たいようの宝石
ここは、知る人ぞ知る、知る人しか知らない"時間を買える"店。ところ狭しと並べられた宝石が、陽に当たって光を反射する。外とは切り離されたかのような空間に、主の魔女は静かに住んでいた。
カラン、
扉に取り付けられたベルが、滅多にない来客を知らせる。今日のお客様は、一人の女性。彼女のお求めの時間はなんでしょう。
「毎日、日曜日にしてほしいんです」
客の女性─名をリコと言うらしい。─は、目の前に座る少し小さい魔女に、そう言った。
「好きなことを好きなだけ出来る、日曜日がずっと続くようにしてほしいんです」
魔女は、時折重力に従って落ちてくる丸いレンズの眼鏡を指で押し上げながら、手元のノートに客の要望を書き付けた。その間も、会話を繋ぐことを忘れない。
「お仕事は、大変ですか?」
「休んでも、ちっとも、休んだ気持ちにならないんです」我慢ならないと言った様子だった。
魔女はふと立ち上がり、奥の部屋へと引っ込んだ。リコは、手持ち無沙汰で部屋の中を見回した。色とりどりの宝石。乱雑に箱に押し込まれた時計たち。不思議な空間だった。
「どうぞ、ハーブティーです」
奥から戻ってきた魔女は、トレーに乗せたカップを、リコの前に置いた。ハーブティーの香りで、肩に入っていた力が抜けるのを、魔女はルビー色の瞳で確認した。
「ずっと続く日曜日を買いたいのですね?」魔女は落ち着いたリコに、本題を投げかける。
「はい。おいくらですか?」きっとありったけのお金を入れてきたのだろう、太った財布を取り出した。
「お金は要りません!」魔女は、財布を開こうとするのを、慌てて制止する。
時間を"買う"店なのに、お金は要らないだって?表情が、彼女の言いたいことを全て語った。
「時間のお代は、宝石です」魔女は、疑問符を飛ばすリコに、そう説明した。
ここは、魔女が指定した宝石で時間を買う店。ほしい時間に合わせた宝石を、手に入れなければならない。それは時に、お金を払うよりも大変だと言う。
「どんな宝石ですか?」
「リコさんは、"たいようの宝石"を用意して、"何も起こらない"日曜日の陽が落ちるまでに、ここに来てください」
随分と細かい注文に、リコは慌ててメモを取った。魔女は、もう一度ゆっくり復唱する。
一文字も漏らさずメモを取り終えると、リコは立ち上がり、早速宝石を手に入れるために店を出て行った。
終わらない日曜日がほしいと、注文した彼女が店を出てから、何度か日曜日が過ぎ去った。魔女は未だ訪れないそのお客様─リコを黙って待ち続けた。もう諦めて訪れないなら、それでも良い。魔女は自分で入れたハーブティーの香りを楽しみながら、静かな空間でリコを待った。
カラン、
扉に取り付けたベルが鳴る。
「たいようの宝石!持ってきました!」扉が開ききるのと、ほぼ同時に、興奮気味なリコが転がり込んできた。
「お待ちしておりました。さあ、どうぞおかけください」魔女は、カップを置いて立ち上がり、いつもの笑顔を浮かべた。
「たいようの宝石、少し苦労しました。遅くなってしまって、すみません」
「いいえ、では、たいようの宝石を」
魔女が差し出す小さな掌に、箱を乗せる。それを開くと、中には太陽を閉じ込めたような色の、小ぶりな宝石が入っていた。
「ええ、たしかに、たいようの宝石です。ご苦労様でした」魔女は、宝石を窓から差し込む陽に当てて、それを本物だと認識した。
「本当に、よろしいですね?」魔女は、本棚から一冊の古い本を取り出しながら、最後の確認をリコへ投げかける。
彼女は何も言わずに、深々と頷いた。ついに、夢にまで見た幸せな日々が始まる。 胸を躍らせ、期待の眼差しで魔女を見つめた。魔女は、その眼差しを受け、パラリと古い本を捲る。ある頁で手を止めると、リコに目を瞑るよう指示した。目を瞑り、静かに待つ。時計の音以外聞こえない。
「お待たせしました。どうぞ目を開けてください」
それからどの位経っただろう。暗闇の中、うっかり眠りに誘われそうになった頃、魔女はリコに声をかけた。重い瞼を持ち上げる。そこは、暗闇に入る前に見た景色と、何も変わらなかった。
「お買い上げ、ありがとうございます。あなたの望む、ずっと続く日曜日ですよ」
魔女は少し高い声で言ったが、まるで実感が湧かない。何が変わったと言うのだろう。リコは、戸惑いに負けて声が出なかった。
「きっと、明日…いえ、もうずっと日曜日ですから、明日ではありませんが、しばらく経てばわかります」
戸惑うリコに、魔女はそう説明した。リコはほんの少し、騙されたような気持ちになった。もし騙されていたのなら、この可愛らしい魔女にだって、遠慮はしない。彼女の表情は、口ほどにモノを言う。魔女は小さく笑ってしまった。
彼女は、未だ戸惑いながらも、礼を言って店を出て行った。
その翌日だった。再びリコが転がり込んできたのは。
「夜にならない!」リコが目の下をうっすら黒くしてそう叫ぶ。
「夜が来て、夜が明けたら月曜日になりますもの。これでずっと、日曜日です」魔女は、にこりといつもの笑顔で、丁寧に答えた。
魔女の説明は、たしかにその通りだ。わかりやすい、子どもにでも理解できそうな言葉。だがしかし、リコは理解に苦しんだ。地球が回る限り、朝と夜は順にやってくる─白夜の起こる地域でなければ。それを止めるなど、魔法とは言え、可能だというのか。可能ならば、世界は今頃大騒ぎだ。
「ご安心ください。夜が来ないのは、リコさんだけです」
魔女が、小さな古ぼけたラジオをつけると、箱の中から女の声がした。ニュースを読み上げる女は、たしかに夜が来ないという大事件を読み上げることはなかった。
「世の中は、変わらずに進み続けています。リコさんは、昨日の日曜日にずっと住み続けるよう、魔法をかけました」
魔女にそう言われ、リコの頭を過ぎったのは、昨日躓いた大きな石だった。確かに昨日、道の端に避けたのに、今日も危うく躓きそうになったのだ。誰が戻したんだ!と憤慨していたが、それが、まさか─
「ずっと、同じ日が繰り返されるってことですか?」
「その通りです。ですから、"何も起きない"日曜日に、来ていただいたのです」
魔女の言葉に、ようやく納得がいった。謎の指定が、ずっと引っかかっていた。何かが起きる日を繰り返せば、ずっと同じことが起き続ける─そういうことだ。
「もし、もし普通に戻りたいと言ったら、戻れますか?」急に不安になり、恐る恐る尋ねる。
「その時は、つきの宝石をご用意ください」魔女は、その不安を出来るだけ駆り立てないように、笑顔で答えてやった。
戻りたければ、いつでも戻れる。安堵の息が漏れた。ふと、ルビー色の瞳が細くなる。
「ただし、お忘れなきよう。立ち止まっている間、他の方は進み続けているということを…」魔女の言葉は、色んな意味にも取れた。
小柄で、いつも笑顔の魔女を恐ろしい存在に感じたこともまた、彼女は表情で、語った。
「では、よい日曜日を」