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第十五話

「御屋形様がお呼びです。」


 突然訪ねてきた陸さんの言葉を、頭の中で反芻する。


御屋形様……おやかたさま……もしかして、妖狐族の当主?って事は、瞬のお父さんか……


瞬をチラッと見ると、端麗な顔を少し歪めて、複雑そうな顔をしながら、小さく呟いた。


「そうか、勘当が解けたか……」


勘当が解けた……なら、瞬はここにいる必要が無くなるんだ……

また気の休まらない世界に行かなきゃいけないんだよね……送り出すのは正直複雑だけど、そこが瞬の居場所……


瞬はぎこちないながらも私に笑顔を向けて、右手を差し出してくる。


「紫、世話になったな。」


差し出された瞬の右手に私の右手を重ねる。


「子狐ちゃんと会えないのは、ちょっと寂しい気もするけど……元気でね。」

「紫もな。背中の薬、助かったぞ。」

「うん。これ以上怪我しないようにね。」


エールを送る意味も込めて、笑みを浮かべながら握手を交わしていると、陸さんがしんみりとした空気を打ち破った。


「御屋形様がお呼びなのは、紫殿だけです。」


は……?私だけ?


「へっ?それはどういう事だ?」


瞬もかなり驚いているみたいだ。陸さんに大きい目を見開いて尋ねている。


「紫殿に話があるとの事です。」

「我は?」

「お呼びでは無いようです。」


その言葉を聞いた瞬は、怒って立ち上がった。


「何を言う!まだ手付けも行っておらぬ人間の娘が、どれだけ危険な世界であるかは、皆、知っておるであろう!」


き、危険って……しかも、手付けしてないと……どういう意味?!


頭の中は疑問符だらけだ。

そんな私に構わず、話はどんどん進んで行く。


「若様の代わりに、私が責任を持って付き添います。」

「ならぬ!紫は連れて行かせぬぞ!」

「これは御屋形様による、決定事項です。」

「ならば我も行く!」

「勘当は解けておりませんが……」

「構わぬ!この条件は譲らぬぞ!」


頑として付いて行くと譲らない瞬に、陸さんも諦めたみたいだ。


「……分かりました。では一緒に参りましょう。」


あはは……勝手にもののけの世界行きが決まった……もう、苦笑いしか出来ないわ……


「あの……念のためお聞きしますが、私の意思は……」

「関係ありません。」


陸さんに尋ねるものの、速攻で否定される。


これは、きっと拒否出来ないんだろうな……


「どのくらい行くんですか?」

「一日もあれば大丈夫だと思います。」

「分かりました。有休が取れる時でいいですか?」

「本日です。」


それを聞いて、今度は私が怒って立ち上がった。


「はぁ?!こっちの都合も考えて下さいよっ!」

「御屋形様の言う事は絶対です。」

「冗談じゃぁ無いです!こっちの都合も考え無い人の言う事なんて、何で聞かなきゃいけないんですかっ!」

「それが妖狐族の理です。紫殿も我々と関わる覚悟があるのなら、覚えて下さい。」

「そうは言われても、こっちにも仕事が……」


なおも言い返そうとすると、瞬が私の袖を引っ張って、止めてきた。


「紫、巻き込んで悪い。父上がここまで早く反応するとは、我も誤算であった。必ず責任を持って紫のことは守る故、今日のところは諦めてくれぬか?」

「だけど仕事が……」


なおも渋っていると、瞬は陸さんに向き直った。


「陸、紫の仕事場に鬼神族がおる。紫が仕事を休む旨を伝えてくれぬか?」

「……鬼神族が?何故?」


無表情の陸さんが、珍しく微かに顔をしかめている。


「我にもわからぬが、間違い無さそうだ。」

「分かりました。使いを出しておきます。」


はぁ……やっぱり今日行くのね……ため息しか出ないわ……


再度大きく息を吐き出して、行程の確認をする。


「陸さん。今日って言っても、今は真夜中だけど……」

「ご安心下さい。日が昇った後からの出発となります。」

「わかりました。じゃぁ、朝になったら迎えに来て下さい。」

「いえ、このまま部屋で待機させて頂きます。」

「はぁ?ちょっと待ってよ!勝手に泊まりを決定しないでくださいよ!」

「紫殿が逃げないよう、監視が必要ですので。」

「今更逃げないからっ!」


助けを求めるように瞬を見ると、瞬が一歩進み出て、私と陸さんの間に割って入ってくれた。


おぉ~!頼りになるじゃん♪


「陸、紫との添い寝は、譲らぬからな!」


いやいや、問題はそこじゃ無いし……


「若様、ご心配なさらずとも心得ております。」


訳の分からない輩が、もう一人泊まり決定……この狭い1Kのアパートに、もののけが2人……


結局、薄い毛布をもう一枚引っ張り出し、陸さんは床で寝ることが決まった。





 アパートから車で一時間のところに、愛好稲荷神社はある。陸さんが用意した車で向かうらしい。

翌朝、日が昇って子狐になっている瞬を抱っこし、車へ向かった。


「紫殿、若様をお預かりします。」


車の後部座席のドアを開けながら、陸さんが空いた手を差し出してくるので、子狐ちゃんを手渡す。

シートに座り、閉められたドアに何気無く目を向けると、陸さんが子狐ちゃんをアスファルトの上へ降ろしているのが見えた。


あれ?子狐ちゃんくらいなら、ゲージに入れなくても抱っこしておくのに……


と思った瞬間、陸さんはすばやく運転席に乗り込み、エンジンをかけて車を発進させた!


「ちょ、ちょっと陸さん!瞬がまだ乗って無いけどっ!」


焦って後方を見ると、子狐ちゃんが駆け足で車を追いかけてきている。


「陸さん!停めて!瞬!瞬~!!」


窓を叩いて訴えるものの車はスピードを増していき、子狐ちゃんが段々遠ざかっていく。

交差点を曲がったところで、子狐ちゃんの姿は完全に見えなくなった。


「陸さん!何で瞬を置いていくの!」


声を荒げて抗議するものの、返ってきた返事は耳を疑うものだった。


「……御屋形様のご命令で、若様は連れて行けません。」


最初から私だけを連れていくつもりだったんだ……


道すがら信号待ちを狙い、ドアを開けて脱出を試みる。


ガチャ!ガチャ!


嘘っ!開かないっ!


「妖力で開かないようにしていますので、無駄な抵抗です。」

「一体何が目的よっ!」

「御屋形様のご命令には逆らえませんので。」


訳のわからない世界へ、一人で連れて行かれるなんて……

死亡フラグが、頭の上に立ってる気がする……



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