第十八話
翌日、会社へ行くや否や、鬼塚部長に呼び出された。
指定された会議室へ行くと、鬼塚部長が先に待っていて、他に人は居ない。
って事は、仕事の話じゃ無さそうだな……
会議室のドアを閉めると、鬼塚部長は傍へ来るよう手招きしている。
「無事だったみたいだな。昨日はいきなり妖狐族の使者が来たから驚いたぞ。」
やっぱりその話か……
廊下を偶然通り掛かった他の人に聞かれないよう、鬼塚部長の近くに寄って声を潜めた。
「ご心配をお掛けしました。」
「いや、それよりも何があったんだ?」
「実は……」
かいつまんで事の顛末を説明すると、鬼塚部長の眉間の皺がより深くなった。
「面倒事に巻き込まれたな。」
「そうですね……」
とは言っても、瞬のお父さんを怒らせたのは私だしな……
鬼塚部長は暫く顎に手を当てて考え込んでいたけど、再び顔を上げた。
「また狙われる可能性もゼロでは無いな。帰りは送ってやるから、仕事が終わったら俺に声を掛けろ。」
「だ、大丈夫です!部長にそこまでさせられませんし、ビュヴールへ行って、瞬の仕事が終わるまで待ちますから!」
あわてて身体の前で横に手を振って、鬼塚部長の申し出を遠慮する。
「気にするな。俺はお前の祖先を護衛していたしな。」
「へっ?そ、そうなんですか?」
意外な繋がりに、また驚いてしまう。
鬼塚部長って、いつから生きてるんだろう……?
「お前の祖先は、高倉家だろ?」
「昔の名前までは分からないけど、戦国武将だった人がいると聞いた事があります。」
「そっか……武家に嫁いだか……」
鬼塚部長が思いの外、しんみりと呟いた。
戦国武将って、今から少なくとも400年以上前だよね……その頃から生きてたって事?
それよりも何故私が、護衛していた人の子孫だって分かったんだろう……
またもや沸きだしたもののけへの疑問に思案を巡らせていると、部長が話を戻してきた。
「まぁそういう事だから、遠慮するな。どうせ飲んで帰るからビュヴールまで送るのは、ついでみたいなもんだ。」
「ですが、毎日一緒に帰ると、あらぬ誤解を招きかねませんし……」
部長を怖がる人も多いけど、顔面偏差値の高い部長には、意外と隠れファンがいる。そんな部長と一緒に会社を出たとなると、部長を狙っている女の子達に、私が血祭りにされかねない。
私の言葉に鬼塚部長は、にやっと口角を上げた。
「ほほう。それもいい手だな。誤解を招けば自然な形で護衛できるな。」
「本気で言ってますか?」
冗談とも本気とも取れる言い方に、探るように聞き返す。
「それとも、本気で俺と付き合うか?」
「……はぃ?!」
ちょ、ちょっと何を言ってんの!
目を見開いて驚いている私を見て、鬼塚部長は更に笑みを深めた。
「ははっ!付き合うって言っても、妖狐の件が片付いてからだけどな。」
「ま、まぁ……そうですね……」
「とりあえず、今日はちゃんと帰りに声を掛けろよ。」
鬼塚部長は私の頭にポンと軽く手を置いて、会議室を出ていった。
残された私は、その背中を呆然と見送る。
え……えぇ?……
本気?冗談?どっちぃ~~~?!?分からないんだけどっ!
こんな時、恋愛スキルが低レベルな私に、うまい返しなんてできる筈が無い。
やっぱり冗談だよね?で、でも、妖狐の件が片付いたらって……いや、特別扱いなんてされて無いし……
ふと、今までの鬼塚部長の態度を思い返してみる。
そういえば、私以外に頭ポンをしているのを見たことが無いかも……やっぱり本気?!いや、それだけで決めつけるのは、思い上がりだよね……
考えれば考える程、よく分からないや……
「こんな時、妄想って役に立たないなぁ……」
普段は使わない、恋愛という脳内の領域をぐるぐるさせながら、仕事に戻った。
仕事が終わり、一緒に会社から出ようとする鬼塚部長を説き伏せて、近くの交差点で待ち合わせをした。それから二人でビュヴールに向かい、店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ。」
マスターの出迎える声が聞こえ、店内に入ると、店はいつも以上に賑わっていた。特にカウンターには瞬の近くを陣取るように、若い女の子達がずらりと並んでいる。
「瞬く~ん、お店が終わったら暇?」
「アフター行こうよ♪」
アフターって、ホストクラブじゃぁ無いし……
「すまぬが、用事があってな。また飲みに来てくれれば、我に会えるぞ。」
「きゃぁ~!江戸時代の話し方みたい!可愛ぃ~♪」
って、何処が可愛いのか理解不能なんだけど……
瞬と女の子達の漏れ聞こえる会話に、思わず突っ込みを入れてしまう。
あの美し過ぎる二次元並みの顔なら騒ぐのも分かるけど、瞬はデレデレし過ぎじゃ無い?
アイドル並みに騒がれる瞬を見て、何となくモヤッとした気分になる。
ん……?私、何でモヤッとしてるんだろう……まるでヤキモチじゃん!
って、あり得ない!あり得ないからっ!瞬なんて顔がいいだけで、中身は変態エロ狐だからっ!
そう、これはペットを盗られたのと同じ感覚だ!子狐ちゃんを知ってるのは私だけだし、大した事無いもん!
自分自身を納得させるよう心の中で言い聞かせて思考を切り替え、カウンターの前を通り過ぎてボックス席へ向かおうとする。その時、瞬が私に気付いたのか、カウンターの中から声を掛けてきた。
「おう、紫。やっと来たか。」
その声に、カウンターの女の子達が一斉に私へ、キッ!と鋭い睨みを効かせてくる。
こ、怖っ!眼力で殺されるっ!
それを見ていたのか、鬼塚部長がすかさず私の肩を抱いてきた。
「紫、奥の席が空いてるぞ。」
「は、はい。」
鬼塚部長の機転が効いたのか、女の子達は私への興味を失ったみたいで、またカウンターの瞬へとハートの目を向け始めた。
助かったぁ~!
ボックス席に座り、鬼塚部長へお礼を言う。
「鬼塚部長、さっきはありがとうございました。」
「色々な意味で、護衛が必要だな。」
「ホント、視線だけで殺されるかと思いました。」
鬼塚部長も、これには苦笑いを浮かべるしかないみたいだ。
オーダーを取りに来たマスターにスプモーニとブランデーのロックを頼んで、疑問に思っていた事を聞いてみた。
「ところで鬼塚部長は、何故私が昔護衛していた人の子孫だって分かったのですか?」
鬼塚部長はすぐには答えず、マスターが持ってきたブランデーが入ったグラスをゆっくりと回している。暫くして、言葉を選びながら、落ち着いた様子で口を開いた。




