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ダンジョンメンタルクリニック

Dカップって、シリコン何cc?

作者: 悠木 凛

「イテテ……」


 私は念願のおっぱいを手に入れた代わりに、地獄の苦しみの真っただ中にいた。


 マスカレードに勤め始めてすぐ、先輩ニューハーフのお姉さんたちの助言に従い、女性ホルモンの注射を始めた。


 おっぱいを入れるためには、もう少し体が女性化してからのほうが望ましいような説明を病院で受けたが、少しでも若いうちに入れたほうがいいという意見もあり、私は後者を選んだ。


「あー! 畜生! 痛ぇなぁ!」


 悪態をつくとき、思わず男声になる。


 私が受けた手術は、簡単に言えば、特殊なビニール袋にシリコンを充填したバッグを、わきの下から入れて、胸筋の間に設置する、というものである。


 言葉にすれば簡単そうだが、「わきの下から入れて」というのは、もちろんわきの下を切開して入れるということであり、「胸筋の間に設置する」というのは、筋肉を無理やり引っぺがし、ないはずの隙間を作って設置するということに他ならない。


 手術は全身麻酔で行われたが、意識が戻ったら「あ、もう帰っていいですよ」というノリで、私はぼーっとした状態でタクシーに乗った。その時は、痛みがない代わりにまともに頭が働かなかった。おっぱいがある喜びも、実感もない。


 地獄が始まったのは、いよいよ麻酔の効果が切れてからである。


「痛みが強い方もいるようなので」と、お守りぐらいの勢いでもらった鎮痛剤であったが、なかなかどうして、気休め程度の効果しか得られず、ほとんど眠れなかった。


 うっかり寝返りを打とうものなら、脳天を直撃するような痛みが走り、瞬間的に目が覚めるのだ。


「うー、今何時だ……?」


 ベッドの上で、手元に置いておいたスマホをそっと確認する。肘から上を動かすと、胸筋が連動して動き、激痛が走るので、なるべく腕を動かさないようにしなくてはならない。


「3時11分……」


 ため息をついて、頭を枕に沈める。


 夜明けまでの時間が、途方もなく感じる。


「痛いよう……」


 ふいに涙が出てきた。


「なんで私がこんな目に……」


 私は何か、悪いことをしただろうか。


 私が自分のことを男だと思ったことはないと告白したら、父親は私を勘当した。


 あの時、父親は怒っていたのだと思うが、心と体の性が違って生まれてきたことは、そんなに悪いことなのだろうか。


 胸が痛いやら、悲しいやらで、どんどん考えが後ろ向きになっていく。


 頭を枕から少しだけ持ち上げ、自分の胸を見た。


 これまでまっ平らだった胸が、こんもりと盛り上がっている。


「私のおっぱい……」


 痛さとつらさで涙ぐみつつも、えへへと笑いがこみ上げる。


 もう、ドレスを着るときにニセ乳ブラジャーを着けなくていいんだ。


「早くマスカレードに行って、リエさんたちに見せたいな」


 リエさんは、私の胸を見て「揉ませろ」とか言うかな。デリカシーがないもんな。


 私は、いつの間にか眠りに落ちていた。


拙著『医大に受かったけど、親にニューハーフバレして勘当されたので、ショーパブで働いて学費稼ぐ。』の、本編では描かれなかった、手術直後の様子です。


『ダンジョンメンタルクリニック』シリーズの主人公である、院長先生が学生だった頃のお話でもあります。


シリーズを通してご覧いただけると、より楽しめるかと思います。


どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり悠木さんの作品を読んでいると、物語と文体が合致しているのは、読者に親切なんだなと実感させられます。 それに語り方というか思考経路がとても自然で、おそらく眼で読むだけでなく、耳で聞いて…
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