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4-2


 ――――――――――――



――瞼の裏に張り付いていた光が解けていき、閉じた瞳に届く明かりが段々と薄らいでいく。それが落ち着いた頃に、真は目を開けた。


 周りは薄暗く、光の届かない場所だった。ふと横を見ると、大きめのレンガが連なりいくつかの窓を挟んで高い壁を造り上げている。それは真を挟みこむように両隣に聳え、それを辿って顔を上げるとすぐに青い空が垣間見えた。前後には狭い通路が続いていて、足元には向きの不揃いな石畳が敷き詰められている。


 どうやらここは、家屋の隙間道のようだ。

 ふと視界に入ったぬこが、道の先から届く明りを指差して言った。


「人がいるよ」


 真はぬこの指を差す方向へと視線を伸ばし、明かりの先を見た。

 薄暗さに慣れた目は一瞬光を拒んだが、すぐに順応して光の先で忙しなく走り回る人々の影を映し出す。


「あ、ホントだ。でもなんかすごい急いでるみたい」


 真は、まだ少し光がちらつく目をいくらか擦って、パチパチと大きく瞬きをした。そのまま再び光の先へと目を向けると、既にぬこが道すがら歩き始めていることに気がついた。


「ちょっと置いてかないでよ!」


 真は小走りにぬこの元へと向かった。それから二人はすぐに細道から光の届く通りへと出た。



――向こうだ向こう! 早く!


――おい急げ出遅れるぞ!


――今日こそは私の番よ!


 そこでは、一方に向かって慌てた様子で走りゆく人々の姿があった。生活感のある西洋風の服装を纏う人々、立ち並ぶテントに、果物を積んだ箱、そして背の低いレンガ造りの建物。この街の物一つ一つから、この物語の世界観が窺える。


 しかしそれよりも気になるのは、先程から二人の視界を速写の如く遮る人々だ。ぬこも真も暫くはその様子に呆気にとられていたが、絶え絶えに届く村人の話し声に耳を傾けた。


「もうすぐこっちに王様が来られるわ!」


「王様! 私共にご慈悲を!」


 真は視線を人々に向けたまま、膝に手を突いてぬこの耳元に顔を寄せる。


「ねぇ、ぬこ。さっきから王様がどうとかって聞こえるんだけど、何かあるのかな?」


 行き交う人々の流れの先へと顔を向けるぬこは、正面に向き直って応える。


「まぁ、この人達に直接聞いてみれば分かるんじゃないかな。立ち止まってくれればの話だけどっ」


 そう言ったぬこの視線の先へと顔を向け、真は上体を上げてまた正面に向き直る。走る人々の顔をよくよく見てみると、どれも縋るように強ばった形相を浮かべていた。控えめに言っても、必死そのものだ。

 誰一人として真達のことを気にする者は無く、まるで存在にすら気づいていないようにすら見える。目の前で起こっている、起ころうとしている何かしか見えていないのだろう。


 真は果敢にも一歩踏み出し、力無く手を伸ばして声を出した。


「あの~この先に何があるんですか?」


 その言葉を言い切る前に、真の目の前を人々は猛スピードで通り過ぎていった。巻き起こった風が少し遅れて真に届くと、堪らず目を細めて、前髪が額の上で踊った。それから真は踏み出した足を引く。


