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2‐1

 

「あづぅ~い」


 真はカウンターテーブルにベタっと頬を突き、自分の顔に団扇うちわで仰いだ風を送りながら嘆いた。店内に備えられた、小さく頼りのないエアコンを全開にするも、室内の温度は外から注ぐ太陽の熱に負けて、一向に涼しくなる気配は無い。


 真は汗の滴る頬を上げて、テーブルに置かれたコップを手に取り口元に運ぶ。しかしコップの中身は既に空っぽになっており、二、三度振ってコップの底を覗き込むと、項垂うなだれるようにしてまたテーブルに頬を突いた。


「ぬこ~魔法でこのコップにジュース注いで~」


 書棚の下にある小さな足台の上から脚をぶら下げて、座り込み本を読んでいるぬこは、視線を本に向けたまま応える。


「だから僕は魔法は使えないって言っただろう?二階の冷蔵庫から自分で飲み物を取ってきなよ」


「ぬこが取ってきてよぉ~」


「僕は今忙しいんだ。それに二階には雅が居るだろうに」


「うぅ~けちぃ~」


 相変わらず店内には、ジリジリと夏の到来を告げる蝉の声が届き、それがより一層夏の蒸し暑さを演出しているようで、それに勝るとも劣らない唸り声を真は上げている。


「うぇ~あづいよ~」


 ぬこは無視を決め込んで手に抱える本に集中する。


「溶けちゃうよ~」


 蝉の声以上に耳障りな真の声に、ぬこは僅かに耳をピクリとさせる。


「死んじゃうよ~助けて~」


「あぁもう五月蝿いなぁ!少し静かにしててくれないかい??」


 堪らずぬこは両手で本を開いたまま、テーブルに突っ伏す真へと顔を向けて言った。真は「ぶ~」と不貞腐れたように頬を膨らませると、ぬこに向かって唇を尖らせた。すると、二階から勢い良く階段を駆け降りる音が店内に響く。


 階段からは、相変わず元気にピョンピョンと跳ねる雅が降りてきて、いつものリュックサックを背負いながら靴を履き、二人の前に駆け寄る。


「今日はミキちゃんちに行ってきまーす!」


 雅はビシッと片手を天高く伸ばし、選手宣誓ばりの威勢の良さで声高々に宣言した。真はテーブルに頬を突いたまま雅へと視線を送る。今朝結んでやったツインテールを揺らしながら雅は、ニコッと笑顔を見せた。


「は~い行ってらっしゃ~い。五時までには帰ってきなさいよ~」


「はーい!」


 雅は元気な声で真に返事をすると、足台の上で寝転がって手をペロペロと舐めるぬこの下に駆け寄ってしゃがみ込み、雅へと視線を向けるぬこを覗き込む。


「ぬこちゃん、今日も店番よろしくね!」


「ニャ~」


 そう言うと雅はぬこの頭を優しく撫でた。ぬこは気持ちよさそうにグルグルと喉を鳴らす。


「んじゃ、行ってきまーす!!」



 そして雅は、いつものように店のガラス戸を開けて、夏の日差しの中へと駆けていった。 真とぬこはその後ろ姿を見守るように暫く店の外を眺め、雅が戻ってこない事を確認すると、お互いに顔を合わせる。


「いつもそうしてればもう少し可愛気があるのに」


「真こそもう少し元気な雅を見習ったらどうだい?」


 真は「うるさいなぁ」と言ってまた頬を膨らませて、ぬこから顔を背ける。


 確かに、雅はこの暑さを弾き飛ばすように今日も元気いっぱいだ。最早暑さを感じていないのではないのだろうか? 雅はいつの間にかそんな特殊能力を覚醒させたのではないだろうか?いや、まさか雅は魔法少女? それともミュータント? と、真は溶けそうな脳みそで意味不明な事を思い浮かべていた。


 ぬこは「やれやれ」と小さく溜息をつくと体を起こし、また足をぶら下げて足台に座り込む。そして閉じていた本を両手で抱えると、円環の栞を挟んでいたページを開いて、読書を再開する。



「あれ、ぬこ。その栞を挟んじゃって良いの?」


 ぬこの抱える本の間に挟まれた円環の栞を覗き込んで、真はたずねた。


「あぁ、この本なら大丈夫だよ。これはファンタジー小説だけど、この本は世界を渡る媒体としては創造力が不十分だ。円環の栞が反応して、突然本の中に吸い込まれるなんて事も無いから、安心して」


