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すみません更新が遅れてしまいました!
第4話『優しい王様』完結編をどうぞ!
側近の男が忙しなく足台を降り、一歩、二歩と前に出た。
「き、貴様ら! 国王直々の聴納の面前ですぞ! わきまえんかぁ!!」
指を突きつけながら気が立った様子で怒鳴りつける男に、真はやや身を縮めながらもぬこは物怖じせず一瞥して、どこか落ち着きのない国王へと視線を向ける。
「王様、あなたは隣の胡散臭い男と、ここの老人に“騙されている”」
一瞬の静寂に、誰もがこの広場の時間が止まったように感じられた。何故なら、黒猫が発した言葉の意味をすぐに理解できた者が一人も居なかったからだ。しかしそれも、民衆の何処からか自然と洩れた声につられるようにして、次第に周囲から疑いと疑問の声が上がる。
確かにその黒猫の発言は突飛かもしれない。しかし、ついさっきそこの老人が告げた願いも些か信じ難いものだった。民衆の間にいくつか浮かびまとわりついていた疑心に、その「騙されている」という言葉が妙にしっくりきてしまっていた。
次第に騒立つ民衆の声は、今度は憲兵の石突を突く音に遮られる事は無かった。黒猫の言葉を聞いた憲兵すらも、動揺を隠せずににたじろいでいた。
「隣の胡散臭い男……?」
側近の男はぬこの言葉を反芻してから馬車、国王へと顔を向けて、その隣に居るのが自分だと言う事を確認する。そしてそこに続けられた「騙されている」という言葉を一度噛み砕いてから、必死に吐き捨てるように過剰なまでの焦りを見せる。
「ななな何を言うか無礼者ぉお!! む、謀反だ! そこの罪人を捉えるのですぞぉお! ええぃ構わん殺してしま――」
『ヒッヒッヒッ。あの馬鹿な王は最早私の掌の上で躍らせている泥人形も同然……。明日、第五区画の広場へと向かう。そこで私の言った通り、あなたは国王に“国を統べる全権を譲れ”と告げれば良いのですぞ……』
「……へ?」
間抜けな声が洩れた。今のは誰の発言か、民衆と共に憲兵一同も辺りを見回してその声の主を探した。悪意に満ちた、鋭く尖った高い声色、そしてその口調。次第に一同の視線は、国王側近の男へと注がれる。
当の本人は困惑した表情を浮かべ、一同の視線を振り払う。
「な、何だ今のは!? わわわ私では無い! そんなことを私は――」
『なぁに、心配せずとも全てうまく行きますぞ。そもそもこれは……あなたの、愚王に対する悲願――“報復”でもあるのですからな』
「……は?」
続けざまに並べられる男の言葉に、広場に居る誰もが怪訝そうな表情を浮かべ、疑心の色を明らかに強めていく。民衆はお互いに顔を見合わせ、その言葉が側近の男の物で間違いないという事を確かめ合った。
それは居並ぶ憲兵も同じで、口に出さずともお互いの視線を交わすことでそれを確信へと導く。
沖に打ち上げられた魚のようにあわあわと口を開く側近の男は、何処からか聞こえる声に恐怖と戦慄を覚えた。自分自身の認識している自分の声と、耳に届いたその声は似て非なる物のように思えた。しかし、その発言の内容には確かに身に覚えがある。それは間違いなくあの厩舎の裏で――。
そして今度は、力無く掠れた老人の声が広場に響いた。
『そ、そうだ……。私はあの時から深い悲しみと憎悪に押しつぶされそうになりながら生きてきた。それからもやっと今日、解放される。本当に、本当におぬしを信じて良いのだな……?』
次に届いた声に男はピンと来た。それは間違いなく、前方で跪く老人の声。そして、今朝厩舎の裏で言った台詞そのもの。そこで一つの答え、打開策へと思い至ると、僅かに冷静さを取り戻して乱暴に言葉を放った。
