3‐6
真はその言葉に驚きを隠せずにいた。レックスの言う、“この世界”の意味する物がどこまで及ぶのかは定かではないが、自分達はやはり招かれざる客だったのではないかと、改めてそう思わざるを得ないその一言。
その言葉になんと返せば良いものか分からず、真はバツが悪そうに顔を逸らしてぬこを見た。当事者であるはずのぬこは、真の心情など知ったこっちゃないとでも言うように、相も変わず丸まって眠っている。
「その……ごめんなさい。私本当は女王様なんかじゃないの。これはジャンに借りているだけで……あっ!」
そう言いながら頭の上へ手を運び、被る王冠に触れた時。真は今がジャンとのかくれんぼの最中だったという事を思い出した。
「そうだ私今ジャンとかくれんぼしてて……! どうしよう早く戻らないと!」
ジャンの事を思い出して慌てる様子の真へ、レックスは落ち着いた、でもどこか可愛げのある声色で言葉を続ける。
「我々は、ジャンに遊んでもらうためにこのオモチャ箱の中に居ます。そしてその王冠は、ここにいるオモチャ達の王であることを示す物。あなたは今、間違いなく我々の王なのですよ、女王様」
やっぱりここは、ジャンの部屋にあるオモチャ箱の中なのだと、レックスの言葉でそれを再認識する。なんと言葉を返そうかと口篭る真へ、レックスは続ける。
「女王様、一つ、我々の願いを聞いては頂けませんか?」
そう言いながらレックスは、執事のように布を腕へ巻き、段差を降りて玉座の正面へと回り込む。
「ん~。あぁ、寝ちゃってのか。真、そろそろナギサ書林にょブッ!」
ふとぬこの声が聞こえ、真は肘掛けから顔を覗かせてぬこの姿を確認しようとした。
「あれ……ぬこ?」
しかしそこにぬこの姿は無く、真は玉座の周りを見渡してぬこを探した。そこへ、レックスの声が届く。
「女王様、我々はジャンが居ない時はオモチャ箱の中で暮らしています。しかし、仲間達は時折このオモチャ箱の中へは帰ってきません」
その声に振り向くと、先程まで寛いでいたオモチャ達も、レックスの後ろに佇んでこちらを見つめていた。その数がさっきよりも減っている事に、少しばかり違和感を感じつつも、真はレックスの言葉に耳を傾ける。
「ジャンは我々にとって、とても大切な友達であり、遊んでもらえる時はとても嬉しいです。でも、ジャンがオモチャである我々を片付けてくれないと、とても悲しい気持ちになるのです」
レックスの言葉の中にある感情の起伏を表すように、周りに居るオモチャ達は肩を落として俯いていた。そしてまた、オモチャ達の数が減っている事に気づく。
「どうか、我らの気持ちをジャンに伝えては頂けませんでしょうか。女王様」
「「「女王様」」」
そして、レックスの言葉に続いて周りに居るオモチャ達は跪く。
その言葉を一頻り聞き終えた真は、玉座の柔らかい背もたれに寄り掛かり、二、三度瞬きをしてから気持ちを落ち着かせた。
この物語の中の事が段々と分かってきた。ここに居るのはジャンにいつも遊んでもらっているオモチャ達で、彼らは、遊んでもらった後に片付けてもらえないことを悲しんでいる。それと同時に、オモチャ箱の中へと戻してもらう事を望んでいる。
恐らくは、本来ならばオモチャの国に来るはずなのはジャン本人だったのだろう。かくれんぼの途中でオモチャ箱の中に吸い込まれてしまい、そこで彼らと出会うんだ。きっと、そういう絵本の物語だったんだ。
しかし、今ここに居るのは真だ。違う世界から横槍を入れて、ジャンからオモチャ達との出会いを横取りしてしまった事に、真は少しばかり罪悪感を抱き始めていた。
尚も跪くオモチャ達へ向けて、今の自分に出来る事は何かを考えた末に、真は口を開く。
「うん、分かった。私が、あなたたちをちゃんと片付けてあげるようにって、ジャンに伝えます」