「ふ~んそうなんだ」と相槌を打つ真を横目に、ぬこは円環の栞を挟んだまま今一度本を閉じ、クルッと手を翻して表紙へと目を向ける。


「それにしても、この本達はどうしてこんなにタイトルが長いんだい?手に取りやすいサイズだったからいくつか読んでみたは良いけど、どれもこれも似たような話ばかりじゃないか」


 ぬこは手に持つ本のタイトル、『ゆうてん!―魔王に敗れた勇者だが女神の手違いとやらで日本の学校に転入させられた!―』を指先でトントンと叩きながら真へと問い掛ける。


「あ、あぁ……それは“ラノベ”って言ってね、若い人達に人気のあるジャンルらしいよ。最近はそうやって長いタイトルにするのが流行り? みたい」


 真はその本を一瞥してから、書棚の一角に並べられているラノベコーナーへと視線を向ける。そこにあるのは、「このご時世若い人達のニーズも視野に入れるべきだと思うの!」と活き立った母が、最近仕入れ始めた書籍達だ。


 そもそも読書をしない真は、当然そのラノベとやらを読んだことはない。だが、一際目に付くビビットカラーの背表紙に合わせて、無駄に長いタイトルは嫌でも目に付く。


 しかし、そんな母の采配が功を奏してか、これがまた中々売れ行きが好調なのだ。大手の書店などでは売り切れてしまった人気書籍などを求めて、この小さなナギサ書林を穴場として、ラノベを買い求める若者たちは後を絶たない。



「そんなに面白いのかなぁ」と真は頬杖を突きながら興味が無さそうにぼやいた。

 ぬこは「ふ~ん」と二、三度頷きながらも、また手に持つ本へと視線を戻す。


「“ラノベ”かぁ……僕の世界にはそんな物は無かったなぁ。アーミラル・スフィアにこの本の記憶を還元すれば、禁書庫に並べる事が出来るかもな……」


「ん?何か言った?」


「え、あぁいや何でもないよ。こっちの話しさ」


 そう言ってぬこは円環の栞を抜き取って本を閉じると、足台に立って書棚に戻した。すると栞を片手に、ぴょんっと飛び降りると、書棚に並んだ本を見上げながら店内を歩き始める。


「さてと、それじゃあそろそろ始めようか」



 ぬこは、書棚からテーブルに頬杖を突く真へ視線を移すと、手に持つ円環の栞を掲げて言った。先程までは光っていなかった円環の栞は、徐々に表面に浮かぶ模様から放たれる光を増していく。


「円環の栞が反応している。どうやらこのナギサ書林に並ぶいずれかの世界の入口が開いたんだ」


「ほえ~」


 口から息が漏れるような腑抜けた声を出して、真はその円環の栞を見つめている。ぬこはそれを見てガクッと肩を落とす。


「ってあれ、ちょっと真?何だいそのやる気の無い態度は?」


「あーごめん。ちょっとボーッとしてて」


 ぬこは溜息を付いて「はぁ~、こんな調子で本当に大丈夫かなぁ」とぼやきながらまた書棚を見上げる。


 円環の栞がより反応を示す方へと歩みを進め、ラノベコーナーから文芸コーナー、そして絵本コーナーへと進んだ。すると、円環の栞が強い光を放って反応を示した。


「真、この絵本の中にきっと世界を渡る媒体と成り得る本があるはずだ。一緒に探してくれないかい?」


「は~い」と言って真は丸椅子から重い腰を上げて、レジカウンターを回って絵本コーナーへと足を運んだ。相変わず、お気に入りのプリーツスカートを靡かせながら、昨日と同じような赤い七分のフリルを身に纏っている。

 その姿を横目に見たぬこは、ふっと真へと顔を上げた。


「真、それ……」


 真は、自分の姿に見蕩れた様子のぬこを見てニヤ~ッと頬を緩ませると、見せびらかす様に少しばかりポーズを取って見せた。


「どう? カワイイでしょ? ぬこは素直だな~」


「洗濯した?」


「したよ!!」


「てか昨日とは違うやつだから!」と付け足して、真はブツブツ言いながら気恥かしさを紛らわすように、絵本の並べられた書棚へと視線を向ける。「女の子のファッションを何だと思ってるの??これだから男の子は……」という真の呟きに、ぬこは首を傾げながら書棚へと視線を戻す。


