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汗臭くても恋は出来ます。  作者: オオクマ ケン
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    6



 先輩、さっきのは……。

さっきのキスは……。

部活の剣道をしている時にすごく気になって、練習に身が入らなかった。

私としたことが。こんなことで集中が切れるなんて。

私としたことが……。

それにしてもあの子、誰だったかな?

確か隣のクラスの……。

一年B組の西川音子。

だったっけ?が、なぜ先輩の頬にキスを?

どういう事?

その時、自稽古中だったために相手から面を打たれた。

パーンという音がして竹刀が友代の面に食い込む。

「ちょっと、坂口!集中しなさいよ、集中!」

相手は剣道部三年の山内茜先輩だった。全国レベルの実力の持ち主で、剣道部主将であり、女子の部長でもあった。

「剣道は技とスピードと精神力が命!お前は今ので死んだわ」

死んだとは言い過ぎだろう。

しかし、友代の目は死んでいた。

無理もない。好きな先輩が知らぬ女子とチューをしていたのだ。

乙女心に花が散るというものだ。

でも、恋と剣道を両立すると誓ったのだ。

その誓いだけは変わらない。

「先輩、もう一本お願いします!」

「お前、一年のくせに生意気だね。私から一本取ろうっての?」

「取ってみせます!」

友代は大きく振りかぶり、面を打った。

その剣閃は相手の竹刀によって弾かれてしまった。

「甘いね!」

茜はその鍛えられた竹刀の動きによって友代を追い詰めていく。

友代も負けてなかった。

相手の動きを読むと、その動きに合わせてステップを踏んでいく。

フットワークは友代も絶妙だった。

継ぎ足で小手と面の連続技に繋げた。

「小手っ、面!」

パンパーンという音がこだました。

この打ち込みによって友代の流れが変わった。気が引き締まったのだ。

確かに剣道には精神力がものをいう。友代は全神経をこの自稽古に集中した。

剣道は竹刀で打つイメージがあるが、実は武道の基本はすべて足の運びにある。

開き足で左右に体を揺らすと、友代は歩み足によって竹刀を正眼の構えに整える。そして継ぎ足を再び這わせると、今度は大きく面を打った。相手も面で迎え撃つ。

双方の面が激突する。そしてそのまま鍔迫り合いに持ち込んだ。

息が荒くなる。元々剣道はスタミナを多く使う。なので、数分の自稽古でもかなりの体力を消耗するのだ。

お互いの体がぶつかり、間合いが出来る。

引き面同士がぶつかり合った。

友代と茜は竹刀を構え合う。

ジリジリと様子をうかがい合う二人。

一瞬のタイミングで間合いが空くと、友代は面を打つ。それを弾く茜。そして次の瞬間、払い面が友代に入った。

スパーンという音とともに一本入ってしまったのだ。

「坂口、お前はかなりのレベルだけど、やっぱりまだまだ甘いわね」

「くっ!」

友代は歯ぎしりをした。三年の茜はやはり強い。さすがは先輩。全国レベル。

笛が鳴り、自稽古を交代した。

「次は必ず……」

友代は体の力を抜いた。そして別の相手と向き合う。


 

 稽古が終わると外を見た。雨雲が見える。

もしかして雨?