「ええぃ裏切りおっ……そ、その者だ! これは全てその者の陰謀! 我々を騙してこの国を奪おうとしているに間違いありませんぞ! ひいては私を陥れようとしている! 思い返せば場をわきまえぬ無粋な願いを告げおって……憲兵、その者を殺してしまえぇえ!!」
耳の痛くなるような甲高い声と靴音を響かせながら、側近の男は顔を真っ赤にして鬼のような形相で老人へと詰め寄る。道すがら茫然自失とする憲兵の肩を強引に引いて、老人を殺すよう命じた。対する老人は酷く怯え、畏怖するように身を引く。まるで信じていた物を失ったように、縋るものを求めるように後退るその姿はあまりにもいたたまれない。
「違うよ」
男の歩みを遮るようにして、ぬこが間に割って入った。男は立ち止まると、頬を引きつらせながら唾を吐き捨てるように言葉を返す。
「何が違うと言うのだ!! さては貴様らも――」
「これは全て真の持ってるスマホに記録された、あなたの謀略の一部始終だ」
そしてぬこは、真が掲げるスマホを指さした。男はその指の先へと視線を移し、民衆も、憲兵も、国王さえも、そこに誘導されるように目を向ける。
『これで我々の真の願いは成就されるのですぞ。全て目論見通りに……いやはや本当に、馬鹿な王だ』
そこで一同は、先程から聞こえていた声が真の持つ小さな薄い板から流れていたことに気がついた。
「それはいったい……?」
しばらく沈黙していた国王が、真の持つ不思議な道具を覗いて訪ねる。ぬこがスマホの動画を国王へと見せる事を促すと、真は小走りに馬車の下へと向かい、御者台に座る従者に手渡した。
従者は奇妙なその道具を受け取ると、その中で動く二人の人物を見て目を剥いた。そしてそれをすぐに国王へと向ける。
向けられたスマホの画面を凝視する国王は、その中で奇怪な高笑いを上げている男と、目の前に居る灰色のローブに身を覆う老人の姿を確かに捉えた。それから国王は、馬車の前で脂汗に顔を染めるその男に問い掛ける。
「これはどういうことか、説明してもえるか?」
まるで心の奥底に閉じ込めていたはずの感情が滲み出るように、その言葉には強い怒気が込められていた。その言葉と国王の突き刺すような視線を同時に浴びると、引きつるような小さな声を洩らす。それから大げさに身振り手振りを交えて必死に、醜い釈明を敢行する。
「こ、国王陛下。そそそんな得体の知れない物を信じる事はありませぬぞ。大体、それが私だと言う確証が何処にあるのですか? 私はそんなバカみたいな声はしておりませぬぞ!」
「どう聞いても、お前の声そのものじゃがの」
「へ……?」
男は周りの様子を窺った。憲兵に留まらず、民衆の誰もが男に見せつけるようにしてコクりと頷いている。
「そ、そんな……バカな……」
その時、この状況に耐えられなくなってか、ローブを纏う老人が地面に手を突いて、転げそうになりながらも前のめりに逃げ出そうとした。
それを瞬時に察したぬこは、逃げ出す老人の走路に脚を出して、進行方向とは逆向きに老人の脚を蹴り上げる。
「走ると危ないよっ」
「のわぁっ!」
老人はすぐに受身を取ることが出来ず、上半身から盛大に地面に突っ伏した。その拍子に胸元から何か鈍く光るものが零れ落ち、コロコロと民衆の足元に転がる。
老人は打ち付けた胸元を抑えつつも上体を起こし、“それ”が無い事を確認するとハッとして前方を確認する。そしてそこ、民衆の足元に転がっていた銀の懐中時計を見つけると、まるで飢え死に寸前の浮浪者がパンの切れ端に縋るように、地を這いつくばって必死にそれを胸元に抱き寄せた。
転んだ拍子に翻ったフードには気にも留めず、老人はよれた薄髪を垂らし、深く皺の刻まれた顔に安堵の色を浮かべてそれを大事に、大事に抱えていた。
