第十三話
マスターのご厚意により、バーの扉には、クローズの札が掛けられている。
テーブル席に私と美華、鬼塚部長、瞬の四人で座り、私と瞬が知り合いという事が意外だったという美華と鬼塚部長に、瞬との出会いのいきさつを話した。
「成程な……まさか妖狐族の次期当主が話を漏らしているとはな……」
鬼塚部長は呆れた溜め息をつきながら、ブランデーのロックに口をつけた。
「あれ?二人とも不思議に思わないの?こんな非科学的な事が起きてるのに……」
驚かれるだろう私の話に、驚くそぶりがまったく無いばかりか納得している鬼塚部長と美華に、こっちが逆に驚いてしまう。
そんな私に構わず、瞬は美華に話しかけた。
「えっと、もしかして華ちゃん?」
「若様、覚えていてくださったのですか?」
「何となく小さい頃の面影が残っておるぞ♪」
「あの時は助けて頂いて、本当にありがとうございました♪」
美華がはにかみながら、瞬へ恋する乙女の視線を向けている。
「そういえば、美華と瞬も知り合いなの?」
疑問を口にすると、美華は嬉しそうに語りだした。
「小さい頃、崖から落ちそうになったのを助けてくれた男の子がいるって、言ったことあるよね?その時の男の子が若様なの。」
「へぇ~、そうだったんだ……って……」
それってもしかして、美華の初恋の君?男らしくて頼りがいがあるという美華の初恋の君が瞬?頼りがいから、かけ離れてるんだけど!
いやいや、そこじゃなくて、二人は小さな頃からの知り合い……?って事は……
一つの結論に達した時、思わずのけぞった。
「ね、ねぇ……もしかして美華も……」
「えぇ、妖狐族よ。」
やっぱり~~~!!!
「そっちの失礼な男は、鬼神族ね。」
美華が手で指し示す先には、黙ってブランデーに口をつけている鬼塚部長……
「ちょ、ちょっと待って……頭の理解が追いつかない……」
軽くパニクってると、瞬が更に混乱させる事を言い出した。
「因みにマスターは、酒呑童子であるぞ。夜道を歩いておる時に、偶然出会ってな。それで仕事を都合してもらったのだ。」
へっ?ま、マスターまで?!
思わずカウンターへ目を向けると、たっぷりと生やした髭を撫でながら、マスターがにっこりとほほ笑みかけてきた。
「う……嘘でしょ……」
今、この場にいる人間って、私一人なの……?残りは全員もののけ……?
「う、嘘だよね……誰か嘘だって言って……」
驚愕の事実に思わず頭を抱えると、黙ってみんなの話を聞いていた鬼塚部長が軽いため息をつきながら、口を開いた。
「まぁ、その反応が普通だろうな。だが、多くのもののけが人間界に住んでいるのも事実だ。」
「事実なんですね……」
「だが、その事実が知られては、人間界がパニックになるのは分かるだろ?我々の身に危険が及ぶ事もあるかもしれない。だから本来、人間には絶対知られてはいけないんだ。」
「そうですか……」
「今回は妖狐次期当主のイレギュラーで知ってしまった事で、仕方ない部分もあるが、そういう理由からお前のストーリー案は潰させて貰った。」
あ……プレゼンの時、鬼塚部長が厳しい顔をしてたのは、そういう事だったんだ……
妙な納得をしていると、鬼塚部長は鋭い目元を少し和らげ、私の頭を、ポンポンと手を乗せてきた。
「強引な理由を付けて潰したが、お前の案が一番良かったぞ。今度は、設定もオリジナルで勝負してみろ。」
うわわっ!鬼塚部長に誉められたっ!滅多に人を誉めない部長がっ!
嬉しさを隠しきれず、満面の笑みを浮かべる。
「はいっ!頑張りますっ!」
よぉ~っし!やるぞ~!
密かにガッツポーズを決めて気合いを入れる。その時、美華が不思議そうな顔をしながら瞬を見ている事に気付いた。
「ん?美華、どうかした?」
「若様は何故、このような下々のお仕事をなさっているのですか?」
下々って……美華、言い方ってものが……
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「あぁ。これは紫がおむすびを食べたいから、働けと申すのでな。」
瞬の、いかにも私のせいだと言う説明に、カチンとくる。
「あのねぇ、おむすびは、ものの例えでしょ!ご飯くらい自分で用意しろって事よっ!」
「だから、我が買ったおむすびに手を付けておらぬのか?もったいないではないか。」
「盗んだかどうか分からないものなんて、食べられる訳ないでしょ!」
「盗むとは何だ!我はそこまで落ちぶれてはおらぬぞ!」
「一言言ってくれれば、ちゃんと食べてたよ!」
「我が出掛ける前に、紫は帰って来ぬではないか!伝えられる訳が無かろう!」
ぎゃあぎゃあ瞬と言い争っていると、美華がおずおずと手を上げた。
「あの……私に、若様のお世話をさせて頂けないでしょうか。」
……へっ?
思わず瞬との言い争いを止めて、美華に目を向ける。
「えっ?美華、本気なの?」
「若様お一人なら、私が養えるし。」
「でも、無職の寄生虫だよ?」
「紫、何も知らないからそんな事言うんだろうけど、若様は、時には命を掛けて妖狐族を守って下さる、跡取りという大役を担っているお方なの。」
「大役って……」
認識の違いに絶句していると、鬼塚部長までもが美華に同意し始めた。
「それが当然だろう。妖狐族の世話は妖狐族に任せておけばいい。まぁ、勘当される跡取りも珍しいが……」
跡取りだから、世話されて当たり前なんだ……だから瞬は、働きに出掛けるっていう感覚が無かったんだ……
イケメン観賞と子狐ちゃんのもふもふは捨てがたいけど、ここは任せた方がいいのかな……
「じ、じゃあ……」
言いかけた言葉を、瞬が遮ってくる。
「我は、今のままで良いぞ。紫と我は恋仲であるからな♪」
はっ……?!
瞬の言葉に、一瞬でその場が固まった。
「誤解を生むような事を言うなぁ~~!!その場限りじゃん!!」
「何を言う。いつ陸が来ても良いように、我は紫の部屋におらねばならぬであろう。」
まだ固まったままでいる美華と鬼塚部長に事の顛末を説明し、必死になって誤解をとく。
瞬からも黙っておくように言われた美華は、渋々ながら瞬を引き取ることを諦めた。




