第二十五話
自分の部屋へ戻り、子狐ちゃんの首根っこを掴んで、説教をする。
「大体さぁ!瞬は……」
「もうその辺にしたら?若様だって、紫を守ろうとしただけであって、悪気があった訳では無いんだし。」
「はぁ、分かったよ。」
美華の説得に、子狐ちゃんを床に降ろして解放する。
まぁ確かに、叫び声を上げたのは私だしね……
子狐ちゃんは、しっぽと耳を垂れ下げたまま、私の様子を伺っている。
この姿は、私の罪悪感を倍増させる。
「もう、いいからさ……私も言い過ぎたよ。」
子狐ちゃんに声を掛けると、途端にしっぽと耳がピン!と立った。
「ところで、外を回ってみない?お土産も買いたいし。」
美華の提案に、頷いて答える。
「そうだね!鬼塚部長にも声を掛けてみるね。その間、瞬は……」
子狐ちゃんに目をやると、期待に満ちた目を向け、しっぽをフリフリしている。
「スポーツバッグの中に入れて行こうかね。」
それを聞いた子狐ちゃんは、しょぼん、としっぽを下げた。
「プッ!分かりやす過ぎっ!宿から出たら、ちゃんと外に出してあげるからね♪」
宿を出て、三人と一匹で温泉街を歩く。瞬は私が抱っこしている状態だ。
「いらっしゃい!温泉卵に、ご当地キャラのストラップもあるよ!」
軒先から声を掛けられたお土産屋さんに、入ってみた。ご当地キャラは、狐をモチーフにしてある。
「へぇ~、狐なんですね。」
店員さんに話し掛けると、ニコニコしながら説明してくれた。
「ここは狐の里が近いからね!キャラも可愛いでしょ!」
そういえば、ここの温泉って、愛好稲荷神社の近くだったような……だから、瞬が過敏になってるのかな?
「ここって、来ても大丈夫だったの?」
声を潜めて、瞬に聞いてみる。
「今のところは、何も無いぞ。人間界では手出しも出来ぬだろう。」
「そっか。」
一安心して、改めてお土産屋さんの中を見て回る。
「お母さんに、何か送ろうかな。本もわざわざ持ってきてくれたし。」
ふと、狐のキーホルダーに目がいった。その狐は珍しく、銀色に塗られている。
「これ、瞬にそっくり……」
私が呟いた時、ピクッと瞬が動いた。
「どうしたの?」
「紫、すぐに買い物を済ませてくれ。宿へ戻るぞ。」
「何かあった?」
「いいから早く!」
「わ、分かった!」
今までに無い真剣な言い方に、すぐに頷いて、みんなで宿に戻った。
夜、瞬が人間の姿になり、みんなで食事を頂いた後、もう一度お風呂に入ろうと大浴場へ行った。美華には、瞬の見張りを頼んである。
「やっぱり温泉は気持ちいいな~♪」
さっぱりした後、上機嫌で部屋へ戻ると、扉が微かに開いていた。引き戸に手を掛けた時、扉の隙間から見えた光景に、はっ!と息を飲んだ。
「若様、お願いします……私と……」
嘘っ!美華が瞬に抱きついた!
「我は……」
「一度きりだと、存じております。それでも構いません……若様をお慕い申しております……」
ま、マズイっ!
咄嗟に引き戸から手を離して、廊下を走って引き返す。
うわわっ!見ちゃった……
ふと、胸がもやもやして、足が止まった。
美華の初恋の相手なんだし……一度きりって素直に喜べないけど、美華はそれで構わないんだよね……なら、私は……?
……私?何で私……?
抱き合う二人の姿を見て、よく分からない感情に襲われたのは、事実だ。
もしかして、私は、瞬が好き……?好きなの?
顔だけじゃ無くて、身を挺して守ってくれた強さとか……怪我が治っていないのに仕事を始めて、私に食べさせる為におむすびを買ってくる律儀さとか……テーブルでうたた寝をしていたら、毛布を掛けてくれた優しさとか……
「いやいや、こんなの好きかどうかもわからないじゃん!ただの勘違いかもしれないし……」
たとえ瞬の事が好きだとしても、一度きりなんてあり得ない。続いたとしても、命を狙われて、あの危険な世界と関わるなんて、考えられない。
それに、あの二人は今頃……
ズキッと心が更に痛む。
「ロビーでビールでも買おうかな……」
自分の気持ちを誤魔化すように呟いて、ロビーに足を向けた。
ロビーの長椅子に座り、ビールのプルタブを開けて、ごくごくと喉を潤す。
暫く帰れないな……どんな顔をして、二人に会えばいいんだろう……
ふぅ……とため息を漏らすと、頭をぐしゃぐしゃっと撫でられた。
「何でため息をついてるんだ?幸せが逃げて行くぞ。」
「鬼塚部長!」
私の頭から手を離した鬼塚部長は、私の隣に腰を下ろした。
「ため息では無く、お風呂の後のビールを堪能していただけです。」
精一杯の強がりで返事をすると、鬼塚部長はふっ、と笑った。
「あいつらを二人きりにさせてやってるのか?」
「ま、まぁ……」
鬼塚部長、鋭い……
「お前の友達は、妖狐の跡取りにベタ惚れだもんな。」
「そうですね……」
鬼塚部長は無言で立ち上がり、ビールを買って、私の隣に再び座った。
「俺の部屋で、ゆっくり飲むか?」
「いえ、大浴場のお湯が熱かったので、少し涼みたい気分です。」
「そうか……」
そして、二人とも無言で、ビールを口にした。
鬼塚部長が居てくれて助かった……まだ心の整理は出来ていないけど、少し気が紛れたかも……
何も考えないように、外の景色を見ながら、ボーっとしていると、鬼塚部長が静かに口を開いた。
「紫……俺と、本気で付き合わないか?」
俺と付き合う……
って言ったの?本気で?!
驚きのあまり、目を見開いて鬼塚部長の顔を見る。その瞬間、ふわっと鬼塚部長の唇が私の唇に重なった。
え、え、えぇ~~~?!?い、今、キスされてる~~~?!?
ちょ、ちょっと!これって、ど~ゆ~状況?!?
目を見開いたまま思考が停止、そのまま固まってしまった。
ガタン!
背後で何かが落ちる音がして、ハッ、と我に返る。鬼塚部長の唇も同時に離れて、後ろを振り向く。
「な、何で……」
瞬と美華が、目を見開いて立っていた。




