第二十六話
「こ、これは、その……」
急いで言い訳をしようとする私を、鬼塚部長が遮った。
「俺は今、紫に告白した。」
「えっ?」
鬼塚部長の言葉に、瞬が反応する。
「お前には出来ない告白だ。紫の命を狙った父親を持つお前にはな。」
「そ、それは……」
瞬が目を泳がせて、言葉に詰まる。
私はどうしていいのか分からず、ただ立ち竦むだけだった。
気まずいようなら部屋に来い、という鬼塚部長の誘いを断って、自分達の部屋へ戻る。誘いを受ければ、告白を了承したようなものになると思ったからだ。
瞬と美華、私の三人は無言で部屋に入り、黙って布団に潜り込んだ。
「おやすみ……」
一言だけ言うと、美華が返してくれた。
「……おやすみ。」
瞬からは、何も聞こえて来ない。
はぁ……一体、何がどうなってるのか……考え過ぎて、知恵熱が出そう……自分の気持ちさえ、はっきりと分からないのに……
布団に入っても眠気に襲われる事は無く、寝返りをする。
どのくらいの時間が過ぎたのか、みんなが寝静まった頃にもう一度寝返りをする。その時、部屋の扉が音も無く開いた。
「えっ?」
その瞬間、バッ!と瞬と美華が起き上がり、私を背中に庇った!
「何奴だ!」
瞬が叫ぶと、部屋が一瞬で明るくなる。その時、扉の外へ出て行く仲居さんの着物の裾が見えた。
「若様、追いかけますか?」
美華が瞬に問いかけるが、瞬は顔を横に振った。
「今宵はもう手出しせぬであろう。紫は大丈夫か?」
大丈夫……その言葉は、すぐに出て来なかった。
私……本気で、狙われているの……?
お土産屋さんですぐに戻るって言ってたのは、その時から狙われていたって事?
その懸念が現実となり、急に身体の震えが止まらなくなる。自分で自分の身体の震えを押さえつけていると、瞬がふわっと抱き締めて、安心させるように、頭を撫でてきた。
「もう大丈夫だ……もう大丈夫だから……」
言葉が出ない代わりに、コクコクと頷いて、それに答える。
「我のせいで、怖い思いをさせて悪かった……必ず守るから……」
瞬は私の身体の震えが止まるまで、ずっと頭を撫で続けてくれた。
帰りの車の中は、行きと同じように瞬が私の足の上に踞っている。
何だか身体が怠い……中々寝付けなかったからかな……
私まで無言でいたからか、鬼塚部長が心配そうに尋ねてきた。
「紫、大丈夫か?顔色が悪いみたいだが……」
「大丈夫です。ちょっと寝付けなかったので……」
「そうか。着いたら起こしてやるから、寝てもいいぞ。」
「ありがとうございます……」
何とか気力でアパートまでの道のりを過ごし、鬼塚部長と別れて、部屋のドアを開ける。それと同時に子狐ちゃんがトコトコと私より先に部屋へ入り、薬箱を咥えて引っ張り出してきた。
「どうしたの?」
「どうしたは、こっちの台詞であるぞ。紫、熱があるではないか。」
そういえば、寒気があるかも……本当に知恵熱が出たかな……
ここ最近、現実離れした慣れない話や体験が多過ぎて、脳内キャパがオーバーしそうだった。それに加えて、鬼塚部長からのアプローチに、部屋への侵入者だ。熱が出て当たり前かもしれない。
「瞬、よく分かったね。」
「当たり前だ。いつもより、足の温もりが高かったからな。」
成る程……いつも膝に乗ってくる瞬ならでは、だな……
「悪いけど、夜、人間の姿になったら、ご飯は自分で用意してくれる?」
「紫はどうするのだ?」
「薬を飲んで寝るから、要らないや。」
「分かった。」
それから寝間着に着替え、薬を飲んで、早々にベッドに潜り込んだ。
ん……寒い……
まだ熱があるのか、寒気で目が覚めた。時計を見ると、夜になっている時間だった。
軽く身動きすると、瞬が声を掛けてきた。
「紫?起きたのか?」
「うん……」
「腹は減っておらぬか?コンビニの店員に聞いて、色々買ってきたぞ。」
「ありがとう……」
のそのそとベッドから這い出て、テーブルにある食べ物を見てみる。
「熱がある時は、ゼリーとやらが良いらしい。後は、消化が良いうどんもあるぞ。」
うどんを見ると、レンジで温めるタイプのものだった。
「これ……」
「うどんが良いか?コンビニで温めて貰っておるぞ。」
えっと……それってもしかして、かなり麺が延びてるんじゃぁ……
「い、いや……ゼリーを頂くね。」
思わず拒否して、ゼリーのスプーンを手に取る。
きっと、家のレンジを使うとか、麺が延びるとか分からずに、とにかく温いものをって思ったんだろうな……
コンビニの店員さんに聞いて、熱がある時でも食べられるものを一生懸命探す姿が、目に浮かぶようだ。
その不器用な優しさに、思わず笑みが溢れる。
「ふふっ♪」
「ん?何かあったのか?」
「ううん、何も無いよ。」
やっぱり私は、瞬の事が好きなのかな……でも、美華は……?
ふと沸き上がった後ろめたさに、思わずゼリーを食べるスプーンを置いてしまう。
「やっぱり、今はいいや。薬だけ飲むね。」
「そうか……」
「気持ちは嬉しいよ。ありがとう。」
「ならば、他に欲しいものは無いか?」
黙って顔を横に振り、またベッドに潜る。
「まだ寒いから、もう少し寝るね。」
その言葉を聞いた瞬は、すくっと立ち上がり、何故かベッドの中に入ってきた。
「な、何やってんの!」
「いつもの添い寝と変わらぬではないか。」
「だって、いつもは子狐ちゃんだし!」
「獣姿では、紫を温められぬであろう。それとも、二人で熱くなる運動が良いか?」
瞬はニヤリと笑って、端麗な顔を近付けてくる。
「ちょ~っ!ストップ!病人にエロ発言は止めろっ!」
慌てて手を突き出し瞬から距離を置くものの、簡単に腕を掴まれて動きを封じ込められる。
「ならば、大人しく我に抱かれてろ。」
だ、抱くっ?!冗談だよね?!
予想に反して、瞬は私を温めるよう背中に手を回し、ゆっくりと身体を包み込んできた。
誤解させるようなエロ発言をするなよな……
ってか、美華ごめん……熱がある今だけ許して……
心の中で謝りながら、黙って暖かい腕の中で目を閉じた。