今の真に出来る事。それは、オモチャ達の想いを受け継いで、それをジャンへと伝える事なのだ。オモチャ達が直接ジャンへお願いする程の説得力は無いかもしれない。それでも、それが今の真が出来る、このもてなしに対する精一杯の御礼だった。
オモチャ達は真の言葉を聞くと、表情を明るくして安堵の声を上げた。
その時、笑顔で両手を上げて燥いでいる一体のオモチャが、空の彼方へと飛んでいった。
「え……?」
真は一瞬何が起こったのか分からず、目を擦り改めてオモチャ達の姿を確認した。すると次々に、オモチャ達は何かに引っ張り上げられるように上空へと飛んでいくではないか。
「え、えぇ!?」
背中にロケット花火でも括りつけられたかの様に、勢い良く飛んで行くオモチャ達を戸惑いながら見つめていると、いずれオモチャ達はレックスを残し、全てここから居なくなってしまった。
最後に残ったレックスへと目を向けると、レックスはその瞳に真を映し、コクりと頭を下げて
、
「それと、ここでのことは私達だけの“ひみつ”です」
と言った。そして例に漏れず、空の彼方へと飛んでいった。
「どうなってんの……??」
真は、空へと飛んでいったレックスを目で追って顔を上げる。そしてレックスが夜空へと消えていき完全に見えなくなった時、何かが空から落ちてきた。
いや、落てきているのではない。それは、空から伸びてくる大きな“手”だった。
真は、その奇妙な光景に言葉を失い、頬を引きつらせて呆然とそれを見つめた。さっきまでの、言わば夢の国のような出来事から、一瞬でホラーさながらの怪奇現象を目の当たりにして、体がピタリと硬直する。
それも束の間、その手は真の目の前まで伸びてくると、頭に被る王冠を掴んだ。
「へっ……?」
真の口から声が漏れた。そして次の瞬間、真の体は天高く引っ張り上げられていった。
「えええぇぇぇーー!?――
――――――――――――
――おねえちゃんみーつけたっ!」
ふと気がつくと、そこはジャンの部屋だった。
真はオモチャ箱へ足を入れたまま身を乗り出し、だらしなくお尻を突き出したままうつ伏せになっている。周りには散らかったオモチャ達。そして、尻餅をついて座っているぬこの姿があった。
声のした方へと目を向けると、そこには笑顔で王冠を手に持つジャンが居た。
「あぁ、戻ってきたんだ……」
真はオモチャ箱から足を出すと、床に手を突いて上体を持ち上げる。そしてジャンへと顔を向けると、頭を掻きながら、「見つかっちゃった」と言って舌を出して照れ笑いを浮かべた。
「ジャンー。ご飯ですよー」
そこへ、何処からともなく女性の声が届く。ジャンはその声を受け取ると、目を輝かせ、大きな声で返事をした。
「はーい!」
それからジャンは真達へと振り向いて、口を開く。
「おねえちゃん達も一緒に食べようよ!」
「え、あ、私達は大丈夫だよ」
「えー。じゃあご飯食べ終わったらまた遊ぼ!」
ジャンはそう言うと、散らかったオモチャ達はそのままに、手に持つ王冠を床に置いて声のした方へと駆けていく。それを見て真は、レックスの言葉を思い出してジャンの背中に声を掛けた。
「あ、ジャンくん待って!」
ジャンは小首を傾げて真へ振り向く。
「なぁに?」
「その、オモチャは遊び終わったら片付けてあげてほしいな」
「え、でもご飯食べたらまた遊ぶし……」
真は、床に転がるただのぬいぐるみであるレックスを優しく持ち上げると、言葉を続ける。
「それでもね、このままだとオモチャ達は、ジャンくんがご飯を食べている間ずっと寂しい思いをしちゃうんだよ。オモチャ達も、オモチャ箱の中でみんなでご飯を食べたいって言ってると思うんだ。だから、一緒に片付けてあげよ?」
