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愛書家の猫

「こ、ここは、書物庫……?」


 扉を渡り部屋に一歩踏み入れた瞬間、まるで訪れた者を更に奥へと誘うかのように、部屋の灯りが入口から部屋の奥へと順々に灯されていく。そこで初めて、その部屋の景色が眼前に広がった。


 灯りの灯された部屋の中には、正面の通路を挟むようにして書物がぎっしりと並べられた大きな書棚が奥へと続いている。中央天井は吹き抜けとなっており、上の階にも所狭しと書棚が並べられていた。


「先代の王は書物の収集が趣味だったとは聞いていたけど、まさかこれ程だなんてビックリだなぁ!」


 僕は部屋の中に広がる見たこともない数々の書物に目を輝かせた。


 本を執筆する者がそもそも少ないこの世界においてはそれ自体がとても貴重な物で、中々一般庶民の間で流通することが無い。しかし、先代の王は世界各国の書物を収集する事に余暇を捧げたと言われており、その一部は城下町の王立図書館に保管され、全ての国民がそれを自由に読むことができていた。


 僕はもっぱらの愛書家だ。小さい頃に始めて絵本を読んだ時、その本の世界へと吸い込まれるような錯覚に陥った事があった。まるで夢を見ているような、今までに味わったことのない感覚に身を震わせ、またそれを味わいたいと思い多くの本を読むようになった。


 王立図書館に並ぶ本の中には、この世界とは別の世界の出来事が記された物もあった。不思議と僕はそれらの世界に惹かれ、その本を読んでいる間だけはまるで、自分はこの世界のこの宇宙のこの時間から抜け出して、違う世界の中で生きているかのようだった。


 多くの本に囲まれながら、今まで自分が読んできた本はここから城下町へと運ばれていたのかと、少しばかり想い出に浸りながらそんな事を考えていた。

 しかしそこで僕はふと本来の目的を思い出す。


「おっと違う違う。僕は本を読みに来たんじゃないんだぞ。この先に用があるんだ……」


 僕は数多の本から漂う甘い香りを、顔をブルブルと震わせて振り払うと、本来の目的を思い出しては部屋の奥を見つめ直し、真っ直ぐに歩を進めた。


「見張りが倒れているぞ! こっちだにゃ!」


「書物庫の扉が開いている……! 侵入者を見つけるにゃ!」


 ふと後方、扉の外から声が聞こえてきた。広間の外の廊下で倒れている見張りを発見した警備兵が数人、書物庫の前へと集まってきてしまったようだ。


「やばいっ、思ったより早く見つかったか……!」


 僕はサッと姿勢を落として書棚の間へと身を潜める。何とか警備兵から見つからないように、禁書庫の入口を探さなければならない。禁書庫への侵入を許さんとする城の警備はこの程度では済まないだろう。あんまりグズグズしているとあっという間に増援が来て捕まってしまうのも時間の問題だ。もしも捕まってしまったらどうなってしまうことか。いや、今はそんな事を考えるのはやめだ。見つからないように、且つ速やかに禁書庫に向かわなければ。


 僕は姿勢を低く保ったまま、書棚の影に隠れるようにして先を急いだ。


 書棚は不規則に並べらていて、真直ぐ進めばすぐに突き当たり、迂回うかいを余儀なくされる。侵入者を惑わすような造りはまるで書物の迷宮そのものだ。


「お前は右のルートから探すにゃ!」


「分かった! 左のルートは任せたにゃ!」


 書棚の通路の後方から警備兵の声が聞こえる。気が付けば、吹き抜けから覗ける上の階にも武装した警備兵が走り回っていた。これでは書棚の上を伝って進むことも出来ない。警備兵が自分に追い付くよりも早く、増援が駆けつけるよりも早く、正しい道を進まなければならない。


 僕は額に浮かんだ汗を指で払うと、素早く通路を移動しては曲がり角の先に警備兵が居ないことを確認し更に奥へと進む。


 通路を進む途中、数々の本が視界に入った。その多くは見たことの無い物ばかりだが、先を急ぎながらもどうしてもそれらが気になって横目に一瞥しながら進んだ。


 そしてその中で一つ、見覚えのある文字が目に入った。


“日本”


