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2‐2

――柔らかい日差しの温もり。頬を撫でる心地の良いそよ風。風に乗って鼻をくすぐる土の香り。何処からか届く川の和流せせらぎ


 それらをその身に感じ取り、真はゆっくりと目を開けた。



 眼前に広がるのは、まるで海に立つ小波のようにして風にそよぐ草花達。そしてその先を眺めると、辺り一面には広大な草原が一望できた。

 信じられないと言った面持ちでその光景を見渡す真の耳に、ふと、ぬこの声が届く。


「どうだい? 初めて世界を渡った感想は」


 ぬこは腰の後ろに両手を回して、真の正面に回り込むと、呆然と立ち尽くすその顔を覗き込んで言った。真はゆっくりと、目の前に居るぬこへと視線を移し、口を開く。


「す、すごい……。私達本当に絵本の中に入り込んじゃったの……!?」


「うん、どうやらそのようだねっ」


 ぬこはそう言ってから片手を口元に運び、「コホンッ」と咳払いをして、両手をめいいっぱい広げる。


「ようこそ! 物語の世界へ!!」


「ふわぁ~」と目を輝かせて真は改めて辺りを一望し、天を仰いで深呼吸をする。



 見渡す限りの大草原。

 心が浄化されるように澄み渡る空気。

 絵本の世界へ飛び込んだ不思議な高揚感。



 これは初めての体験で、未だ味わったことのない感覚のはずなのに、真にはどこか、似たような感覚を味わった事がある気がしてならなかった。


「あれ、この感じどこかで……」


「ゴラァ! そこの嬢ちゃん! 道の真ん中で突っ立ってんじゃねぇよ! 死にてぇのか!?」


 突如として背後からの野太い怒鳴り声が真の鼓膜を貫き、「うわぁっ!」とビックリして飛び上がると後ろを振り向く。そこには、馬具を備えた一頭の馬と、それに繋がる手綱を両手に持ち、御者台ぎょしゃだいの上にどっしりと座る大男が、鼻から息を吹いて真を見下ろしていた。


「すすすっ、すいません!」


 真とぬこはササッと道から逸れて、荷馬車に道を譲った。先程まで立っていた道へと目をやると、くっきりとわだちが残っている。

 御者台の大男は真を一瞥すると、手綱を振るって立ち止まった馬を前進させる。荷馬車は道に敷かれた轍の上を辿るようにして、また道を進み始めた。



「うわぁ~ビックリした~」


 未だ収まらない動悸に胸を抑えて、真は肩を落として呼吸を落ち着かせる。


「真、あれを見てごらん」


 真はその言葉に、ぬこの指差す方向、荷馬車の向かう先へと視線を伸ばす。その道は草原の間をくねくねと蛇行して続き、その更に奥には、大きな街があるのが見て取れた。周りには、街を囲うようにしてそびえる外壁が立ち並んでいることが伺える。余程大きな、発展した街なのだろうか。真は額に手をかざして、遠くにある街を眺めた。


「恐らくは、あの街がこの絵本の舞台に違いない。その“行商人のねこ”とやらにも会えるだろうさ」


 そう言うとぬこは、荷馬車を追うようにして四足で走り出した。真はぬこの後を追って、慌てて走り出す。


「ちょ、ちょっとぬこ! 待ってよー!」


 後を追う真を待たずして、ぬこは追従するように荷馬車の後ろにピタリと付くと、軽々と地面を蹴って荷台の後ろにある、人が座れそうなスペースに跳び乗った。


「えっ!?」


「真も早くおいでよ~」


「ちょっ、またおじさんに怒られるって!」


「バレなきゃ大丈夫さ~」


 そう言ってぬこは、ガタガタと忙しなく揺れる荷台の上に座って、手を振っていた。真は脳裏に先程の厳つい大男の顔を思い浮かべながらも、ぬこに続いて荷馬車の後ろに駆け寄りピタリと追従する。そして差し出されたぬこの手を掴むと、引き上げられる様にして荷台の上に跳び乗った。



 荷馬車はガタガタと音を立てながらも、長い道のりの先にそびえる街へと向かい進み続ける。たまに石ころなどを轢いているのだろうか、一際大きく荷馬車が揺れる事があり、その度に真はお尻が浮いて木の台に打ち付けられる強い衝撃に、体をピリリと震わせた。