「こ、こわい……」


 真はひるがえった前髪を両手で掻き下ろしながら、げんなりと肩を落とした。

 そこに一人の男の声が届く。


「君達、そんなところで、何をやってるんだ?」


 男は息を付きながらやや早口で訊ねてくる。真はその声にはっとして顔を上げ、言葉を紡ごうと口を開いた。


「急がないと、王様に願いを、聞き入れても……」


 最後まで言い切る前に男は走り出していた。真は口を開けたままその行方を見送るが、あっと言う間に人ごみに紛れてしまう。呆然とする真の前に、ぬこの言葉が差し込まれる。


「とりあえず僕らも向かってみよう」


「……うん、そうだね」


 二人は人ごみに飲み込まれないよう、軒先に並んだテントの裏の狭い道を通って、人々の流れの先へと向かった。


 少し進んでから人の流れに沿って道を曲がると、大きな広間に出た。そこから更に進んだ所で一際騒がしい人集ができている。どうやらそこで人々は足を止めているようだ。


 そこには大きな石造アーチがそびえ、その奥から訪れる何かに道を譲るように人集は花道を作り始める。

 二人はその様子を少し遠目から窺い、何が行われようとしているのかを見届けた。


 すると人集の奥、アーチの中から細長い棒のような物がひょっこりと顔を出した。先端に鋭い矢先のような刃を備えた、槍のように見える。やがて奥からぞろぞろと一本の大きなレールを作るように、二列に並んだ槍がこちらへ進んできた。


 その槍の行進が進むに連れ、集まる人々は左右に退いていく。

 そして、その列に先導されてアーチを潜る大きな馬車が広間に姿を現した。その馬車は装飾が過度に施されている訳ではないが、一見するだけでも庶民が引くような物で無いと分かる。後部から傘のように伸びる日除けの屋根の下には、豪奢な椅子に腰を掛ける、王冠を被った人が手を振っていた。


 その瞬間、人々は歓声にも似た声を一斉に上げて沸き立った。


「王様が来られたぞぉ!」


「王様! 私に土地をお与えください!」


「私には馬をくだされ!」


「どうか父の病を治す薬をください! 王様!!」


 人々は我先にと身を乗り出して、人ごみの中から少しでも目立つためにと、高々に手をかざしながら叫び続ける。少しでも前にと押し合う人々に、頭を出した槍のレールは押し戻すようにして乱れかけた列を整えながら、尚も行進を続けた。



「はぁ……はぁ……。ここからじゃ王様に声が届かないな」


 その様子を呆然と眺めていたぬこと真の隣で、女性の声がぼやいた。その女性は息を荒くしながらも、機を窺って左右を見渡している。


「あの……すみません。これって、何をやってるんですか?」


 膝に手を突いて息を整えている女性に、真は訊ねた。彼女は声をかけられるまで存在にすら気付いていなかったように、はっとして真に振り向く。すると、まだ僅かに肩で息をしつつも、上体を上げながら真の姿を注意深く見つめてきた。


「僕らは隣国からやってきた旅の者です。今日この国に到着したばかりでここのことは知らないのですが、これはパレードか何かですか?」


 真の後ろから顔を出したぬこが、女性の顔を見上げて声を挟んだ。彼女はその言葉を聞くと、納得したように二、三度頷いてみせてから口を開く。


「この国ではね、月に一度王様が城下町へやってきて、国民の声を直接聞いてくださるのよ」


 ぬこと真はその言葉に「なるほど」と頷く。そして、次に続く言葉に目を見開いた。


「そしてその声が王様の耳に届くと、それはどんな願いでも必ず叶えてくださるの!」


 彼女は自慢げに、希望に満ちた笑みを浮かべ、澄んだ碧色の瞳を輝かせて言った。


「「え、どんな願いも??」」


 ぬこと真は声を揃えて顔を見合わせる。それが本当ならば、随分と太っ腹な王様だ。いやそれどころか、突拍子もない願い事をされたらどうするのだろうと、一抹の不安さえ浮かぶ。


 その突拍子もない願いとやらを、この直後にぬこがして見せようとは、今の真には知る由も無かった。



「あ、ほらこっちに来るよ。道を開けて!」


 そう言って女性はそそくさと道を逸れて人ごみに紛れてしまった。前方へ向き直ると、溢れかえる人集はこちらへ向かってくる二列の槍のレールに押し出されるようにして、否応なく二つに分断されていく。


 その様子を見た真は左右どちらに分かれるべきかと一瞬足をばたつかせるも、「退け! 道を開けろ!」という雑音を貫く声に驚いて、堪らず先程の女性が走っていった右側の人集へと駆け込んだ。


「はぁ、何でよりにもよってこっちに来るのぉ……。ねぇぬこ、一旦ここから離れない? ……て、ぬこ?」


 真は、てっきりついて来ているものだと思っていたぬこの姿が見当たらないことに気付いて、キョロキョロと周りを見渡す。さっきまで自分が居た場所へと目を向けると、なんとそこには、動かざること山の如しとでも言わんばかりに仁王立ちをしたままでいるぬこの姿があった。ぬこは肩幅に足を開き、腕を組んで迫り来るレールを見据えている。


