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二年生の俺は体育が格技で剣道だった。成績の評価方法は試合でいくら勝てたかで判断される。
俺は合気道は二段持っているが、剣道は経験がなく、弱かった。
いつも二本負けする有様だ。
なんて情けないんだ。いつも負けてばかりじゃないか。
友代と付き合って二ヶ月が過ぎた頃、俺は友代に頼み込んで剣道を教えてもらった。
大体友代はあまりそういうのは引き受けてくれなかったのだが、あまりの俺の負けっぷりにため息をつき、剣道を教えてくれることになったのだ。
誰もいない剣道場。そう、今は昼休みだ。
俺はジャージに防具と、最高にダサい格好で現れた。
それに引き換え友代は剣道着が似合っていた。さすが武道家。
友代は剣道二段も持っている実力者だ。
その立ち振る舞いはさすがに武道家と言ってもいい姿だった。
「さて、友代、教えてくれよ」
「先輩、剣道の事あまりよく知らないんですね?」
「ああ。ほとんど素人だからなぁ」
「なら、体育の格技は柔道を選べば良かったですね」
「まぁ、そう言うなよ。柔道だって素人には難しいモンだと思うぜ」
「そう言われましても、剣道も素人には難しいんですよ」
「そうか?まぁ、そうだな」
「分かってて言ってるんですか、先輩?」
「さぁ、よく知らないな。だって剣道は竹刀をブンブン振るものだろ?」
「それは違います。素人の意見です」
「そうか?」
「そうですよ」
「じゃあ、教えてくれよ」
「まったく、先輩は」
「俺にもカッコいいトコ見させてくれよ」
「先輩はカッコいいも何も、全然カッコよくないですから」
ひどくね?
「だから友代にこうして教えを乞うてるんだよ」
「その時点でダメダメです!」
「なら、どうダメなのか教えてくれよ」
「いいですか?剣道はまず竹刀の特徴です」
「竹刀の?」
「ええ。竹刀はその名の通り、しなります。だから竹刀と言うんです」
「なるほど」
「そして竹刀は腕で振るのではないんです」
「えっ、そうなのか?」
「そうです」
そう言うと友代はコホンと咳ばらいをした。
「竹刀は体さばきで振るんです」
「体さばき?」
「分かりづらいですか?」
「まぁ、な」
「体さばきとは体のこなしです」
「体のこなし?」
「ああ、もう!」
「だってよく分からないんだよ」
「私もあんまり人に教えたことないんですから」
「実力者は人に教えるのが下手だって言うけど……」
「帰りますよ?」
「ああ、ゴメン」
「じゃあ、もう一度。体さばきと言うと難しいみたいですね。では竹刀は腰で振ります」
「腰?」
「ええ。腰です」
「腕じゃなくて?」
「そうです」
「腰で振るってのはそんな発想なかったなぁ」
「発想はいいですから先輩、竹刀を腰を入れて振ってください」
俺は渡された竹刀を、腰の感覚で振ってみた。
竹刀はブンッと音を立ててしなった。
こ、これは!
「そうです。それが竹刀の正しい振り方なんです」
「そうか。腰を入れるってのは腰を軸に回し込むんだな?」
「そうとも言います」
「なるほどな!」
「そして腰で振るためには先輩、足の踏み込みを強くしてください」
「足の踏み込み?」
友代は自分の竹刀を構えた。
「足は武道の命であり、基本です。足の踏み込みが腰に伝わると、体全体が動きます。その勢いで腕を振ると竹刀にまで動きが伝導され、そのまま威力が追加されます。これを体さばきと言います」
そう言って友代は腰の入った素振りをした。
明らかに俺とは違う本格的な素振りだった。友代はカッコいいな。
でもコツは何となく分かった。
「そうか。なるほどな」
「〝武〟の基本です」
「カッコいいなぁ」
「先輩、感心してないで自分の練習してください」
「ああ、悪い。それで何から始めて良いのやら」
友代は自分の袴をギュッと握った。
「先輩、その…‥」
「ん?」
「私たちもう付き合ってから二ヶ月ですよね?」
「ああ、まだそんなモンかな?」
「〝まだ〟じゃなくて〝もう〟ですよ」
「そっか」
「だからですね……」
「どうした?」
友代は顔を赤らめている。
「もしですよ、もし先輩が体育の剣道で相手から一本取れたら……」
「うん?」
「もし一本取れた時は、その……キ……キ…‥」
「キ?」
友代は耳まで真っ赤になる。
「切り返しから始めてくださいっ!」
「わっ、そんなにでっかい声、いきなり出すなよ!」
今日の友代は怖ェーな。
でも、頑張らなきゃな!
