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何かに納得したかのように、腕を組んで「うんうん」と頷く真。そんな姿にやや違和感を感じつつも、ぬこは言葉を続ける。
「“この本”を見つけられたのはかなり運が良かった。まさか渡った先の世界で、これだけの本がある書庫にさっそく辿り着けるだなんて。ここに居たという事は、真はこの書庫の管理人なのかい?」
「書庫……?あぁ、ここはナギサ書林って言うんだよ。私のお母さんのお店。私は、まぁ店番かな」
「ナギサ書林……。変わった名前だね」
真は心の中で「あなたもね」なんて事を思いながらも、周りの書棚を見上げるぬこに問いかける。
「あの、ぬこさんにいくつか聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
「ん?何でも聞いていいよ!なんたって僕はケットシーの王様なんだからね!それと、僕のことは“ぬこ”って呼んでくれていいよ。僕も“真”って呼ぶからさっ」
ぬこは真の問いに振り向いて、腰に手を当てて「何でもござれ」といった構えを取る。
「あ、うん。じゃあ……ぬこ。ぬこはケットシーなんだよね?じゃあ、作り話の世界からやってきたってこと?」
「前者の問いはその通り。後者の問いは、半分正しくて半分違うっていう感じかな。とても曖昧ではあるけどね」
ぬこは改めて、周りの書棚に並べられた幾つもの本達一つ一つに、丁寧に視線を配りながら続ける。
「本って言うのはね、世界そのものなんだ。創造主の想い、意思、創造力が強い程、その世界は現実味を帯びて次元の間で強い繋がりを持ち、それが僕達や君達の目に触れ、第三者の認識と想像を以て、幾重にも重なる時空平面上に世界を形成している。そう、まるでこの書棚にぎっしりと並べられている本達みたいにね」
「え、えぇぇ……っと、つまりは……?」
「つまり、僕は誰かの創造した世界の住人であり、君達もまた誰かに創造された世界の住人ということ。どちらも異なる時空の、実在する世界の住人ということだよ。そして、その世界を繋げる事のできる唯一無二の“ワールドアイテム”。それがこの“円環の栞”なのさっ」
「ワールドアイテム……なんかちょっとかっこいいかも!」
「あいや、そう呼んだ方が馴染み易いかなと思って今考えたんだけどね」
「あ、はい……」
真は目が点になった。理解の出来ない領域に一歩歩み寄ろうとした結果、もっと自分の理解の領域から遠ざかってしまったからだ。しかし真は頭を振って、冷静な面持ちで再考する。
いやいやダメだダメだ。これは夢なんだ。もともと夢なんて理解をしようと思うものではない。考えるんじゃない、感じるんだ!
そうやって何とかこの状況に順応しようと試みて、ポンッと手を叩く。
「な、なるほどぉ~。じゃあこのナギサ書林にある本の数だけ違う世界があるって事なんだ~」
「うーん、それはちょっと違うかな」
「えぇ~……」
歩み寄るとすぐに突き放される。真は少し不貞腐れたような面持ちを浮かべた。
「本の中には、実際にあった出来事や著者の知見を記した物もあるだろ?史実や伝記、教本なんていった物達かな。それらには著者の創造力は宿らず、ただの書物と化す」
ポカーンとする真を置いてけぼりにして、ぬこは続ける。
「他にも、その世界を形作るのに十分な創造力を注がれなかった本達の中には、世界は形成されない。仮に、真が理想の世界を描いた本を書いたとしても、その本の中に世界が形成されるかどうかは、真の創造力次第ということになるね」
「う、うん。そっかぁー……。じゃあ質問を変えるね、好きな食べ物は?」
「おサカナ」
「そこはイメージ通りなんだ!?」
やっと真にも理解の出来る解答が返って来た事に、安堵と謎の達成感を感じつつも、「おサカナ」という一言で二人の距離がぐっと縮まったような気がして、「か、かわいい……!」と小声で囁きながら目をキラキラと輝かせた。
「えーっと、じゃあ何でぬこはここに来たの?」
「ん?さっき僕が言った事を聞いてなかったのかい?」
そう言うとぬこは、自分の頭の上を指差して続ける。
