〇〇最後の~~
落ち着いた雰囲気の漂う、とある街中のレストラン。
若いカップル、子供連れの家族、仲の良い老夫婦――と、多様な人々が、美味しい料理の数々と共に、クリスマスの一夜を過ごしている。
そんな中、鮮やかな電光輝く夜景を背に、とある話題に花を咲かせている一組の男女がいた。
「でも、日本人って本当に”○○最後の〜〜”って、言葉に弱いわよね」
「まあ、今年は特に――ですね」
「ええ。今ぱっと思いつくものでも、”平成最後のハロウィン”に、”平成最後の七夕”に……」
「”平成最後のオールスターゲーム”に、”平成最後の夏の甲子園”」
「”平成最後の夏”とかもよく目にしたわね」
「”平成最後の日本シリーズ”、”平成最後のドラフト会議”」
「後は……って、君。野球ばかりじゃない。君が野球好きなのは知ってるけど、他にももっと色々あるでしょうに」
女性は溜息をつくと、目の前の男性を半眼で見やる。
その呆れの色のこもった視線を向けられた男性は、誤魔化すように愛想笑いを浮かべて、
「そうですね……なら、つい最近ですけど”平成最後の竜王戦”は最終局まで手に汗握りましたね」
「竜王戦? 君、将棋に興味あったっけ?」
「ほら、僕も最近の将棋ブームの流れに乗りましてね。まあ、まだまだ初心者ですが」
女性は「ふ~ん?」と興味無さげに――しかし心の内では、男性の新たな一面に触れられたことへの喜びを覚えながら、相づちを打つ。
そして、どこか上機嫌になった女性は、
「今日もさ、街のいたるところで見たわよね。この謳い文句」
「平成最後のクリスマス、あなたは誰と過ごしますか?――とか、平成最後の年賀状、もう出しましたか?――とかですか?」
「そうそう。後は、平成最後の年末大決算セール!――とかもあったわよね。もう、”平成最後”――ってつければ何でもアリな気がしてくるわ」
女性はクスッと笑いつつフォークを口元へと運び、”平成最後のクリスマス・スペシャルディナー”に舌鼓を打つ。
そんな幸せそうな笑みを浮かべる女性を見て、男性も釣られて頬を緩ませる。――と、不意に女性が視線を料理から男性の顔へ移したかと思うと、「ふふっ」と小さく笑い声を漏らした。
「どうかしました?」
「いえ、別に? ただ、君も幸せそうだな~――と思ってね」
「――っ」
どこかからかいの色を含んだ女性の声に、思わず声を詰まらせてしまう。
完全に女性に主導権を握られている。まあ、これはいつものことなのだが……しかし、このままだと、今後――将来の事も見据えると色々マズイと思った男性は、動揺を悟られまいと、慌てて口を開き、
「そ、それにしても、”平成最後の~~”って言葉の特別感は不思議ですよね。別に平成が終わろうともさ。クリスマスにしても、お正月にしても。来年、再来年と、何回だってあるのに」
と、早口でそんなことを言う男性に、女性は今度は心の中だけでクスクスと微笑まし気に笑みを浮かべて、
「……じゃあさ」
「はい?」
「さっき、君がしてくれたのは?」
どこか挑戦的に微笑むと、男性の目を真っ直ぐに見つめてそう告げる。……薬指に1秒でも早く馴染むのを心待ちにしている指輪を、そっとなぞりながら。
対する男性は一瞬呆気に取られるも、今度は動揺することもなく。女性と同じようにフッと小さな笑みを浮かべると――。
「それは、もちろん――」
――人生最後のプロポーズ――
皆様、よいお年を。