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リアリティはありつつも、無機質さを拭いきれない見た目。触ればその素材がうまく再現はされているが、オモチャなのだと気づかされる。しかし、そこから漂う食材の香り、一口頬張れば見る見る口いっぱいに広がる豊かな味わい。
見た目はオモチャだが、それは確かに紛うことなき絶品料理だ。
それから真は、配膳されたフォークを手に持つと丸い器に盛られたサラダを口に運ぶ。見た目は食品サンプルでよく見かけるような樹脂素材だが、一口頬張れば、シャキシャキとした新鮮なサラダそのものの食感が広がる。
スープをスプーン一杯、チキンを一口、ピザを一切れ、それからケーキにも手を伸ばす、かと思いきや、デザートは食後に食べるものだと思いとどまる。
そこで真はふと気が付いた。完全に料理に夢中になってしまっていることに。横に座るぬこへと目を向けると、指をペロペロと舐めながらご機嫌の様子だ。
それからまた、テーブルに並べられたたくさんの料理を見渡してから、真は思った。
「ねぇ、ぬこ。これって全部私達のために用意してくれたのかな?」
「ん?まぁそうだろうね。見たところ食べに来る気配は無さそうだし」
真は一度料理を端まで見渡してから、また言葉を続ける。
「そっかぁ。でもこれだけたくさんあるとさすがに食べきれないなぁ……。みんなも一緒に食べないかな?」
「じゃあ真が言って見たらどうだい? 一緒に食べないかって」
そう言ってからぬこは、ドーナツを片手にそれを頬張った。
「え、私が?」
真はゆっくりと、眼前に佇み満足気な様子でいるオモチャ達へと顔を向けると、徐に玉座から立ち上がり、か細い声を放つ。
「あ、あの~。みなさんも一緒に食べませんか~」
オモチャ達はその言葉に、やや困惑気味にお互いに顔を見合わせてから、ざわざわとし始める。ぬこはそれを見て、口の中に頬張るドーナツをゴクッと飲み込むと、真へ声を掛ける。
「そんな風に言わなくても。真は王様、彼らはその配下なんだから、もっとはっきり言わないと分からないんじゃないかな」
それを聞いてから真は一つ唾を飲み込むと、控えめに胸を張って声を上げた。
「み、皆の者ー! 皆にこの料理を分け与えよう! 共にこの食事を楽しもうぞー!」
恥ずかし混じりの真の声の後に、一瞬の沈黙。
「……あれ?」
堪らず真は声を漏らし、ぬこへ助け舟を求めようとしたその時。
「「「ヤッター!!」」」
高い声を上げながら、身を寄せ合う小人達が弾むように跳び上がり走り寄ってきた。それに続くようにして、周りのオモチャ達も喜びの声を上げながら駆け寄る。
「お腹空いててもう我慢の限界だったモ~」
「やぁりぃ! ペペロの料理だぁい!」
「ヤダもうこんな豪華な料理久しぶりネェ~」
「女王様! ありがとうございますです!!」
どうやらオモチャ達もお腹が空いていたようだ。ついさっきまで、少しばかり警戒心を抱いていた事が申し訳なく感じるほど、今のオモチャ達はまるで子供のように料理に夢中になっていた。
時に押し合い、時に譲り合い、時に食べ物を取り合うその姿を呆然と見つめていた真は、ゆっくりと玉座に腰を降ろすと口元を綻ばせ、目の前のオモチャ達に愛着に似た感情すらも抱いていた。
「真、もう食べないのかい?」
緩む真の横顔に、指を舐めながらぬこが声を掛ける。真は一間置いてからその言葉に振り向いて応えた。
「あ、うん。みんなが美味しそうに食べてるのを見てる方が、良いかな」
「ふ~ん」と相槌を打ってから、ぬこは玉座の膝掛けに飛び乗ると、そこに腰を降ろした。
暫く彼らの様子を眺めていると、時たまデザートを持ったオモチャ達が真の元へやってくる。その時ばかりは真は、「ありがとう」と言ってそれを受け取ると、隣に座るぬこと分けて食べた。
それにしても、ここは本当に不思議な空間だ。いくらここが絵本の中だとはいえ、いざ自分がその中に入り込んでしまえば、それは作り話の中の空想世界ではなく、音や空気をこの身で感じることのできる現実世界として目の前に広がる。
ここがジャンのオモチャ箱の中なのだとすれば、今目の前で食事に夢中になっている彼らは、その中に入っていたオモチャ達と言ったところか。
周りを一望すれば、カラーマットやらブロックやら、子供の遊ぶオモチャの家が、そのまま当身代にスケールアップしたかのようだ。実際、この空間においてはそう言う事なのだろう。
見上げれば広がる夜空。それらもどことなく作り物感を醸し出しており、まるで、天井に夜空の張り紙が施された小洒落た子供部屋。という言葉がしっくりくる。
そしてそれら一つ一つが、このオモチャの国、オモチャの世界を彩り、創り上げているのだ。真は、自分の中の忘れかけていた幼き好奇心が刺激され、胸の高鳴りを抑えられずにいた。
ふと目の前に視線を戻せば、どうやら料理は全て平らげてしまった後のようで、オモチャ達は食後の片付けを始めている。
真はそれから、今がジャンとのかくれんぼの最中なのだという事も忘れて、このオモチャの世界での女王様ライフを楽しんでいた。
それからまた暫くして、真はふと、自分が玉座に座り居眠りをしてしまっていたことに気づく。肘掛けに座っていたはずぬこが居ないと思ったら、どうやら床に落っこちたまま眠っているようだ。
ふと前へ視線を向ければ、お昼寝時とでもいった様子で、オモチャ達は各々寛いでいる。そこで真は、柔らかく左頬を撫でるそよ風に気付いて、顔を向けた。
「お目覚めですか?」
そこには、布を靡かせて真へ風を送る、恐竜のぬいぐるみの姿があった。彼はそのつぶらな黒い瞳に真を映し、顔を覗かせている。
「あ、うん。ずっと傍に居てくれたんだね、ありがとう。えっとー……」
「私はレックスと申します」
「あ、レックスさん。ありがとう」
レックスはぎこちなく名前を呼ぶ真へ、優しい笑みを送った。それからレックスまた一つ、布を靡かせて真へ風を送るとその手を止めて、先程までとは違った様相で徐に口を開く。
「女王様、あなたは“この世界”の住人ではありませんね」
「……!」
真の見つめるレックスの瞳には、驚きに口を開けたままの自分が映っていた。
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