第十七話
も、もう駄目だっ!
咄嗟に顔を背けた瞬間、誰かの背中が瞬のお父さんとの間に割って入ってきた!
「間に合った!」
この見覚えのある作務衣、絹糸のような銀髪、今では聞きなれた声……瞬だ!
瞬は背中に私を庇い、手のひらから火を出したかと思うと、お父さんの放った火に向かって投げつけた。火と火がぶつかった瞬間、ボンッ!と爆発のような大きな音が聞こえ、一瞬で火が跡形も無く消え失せた。
す、凄い……
目の前で起こった出来事に、大広間は誰もが息を飲んで静まり返っている。
そんな静寂を切り裂くように、瞬のお父さんの怒鳴り声が響いた。
「瞬!何処までワシに逆らう気だ!」
「父上、人間の生死に関わる事は、ご法度だとお忘れではあるまい。」
瞬のお父さんとは対称的に、瞬は冷静な物言いだ。
「関係ある者の記憶を消せば良いであろう!小娘一人居なくなったところで、大した事では無いわ!」
「それもご法度の筈ですが……今回は犬神には報告せず我の胸の内に留めておく故、今後、紫への手出しはされぬようお気をつけ願います。」
瞬はくるっと身体を私に向け、手を差し出してきた。
「紫、立てるか?」
少し震える手で差し出された手に掴まり、腰を上げようとする。だけど、力が入らなくて立てそうも無い。
「無理……腰が抜けたっぽい……」
私の言葉を聞いた瞬は、笑いを噛み殺しながらしゃがみ、私の膝裏と背中を支えて、ひょいと立ち上がった。
うわわっ!お姫様抱っこじゃん!みんなの前で恥ずかしいんだけど!
「落ちぬよう、我に掴まっておれよ。」
「お、重たくない?」
照れ隠しに聞いてみると、今度は吹き出しながら笑われてしまった。
「ぷっ!何を言う。我はもののけであるぞ。人一人担ぐなど余裕だ。」
「そ、そっか……」
「それより、もっとしっかりと我に抱きつけ。でなければ、紫の胸が当たらぬではないか。」
「う……」
……ん?
「煩い!エロ狐は黙ってろっ!」
ったく、一日一エロ発言かよ……
美華の言うとおり、頼りになると思った事は、取り消しておこう……
「あはは!それくらい元気なら大丈夫であるな♪」
瞬は少しも悪びれた様子も見せずに、私を抱えたまま大広間を後にした。
瞬に抱えられたまま中庭までやってきた。そこの一角にある大きな祠の中へ入ると、来た時と同じく、目も眩むような眩しい光に包まれる。
光が落ち着いた頃に恐る恐る目を開けると、山の中に一人で座り込んでいた。
「ここ……何処?」
周りを見渡してみる。寂れて無人となった神社の跡なのか、小さなお稲荷さんが飾ってある小さな祠があった。
今度は、ここから出てきたのかな?
って、瞬は?!
さっきまで抱き上げてくれていた瞬の姿が見えない。
キョロキョロして瞬の姿を探していると、足元に一匹の子狐ちゃんが寄り添ってきた。
あっ、瞬だ……って事は、人間界に戻ってきたんだ♪
「良かったぁ~!生きて帰れた♪」
戻ってこれた嬉しさを噛み締めながら、しゃがんで子狐ちゃんの頭を撫でる。
「紫、そろそろ歩けるか?」
ん……?今のは、子狐ちゃんの発言?子狐ちゃんって、話が出来たっけ?