 その文字、その言葉にははっきりと見覚えがある。王立図書館で読んだ。こことは違う世界の物語が記された書物だ。僕はその世界に興味を持ち、歴史を学び、造詣ぞうけいを深め、その世界をもっと深く知りたいと思い、日本に関する書物を探しては読み漁っていた。数こそはあまり多くはなかったが、それらの書物は僕をその世界へと誘うには十分だった。


 しかし僕はその書物に気を取られてしまい、前方への警戒を疎かにしてしまう。書棚へと視線を向けたまま通路を曲がると、目の前に居た警備兵にぶつかった。


「ッ……!」


「ニャガッ!イテテテ……ちゃんと前を見るにゃ!」


 僕は額に硬いものがぶつかってその衝撃に一瞬目が眩むも、頭を振って瞼の裏に浮かぶ星を振り払い、正面で尻餅をついている警備兵の姿を捉えた。


 しまった、迂闊うかつだった。ほんの一瞬油断した途端にこれだ。

 僕は慌てて立ち上がり、座り込んで俯いている警備兵に見られる前に、通ってきた通路を戻ろうと後方へ視線を向けた。


「どうしたにゃ! 侵入者か!?」


 元来た道を戻り迂回しようと一歩を踏み出した瞬間、その通路の奥から顔を覗かせる警備兵と目が合ってしまった。


「にゃっ……?」


「……や、やぁ」


 僕は蛇に睨まれた蛙のように一瞬硬直するも、動揺を隠すように右手を挙げてその警備兵に挨拶をした。


 尻餅をついていた警備兵は額を摩りながら顔を振って、ブツブツと文句を言いつつゆっくりと顔を上げる。そしてその目に侵入者ぼくの姿を映すと、首に提げた警笛を口元に運び思い切り吹いた。


「侵入者発見だにゃー!!」


 警笛を吹いた警備兵は大声で叫んで侵入者の発見を周りに知らせると、瞬時に両足を地面に付いてしゃがみ込み、僕に向かって飛び掛ってきた。


「うわっ、やばいっ!」


 僕は一歩脚を引いて崩しかけた体勢を戻すと腕を突っ張り、飛び掛る警備兵の頭に手を当てて地面に向かって押し付けるようするのと同時にジャンプし、それを躱す。頭を押さえ付けられた警備兵はその勢いのまま、ヘッドスライディングをするように本棚に向かって顔面から突っ込んだ。


 間一髪で拘束を免れたのも束の間、床に脚を着いた時には既に後方の通路で目が合った警備兵が走り寄ってきて、その後ろには警笛を聞きつけた警備兵も集まってきている。


「こんなに相手にしてられないよ! もう後戻りはできない!」


 僕は勢い良く走り出し、一本道の通路の奥を目指した。この書物の迷宮を熟知している警備兵は既に先回りをしていたようで、前方の通路からも何人かが姿を現してこちらに向かってきた。


 前方からは先回りをしていた警備兵が、後方からはその増援が、この一本道で僕はその両者に挟み撃ちにされてしまい逃げ道を失った。


「追い込んだぞ逃がすにゃー!!」


「侵入者を捉えるにゃー!!」


 前方と後方から複数の警備兵が詰め掛け、双方の通路は既に埋め尽くされている。その両軍を率いる筆頭警備兵が手にもつ槍を振りかざし、すぐ目前にまで迫っていた。そしてその手にグッと力を込めて横に大きく振りかぶると、動きを封じようとその槍を僕目掛けて振るった。


「よっと!」


 僕は両者の距離とタイミングを見計らうと、その場で高く跳び上がり振るわれた槍をかわした。標的を失った槍は空を切って、僕が視界から消えた時に眼前に映し出されたのは槍を振るう警備兵の姿。そして、振るわれた槍は勢いそのままに両者の頬にクリティカルヒットをかました。


「「ブニョホォオッ!」」


 僕は硬直する両者のかざした槍の上に着地する。


「君達、ホント学習しないね」


 しかし一息付く間も無く更に押し寄せる警備兵が、槍を持ったまま硬直する二人を踏みつけて僕に向かいわんさかと飛び掛かってくる。僕は槍の上から更に跳び上がると、通路横の書棚の上に這い上がった。


