第一話
目の前には、乙女ゲームに出てくるような、超絶イケメン……そのイケメンの瞳には、私だけが映り込んでいる……まるで、私しか目に入らないと言うように……
──『出逢ったその瞬間から、君に惹かれていました……俺と結婚して下さい。』
──『はい!喜んで!』
「何て、ある訳無いじゃん!妄想ばっかり膨らませているから、まともな彼氏も出来ないんでしょ!」
「うぅ……それ以上言わないでよ……今回はマジでへこんでるんだから……」
ここは、“Bar vubeur”。会社近くにある、行きつけのショットバーだ。
そして私は、日向紫、24歳。ゲーム会社でプログラマー兼シナリオライターをしている。ごくフツーの会社員だ。
「大体さぁ、さっきの妄想は何なの?どっかの居酒屋じゃぁあるまいし、“はい!喜んで!”なんて返事はあり得ないっしょ!」
「だよね……女子ゲーなら、バッドエンドになる返事だわ……」
フラれたばかりの私に、怒り半分呆れ半分で付き合ってくれているのは、高校時代の同級生、狐島美華。商社の受付嬢で、少しだけつり目のはっきりした二重、色素の薄いふんわりしたボブヘアーが似合う、いわゆる美人だ。
「で、今回の男は何だったの?」
「お金……」
「貢がされたの?」
「違う……貯金持っていかれた……」
「はぁ?!何でまた!」
「いやぁ……それが……」
それから、気の重さを少しずつ言葉にして、美華に事の顛末を説明する。
「ったくもう……」
美華は呆れたような返事をして、ゴクッとロングアイランドアイスティーを煽った。グラスから口を離して盛大なため息をついた美華の横で、私は更なる美華からの説教を予想して、肩をすぼめながらサイドカーをチビチビと飲んでいる。
「今回の事なんて少し考えれば解るよね。『信用してもらいたいからカード番号教えるよ。だから紫のも教えて♪』なんて、最初から貯金狙う気満々じゃない!」
「やっぱそうだよねぇ……まぁ、家財道具が無事だっただけ、マシだと思わないと……」
「呆れてモノが言えないわ……それに、騙す人はイケメンいい人フィルターを被っているものなの。」
「だよね……」
出るのは溜め息ばかりなり……
「そもそも紫は顔で男を選び過ぎなんだってば。高校の時だって、泳げもしないのに先輩に憧れて水泳部に入ってたしさ!」
「うっ……そんな昔の話は……」
「いい?イケメンは黙ってても女が寄って来るんだから、女に優しくしなくても不自由しないの!イケメンでいい人は二次元の世界だけだから!」
「ごもっともです……」
私には男運が無い……いや、それ以前に男を見る目が無い……
思わずバーカウンターにうっ潰す。
「はぁ……美華くらい美人ならねぇ……」
大学時代、ミス・キャンパスにも選ばれた経歴を持つ美華は、いつもお洒落で華やかだ。アナウンサーやリポーターにならないかと、スカウトも来ていたらしい。
それに比べて私は、納期前には会社に泊まり込む事もあるし、明け方には化粧が落ちてほぼ素っぴん状態。美華のアドバイスで髪の毛は女性らしく長くしているけど、社会人になってからお洒落というモノを忘れている気がする……
「いいじゃない。好きなゲーム会社に就職して、好きな仕事が出来て羨ましいわよ。私なんて、今頃ワインの買い付けで世界を飛び回っている筈なのに、受付で愛想笑いの毎日よ。」
「美人にも、苦労があるんだね……」
美華は、英語はもちろんイタリア語も完璧なのに、見映えが良いという理由で受付だしね……
「そういえば、美華の今の彼氏は何処で知り合ったの?」
「彼氏?とっくの昔に別れたわよ。」
「えぇ~っ?!そ、そんなの聞いて無いよ~!」
「だって言って無いもん。紫はずっと仕事で飲みにも行けなかったじゃん。」
「そうだった……」
美華は肩肘をカウンターにつき、溜め息をつきながらグラスの氷を回し始める。
「はぁ……何処かにいい男、落ちてないかな~。偉そうなだけの俺様か、頼りにならない草食ばかりだもん……」
「同感……ってか、美華も長続きしないよね。」
「初恋の君みたいな、男らしくて頼りになる人がいれば、速攻でアタックするんだけどね♪」
「ふふっ!美華は肉食系女子だよね♪」
いいタイミングで、おかわりのXYZとマティーニがマスターから差し出され、改めて乾杯をする。
「まっ!イケメンは観賞用って事にすれば、紫も大丈夫よ!」
「そうだね!イケメンは、観賞と妄想用ってことで♪今度こそイケメン以外の彼氏を作るぞ~!」
「妄想……若干方向性が違う気がするけど、紫ならすぐに次の彼氏が見つかるって♪今日は奢るから、とことん飲むわよ~!」
「ありがとぉ~!やっぱり美華は最高だね♪」
「そのかわり、またイケメンを連れてきたら、100倍にして返して貰うからね♪」
「うっ……善処します……」
「その返事、何処の怪しい政治家よ……色気の“い”の字も無いじゃない……」
それからとことん飲み明かし、始発が出る頃、美華と別れて家路に着いた。
「朝陽が眩しい……久しぶりに仕事以外で徹夜だわ……」
う~ん!と背伸びをして、アパートへ足を向ける。
「週末は何しよう……ってか、寒いっ……もうすぐ冬になるよね……」
ブルッ!と震える身体を縮みませながら、家路を急いでいた時だ。
「は……っくしゅん!」
寒さからくしゃみが出てしまった時、ビルの谷間にある裏路地から、バサバサッ!と、カラスの大群が飛び立った。
「うわっ!びっくりした!ゴミでも突いていたのかなぁ……」
何気無く裏路地に目を向ける。
えっ……?子狐?!う、嘘……
「綺麗……」
一瞬で目を奪われた……
そこにいたのは、朝陽に反射して神々しいまでの銀色に輝く毛を纏った子狐だった。