それから手に持つレックスをジャンへと向けて、コクりとお辞儀をさせるように傾けながら、「よろしくね」と添えた。
ジャンは部屋に散らかるオモチャ達を見渡してから、真へ体を向けると、一間置いてニコッとはにかんだ。
「……うん!」
そしてジャンは、真とぬこの手を借りながら散らかったオモチャ達をオモチャ箱の中へと戻していく。中には、部屋の隅にまで飛んでいたオモチャや、タンスと壁の隙間から足を覗かせる小さな人形もあった。
そして、本棚の上でうつ伏せに転がっている薄桃色の恐竜のぬいぐるみも、オモチャ箱の中へと戻してやった。
一通りの後片付けを終えると部屋はスッキリとして、先程までよりも少しばかり広くなったような気さえする。その分、オモチャ箱はてんこ盛りの状態だ。
最後に、ジャンは床に置いてあった王冠を持ち上げると、オモチャ箱の前で立ち止まる。
「どうしたの?」
真は、王冠を見つめているジャンの顔を覗き込んで声を掛ける。するとジャンは、その王冠をオモチャ箱には入れず、真へと差し出して口を開いた。
「これ、おねえちゃんにあげる!」
「えっ、私に……くれるの?」
「うん! 遊んでくれたお礼だよ!」
真は思いも寄らず差し出された王冠へと手を伸ばし、それを受け取る。ふとジャンの顔を見ると、大事なオモチャを手放したという後悔の色は無く、むしろ一緒に遊んでくれた友達にお礼ができた事、そしてそれを受け取ってもらえたことに、喜びの表情を浮かべているようだった。
少しばかり戸惑い気味にそれを受け取った真は、ジャンの浮かべるそんな笑顔を見て、心から溢れ出る嬉しさに頬を緩ませた。
「ありがとう」
「うん!」
散らかっていたオモチャを片付けて、ただでさえ殺風景だった部屋が更に閑静な印象を持つ。しかしそこに居る真とジャン、なによりオモチャ箱の中に居るオモチャ達は、寂しさではなく、むしろ満足気な温かい色を浮かべていた。
そこへまた、ジャンを呼ぶ女性の声が届いた。恐らくはジャンの母親の声だろう。ジャンはその声にまた大きく返事をすると、部屋を飛び出していった。
「ねぇ真、これ!」
先程まですっかり黙り込んでいたぬこが突然声を上げる。真はその声に、手に持つ王冠へと向けていた視線をぬこへと向けると、ぬこの翳した手が光を纏い始めている事に気が付いた。それを見た真は、無意識に声を上げる。
「あ……円環の栞!」
その光りはぬこの掌の上でふわふわと漂うと、その形を変化させ、やがて円環の栞となって掌に降りた。
ぬこはそれを手に持ち、しっかりとそこにあるという感触を確かめると、真を見上げて口を開く。
「真。そろそろ帰ろうか」
「……うん」
真はその言葉に、ふと現実に引き戻される。
分かっていたはずなのに。この世界に来た目的も、自分が違う世界の住人で、いずれそこに戻らないといけない事は十分に理解していたはずなのに。
それでもやはり、いざその時を目の前にすると、名残惜しさを拭えずにいた。ふと真は、以前ぬこが言っていた、「あまり深く関わると帰り辛くなる」という言葉を思い出す。
「分かってるよ。ぬこの王冠を探すために、ここに来たんだもんね」
そう言うと真は、ぬこの前へと歩み寄って屈むと、光を纏う円環の栞に手を添えた。
円環の栞から広がる光の輪が二人を包み込み、徐々に世界の面影が薄らいでゆく。その中で真は、オモチャ箱に積まれたオモチャ達へと目を向けた。ジャンにもらった王冠を、大事に抱えながら。
そのオモチャ達はどこか、安堵に満ちた、優し気な微笑みを浮かべているように見えた――
次回 第4話 ――『優しい王様』――
感想、評価にて、読者様方の声をお聞かせください。
作品のクオリティアップ、執筆活動の糧とさせて頂きます!
心よりお待ちしておりますm( _ _)m