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if赤ずきん

作者: 芽生

 これは、今から300年ほど前の話です。あるところに、赤ずきんと、一族の中でα(アルファ)と呼ばれる狼少女がいました。赤ずきんは、容姿端麗で賢く、愛嬌のある優しい子でした。それに対してαは、醜く、ヒトを食べると言われ、皆に嫌われていました。

 二人は親友でした。いつも一緒に食事をとり(ヒトは食べていません)、一緒に森で遊び、一緒に眠っていました。世界中のどこを探しても、彼女たちより仲の良い者たちはいなかったでしょう。

 しかし、αは、皆に愛される赤ずきんを羨み、彼女のようになりたいと強く望んでいました。そして、それはやがて、妬みへと変わっていったのでした。



 ある日、赤ずきんが熱を出しました。家で寝こんでいる彼女の他に友達のいないαは、一人、池の水に映る、自身の美しいとは言い難い顔を眺めていました。飛び出た目に大きな鼻、裂けた口。

「赤ずきんみたいに、可愛くなりたい…」

 彼女みたいに綺麗になれば、みんなに愛されるのかな…。思いは日増しに強くなる一方…。


 そんなことを考えるαの耳に、澄んだ音が飛び込んできました。

「それが、君の願い?」

「え…?」

 見上げると、そこに立っていた、いや、浮かんでいたのは、小さな男の子でした。端正な顔立ちに微かに透き通った白い肌、美しい宝石(サファイア)のような瞳は、少々の冷たさを感じさせました。

「僕は、水の精。君の願いを、聴いてあげる。」

 凛としたその声は、どこか空虚な響きを奏でるのです。αは、朦朧としました。その声はまるで、彼女の心の叫びを露わにしていくかのようでした。

「私の、願い…」

「そう、君の、願い。」

 答えてはいけない。そう思ったにも関わらず、αの口は動いていました。

「可愛く、なりたい。赤ずきんみたいに…!みんなに愛されて、みんなに笑いかけてもらえるような、可愛い子になりたい」

「僕は、水の精。君の願いを、聴いてあげる。」

「あ…!」頭の中に、高い声が響いた次の瞬間、目の前が真っ白になり、αの意識は、黒い闇へと落ちていったのでした。



 αが目を開けると、()()()()は知らない部屋のベッドに横たわっていました。

 しかし、その体はαの体ではなく、()()()()()()だったのです。

「何、これ…」

 αは、呆然とするしかありません。

 そう、α()()()()()()()()()()()()()()()、αと赤ずきんの意識が互いの体と入れ替わってしまったのです。

「赤ずきん?入るわよ」まだ状況を理解できていないαの耳に、トントンとノックの音が聞こえ、おもむろにドアが開きました。入ってきたのは、どうやら赤ずきんのお母さんのようです。

「おやつにプリン食べる?ここに置いておくわね」お母さんの口調は、とても優しく、上品でした。赤ずきんが皆に愛される理由は、きっとこのお母さんにもあるのでしょう。

「あんがと、食べとくね」

「あら?あなた、そんな喋り方だったかしら?熱が上がったの?」

 不思議そうなお母さんの顔に、αは思わず焦ってしまいました。

「ごめん、具合が悪いから、寝るね」

「ああ、邪魔してごめんなさい。ここにプリンあるから、気が向いたら食べてね。それじゃあ、ゆっくり休んで」

 お母さんが部屋から出た瞬間、αは深く息を吐きました。「よかった~、ばれなかった…」


 それからαは、考えました。どうしてこうなったのか…。

 それはきっと、水の精にαが願ったからでしょう。“可愛くなりたい”と…。

「もう、赤ずきんには会えない…」

 頭を冷やしたαは、決意しました。これからは自分が、赤ずきんとして生きていくと。みんなに嫌われ、みんなに避けられ続けた私はもういない。これからは、私が赤ずきんになるんだ。

 そして、α、いえ、赤ずきんは、たくさんの友達に囲まれて、幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。






 …とはなりませんでした。罪を犯した者には、罰が下るのです。






 それから数年後、赤ずきんは、お母さんにおつかいを頼まれました。

「おばあさんの家に、パンとバタを届けてちょうだい。おばあさんは今、流行り病にかかってしまって、生活が困難だそうなの。よろしくね」

「うん、わかった。行ってきます」

 お母さんからパンとバタが入ったかごを受け取った赤ずきんは、森の近くにあるバスの停留所へと向かいます。

 停留所に着いた時、バスを待つ人はいませんでした。赤ずきんは、近くのベンチに座ってバスを待ちます。

 もうすぐバスが来るかというとき、一人の老いた女性がやってきました。

「こんにちは、今日も寒いですね」

 もうすっかり作り慣れた、屈託のない笑顔を老婆に向けて挨拶すると、彼女は幸せそうに顔をほころばせました。誰でもそうなのです。かわいらしい少女に微笑まれ、不快に思う人はいないでしょう。

