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第二十八話

 レストランを出て、そのままアパートまで鬼塚部長に送って貰った。アパートの階段下で歩く足を止めて、鬼塚部長に向き直る。


「今日は、ごちそうさまでした。」


ペコッと頭を下げると、鬼塚部長は私の頭に手を伸ばし、ふっと表情を緩めて撫でてくる。


「今日は久しぶりに紫と二人でゆっくりできたから、楽しかったよ。」

「そ、そうですか……」

「いくら時間があっても足りないな。」


そう言うと、頭を撫でていた手を背中に回し、少し遠慮がちに抱き寄せてきた。


「はぁ……ずっと腕の中に閉じ込めておきたくなるな。」


あ……甘ぁ~い!鬼塚部長って、こんなに激甘な人だったっけ?!


「……あの……」

「悪い、返事は急がないって言ったのにな。自制が効かなくなりそうだ。」


背中に回した腕が少し緩まり、そのまま降りて腰に固定される。至近距離で見下ろされる形となり、距離を置こうにも、逃げられない状態になった。


ちょっ、ちょっと~!顔が近いって!


「おやすみ……」


まるで愛を囁くような甘い声が聞こえ、今にもキスされそうな距離まで顔が近付く。


こ、これは確実にキスされるっ!


咄嗟に手を突き出して身体を離そうとした瞬間、ガバッ!と後ろから回ってきた腕に、引き離された。


「紫に近付くでないっ!」

「し、瞬!」

「帰りが遅いと思えば、こんな奴と……」


何を言うかと思えば、過保護な父親かよ……


瞬は、私を後ろから抱き締めた格好のまま、鬼塚部長を睨み付けている。

そんな瞬の様子を見て、鬼塚部長はわざとらしい盛大なため息をついた。


「まぁ、今日のところは引き上げるよ。紫、また明日な。」

「お、お疲れ様でした!」


鬼塚部長が立ち去ると、瞬は黙ったまま私の手を引いて、部屋へと戻った。





 「出せ。」


部屋に入るとすぐ、手を出された。


「何を?」


訳が分からず聞き返すと、瞬は更に苛立ちを見せ始めた。


「鬼の気配がするものを持っているだろ!」

「気配?」


あっ……指輪かな?


「これの事?」


鞄から指輪が入ったジュエリーボックスを取り出すと、瞬にそれを取り上げられた。


「ちょっと、返してよ!」


それが無いと、断れなくなるじゃん!


「何だ!これは!」

「これは指輪なの!」

「何故、鬼の装飾品を持っておるのだ!」

「結婚して欲しいって言われたからよ!」


指輪を取り合う攻防が、ピタッと止まる。


「紫……鬼神族とは恋仲では無いと言っておったよな……?」

「そうだよ。でも、鬼塚部長と結婚すれば、しゅ…………んっ!」


瞬が私を守る義務を感じる必要は無くなる……そう言いかけた言葉は、瞬の唇に飲み込まれた。


「んんっ!」


く、苦しい!


息をする事さえも許されない、全てを食い尽くすようなキスに顔を背けて空気を求めようとする。だけど、それさえも許さないとばかりに、深く重ね合わせられる。

段々と力が抜けていき、ずるずるとしゃがみ込むと、やっと唇が解放された。


「ど……どうして……」


瞬がこんな事をしてくる理由も分からず、乱れた息を整えながら問いかける。

瞬は、まだ苛立ちを見せたままだ。


「紫は、恋仲で無くとも、鬼と口付けておったでは無いか!」

「あ、あれは……」

「恋仲で無くとも、輿入れ出来るのであろう!」


それって、私は愛が無くても結婚する女って言いたいの?思いっきり誤解してる!


「ならば、我でも良いであろう!」


瞬は私を床に押し倒し、首筋に顔を埋め、印を付けるように強く吸い上げてきた。


な、何で私にはこんな事を……美華と違って、瞬にとって私は、一度きりで構わない都合のいい相手なんだ……こ……こんなの……


「嫌っ!!」


悔しくて、自分が情けなくて、力を込めて思いっきり瞬を突き飛ばす。突き飛ばされて尻餅をついた瞬は、感情の読めない目で私を見ている。それに対抗するように、思いっきり瞬を睨み付けた。


「好きな人がいる癖に、何でこんな事するのよっ!」

「……えっ?どういう事だ?」

「私は一度きりの、都合のいい相手じゃ無い!」

「ゆ、紫?ちょっと待て!我は……」


瞬が焦ったように近付こうとするのを遮るように、言葉を続ける。


「私に近づかないで!瞬なんて、大っ嫌いっ!」

「き、嫌い……」

「私は鬼塚部長と結婚するんだから、私を守る必要も無いでしょ!瞬は出て行ってよ!」


私がそう叫ぶと、瞬はショックを受けたように固まってしまった。


宿無しになるのが、そんなに嫌なの?瞬のお父さんじゃぁ無いけど、家主を怒らせたらどうなるか、一度痛い目に合えばいい!


「早く出て行け!」


固まる瞬に枕を投げつけると、瞬はフラフラしながら玄関から出て行った。





 翌朝、ざわざわした人の声で目が覚めた。


「……ん?何かあったのかなぁ……」


昨夜は怒りと悔しさで、中々寝付けなかった。眠たい目を擦りながら、声が聞こえる玄関へ向かう。すると、外廊下にいるだろう住人らしき人達の話し声が聞こえてきた。


「おい、狐が死んでるぞ!」

「触るな!狐には、寄生虫がいると聞いた事があるぞ!」

「保健所に連絡した方が……」


や、ヤバいっ!瞬だ!


慌てて寝間着のまま部屋を飛び出す。


「すみません!ウチのペットなんです!」


廊下で力無く横たわっている子狐ちゃんを急いで抱き上げ、住人達に頭を下げる。


「寄生虫は野生の狐しかいませんから~!お騒がせしました!」


挨拶もそこそこに子狐ちゃんを抱いたまま、急いで部屋へ戻った。


「瞬、生きてるんでしょ?」


子狐ちゃんの首根っこを掴み、持ち上げる。子狐ちゃんは、小さくコクッ、と頷いた。


はぁ……追い出しても騒ぎになるだけか……美華に頼む訳にも行かないしな……


「住む所が決まるまでは部屋に居てもいいけど、昨日みたいな事をしたら、速攻で追い出すからね!」


子狐は力なくガクッと項垂れた。


うっ……まるで私が虐待しているような気分……被害者の筈なのに、何故か罪悪感に苛まれるのは、気のせいだろうか……



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