夕立ちだろうからどうせ降ってもすぐ止むだろう。

友代は剣道着をしまうと、面タオルを防具の中に入れて帰る準備をした。

さて、由花利と帰ろう。

由花利は鞄の中を探った。

「あちゃー、やっぱり傘無いや~」

友代は黙って空を見上げる。

小雨が降っていた。このくらいなら走って帰れば大丈夫だろう。

「私も傘無いし、一緒に走って帰ろうよ」

友代が言う。

「傘なんて無くても……」

その時だった。犬雄が剣道場に来て、鞄から折り畳み傘を出した。

「やあ、傘無いんだろ?これで一緒に帰ろうよ」

そう言って犬雄は折り畳み傘を友代に差し出した。

「先輩……」

友代はそれを受け取るのに躊躇した。

「先輩と一緒には帰れませんよ」

「何で?臭いから?」

そう言われて初めて友代は自分が稽古終わりだと思い出した。

私は今、剣道臭いんだった。

「あ……」

「全然平気だよ、俺は」

犬雄が言う。

「先輩、先に帰ってください」

「いや、大丈夫だよ」

「でも……」

そこに由花利が割り込んでくる。

「犬雄先輩、私が先に帰りますから、お二人でどうぞ」

犬雄は首を振った。

「いや、二人とも傘無いんだろ?この傘一本しか無いからさ。これで二人で相合傘でもして帰りなよ」

「えっ、でもそれじゃあ、先輩は?」

「俺のことなら心配しなくても大丈夫だよ。どうせ通り雨だ。すぐに止むだろうし、止んだら帰るよ」

「そんな……」

「気にすんなよ由花利。それに友代も」

「先輩……」

由花利は犬雄の折り畳み傘を受け取った。そしてそれを広げ、友代を呼ぶ。

「友代、帰ろ!」

「え、でも」

「先輩がこう言ってくれてるんだし」

「でも……」

「あんた、臭くて一緒にはどうせ帰んないんでしょ?」

「う、うん」

「なら、いいじゃない。甘えようよ」

「でも、ホントにいいんですか?」

友代は犬雄に聞く。

「ああ、いいよ」

「スミマセン、それじゃあ」

そう言うと、友代は開いた傘の下に入った。雨が傘にボトボトと当たる音が聞こえる。

「本当にありがとうございます」

犬雄は手を振った。まるでさっきの西川音子とのやり取りが無かったように、犬雄と友代はそこで別れた。

犬雄もさっきのことには触れまいと思ったのか、何も言わないままだった。

「先輩」

去り際に友代が犬雄に声をかける。

「私、さっきのこと気にしてませんから」

そう言うと、友代はすぐに傘の陰に隠れた。


 

 帰り道。

雨が少し止んできた頃に、由花利は友代に声をかけた。

「さっきの何?」

「え?」

「さっきのことって」

「ああ」

「気にしてないって何かあったの?」

友代は赤くなる頬を隠しきれなかった。

気にしても始まらない。きっと何か事情があったのだ。じゃないと、あのタイミングでキスなどあり得ない。

「実は、部活前、先輩が他の女子にキスされてたの見ちゃったの」

「ええーっ!」

由花利は驚く。

それはそうだろう。

「どうして……」

「知らないけど」

「口に?」

「違う。ほっぺに」

「誰がしたの、それ?」

「確か、B組の西川って子」

「西川ってあの、西川音子?」

「知ってるの?」

「もちろんだよ!」

由花利の情報網は甘くない。そこらのCIAのネットワークよりすごいとも噂されるほどの情報通なのだ。

「一年B組のでしょ?」

「隣のクラスだよ?」

「知ってる知ってる!」

雨が完全に止んだので、由花利は傘を畳んだ。

「その子、気を付けた方がいいよ」

「どんな子なの?」

「人の物を欲しがる、ネコのような子よ。だから名前も音子」

「人の物を欲しがる?」

「そうだよ。あんたの彼氏、狙われたんだよきっと」

「そんな……」

友代は心配になる。

恋泥棒か?

「あの子とは付き合わない方がいい。絶対取られるから」

「先輩はそんな人じゃないよ」

「でもキスされたんでしょ?」

「ウ……」

友代はたじろぐ。

先輩を奪われるなんてそんな……。

「あんた、奥手なんだから、心配だよ」

「そんな」

「だってそう見えるもん」

「そりゃ、そうかもしれないけど」

「音子って子は、積極的だよ。それに狡猾」

「そうなんだ」

「あんた心配じゃないの?」

「私は先輩を信じている」

「でも、相手に強引に迫られたら犬雄先輩だって……」

「犬雄先輩はそんな人じゃない」

「すごい信頼だね」

「だって、先輩は私の事好きだって何度も言ってくれた」

「そんなにのろけられても……」

友代は赤くなる。

「ち、違う!そんなんじゃない」

「はいはい、ご馳走様」

由花利はクスクス笑いながら言った。

「だから、のろけじゃないんだってば!」

「分かってますって。でも、正直あんたと先輩見てると、何かカップルって感じじゃないんだよね」

「ひどい」

「さっきだって私が気を利かせてやろうと思ったのに、あんた剣道臭いからって」

「だって、それが嫌なんだもん」

「そんなんじゃ、いつまで経っても先輩と一緒には帰れないじゃないの?」

「先輩はそれでも理解してくれてる」

「そう思ってるのも今のうちだよ」

「何で?」

「先輩は、犬雄先輩は実は隠れファンだっているんだから」

「えっ?」

「私も実はファンなの。だって優しいし。ホラ、今日も自分の傘、私たちに貸してくれたし。私、優しい人って好きなの」

友代の目が狂犬のように光る。

「あ~ん~た~」

「じょ、冗談だって。でもホントに優しいでしょ?」

「そうね」

「あんな男子、そうはいない」

「でも先輩は私の……」

「そうね、あんたの彼氏だもんね。でも、そんなに彼氏彼女らしいことした?」

「えっ?」

「まだ一緒に帰ったりもしてないでしょ?それにあんた、教室では先輩との交際を大声で否定しちゃったよね?見てたよ」

「あ、あれはだって、みんなに知られるのが嫌だったから」

「そんなんじゃダメだって。大体先輩とLINEの交換とかもした?」

「してない」

「だからダメなんだって」

「でも、私そんなに積極的になんてなれないし」

「だから音子なんかに一歩先に行かれちゃうのよ。もっと剣道の時みたいに積極的になりなさいよ」

「どうすればいいのかな?」

「そりゃあ、まずは学校がダメなら外で会うことだよ」

「外で会う?」

「そう、デートだよ!」


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