第十六話
「こちらです。」
愛好稲荷神社に着くと、社務所の近くにある小さな祠へ案内された。
「こちらって……」
小さな祠は、どう見ても大人が二人入れるくらいの大きさしか無い。
「とりあえず中へ入って下さい。」
「狭いところが、嫌いなのですが……」
「少しだけの我慢です。」
小さな抵抗は簡単に打ち砕かれることを再確認し、渋々ながら小さな祠の中へと足を踏み入れる。
「ではまいります。」
「はい……」
陸さんが扉を閉めた瞬間、ピカッ!と目も眩むような光に包まれた。
「うわっ!」
あまりの眩しさに、思わず目を瞑る。
瞼越しに光が落ち着いた頃、恐る恐る目を開けると……
「え……えぇ~!」
そこは神社では無く、武家屋敷のような建物の庭だった。
「陸さん、ここは……」
「もののけの里、妖狐族当主である御屋形様のお屋敷です。」
「そ、そうなんだ……」
本当に異世界っていうか、もののけの世界ってあるんだ……
ここ最近、瞬だけではなく、美華や鬼塚部長までもがもののけと聞いて驚いていたけど、実感する事は無かった。だけど、目の前にえる風景は、紛れもない事実だ。
呆然と佇んでいると、私を促すように陸さんが歩き始めた。
「こちらです。」
「は、はいっ!」
危険な場所って瞬も言ってたし、一人で残されたらたまったもんじゃないっ!
陸さんとはぐれないように、小走りで付いて行く。しばらく屋敷の中を歩いていると、大広間に通された。
大広間に一歩足を踏み入れた瞬間、両脇にずらりと並んだ鋭い目付きの集団に、思わず固まってしまった。
ちょっ、これって、反社会的勢力じゃぁ無いよね?!
ずらりと並んだ人達は、作務衣や着物を着崩しており、さながら任侠映画の撮影みたいだ。
大広間の高座には、瞬と同じ銀髪を一つに束ねた強面のおじさんが一人座っている。そして高座の近くに、豪華な着物を着た切れ長の目が綺麗な年配の女性、その隣には、華やかな着物を着た私と同じくらいの年の女性がいた。
銀髪の強面は、瞬のお父さんかな?そして、切れ長の目の女性がお母さん……だとしたら、私と同じくらいの年の女の人は、瞬の兄妹か婚約者さん……
そういえば、お兄さんがいるって聞いたような……見当たらないけど……
「紫殿、こちらへどうぞ。」
陸さんに座るよう促された場所は、大広間の中央だ。
「私は隅でも……」
「……どうぞ。」
やはり小さな抵抗はあっけなく無視され、再度座るように促される。
お母さん……私は今日限りの命かもしれません……今までありがとう……先立つ不幸をお許し下さい……
心の中で遺言を呟き、おずおずと大広間の中央に座った。
「そなたが紫という娘か?」
瞬のお父さんらしき人が、気だるそうに尋ねてくる。
「は……」
「良い。名前など、どうでも良い事だ。」
私が返事をする前に、遮られた。
ムッ……そっちが聞いてきたくせに!
そう思った言葉は、飲み込んでおく。
「余計な事はするな。今すぐ瞬を追い出せ。話は以上だ。」
その一言の為にここまで私を呼びつけたの?それよりも、瞬を助けた事が余計な事?
話は終わりだと言わんばかりに、瞬のお父さんらしき人は、腰を上げようとしている。
「ですが、瞬は怪我をしていて……」
「ワシの言う事が、聞こえなかったか?」
瞬のお父さんらしき人は、底冷えするような冷たい目を私に向けてくる。
「聞こえていました。」
「ならば、これ以上話す事など何も無い。さっさと行け。」
「理由を……教えて頂けませんか?」
「何だと?」
今度は目線だけで人が殺せそうな鋭い目付きで、私を睨みつけてくる。
こ、怖っ!
思わずビクッと、身体を縮込ませる。
「ワシに意見するつもりか。」
「いえ、滅相もありません!ただ、怪我人を追い出せという理由が知りたいだけで……」
瞬のお父さんらしき人は、私を睨みつけたまま、上げかけていた腰を、もう一度下ろした。
「あやつは痛い目に合わねば、己の立場も分かるまい。そこに選ばれし許嫁もおる。人間の出る幕など無い。」
チラッと許嫁と言われた女の人を見た。目を閉じているものの、凛とした佇まいは、何事にも動じないような強さが滲み出ている。婚約者が痛い目に合わねばって言われているのに、動じないその強さは、かえって怖さを感じる程だ。
目線を瞬のお父さんらしき人へ再度向けて、口を開いた。
「ですが、あのまま放っておけば、死んでしまうかもしれなかったので……」
「構わぬ。」
えっ?
瞬のお父さんらしき人の言葉に、耳を疑った。
「……どういう事ですか?」
「構わぬと言った。それ以上でも、それ以下でも無い。」
「瞬は、あなたの息子さんですよね?」
「そうだ。当主の息子は、より妖力の強い子を儲ける為に、妖力の強い選ばれたおなごと婚姻しなければならぬ。でなければ、犬神に替わってこの世界を牛耳ることができぬからな。」
何て事を……まるで、子供は権力を得る為の道具みたいな言い方……
「あやつが反省し、自らの運命を受け入れなければ、死んでも構わぬ。」
「で、でも、そうすると跡継ぎが居なくなってしまうのでは……」
「あやつの高い妖力は惜しいが、その場合は、もう一人銀髪の男子を儲ければ良いだけだ。替わりは何とでもなる。」
プチッ……
瞬のお父さんの言葉に、私の中の何かが弾けた。
「……瞬は、あなたの道具じゃ無い……」
「何だと?」
「瞬はあなたの道具じゃ無いって、言ったのよ!瞬には瞬の生きる道があるの!」
私が声を荒げた瞬間、瞬のお父さんが勢いよく立ち上がった。
「小娘ぇ~!ワシに意見するとは何事だっ!」
し、しまった!思わず反論しちゃった!
「その命、惜しく無いのであれば、ワシが始末してくれるわ!瞬共々地獄へ落ちれば良い!」
瞬のお父さんが手のひらを上に向けると、そこからボッ!と火が現れた!
まずいっ!マジで殺されるっ!
立ち上がって逃げようにも、足が震えて言う事を聞かない!
「死ねっ!」
瞬のお父さんが私を怒鳴つけ、振りかぶって火を投げつけてきた!