 御者台で馬を引く大男は、二人が荷台に乗っていることには気づいていないようで、黙々と街へと続く道のりを一直線に向かう。道中ぬこと真は、街に着いたらまず何処へ向かうか、この世界でどうやって王冠を探すか、少し観光をしても良いか、などを話しながら時間を潰した。



 体感時間で言うと三十分程度だろうか、程なくして荷台から顔を覗かせると、いよいよ街の全貌が二人に迫っていた。


「真、見てごらん。ここはひょっとしたら王都なのかもしれないね」


 真は、ぬこの上からひょこっと顔を出して、荷馬車の向かう先を伺った。しかしそれだけでは街の全貌が視界に収まりきらず、外壁を伝うように顔を上げていく。


「うっわ~! なにこれ大きい~!」


 街の入口付近に差し掛かかる荷馬車から真の眼前に広がったそれは、今までに見たことのない圧巻の光景だった。



 街を取り囲む様にして聳え立つ外壁は、遠目で見た時よりも想像を遥かに超える高さで、それを支える支柱が壁を伝い等間隔に設けられている。地面から壁を登るようにして伸びる根も、この外壁と協力して街を護っているかのようだ。


 開け放たれた、荷馬車が通ってもまだまだ余裕のある高さの街の門を潜る時、空を渡る飛行機雲を追うように、ぬこと真は天を仰いだ。


 そして、荷馬車が街に到着した事を確認すると、ぬこは「降りようか」と言って荷台から飛び降り、それに続いて真も、荷台から降りて地面に足を着く。



「ほえ~まるでアニメの世界に来たみたい」


 真は、辺りに広がる街の光景と人々を見渡しながら、感嘆の息を漏らした。


 街の入口付近は、言わば商店街の様な場所なのだろうか。


 荷台に屋根を貼り並べられた果物を売る者。

 テントを構えて露店を開く者。

 それらを伺いながら街を歩く人々。

 店主と笑い話に花を咲かせる婦人。

 マントを深く被り大きな荷物を背負う旅人。


 子供から大人まで、実に様々な人が街中を行き交っていた。


 そして驚くことに、その中には小人のような小さな姿をした者から、身長二メートルを優に超えるであろう大男まで大小様々であり、改めてここが真の居た世界とは別の世界なのだと思い知らされる。


 ぬこと真はそれらを興味深く覗きつつ、本のタイトルにあった“行商人のねこ”を探して回った。



「そう言えば、一つ気になってた事があるんだけど、訊いていい?」


 真は街を歩きながら、ふと疑問に思っていた事をぬこにたずねた。ぬこは屋台にぶら提げられた魚に送る視線を名残惜しそうにしながら、真へと向き直る。


「ん、なんだい?」


「なんて言うか、私達は確かに『行商人のねこ』ってタイトルの本の中に入ったけど、これだけ広いんだからわざわざその猫さんを探さなくても、王冠を直接探せば良いんじゃない?」


「うん、真にしては鋭い質問だね」


 ぬこは改めて辺りを見渡しながら続ける。


「真は、自分の居る世界がどれだけ広いと思う?」


「ん~? まだ海外とかには行ったこと無いから、日本列島くらい?」


「あいやいや真の主観じゃなくて、世間一般的にどれだけ世界は広がってると思われてるんだい? 真は地球と呼ばれる星に住んでいるんだろう?」


 真は首を傾げて、顎に手を当てながら頭の中で想像を膨らませる。


「え、う~ん。地球を飛び出して、すごく広ーい宇宙があって、その更に遠くにまた違う星があって……とかかな?」


「うん、それが真の居る世界の、創造主が創造した全てだ。それじゃあこの絵本を書いた人は、何を創造したんだろうか?」


「この絵本……。あ、“行商人のねこ”、と“この街”?」


「うん、まぁそれだけでは無いかもしれないけど、間違いなくこの世界の舞台はこの街だろう。そしてこの物語の主人公は、“行商人のねこ”だ。つまり、この世界はその主人公を中心に回っているんだよ。まずは物語の主役を見つける事が、この絵本の世界を知る鍵になるとは思わないかい?」