そしてその老人が転んだ拍子に落とした物、その鈍く輝く懐中時計を見た国王は、信じ難い物でも見るかのように目を大きく見開く。
「それは……!?」
老人が大事そうに胸に抱えるそれは、確かに見覚えが、いや、忘れるはずがない。見間違えるまずがない。なぜならそれは、今は亡き前国王――父上から譲り受けた、金の懐中時計と対になる銀の懐中時計だったからだ。
そして何よりも衝撃を受けたのは、それを必死に、大事そうに抱える老人。
その顔。その鼻。その口。その耳。その目。そして、母より授かり、父より言い聞かされた、この国の遥か遠い未来を見据え、長きに渡る安寧をもたらすことのできる、その双眸を染めた、碧色の瞳。
かつての勇敢な姿からは想像も出来ない程に弱々しいものになってしまっていたが、見間違えるはずもない。
そこに居る老人は、10年前に国を追放された、国王の実の兄だった――
――かつての国王はとても厳しい王として知られ、民の願いを聞き入れるようなことは無く、街で悪さをする者を片っ端から捕まえては罰して、時には無慈悲に処刑し、時には容赦無く国から追放していったという。
その王には、唯一の肉親である兄がいた。
ある日、自分ではなく弟が王になったことを快く思わない兄は、一人城を抜け出して、身分を隠して街で酒を呑み明かした。
大きな不満と怒りを募らせていた兄は、酒場で民に暴力を振るってしまった。慌てて我に返るとその場から逃げ出そうとしたが、すぐに捕まってしまい身分が明かされてしまった。
それは瞬く間に王の耳に届き、それを聞いた王は実の兄を「王家の恥さらしだ。二度とこの国の大地を踏ません」と言って国から追放した。
しかし王は、「実の兄だからと言って刑罰を軽くしてしまったら王としての示しが付かない」と考えるあまり、実の兄を国家追放にまで至らしめてしまったことに酷く心を痛めていた。
これが本当に王としての在り方なのか、民を無下に扱い、安々と罰する事が民の模範と言えるのかを、王は深く悩み続けた。
それから王は国王側近の人間が入れ替わってからというものの、人が変わったように民の願いを聞き入れるようになり、直に「優しい王様」と、呼ばれるようになったのだと言う――
――広場での一件があってから、王の兄からの自白によって側近の男は憲兵に取り押さえられ、王の兄と、国王一行とともに屋敷へと帰還した。その際、国王の誘いによってぬこと真も共に向かった。
「御主らのおかげで、私はこの国を失わずに済んだ。そして、兄とも再開する事ができた。本当に、感謝する」
国王は玉座に座りながら、赤絨毯の上に立つぬこと真に告げた。それから視線を横へと向ける。そこには王の兄の姿があった。兄は前側近の男によって騙されていたという事と、男の企てた謀略を包み隠さず明かした事から刑罰は免れ、国王自らの命によって、国王側近として従事する事となった。
「僕も王として当然のことをしたまでだよ。それにその時計、返ってきて良かったね」
ぬこは二人の首から提げられた懐中時計を指さして言った。二人はそれに応えるように懐中時計へと手を伸ばし、一つ頷いてから微笑んだ。
「御主らには相応の報酬を与えねばなるまいな。そうじゃ、ぬこ、と言ったかの。御主は王冠が欲しいと言っておったな」
そう言うと国王は、頭の上に被る王冠へと手を伸ばそうとする。
「待った」
しかしそれを遮るように、ぬこは言葉を差し込んだ。まるで止められるとは思っていなかったと言うように、国王は僅かに戸惑いを浮かべる。
その国王の様子を見てぬこは一つ大きな溜息をつくと、顔を上げてしっかりと国王の双眸を見つめ、口を開いた。
