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第十二話

 翌朝、いつもどおりのふわふわの感覚に、目が覚めた。


へっ?し、瞬?!


ガバッ!とベッドから起き上がると、めくった布団の隙間に子狐ちゃんが丸くなって寝ている。


「帰ってきてた……いつの間に……」


烏に襲われることなく無事だったことに安堵しながら、ゆっくりと子狐ちゃんの身体を撫でて、ふわふわの毛の下にある傷を確認してみる。


「う~ん……ふわふわ過ぎて、よく見えない……」


ふとテーブルに目が留まった。そこには小さなコンビニのビニール袋が置いてある。


何これ?


ベッドから這い出て、袋の中身を確認してみる。


「……って、おむすびじゃん!」


な、何で?!もしかして昨日言ったことを、そのまま受け取った?

それよりもこれ、まさか瞬が万引き?!

いやいや、袋に入ってるからお金払って買ってるか……でも、お金は?新聞紙を偽札にして買ったの?!


瞬を叩き起こして色々聞きたいけど、子狐ちゃんを起こすのは忍びない。


今日は早めに帰って、瞬を怒りの尋問だな……


ひとまず珍しく目を覚まさない瞬を起こさないよう静かに身支度を整え、おむすびには手をつけずに会社へと向かった。





 「日向。」


会社のビルのエントランスホールへ入るや否や、後ろから呼び止められた。

立ち止って振り向くと、昨日と変わらず厳しい顔をした鬼塚部長の姿が……


「ぶ、部長、おはようございます……」


な、何?私、何かしたっけ?!


怯んで一歩後ずさりする私に構わず、鬼塚部長は目の前までやってきて、声を潜めた。


「日向、個人的な話があるんだが、今日の夜は時間あるか?」

「へっ?よ、夜ですか?」

「そうだ。」


夜は瞬を尋問しなきゃいけないし……


「今日はちょっと、急いで帰らないといけない用事がありまして……」

「そうか。なら明日はどうだ?」

「明日は……」


明日……はっ!そうだ!明日は待ちに待った給料日じゃん♪

ってことは、美華とご飯を食べに行く約束してるから……


「すみません、明日は友人と約束がありまして……」

「そうか……因みに友達の名前を聞いてもいいか?」

狐島こじまさんです。」

「どんな漢字を書くんだ?」


はい?何でそんな事を聞いてくるの?


不思議に思いつつも、素直に答える。


「キツネという字に、海に浮かぶシマです。」

「狐……成程な。」


頭の中が疑問符だらけの私に対し、鬼塚部長は何故か納得したように軽く頷いている。


「時間取らせたな。」

「いえ……」


そして軽く手を上げて、鬼塚部長はエントランスホールのエレベーターに乗り込んでいった。

一人残された私は、脳の神経回路フル回転しながら、その場に立ち尽くしている。


な、何で美華の名前で納得してるの?美華ってそんなに有名人?

いやいや、それよりも、個人的な話って何?まさか、告白~?!


「って、それだけは無いわ……だって、塩対応しかされた覚え無いし……」


余計なことを考えないよう頭を軽く左右に振って思考を切り替え、仕事場へと向かった。





  夜、急いでアパートへ帰るものの、瞬の姿は無かった。


「はぁ、はぁ……せっかく走って帰ってきたのに……」


テーブルの上には、朝から手つかずのおむすびと、別のコンビニ袋にもう一つおむすびが追加されている。


「だから……このおむすびはどうやって買ったのよ……」


別におむすびが食べたい訳じゃぁなくて、食事の支度くらい自分でやれって言いたかったんだけど……


律儀に言われたとおりおむすびを買ってくる瞬に、怒りもトーンダウンしてくる。


明日は美華と食事に出かけるし、待ちに待った給料日だし、子狐ちゃんのソーセージを多めに用意しておくか……


翌朝、目を覚ますと、瞬がいつ帰ってきたのかわからないけど、またおにぎりが増えていた。

いつもどおりベッドの中に潜り込んできていた子狐ちゃんの為に、残っていたソーセージを全部茹でてお皿に入れ、起こさないよう静かに出勤した。





 「紫~!こっち、こっち♪」


給料日の夜、仕事を終えてエントランスロビーに向かうと、先に着いていた美華がにこやかに手を振ってくれている。


「待たせてごめんね~!」


美華の元へ駆けつけ、これで貧乏生活脱却!の嬉しさから満面の笑みを浮かべる。


「ふふっ!私も残業してきたから、大丈夫だよ♪」

「今日は何処へ行く?もう色々あり過ぎてさぁ、仕事の愚痴も聞いて欲しいんだけど!」

「はいはい、今日は紫の好きなところでいいよ!久しぶりにお金使えるんでしょ?貧乏生活、よく頑張ったじゃん♪」

「美華ぁ~!」


ガバッ!と美華に抱きつこうとした瞬間、美華はふっと表情を険しくした。そして何故か私の後ろに目線を向けている。

急に表情を変えた美華を不思議に思いながら振り向くと、そこには同じように表情の険しい鬼塚部長の姿があった。


「お、お疲れ様です!」


咄嗟に挨拶するものの、鬼塚部長は私には目もくれず、美華を睨みつけている。


「お前が狐島か。」

「自分は名乗らないくせに、ずいぶん失礼ね。」

「鬼塚だ。」

「鬼……まさか……」

「そのまさかだ。」


美華は目を鋭くし、鬼塚部長に負けないくらい睨みつけ始めた。


えっ?えっ?一体何事?!何で二人が睨み合ってるの?もしかして知り合い?

いやいや、さっき名乗ってたし、知り合いでは無いよね?!


二人の鋭い視線の間でおろおろするものの、何と声を掛けて良いものなのかも分からない。

無言の睨みあいが続いた後、鬼塚部長が静かに口を開いた。


「向こうの世界の話を漏らすのは、御法度の筈だが。」

「もちろん、存じているわ。あなたこそ、何故この話を紫の前で話すの?」

「漏らした張本人に言われたくないがな。」

「濡れ衣を着せられても困るわね。」

「あくまでシラを切り通すのなら、場所を変えて話をしよう。」

「その台詞、そっくりそのまま返すけど。」

「”ビュヴール”でいいか?」

「ええ……その方が無難ね。」


えっと……まったく二人の話が見えないんだけど……


「日向、お前も来い。」

「は、はいっ!」


鬼塚部長の一言で私も二人と一緒に、いきつけのバーへと向かっていく。

無言のまま歩いているものの、二人から怒りオーラがダダ漏れで、何があったのか聞くことさえもはばかられた。





 いきつけのバー”ビュヴール”に着いて、重厚な扉を静かに開ける。


「いらっしゃいませ」


へっ……?


マスターとは違う聞き覚えのある声に、思わずカウンターへ目を向ける。そこにはにこやかにグラスを拭いている瞬の姿があった。


「な……ど、どうして、し──」


瞬の名前を口にするよりも前に、私の近くでドサッ、と鞄が落ちる音がした。


「わ、若様……」


鞄を落とした主は、目を見開いて驚きながら瞬を見る美華だった。




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