私に確認してくる。


「そうらしいです。」

「そっか……」


颯さんは顎に手を当てて少し考え込んだ後、また私の顔を見た。


「……不思議な力の石は、持って無いんだよね?」

「はい。ありません。」

「それなら大丈夫だと思うけど……実はその石を持つ姫が、力を独占しようとする者達から、度々狙われていたらしいんだ。だから、当時の主要種族達で姫に近づく邪悪な者から守っていたみたいだよ。」


鬼塚部長は、紅姫の護衛として出会った……


「僕も、もう一度調べてみるよ。念のため、他の人には知られないようにして、瞬からなるべく離れないでね。」

「……分かりました。」


はぁ……結局、瞬はウチに居座り決定か……もう一組、布団を買うか……



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