 真は理解が出来たのか出来ていないのか、「は~なるほどぉ~」と言いながらも深く何度も頷いてから、またぬこを見て口を開く。


「じゃあここには王冠は無いの?」


 ぬこは予想の斜め上を行くその言葉を聞いて、サッと真を見上げる。


「え、何でそうなるの?」


「え、違うの?」


「ん~っと……まぁいいや。とりあえずその猫を一緒に探してよ」


 そう言うとぬこは、トコトコと早歩きで先へ歩いて行ってしまう。真は、「あ、ちょっと何なの教えてよー! ぶー!」と言いながら、小走りにぬこの後を追った。



 街を歩き進める中、段々とすれ違う人の数が増えていき、それに連れてぬこはどこからともなく刺さる不可解な視線を感じ取っていた。どこか落ち着かない様子のぬこを見て、真はその顔を覗き込んで問い掛ける。


「ぬこ、どうしたの?何か見つけた?」


 その問いかけに対し、何かを悟ってか、ぬこは小さな声で応える。


「さっきから嫌な視線を感じるんだ……」


 真はぬこに顔を向けたまま、然りげ無く周囲を見渡す。


 しかし真には特に周りの人々に変わった様子は見受けられず、「気のせいじゃない?」と言うと前に向き直る。ぬこは「そうだと良いけどね……」と、尚も警戒を怠らずに声を小さくして応えた。



「やぁそこのお姉さん。お姿拝見するにこの街の者ではないね。何をお求めかな?」


 街を歩くぬこと真の背後から突然、フードを深々と被り顔を隠した、荷車を引く小さな行商人が声をかけてきた。真がその声に振り向くと、ぬこは真の影に身を寄せるようにしながら顔を向ける。

 真は膝に手を突いて、その小さな行商人に、健気な子供の姿を連想させながら顔を向けた。


「えーっと、私達は特に何かを買いに来た訳じゃないんだけど、ある人?を探しているの」


 行商人は顔を向けず、俯いたまま応える。


「人探しかい。じゃぁあんたらに用は無いよ」


 踵を返して立ち去ろうとする行商人を、真は呼び止める。


「あ、ちょっと待って! 人と言うか猫なんだけど、あなたは行商人だよね? 同じ行商をしている猫さんなの。知らない?」


 その言葉に、行商人は少し間を置いて顔を背けると、早く立ち去りたいと言わんばかりに無愛想に応えた。


「知らないね。行商をする猫なんて居る訳がないだろ」


 そう言って、小さな行商人は荷車を旋回させて足早に立ち去ろうとする。すると、真の影に隠れていたぬこが顔を出し、行商人の小さな背中に声を放った。



「君、人間じゃないね。僕と同じ匂いがするよ」


「……?」


 ぬこの言葉、「同じ匂い」と言う不可解な言い回しに行商人は歩みを止め、ゆっくりと振り向いて、僅かに開いたフードの隙間から視線だけを向ける。そして、影の中から覗くその瞳は、猫の姿をした二本足で立って言葉を話すぬこを捉えると、まん丸と見開いた。


「お前は……!」


 視線を交差させるぬこと行商人に挟まれて、それらを交互に見つめる真は、二人の間に漂う緊迫した空気を感じ取りあたふたとする。


「……!?」


 次の瞬間、行商人は頭に被るフードを片手で抑えたまま、勢い良く地面を蹴り飛ばしてぬこに掴みかかった。しかし警戒心を高めていたぬこは、一瞬で間合いを詰められたのにも関わらず、持ち前の反射神経でそれを躱すように後ろに飛び退く。しかし、行商人は宙に浮いた片足を伸ばし、瞬時に地面を蹴って再びぬことの間合いを詰めると、伸ばした手でぬこの腕を掴み、立ち並ぶ露店の影の更に奥、建物の影になった路地裏へと引っ張っていった。



 あまりにも一瞬の出来事に、真は呆然としてその場に立ち尽くしていたが、二人が巻き起こした風でスカートが捲れ上がっている事に気がつくと、頬を赤らめながらそれを抑え、二人を追って路地裏へと小走りに向かった。


次回更新は11月1日水曜日19時ですっ。


感想、評価にて、読者様方の声をお聞かせください。

作品のクオリティアップ、執筆活動の糧とさせて頂きます!

心よりお待ちしておりますm( _ _)m

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