「あなたは、もっと王としての自覚を持つべきだ。いくら民の願いだからと言って安々と引き受けていたら、また同じ事の繰り返しじゃないか。優しいだけが王じゃない。願いを叶えるだけが王じゃない。これからはそのお兄さんと一緒に、この国の民のために出来る事。この国の王としてするべき事を考えて、時に厳しく、時に優しく、誰もが憧れ敬うような、そんな王になるんだ。少なくとも、あなた達の両親はそれを願って、その時計を授けたんじゃないかな」
その言葉を受けた国王は首から提げた懐中時計へと目を向けた。所々に傷のついた、アンティークの金の懐中時計がそこには在る。
ふと視界の隅に射した鈍い光りに目を細めると、その光の射す方向を向いた。そこには、大事そうに銀の懐中時計に手を添え、とても柔和な笑みを浮かべる兄の姿があった。
「あぁ、そうだな……。目の前、足元ばかりを見て、気がついたら随分と遠回りをしておったようじゃな。やっと、やっとそれに気づくことができた」
老いた兄弟は互に目を見合わせ、そして何かを確かめ合うように、意を決したように一つ大きく頷いた。
それを見届けたぬこは、真へと視線を向けてから踵を返して王室の扉へと歩を進める。それを国王が呼び止めた。
「しかし、何も礼を返さずして帰すと言う訳にも……せめて、新たな土地をもらってはくれまいか?」
その言葉にぬこは脚を止め、国王へと振り向いて応える。
「それだったら、僕達を第五居住区へと送る馬車を出してほしい。僕達はそれで十分だ。それに、土地なんてもらっても意味が無いからね。僕達はこの国の民でもなければ、この世界の住人でも無いから――
――ねぇぬこ。あの王冠、良かったの? 別に王冠を貰うだけならあの人が王様じゃなくなる訳じゃないだろうし。それに、ぬこの頭にも合いそうなサイズだったと思ったけどなぁ」
王の命によって出された馬車の中で、第五居住区へと向かう道すがら、真はぬこに訪ねた。
「良いんだよ。なんとなく、あそこで受け取る訳にはいかないと思ったんだ。それに、あの王冠は僕のじゃあないからね」
「ふ~ん」
馬車の中で身を揺らしながら、二人は流れる街並みを眺めながらこの物語であったことを思い返した。
気が付けばあっと言う間に流れたように思える時間の中にも、とてもたくさんの出来事があった。たった一日の事だったけれども、二人の間にはそれ以上の時間が流れていたように感じられていた。
「もうそろそろ着くみたいだよ」
ふとぬこが馬車の前方を覗きながら真に声をかけた。
そして二人を乗せた馬車は、石垣アーチの間を潜った――
――くぅぅ……。なぜ私がこんな事をせねばならんのです……」
屋敷の敷地の外、三メートル程の高さの塀が続く道で、雑草をせっせとむしる男の姿があった。
その男は、前側近の男。その後の国王の命により、三年間屋敷の周りの草むしりをするという罰が与えられていた。
気が付けば日は沈み、肌をくすぐる冷たい空気が辺りに漂い始めている。
「あっくしょんっ!! あぁ、寒いです……。そろそろ寝ますか……」
男は掻き集めた雑草を木箱の中へと押し込むと、厩舎の裏口、スイングドアを押し開いて、とぼとぼと肩を落として中へと入っていった。
第4話『優しい王様』完結しました!
次回からは、【ぬこ】に焦点を当てた話が続きます。
次話の公開を終えたらそこで一旦更新を止め、書き溜め期間を頂こうと思います。
執筆状況等は活動報告にて連絡しますので、そちらもご確認して頂ければと!
感想、評価にて、読者様方の声をお聞かせください。
作品のクオリティアップ、執筆活動の糧とさせて頂きます!
心よりお待ちしております∩^ω^∩