子狐ちゃんを抱き上げて、観察するように顔をまじまじと見つめる。
「我はもう、紫を担ぐことは出来ぬが、大丈夫か?」
「しゃ、喋ったぁ~!!」
驚きのあまり、子狐ちゃんから手を離す。子狐ちゃんはよろけながらも着地して、恨めしそうな目を向けてきた。
「紫、危ないではないか……最初から我だと分かっておるであろう……」
「そ、そうだよね……ってか、今まで子狐ちゃんって話ができなかったじゃん!」
「それは、紫が物を話さぬ方が楽しそうであったからな。」
だ、騙された……無垢な可愛い子狐ちゃんだと思ってたのに……狐に抓まれるって、こういう事を言うんだろうな……
気を取り直して、立ちあがってみる。足に力が入るようになっていて、何とか歩けそうだ。
「瞬、もう歩けるよ。」
「ならば、道案内をしよう。」
子狐ちゃんは私を先導するように、獣道を歩き始めた。
「ところで、ここは何処?」
山の中の獣道を歩きながら、瞬に尋ねる。
「たぶん、紫の家から歩いて一時間くらいだと思うぞ。」
「そうなの?」
「陸のやつに置き去りにされてから、人間の作った遠回りの道よりも、山の中を走った方が早く神社へ行けると思ってな。神社の方角にあった山へ入ったのだ。その道沿いに偶然、稲荷の祠を見つけた故、もののけの世界との道を繋げたのだ。」
「へぇ~。そんな事出来るんだ。」
「この身体では不便はあるが、妖力は変わらぬからな。」
「そっか……でも、もう少し遅ければ殺されてたと思うし、ここを見つけてくれて助かったよ。」
「いや、こっちこそ悪かった。父上があそこまで強硬手段に出るとは思わなくてな……」
あ……結構気にしてるっぽい……でも、瞬が悪い訳では無いしな……
「大丈夫!約束どおり、ちゃんと守りに来てくれたじゃん!ありがとね♪」
「ん……こっちも嬉しかった……」
「何が?」
「紫が父上に言った事だ。我は道具では無いと言っておっただろ?」
瞬が私に、素直にお礼を言ってる!対価が何かとか聞いて来ない!これはこれで照れちゃうんだけどっ!
「まぁ、あれで怒らせたようなものだけどね。」
照れ隠しにおどけて言うと、子狐ちゃんの表情は分からないものの、微かに笑った気がした。
「そういえば、少し年配の綺麗な女の人はお母さんなの?瞬と似てないね。」
綺麗な女の人は綺麗過ぎるのか、何処となく冷たい雰囲気が漂っていて、明るい瞬とはかけ離れた印象があったのが気になっていた。
「あぁ、父上の正妻だな。因みに隣におったのは、その女の親戚にあたる許嫁だ。」
「正妻?瞬のお母さんじゃぁ無いの?」
「我の母上は、妾であったからな。」
「そうなんだ……ごめん、変な事を聞いて……」
悪い事聞いちゃったかな……
そんな私の意図を汲むかのように、瞬は明るい声を返してきた。
「気にするでない。向こうの世界では、跡取りを確保する為には当たり前の事だ。似ておらぬから気になったのであろう。」
「うん。雰囲気が全然違うなって思ってね。」
「我は母上似なのであろうな。よく分からぬが。」
「えっ?知らないの?」
「我が幼少の頃は存命だったと思うぞ。兄上の乳母をしておったらしいからな。」
「その……今は……」
「分からぬ。殺されたか、屋敷を追放されたかのどちらかであろうな。」
「そうなんだ……」
「まっ、知らぬが仏とも言うし、何処かで生きていてくれておれば、我の噂も伝わるであろう。」
「うん……そうだといいだね……」
でも、殺された可能性もあるんだよね……だから、身内でも気が抜けないんだ……お父さんは、瞬が死んでも構わないって人だし……
「思った以上に大変な世界だね……」
「……」
瞬からの返事は無かった。お兄さんの話も聞きたかったけど、聞ける雰囲気では無い。
暫く黙って獣道を歩いていると、住宅街が開けてきた。動物病院がある住宅街だ。
そこからは人目に気を遣って、ペットのように瞬を抱き上げ、アパートまで帰った。