「え、ちょっとぬこ! 何やってんの道を開けなきゃ!」


 真は慌ててぬこを呼ぼうと一歩を踏み出すが、道を開けて二手に分かれる人の流れに逆らえず、押し戻されてしまう。


 次第にぬこの前方に居た人々は散り散りになって、そこに一本の花道を作りだす。人ごみの影になって見えなかった槍の持ち主達も姿を現して、それが軽装の鎧を纏う憲兵だったということが分かった。



 尚もどっしりと構えるぬこの前に、兵隊の行進を先導する指揮者の憲兵が、手に持つ槍の石突でカツンッと地面を叩いて言葉を放った。


「そこの者! 道を開けよ!」


 憲兵はぬこの前に立ち止まると、顎を向けたままわざとらしく視線だけを落として見下ろす。まるで自分など目にも止めていないかのように平然とした態度でいるぬこに、憲兵は小さく舌を打つと、突き立てた槍を構えて矛先をぬこの向けた。しかし、微細な力加減一つで鼻先に触れそうな距離にある刃に、ぬこは全く動じない。


 憲兵は、尚も動じずに自分を通り越した先に視線を伸ばすぬこの態度に、最後の警告にとその腕に力を込めて槍を鳴らした。


「待たれ」


 そこに一つ、温和で穏やかに響く声が届いた。

 その声にはっとして、憲兵はすぐさま構えた槍を引いて地面に立てる。


退きなさい」


 憲兵はピンと背筋を伸ばしたまま、堅苦しい面持ちで真っ直ぐと正面を見据えている。それから一間置いて、再びぬこを一瞥して声を放った。


「聞こえぬのか! 国王直々に退けと申されておるのだぞ!」


「ぬしに言ったのじゃ」


「へ……?」


 憲兵は虚をつかれたように唖然として振り返った。見上げると、馬車の上から自分の目を真直ぐと見つめる国王の姿。そこで初めて、「退け」という命が自分に下されたものだということに思い至った。



「我が臣下がとんだ無礼をしたの」


 頭を垂れて後ろ歩みに列の先頭へと移動する憲兵を尻目に、国王が言葉を紡ぐ。それから視線をぬこへと向け一つ二つ瞬きをしてみせると、その顔をじっくりと覗き込んだ。


 先程まで声を張り上げていた人々も、王の物珍しい行動に何事かと声を潜め、その様子を伺っていた。


「ほう、これは珍しい客人じゃのう。御主はこの国のものではないな」


「うん、僕達は遠い所から旅をしている者でね」


 国王は一つ頷いて長く伸びた髭を撫でると、訊ねた。


「御主、名はなんと申す?」


「僕の名前はぬこ。ケットシーの王様さ!」


 国王の返事を待たずして周囲がざわついた。国王を前にして、自らを「王」と名乗るなどとは命知らずの愚行にも程がある。少なくとも、この国の者であればそれが王を侮辱する行為に値するということは常識的なことであり、民衆はにわかに信じ難い光景を見るかのように、どう見てもただの黒猫のぬこに怪訝そうな目を向けた。


 次第に騒立ざわだちの膨らむ民衆の間に、石突で地面を叩く高い音が鳴った。まるでそれが合図だったかのように、辺りは静まり返る。


 国王はしばらく、毛深い眉毛の影から覗かせる目を丸くさせた。それから何かに納得がいったかのように膝に手を置いて、更に訊ねた。


「ふむ、ではケットシーの王よ。御主の願いは何だ?」


 ぬこはそこで耳をピクリと震わせる。まるでその言葉を待っていたかのように一度目を閉じると、その双眸に再び国王を映して応えた。



「その王冠を、僕に譲ってくれないかい?」



 その時どこからか、パコッと顎の外れる間抜けな音が鳴った。


感想、評価にて、読者様方の声をお聞かせください。

作品のクオリティアップ、執筆活動の糧とさせて頂きます!

心よりお待ちしておりますm( _ _)m

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