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第二十一話

 「マスター、もう一杯!」


ビュヴールに着いて、私は美華に愚痴りながら、やけ酒を煽っている。美華はヤレヤレといった感じでそれに付き合ってくれている。


「はぁ……あの男に会っちゃたか……で、お金は返して貰えそう?」

「たぶん無理……投資という名目で更に要求されそうになった……」

「で?泣き寝入りするの?探して仕返ししようか?」

「大丈夫……鬼塚部長が、何かの印をつけてくれたから……」

「何かの印?」


美華が鬼塚部長に目を向けると、鬼塚部長がブランデーを飲みながら呟いた。


「貧乏神の印を付けておいた。」

「へぇ、鬼もやるじゃない!」


美華は鬼塚部長にそう言うと、今度は私に抱きついてきた。


「紫、良かったじゃん!今夜は祝杯だね♪」

「うん……」


祝杯と言われても、いまいち意味が分からないし、テンションも上がらない。


「はぁ……アイツがあそこまでゲスだとは思わなかったわ……マジで自己嫌悪……」

「まぁ、普通は一度騙した相手からもう一度お金取れるとか、考えないしね。」


美華は苦笑いを浮かべたけど、すぐにグラスを持ち上げて私のグラスに軽く当ててくる。


「まっ、これに懲りたら二度と顔に惹かれることも無いって!高い勉強代だと思えばいいよ♪」

「うぅ……高過ぎだって……」


飲んでいないとすぐにでも泣きそうになる気持ちを誤魔化すように、私はまたグラスを飲み干す。


「マスター、もう一杯!」

「おいおい、飲み過ぎだろ。人間なんだから、少しは抑えろよ。」


鬼塚部長が心配そうに、顔を覗き込んでくる。


「人間なんだからって、どういう意味ですか?」

「もののけは樽単位でないと、酔わないからな。」

「た、樽?!」


凄すぎっ!

そういえば、美華が酔ったところって、見たこと無いかも……ある意味羨ましい……


そこへ、接客が一段落したらしい瞬が、おかわりのジントニックを持ってやってきた。


「紫、顔で選ぶのであれば、我はいつでも相手をするぞ♪」

「煩いっ!変態エロ狐は黙ってろっ!」

「はは、そう照れずとも良いでは無いか。我ほど顔に申し分無い者も、おらぬであろう。」

「もののけは嫌っ!」

「何でだ?」

「だって……」


住む世界が違うとか、寿命が違うとか、あり得ないし……


「住む世界と寿命が引っ掛かるのか?」


私の思考を読んだかのように、鬼塚部長が尋ねてきた。


「へっ?な、何で?もののけって、人の考えも読めるんですか?」

「まぁ、そういう種族もいるが、お前の書いたプロットを読めば何となく分かるさ。」


う、うわっ!恥ずかしいっ!

心の内が、完全に反映されてたんだ!


「何だ。そんなもの、二人の愛があれば簡単に乗り越えられるではないか♪」


能天気な瞬の言い分に、キッ!と睨みを効かせる。


「その前に、変態っていう障害があるだろっ!」


すると今度は、鬼塚部長が私の頭を子供にするように撫でてきた。


「俺は、二つとも条件をクリアしてるぞ。」

「……どういう意味ですか?」

「もう向こうの世界には帰れないんだ。色々あって、向こうの肉体は消滅している頃だからな。」

「そうなんですか……」

「だから、妖力がある以外は、人間と同じだ。」


妖力がある時点で、人間とは大きな差があるし……

ってか、今、二人から言い寄られてる?私ってば、モテ期?!

いやいや、瞬はただのエロ狐だし、鬼塚部長は紅姫と私を重ねているだけだろうし……


モテ期の筈なのに、何だか腑に落ちない。


「あぁ、もうっ!モヤモヤする~!!」


瞬が持ってきたおかわりのグラスも、一気に飲み干す。この頃から、私の記憶は曖昧になっていった。



─────



 「紫、着いたぞ。」


瞬は、すっかり酔っ払って歩けなくなった紫を背負い、アパートの部屋までたどり着いた。


「寝所に降ろすからな。って、うわっ!」


ゆっくりとベッドの上に紫を降ろそうとするが、思いの他紫の腕が瞬の首に巻き付いており、バランスを崩して一緒に倒れ込んでしまう。

その時、ふわっと唇が重なってしまった。


「い、今のは不可抗力であるぞ!」


焦って言い訳するものの、紫はふにゃっと微笑んでいる。


「あ~、瞬だぁ~♪」


あれ?嫌がっておらぬ……


「紫?良いのか?手付けをしても……」


瞬が問いかけても、紫は微笑み返すだけだ。瞬は囁くように、胸の内を開かした。


「紫……我には我の生きる道があると言ってくれたのは、紫だけだ……我と同じ道を歩んではくれぬか?」

「ふふっ♪」


紫の微笑みを肯定と捉えた瞬も、微笑みを返す。


「ありがとう……」


瞬は再び紫の身体に、自分の重さを乗せる。そして、ゆっくりと顔を近付け、再び唇を重ねた。


「紫……」


名前を囁く事さえ愛しく感じるなんて、初めてだった。瞬は唇から頬、首筋へと場所を変えながら、絶え間なく紫へ柔らかな口付けを落としていく。紫は抵抗する事なく、じっとしている。


ん……?


ここで瞬は、紫が抵抗するどころか、微動だにしない事に気付いた。


「紫……?って、寝ておるではないか!」


瞬が紫の顔を覗き込むと、そこには、微笑みながら寝息を立てる姿があった。


「はぁ……生殺しとは、この事を言うのだな……」


瞬は、力無く紫の横に寝転んだ。


「我と寝所を共にしても何もせずに寝るのは、お主だけであるぞ……」


そして、もう一度紫の顔を覗き込み、紫の顔にかかる髪をそっと払った。


「紫……お主がその気になった時には、覚悟しておけよ。」


気持ち良さそうに寝ている紫の鼻を、そっと摘まむ。紫の寝顔を見る瞬の顔は、優しげに緩んでいた。


─────


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