第二十四話
お、重い……空気が重い……
温泉へ向かう車中は、重たい空気が流れている。
「鬼塚部長は、本当に人間界に馴染んでいますよね!車の運転も出来ますし。」
「我だってその気になれば、このくらい……」
すかさず私の足の上に踞っている子狐の瞬が、横やりを入れる。
「もうっ!本来ならゲージに入らないといけないんだから、大人しくしててよ!」
注意をすると、子狐ちゃんは、プイッと横を向いてしまった。
か!可愛い~♪
ついつい、毛並みを撫でながら甘やかしてしまう、もふもふに逆らえない私……
「紫、ちゃんとカメラを持ってきたか?」
「あ、はい。バッチリです。」
「俺の部屋は内風呂付きだから、荷物を置いたら、写真を撮りに来いよ。」
鬼塚部長が運転席から助手席の私に、手を伸ばそうとする。
「ガルル……」
すかさず瞬が、牽制する。
ったくもう……完全に獣になってるし……
そんなこんなで、まともな会話も出来ずに、宿に着いた。
私のスポーツバッグの中に瞬を入れ、宿のチェックインを済ませる。
部屋に荷物を置いて、一息つくと、カメラを持って立ち上がった。
「ちょっと、鬼塚部長の部屋へ行ってくるね。」
「行ってらっしゃい。」
美華に一言告げて部屋を出ようとすると、後ろをトコトコと可愛い子狐ちゃんが付いてくる。
「瞬は駄目だよ。」
「何でだ?護衛が必要であろう。」
「この旅館は、ペット禁止なの。うろつくのは、夜になってからにしてよ。」
「え~……」
ごねる子狐ちゃんを美華に託して、やっと部屋を出た。
「凄いっ!豪華ですね!」
内風呂付きの部屋は、ベッドルームが別にある、広々とした部屋だった。仲居さんが布団を敷きに来てくれる私たちの部屋とは、大違いだ。
「部屋の露天風呂は、ここから行くんだ。間取りを忘れないよう、写真を撮っておけよ。」
「はい!」
遠慮なくバシャバシャと室内の写真を撮り、最後は部屋備え付けの露天風呂へ行った。
「ここに入るか?」
「へっ?!」
鬼塚部長から急に入浴を提案され、驚いて手を止める。
「で、でも……」
あたふたと目を泳がせていると、鬼塚部長が声を上げて笑い出した。
「ははっ!そんなに驚くとは思わなかったな!大丈夫だ。お前の友達もいるのに、変な事は考えて無いさ。」
「そ、そうですよね……」
もう……びっくりした……
「実際に入った方が、ストーリーに深みが出ると思ってな。俺はその間、大浴場に行ってくるから、安心して入れよ。」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」
そして、着替えを取りに自分たちの部屋へ戻り、美華に事情を話して、再び鬼塚部長の部屋へ行く。
鬼塚部長は既にお風呂の準備を整えて、待ってくれていた。
「じゃぁ、一時間位で戻るから、俺が部屋を出たら鍵をかけろよ。」
「分かりました。」
鬼塚部長は、部屋を出る寸前に私の耳元に顔を寄せてきた。
「彼氏と一緒に来ている事を、想像しながら入れよ。」
「なっ?!彼氏……」
一瞬で、顔がカアッと熱を帯びる。
「ははっ!風呂に入らなくても、血行が良くなったな。」
鬼塚部長は笑いながら部屋を出て行った。
もう……急に変な事を……でも、そういう話を書くんだよね……
「って、早く入らないと!」
すぐに部屋の鍵をかけ、改めて露天風呂へ向かう。檜と微かな硫黄の匂い、立ち上る湯気が木に囲まれた贅沢を演出している。
「確かに実際に入った方が、表現しやすいかも♪鬼塚部長、あざ~っす!」
改めて鬼塚部長に心の中で感謝し、早速お風呂に入った。
「ふぅ……癒される……」
ポチャンと肩にお湯をかけ、ゆっくりと身体を湯船に沈める。
「気持ちいい~♪」
そういえば、彼氏か……一緒に入るのか、別々で入るのか……
ここで彼氏と一緒に入る場面に、想像力を働かせてみる。
程よく引き締まった胸板……無駄が無く端正に並んだ綺麗な腹筋……そして、絹糸のような銀色の髪から滴り落ちる雫……
「ぶはっ!」
な!何でここで、瞬が出てくるのよっ!瞬は美華が好きな人じゃん!
そ、そう!これは、傷薬を塗る時に、瞬の上半身を見たからだ!一番記憶が新しいからだ!
「危ない、危ない……」
って言っても、男の人とお風呂に入った記憶は、小さな頃にお父さんと入ったくらいだしな……
その時、ガサッ!と、垣根が揺れた。
「だ、誰?!」
パッと音のした方へ目を向ける。すると、木々の間から人の目のようなものが見える。
「き、きゃぁ~!!痴漢!!」
反射的に叫び声を上げると、バン!と勢いよくお風呂の扉が開いた。
「痴漢は何処だ!!」
子狐ちゃんが扉から飛び出してきて、垣根へまっしぐらに駆け出した。
な、何でここに瞬が?!
「ウキッ!」
子狐ちゃんが木々の隙間に入るのと同時に猿の声が聞こえ、ガサガサと音を立てて、山へと消えていった。
「猿であったな。もう大丈夫だぞ。安心して入るが良い。」
てくてくとお風呂の床を歩く子狐ちゃんを、ジロッと睨む。
「ところで瞬くんは、何をしていたのかな?」
「我は、紫の護衛にだな……」
湯船に首まで浸かった私を振り向いた瞬は、一瞬で私の怒気を悟ったらしい。ジリジリと、後退りをしている。
「そ、その……悪気があった訳では……」
「煩いっ!出て行け!エロ狐っ!」
「ふ、不可抗力だっ!」
瞬は文字通りしっぽを巻いて、脱兎の如くお風呂から出て行った。