「僕はケットシーの王様。だけど王冠を無くしてしまったんだよ。だから真には、僕と一緒に王冠を探してもらいたいんだ。そのために僕は円環の栞を使ってこの世界に来たのさ」
「へぇ~それで、王冠は何処にあるの?」
「だからそれを一緒に探して欲しいって言ってるんじゃないか!真ってバカなの?」
「ちょっ、バカとは失礼ねバカとは!そりゃあ一学期の学年順位は中の下で?クラスではあまり目立つ方じゃないし?胸だって他の子に比べれば小さい方で……でも私って大器晩成型って言うやつ信じてるから?きっと大人になったら……それに」
頬を赤らめて自分の貧相な胸を気にしながら、徐々に小さくなる声と共に、俯き気味にブツブツと呟く真を、ぬこが覗き込んでいると、突然店のガラス戸が勢い良く開かれ、戸に提げられた鈴が軽快な音色を店内に響かせた。
「ただいまー!!」
ピョンピョンと跳ねるようにしながら弾むように明るい声で、赤いランドセルを背負った幼女が店内に駆け込んできた。
「あっ……」
「ん?」
真とぬこは同時に、二人の前に立ち止まったその幼女の方へと目を向けた。幼女は店内を見渡すとぬこにロックオンをして、目をキラキラと輝かせる。
「あぁ!“ねこ”さんだー!かわいいっ!」
ぬこは、駆け寄ってきた幼女に両脇を鷲掴みにされて、抱き上げられた。
「私は雅って言うの!よろしくね、“ねこ”さん!」
「僕はねこじゃない、“ぬこ”だよ。ケットシーの王様さっ!」
目と鼻の先でお互いに見つめ合う雅とぬこの間に、一瞬の沈黙が流れる。
「へっ……猫が喋った!?」
「ちょちょちょっ!」
真は、ぬこを抱き上げたまま困惑する雅から、ぬこを取り上げると、両脇を抱えて、ぬこの顔から覗くようにしながら、ぎこちない表情を見せる。
「わ、吾輩は“ぬこ”であるにゃ~。名前はぬこだにゃ~。“ねこ”って呼ばないでほしいにゃ~」
「真、何をやっているんだい?」
「しっ!ちょっと静かにしてて……!」
雅は、抱え上げた猫に腹話術をして見せて、更にはブツブツとおかしな独り言を言う真を、少しばかり憐れむようなジト目で一瞥した。
「……何やってんの?」
「えっあ、いや、ぬこって可愛いよね~。人語喋ったらもっと可愛いのにな~、なんて~、あはは……」
真は誤魔化すようにして引き吊った口角をピクピクとさせる。
「ぬこ……。ふっ、何それ」
それに対して雅は、頭がおかしくなった真に幼女ながら一丁前の冷たい視線を送り付けて鼻で笑うと、真の横を通り過ぎて二階の家へと上がっていった。
真はぬこを抱え上げたままそっと階段の奥を覗き込み、雅が子供部屋に行ったであろう事を確認すると、深い安堵の息をついた。
「はぁ~。危なかった……」
「どうして僕の事を隠すんだい?」
「雅に“喋る猫が家にいる”なんて事が知れたら大パニックになってそこら中に言いふらすに決まってるもん。そんなことされたら大変でしょ」
「そうかな?」
「そうなの!」
そう言うと真は、ぬこを床に降ろした。ぬこは足を着くと、鷲掴みにされていた脇腹の乱れた毛を整えながら、前のめりになって人差し指を立てる真を見上げる。
「いい?ぬこ。これからは私以外の人の前では普通の猫として生活すること。喋らないし、二本足で立たないし、胸を張らない!分かった?」
「えぇ~、何でそんなことをしなくちゃいけないんだい?自由にしてたっていいじゃ……」
「な・ん・で・も!!」
「……あぁ分かったよ。これも王冠を探し出すためって言うんなら仕方ない」
「そ、そう言うこと。理解が早くてよろしい」
真は腕を組みながらまるで、「それが言いたかったんだ」とでも言わんばかりに、コクコクとわざとらしく頷いた。
「あでも、どうせ夢なら関係無いか?リアル過ぎてつい忘れちゃうなぁ」
「何をボソボソ言ってるんだい?」
「いやぁ、リアルな夢だな〜って」
「はい?」と溜息混じりに、ぬこはふわふわした様子の真を見上げた。すると、二階から階段を軽快に駆け降りてくる足音が、二人の耳に届く。
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