 この人もみんなと同じなんだと、赤ずきんは思いました。

「こんにちは、赤ずきん」

「おばあちゃんも、バスに乗るんですか?ここのバスは、本数が少なくて大変ですよね」

「そうね、でもそのおかげであなたに会えたのだから、今日も良い日よ。寿命が延びたわ」

 嬉しそうにそう言った後、急に声のトーンが変わりました。

「それよりも赤ずきん、あなた、最近この辺でよく狼が出ること、知ってる?」

「い、いえ。今初めて聞きました」

「気を付けたほうがいいわ。特にあなたみたいに可愛い子は狙われやすいわよ」

「可愛くはないですけど…。ご忠告ありがとうございます、気を付けますね!」

 赤ずきんは、謙遜しながらも笑みを返し、お礼を述べました。

 そんなことを話しているうちにバスがやってきたので、老婆に別れを告げて、赤ずきんはバスに乗り込みました。


 おばあさんの家の近くの停留所までは、10分ほどかかり、そこから森に沿った道を歩いて家に向かいます。しばらく歩くと、たくさんの植物が生い茂る庭が見えてきました。「あった、おばあさんの家」

「おばあさん、赤ずきんだよ!お見舞いに来たよ」インターホンを鳴らし、声をかけました。

 すると、きっと風邪で喉の調子が悪いのでしょう。家の中から咳払いが聞こえ、「鍵は開いてるから、入っておいで」と、少しかすれた声が聞こえてきました。

「お邪魔します」

 ドアを開けると、そこに待ち受けていたのは、全く予想していない光景でした。

 目の前には背の高い狼が立ちはだかり、冷たく赤ずきんを見下ろしていました。しかし、赤ずきんは、怒りと悲しみ、冷やかさを含んだその眼に、見覚えがあったのです。

 かつて、誰よりも行動を共にし、共に喜びを分かち合った、親友と呼んでいた人物…。

 彼女の瞳は、目の前の狼の瞳と同じ光を放っていました。

 自分が狼だった時のことなど、もうとっくに消し去ったはずでした。そんな思いを嘲笑うかのように、記憶が止め処なく溢れ出してきます。赤ずきんの体は、無意識に震えていました。

「どうして、ここに?おばあさんは?」

「あなたのおばあさんじゃないでしょう。私のおばあさんよ。でも、あんな人食べてしまったわ。もう、関係のない他人だもの」

 獣の大きな口から放たれる声は、まさしくかつての自分の声そのものでした。

「私を襲うつもりで来たの?」

「うん、そうだよ」

 わかりきった答えを聞いた瞬間、赤ずきんは、自分の体内の血がなくなってしまったのではないかと錯覚しそうになりました。赤ずきんの顔からは、みるみる血の気が引いていきました。

「わかってるんでしょ、私が誰だか…」

 そう言って悲しそうに目を伏せる表情は、あまりにも大きな獣の体とは不釣り合いでした。

「私ね、あなたが大好きだった。周りがなんて言っても、αは親友だと思ってた。だけど、あなたは私を裏切った。熱でぼぅっとしていた時、急に目の前が白くなって、気付いたら池の前にいたの。すごく、混乱した。でもね、こっそり住宅街まで行って、あなたが寝ている部屋を覗いた時、全てがわかってしまった」

「それまでの私は、誰にでも優しくしたいと思ってた。でも、あの日を境に、心の中に、黒いもやもやとしたものが生まれてしまったの。どんどん耐えきれなくなっていって、自分を制御(コントロール)出来なくなっていって…」

 彼女の眼から零れたのは、真っ赤な液体でした。

「私は私でなくなっていった。小さなことをきっかけにして、まるでジェットコースターのように、私が狼になる速さ(スピード)は加速していって…」

 赤ずきんは、返す言葉が見つかりませんでした。自分のしてしまったことの罪深さに、今さら気付いたところで、もう遅いのです。

「ごめん、ごめんね、α…。私も、すぐ後を追うから」

 それから自分の身に起きたことを、赤ずきんは理解できませんでした。首に電流のような痺れが走り、意識が遠のいていきました。

 ただ、彼女にわかったことと言えば、狼が発する声に、憎しみはなかったということだけでした。







 数日後、おばあさんの知り合いの猟師は、おばあさんの家を訪れ、散乱した衣服と赤いずきん、そして、既に息絶えた一匹の狼を見つけたそうです。

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