 真はいくつかの本を取り出しては、ぬこの持つ円環の栞へと近づけ、反応に変化が無いことを確認すると、また書棚に戻した。ぬこは円環の栞を直接書棚に並べられる本に近づけ、品定めをするように反応を伺う。


 すると、ある一冊の本の前で円環の栞は強い反応を示した。


「行商人のねこ……?」


 ぬこの伸ばす手よりも、少し高い所にある本を真は取り出して、その絵本のタイトルを見た。

 その絵本のタイトルは『行商人のねこ』。表紙には売り物をぶら提げた屋台のような荷車を引き、二足で歩く猫の姿が描かれていた。

 真はその絵本の表紙をぬこに向けながら訊ねる。


「この絵本の中に、ぬこの王冠があるの?」


 ぬこはその絵本の表紙を見つめると、真へと視線を移して応える。


「いや、円環の栞が反応を示したからと言って、この世界に有るとは限らないよ。それに、この絵本がどんな物語なのかも分からないしね。確かめようがない」


「それじゃあ絵本の中を見てみればいいんじゃ……」


 そう言って真は、絵本の中に王冠が登場するかどうかを確かめようと、徐に絵本を開いた。しかし、真の思惑はすぐに絶たれる事になる。



「え……真っ白?」


 『行商人のねこ』の中身は全てのページが白紙になっており、その物語の内容を想像出来るものは、表紙のタイトルと絵だけだった。しかし真はすぐにある事を思いつく。


「あ、でもスマホで調べれば分かるかも……」


 真は手に持つ絵本をぬこに手渡して、スカートのポケットから白いスマホを取り出すと、液晶画面をポチポチとタップして「絵本 行商人のねこ」で検索をしてみた。それを見たぬこは、その薄っぺらい不思議な物を指で叩く真に問い掛ける。


「ん? その道具は何だい?」


 ぬこの問いに、真はスマホに釘付けになって画面をスクロールしながら応えた。


「ん、あ~これ? これはスマートフォンって言ってね。何でも調べる事ができる便利な道具だよ」


「スマートフォンかぁ……面白いね。ちなみに、調べても多分無駄だと思うよ」


「え、どうして?」


 その言葉に反応して、真はスマホからぬこへと視線を向ける。すると、ぬこは手に持つ絵本のページを捲りながら応えた。


「今この絵本の物語は円環の栞と強く結びつくことによって、普段は表面的な世界を示している状態から、その世界の入口を開いている状態になった。扉を開いている間は、その扉を潜らないと中の世界を見る事は出来ないよ。そしてここに扉が開くことによって、今この絵本以外の物でこの物語セカイの存在を認識することも出来なくなったはずだ」


 ぬこのその言葉を聞いて、真は改めてスマホの画面に視線を戻す。しかし、スマホに映し出されたウェブサイト上には『行商人のねこ』と言う絵本の事は一切載っていなかった。


「そ、そんな事って……」


 驚いた様子でいる真を横目に、ぬこは開いた絵本のページの間に円環の栞を挟み込む。


「それが創造主の理。本達の持つ神秘的で絶対的な力。僕達はその世界を上辺から覗かせてもらっているに過ぎないということさ」


 ぬこは開いた絵本の間に円環の栞を挟み込んだまま、真へと一歩近づいて顔を上げる。



「さぁ、準備は良いかい? 僕から離れないでね」


「あっ、うん」


 真は手に持つスマホをスカートのポケットの中に仕舞い込み、しゃがんでぬこと目線を合わせた。


「何でそんなに顔を近づけるんだい?」


「え? だって離れるなって言うから」


「う、うんそうか。まぁいいや」


 ぬこは開いた絵本を両手で抱え、ゆっくりと目を閉じると意識を集中させる。すると、徐々に円環の栞に同調するようにして、絵本も僅かに光りを纏い始める。


「円環の栞よ、僕達をこの本の物語セカイへと導いてくれ……!」


 そしてぬこは、両手で抱える絵本を勢い良く閉じた。それと同時に幾重にも交差する光の環が、二人の体を包み込んだかと思うと、一瞬で絵本の中に収束する。


 その場には、閉じられた絵本のみが残されていた――




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