4-5
※タイトル・あらすじを変更しました。
「王様が来られたぞぉ!!」
「私に農地を分け与えくだされ!」
「私には居住区の支配権を!」
「私には国地の開拓権を! 王様ぁ!」
城下町の広間へと続く石垣アーチ――ここ第五居住区へと憲兵率いる国王一行が姿を現した。連日の国王来訪を国家民報により知らせを受けたここの住民は、消化不良となっていた己の願いを必ずや国王の耳に届けるためにと、数時間前からこの広間へと押しかけていた。
例のごとく、槍を携えた憲兵が二列に並んでレールを作り、その間を国王を乗せた馬車が前進した。
御者台で手綱を引く従者は堂々と、心なしか馬車を引く馬さえも胸を張り、豪奢な椅子に腰を掛ける王の顔に迷いは無い。それらは確かな厳威を以て城下町を闊歩する。
「退け退けぇ! 道を開けんか!」
一行を先導する指揮者は槍の石突を高らかに鳴らし、警告と共に民衆を真っ二つに分断してレールを先へと伸ばす。
民衆は憲兵を通り越して国王へと視線を集め、かつてない程の訴願を響かせ合う。それは不協和音にも似た雑音、騒音となって国王一向に降り注ぎ、広間全域を埋め尽くした。
それでも憲兵から一斉に放たれる石突を突く音に、両の手で掻き分けられていく雑草のようにして民衆は左右へと分かれていく。
分断された民衆の間、掻き分けられた雑草の間から顔を出す小岩のようにして、前方に立ち塞がる人影を憲兵は捉えた。
その者は灰色のローブで全身を包み、頭の後ろから伸びるフードに素顔を覆い、その素性を一切の闇に落としてそこに現れた。
布の垂れた肩は力無く、その背は僅かに丸みを帯びて、それとは対極的に背筋を伸ばし胸を張る憲兵は、その者を顎の先から見下して警告する。
「そこの者! 道を開けよ!」
その者は動じること無く、その場に立ち尽くす。その態度に憲兵は小さく舌を鳴らすと、槍の矛先を影を落とすフードの先へと向けた。
その異変に気付いた民衆も何事かと視線を向け、次第に広場に立ち込める騒音は落ち着きを見せていく。
「我らの進む道を侵し、更にはその素性をも一切に明かさずして国王を愚弄するつもりか! その愚行、万罪に値する!!」
憲兵は眉尻を鋭く釣り上げ、その顔に怒りの感情をも現す。そして最後の警告にとその腕に力を込めて槍を鳴らした。
「待つのですぞ」
そこに差し込まれた尖った高い声。周囲に漂う騒立ちの中にその声は良く通った。それを聞いた憲兵は瞬時に槍を引いて地面に立てる。
次に届いたのは、カツカツと地面を突く足音。周りのお堅い憲兵とは打って変わって身なりの整った正装に身を纏い、分かりすいくらいに目尻鼻先口先を尖らせた、“悪役貴族”と名札を提げていそうな見た目をした男。
馬車の後方から姿を現したのは、国王側近の男だった。
側近の男は馬車の足台に乗って国王へと囁く。
「国王陛下、ここであの者を押し退け罰する事は、過去の過ちを繰り返すのと同義。ここは、民衆の前、この場であの者の願いを聞き入れ、王としての在り方を証明する良い機宜かと」
その言葉に耳を傾けた国王は一度深く息を吸うと、一つ頷いて見せてからゆっくりと手を挙げた。
それを見た民衆は一斉に口を閉じ一切の発言を謹む。二列に並ぶ憲兵達も足を止めて彫像のようにその場に立ち尽くした。一行を先導していた憲兵も頭を垂れて、後ろ歩みにレールの先頭へと交じる。
一同が静まり返り、鳥のさえずりさえも聞こえなくなった事を確認すると、国王は手を降ろして重い口をゆっくりと開いた。
「その者、名をなんと申す」
放たれた言葉は何にも遮られることなく、そのフードの影の中へと向けられた。そしてその中から言葉が返される。
「国王、私の願いをお聞き入れください」
その声は老人の物だった。掠れた息を零しながら力無く返されるその言葉に、国王は僅かに眉を下げる。
「貴様! 名を申さぬか!!」
「黙りなさい」
堪らず憲兵が前のめりに声を張り上げるが、側近の男によってそれはすぐに遮られた。そして続けざまにフードを被る老人へと声をかける。
「その者、願いを告げよ」
その言葉に、憲兵は僅かに眉根を寄せて懐疑心を向けた。しかしそれを悟られるよりも先に、姿勢を正して再び直立する。
フードの老人はまるでそうする事が決められていたかのように、側近の男の声を待ってからその場に跪いた。そして、その口から淡々と願いが告げられる。
「国王、この国の土地を、分け与えください」
「うむ、良かろう」
国王は一つ頷いて言葉を返す。それにフードの老人は続ける。
「国王、この国の財産を、分け与えください」
「うむ、良かろう」
国王は並べられる願いに、条件反射のように言葉を返していく。
それから一間置いて、尚も跪くフードの老人から、最後の願いが告げられる。その肩に僅かに力が込められた。
「国王、この国の――この国を統べる“全権”を私に譲ってください。その王冠とともに」
その言葉にはまるで魔法でも込められていたかのように、この広間の空気を凍りつかせた。それを一言一句聞き逃すことのなかった民衆は口を開け放ち目を見開いて、その視線を互いに交わせること無く、一直線に国王へと向けて次の言葉を待った。
そして、その言葉――その願いに衝撃を受けたのは、国王とて例外では無かった。しかし一人だけ、誰よりも冷静に事を俯瞰する男が居た。その男は馬車の足台からもう一歩足を伸ばし、国王の耳元で悪魔のように囁く。
「国王陛下。今日に至るまで、陛下は尊大なお心と慈悲を以て、民を導き、民の願いを聞き入れ、その威厳を示してきました。これほど多くの民の前で、今更後に引くことは民の失望を一身に受けることとなりますぞ。国王陛下、ご決断を」
諭すように丁寧な口調で、言葉の一つ一つに過大な重みを纏わせるようにゆっくりと注がれる文句に、国王は成すすべなく全てを飲み込んだ。
「良かろう。それが民の願いとあるならば……」
そして国王は一抹の躊躇いを振り払うように、自分の中で何かにけじめを付けるように一つ大きく息を吐いて、ゆっくりと頭に被る王冠へと手を伸ばす。
がその時、
「お、お待ちくださいましーこくおうへいかー」
どこからともなく、陽気な少年のように軽々しく、なんとも棒読みチックな声が広間に響き渡った。
その声のする方向、フードの老人の後方へと一同の視線が流れる。
そこには、人集の足元からテクテクと歩を伸ばす黒猫と、その隣を歩く少女の姿があった。
馬車の足台に立つ側近の男は、民衆の中から顔を出した見覚えのある一人と一匹を見て、訝しげな顔を向けた。
「貴様らは確か……」
黒猫はフードの老人の隣まで歩みを進めると、肩幅に足を開き腰に手を当てて、鷹揚に胸を張って口を開く。
「僕はぬこ。ケットシーの王様さ!」
「と、渚真です……」
堂々とした態度で胸を張るぬこと、周りの視線を気にしてモジモジする真が、国王一行とフードの老人の前に姿を現した。
今回はここまで。明日、完結となります!
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