これは教えてくれる友代のためでもある。
彼女はつたないながらも親身になって教えてくれる。
俺は勝つぞ!
そう心に誓った。
友代のためにも自分のためにも。
それからしばらく練習をして、体育の日。
相手は剣道部の主将クラスの奴だった。
こんなん相手に付け焼刃の俺が勝てるわけがない……。
いや、俺は誓ったんだ。
勝つと!
俺はその相手と試合をした。
激しい鍔迫り合いと奇声。床を叩く足踏み。
俺は時間ギリギリまで粘った。
このままいけばタイムアップで引き分け。でもそれは勝ちじゃない。
俺は勝負を賭けた。
いけー!
「メーン!」
イケメンじゃないよ?
俺は初星となる一本を剣道部のエースから取ったのだった。
そのあとすぐに時間切れで俺はそのまま一本勝ちとなった。
やった、勝った!
俺は今、サイコーの気分だった。
これが勝ちってものか。
手が震える。
勝った。俺は勝ったんだ。
友代のおかげだ。
俺は最高の彼女を持ったのかもしれない。
すべて彼女のおかげだ。
友代、君は本当に素晴らしい女の子だよ!
放課後、すぐに俺は友代に勝利の報告をしに行った。
あれ、待てよ?
俺は何か大事なことを忘れてないか?
友代がこの間言おうとしたこと。
それが何か分かった。
それは俺も恥ずかしいぜ。でも友代は求めている。
鈍感な俺でもそれだけは分かった。
俺はゆっくり友代の顔に唇を近づけた。そして…‥。
二人だけの教室で俺たちはソッとキスをした。
もちろん唇同士の触れ合いだよ?
すごく、すっごく素敵な瞬間だった。
「友代、キス遅れてゴメン」
「先輩…‥」
その時だった。友代の鼻がスンと言った。
「ちょっ、先輩!」
「え?」
「臭い!剣道の臭い…‥」
「え、俺?」
「臭い!臭いです!」
「そ、そんなにか?」
「臭いです。離れてください!」
そう言われると、俺は友代に突き飛ばされた。
ひどい!
でも剣道ってそんなに臭うのか。
「ほんっとに臭いですよっ!」
「友代も練習の後はこんななのか?」
「そうですよっ!だから剣道の後は一緒にはいられないんです」
「そうは言ってもなぁ…‥」
「今度ちゃんとしてくださいよっ!」
「えっ?」
「だっ、だからキスですよ」
「ああ」
「臭くないキスを希望します!」
「そんなか…‥」
「まったくもう!」
友代は呆れ果てたようだった。
「友代、もしかしてファーストキス?」
「そ、そうですよ!」
「そうか。嬉しいな」
俺たちの放課後はこれからもこんな感じだろう。
まぁ、あの事さえなけりゃ。
翌日の友代の部活の時だった。
それは友代の剣道部で、先輩の茜が決めたことだった。
「これより、女子剣道部は練習と実績強化のため、『恋愛禁止令を発します!』」
友代たち後輩全員に一方的にそのことが通達されたのだった。
俺と友代の大ピンチが訪れた。




