よいしょっと
「信じられない……」
ジークがポツリと呟いた。おっ?やっと認めてくれるかな?そう思って顔をあげると、
「今のは、どういう魔法だ?それにこの模型……こんな建物見たこともないが、この細かい作りは、ここらの職人でも再現するのに苦労するだろう……」
そう言うと、ジークは眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。
え?何?信じてくれたの?どーなの?
状況がわからないしおりも、黙るしかなく沈黙が続いていたが、ふと外が騒がしいのに気づいた。
トントンと、ノックされジークが顔をあげて、少し待っていてくれ。と、出て行ってしまった。
ハァ〜っ。重いため息をつき、椅子に項垂れる。いつまでここにいなくてはいけないのか……そう考えて、今がチャンスでは?と、むくりと起き上がった。
幸い、今部屋には自分一人で誰も見張りなどいない。黒髪、黒目が珍しいと言っていたから、それさえ変えれば目立たず逃げられるだろう。
そう思いついて、模型に目を向ける。
創造魔法を使ってみて、気づいた点があった。それは何か対価が必要だということだ。ワンピースは、自分が着ていた服。模型は食べ散らかしたゴミ。
……ということは、生身の人間の髪や目の色を変えようとすると、どんなことになるのか想像できない。戻れなくなるなんて、もってのほかだ。
試してみようとする前に気づいて良かった。と、胸を撫で下ろしながら模型に手をかざす。
因みに、魔法に詠唱なんてものも必要なかった。自分が念じさえすれば発動するようだ……とんだ厨二病になるところだった。
すると模型が崩れ去り、机の上には鬘とカラーコンタクトレンズが作られていた。
「よいしょっと」
素早くカラコンを両目に入れて、鬘を被り、窓に手を掛けて、辺りに誰もいないことを確認して飛び出した。
それからしおりは、人通りの多い市街地まで一目散に走ったのだった。
「すまない。待たせたな」
扉を開けて謝罪しながら部屋に入ると、そこはもぬけの殻となっていた。慌てて部屋中を探す。ふと目をやると窓が開いており、ジークは、急いで窓に駆け寄った。
窓から外を見るが、そこから見える辺りには件の人物を見つけることができなかった。
「ジーク、ここにいるのか?」
ノックもせずズカズカと入って来た男に、ジークは顔を顰める。
「何の用だ?」
「先程も言ったが、ここいらで不審な人物を見なかったか?最重要機密の為、詳しくは話せないが隠そうなんて考えない事だな」
「…………」
「どうなんだ?」
上から目線で威圧的にそう告げる男に、ジークは眉間に皺を寄せたが、渋々口を開いた。
「ここ最近、不審な人物は見ていない」
「…………。そうか、ならば不審な人物を見かけたら直ぐに知らせるように!!チッ……自警団風情が」
ジークの態度が気に入らなかったのか、男はそう悪態をついて踵を返し出て行った。
ジークは男の後姿を睨んでいたが、男が出て行くとため息をつき、窓の外に目を向ける。
おそらくあの男が探しているのは、十中八九しおりのことだろう。
珍しい黒髪、黒眼のあどけない少女。異世界から来た!とのたまり、創造魔法などという聞いたこともない魔法を使って見せた。
何か事件に巻き込まれたのだろうが、手助けしようにも逃げられた今となってはどうにもできない。
「無事にいてくれるといいが……」
ジークのその呟きは、静かな部屋に消えていった。