 濁流のように双方から押し寄せる警備兵達は、お互いに勢いを失うこと無く、ごった返しとなって団子状態になるも、我先に侵入者を捕まえんとしてお互いの頭を踏みつけてはよじ登り、後を追うように書棚の上に登ってくる。前方には既に書棚の上に登っていた警備兵が数人待ち構えていた。


「いったい何処からこんなにたくさん湧いてくるのさ!」


 その中には槍を構える警備兵もおり、正面から走り寄ってきてその槍を振るうと、僕はそれを躱すようにして隣の書棚にピョンピョンと飛び移り警備兵の間を掻い潜った。


 この複雑な配列の書棚も今となっては警備兵から逃れるのに役立ち、書棚の上は道が狭いためあまり多く登って追ってくることは出来ない。通路を渡る警備兵達も「あっちだこっちだ!」と右往左往して、増援を呼んだ事が仇となり狭い通路で揉め合っている始末だ。


 僕はそんな警備兵達を翻弄するようにして書棚の上を渡り、「どうせ見つかるんなら初めからこうしておけば良かった」と思いながらも前方に見えた部屋の奥の壁を目指して走った。


 それに近づくにつれて視界は鮮明となり、書棚の上から覗ける壁の一箇所に檻のような鉄柵に囲まれた場所があるのを見つける。


 そして一番奥の書棚の上に跳び移り、やや広いスペースを挟んだ先にある、鉄格子に囲まれた扉を見つけた。


 その鉄格子には南京錠が取り付けられており、それを外さなければここから先に進むことは出来ない。恐らく、いや間違いなくあの扉は“円環の栞”が保管されている禁書庫への入口だ。しかし、その扉は鉄格子によって固く閉ざされていた。


 後方からは警備兵が追ってきており逃げ道もない。ここまで来て、目的を成し遂げることが出来ずに捕まってしまうのか。僕は八方塞がりのこの状況に、奥歯をギリッと噛み締めた。


「おいあそこで止まっているぞ! この槍で捕まえるにゃ!」


「任せろにゃ! ッオリャアー!!」


 通路に居る警備兵が自身の手に持つ槍を書棚の上に登った仲間に投げ渡す。

 ふと後方を振り返ると、それを受け取った警備兵が即座に構えた槍を僕目掛けて投げ飛ばしてきていた。


 書棚の上から投擲とうてきされた槍は天井すれすれを通過し、柔らかな弧を描いて眼前に迫る。

 反応が僅かに遅れたが、それでも咄嗟に上体を逸らしつつ顎を引いて間一髪でそれを躱すと、槍先の刃が頬を掠め、通過した後に巻き起こった風に数本の毛が宙を舞った。


 槍は僕を通り過ぎて失速すると、鉄格子に取り付けられた南京錠に直撃する。長い間使われて劣化していたのか、その衝撃で南京錠のフックは壊れ、鉄格子が開いた。


「「あっ」」


 それを見た二人の警備兵は目が点になる。


「オオオォォォイ! 行き止まりなんだからわざわざ投げなくてもいいのにお前は何をやってるんだにゃ!!」


「すすす、すまにゃギャフーッ!」


 書棚の上に攀じ登ってきた警備兵は、槍を投げて南京錠を破壊した警備兵を床に蹴落とした。


「ご協力感謝しますっ」


 僕は思いも寄らぬ幸運に、床で逆さまになって目を回している警備兵に感謝の言葉を送った。そうこうしている間にも通路を渡る警備兵はすぐ近くにまで迫ってきており、僕は慌てて書棚から飛び降りるとその鉄格子を通り抜けて扉を開いた。


 その扉を開くと中は狭く薄暗い通路になっており、地面と壁には石レンガが敷き詰められている。短い通路の奥には両脇に取り付けられたランプに照らされる木の扉があり、僕はそれを目指して一直線に駆け寄るとその勢いのままに扉を押し開いた。


 扉の先から眩い灯りが差し込んで、僕は僅かに目を細めた。

 そしてゆっくりと目を見開いて、その光景を目の当たりにする。


「こ、ここが……禁書庫なのか……!?」


 先程の書物庫も随分と広かったが、瞳に飛び込んでくる禁書庫の全貌はそれとは比べ物にならない程だった。


感想、評価にて、読者様方の声をお聞かせください。

作品のクオリティアップ、執筆活動の糧とさせて頂きます!

心よりお待ちしております∩^ω^∩

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