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第十九話

 「昔、ある土地を治めていた高倉という家があってな。俺は姫の護衛を任されていたんだ。」

「へぇ~。どんなお姫様だったんですか?」

「名は紅姫(べにひめ)と言うんだが、とにかくお転婆で、いつも勝手に出歩いては森に入って木登りをしたり、もののけの子供達と遊んでいたよ。」

「もののけの子供達?」

「あぁ。もののけとは言っても、子供は人間の器が無いので、動物の姿だがな。」


動物の姿って事は、子狐の瞬みたいな感じかな……?


鬼塚部長の顔が、昔を懐かしむように、少しずつ穏やかな顔になっていく。


「そのお姫様の事が、大切だったんですね。」

「そうだな……」


そう微笑みながら呟くと、照れ隠しなのか鬼塚部長はグラスに入ったブランデーに口をつける。


鬼塚部長って、こんな優しい顔で笑うんだ……


森の中で動物達と戯れる小さな女の子を、優しく見守る鬼塚部長の姿が、目に見えるようだ。


「それで、何故私が分かったのですか?」

「それはお前が、紅姫にそっくりだからだ。」


ぶっ!

思わず吹き出してしまった。


えっ?えっ?鬼塚部長が大切だった姫と、私がそっくり?!

だから、鬼塚部長は私にだけ頭ポンをするんだ……紅姫を可愛いがっていたから……


「どうした?いきなり吹き出して。」

「い、いえ……失礼しました……続けて下さい。」


気を取り直し、再び鬼塚部長の声に耳を傾ける。


「高倉家は、代々女系が跡継ぎになるんだ。」

「でも、私には継ぐような家は無いですよ?」

「それは、武将に嫁いだ時点で変わっただろうな。」

「かもしれないですね。歴史的にみても、江戸時代頃から家督を継ぐのは男と決まったらしいですし。」

「それと、女の子には必ず色の名前をつけると決まっているんだ。」


色の名前……?そういえば父方のおばあちゃんの名前は、瑠璃(るり)、それって瑠璃色とも言える……


「もしかして……私の名前も……」

「たぶん、名前だけ伝承されてるんだろうな。今度実家に帰る時に、どちらかの親に聞いてみろ。事情を知っているかもしれないぞ。」

「あ……」


知っているならお父さんだったろうけど、三年前に事故にあったからな……


「どうかしたか?」


言葉に詰まった私の顔を、鬼塚部長が覗き込んでくる。


「いえ……父方の祖母の名前が色の名前だったんですが、父も祖母も、もう亡くなっていまして……」

「そうか。なら難しいかもしれないな。」

「ですね……」

「嫌な事を思い出させて、悪かったな。」


鬼塚部長がいつもどおり、私の頭をポンポンしようと手を伸ばしてくる。その時、伸ばした手を遮るように、いきなり瞬が後ろから抱き付くように端麗な顔を近付けてきた。


「紫!終わったぞ~♪」

「わっ!びっくりした!脅かさないでよっ!」

「悪い、悪い♪」


そう言いながら、まったく悪びれて無いし……


「ところで、いつまで抱きついてるの?」

「そんなに照れずとも良いではないか♪」

「いや、照れて無いし……」

「普段はこれよりも凄い事をしておるであろう♪」


凄いっ??な、何を言い出すのっ!


「してないじゃん!変な事を言わないでよっ!」


椅子の背もたれ沿いに身体を滑らせて、何とか瞬の腕の中から抜け出す。

瞬は私と鬼塚部長の間に美しい顔を割り込ませて、満足げに微笑んでいる。


「我は事実を言っておるだけだぞ。毎朝、接吻を交わしておるでは無いか♪」

「せ?!接吻なんてしてないしっ!大体朝は子狐ちゃ……」


反論しかけたところで、言葉が止まった。


ま、まさか毎朝の子狐ちゃんとのじゃれあいが……


「もしかして、顔をペロペロしてたのって……」

「おう!こっちの言葉で言えば、"もーにんぐきす"というものだな♪」

「そ、そんな……毎朝、可愛い子狐ちゃんと戯れる癒しの時間に、そんな意味が……」


発覚した驚愕の事実に、打ちひしがれる。


「早めに手を打つか……」


鬼塚部長の呟きは、落ち込む私の耳に届くことは無かった。





 次の日、美華から電話があった。


──「紫~、明日休みでしょ?今日飲んで帰ろうよ♪」

「いいよ♪何処がいい?」

──「あ……出来れば……」


ん?もしかして……


「ビュヴールがいいのかな♪」

──「う、うん……」


ふふっ!美華の声が乙女になってる♪


「瞬に会えるもんね~♪」

──「もうっ!からかわないでよっ!」

「ふふっ、ごめん、ごめん♪」

──「実は昨日も行ったけど、女の子達が沢山いて、若様と話が出来なくてさっ。すぐに帰ったんだ。」

「そうなんだ。今日は何時になるか分からないから、先にビュヴールで待っててくれる?」

──「うん、分かった♪」


もう、美華ってば可愛いところあるじゃん♪早めに終わらせて、行かなきゃ!


電話を切って、昼からの仕事に気合いを入れた。




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