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3‐3

「その王冠を被った人が隠れるんだよ。僕が十秒数える間に隠れてね!」


 どうやらこのオモチャの王冠を被った一人が隠れ、それをジャンが見つけるというルールでかくれんぼをしているようだ。ぬこはオモチャの王冠を片手で持ち、品定めをするようにぶらぶらと揺さぶりながら、それを見つめていた。


「ジャンくんは隠れないの?」


 膝に手を突いてジャンの顔を覗き込みながら、真は訊ねる。


「うん。昨日はパパがずっと鬼だったから、今日は僕が鬼をやってあげてるんだ!」


「そっかぁ~。ジャンくん偉いね~」


 真は柔和な笑みを浮かべ、ジャンの頭を撫でながら褒めてあげた。それに「うん!」と、どこか誇らしそうに胸を張るジャンが応える。ぬこはその二人のやり取りを見て、王冠を手先でくるくると回しながら欠伸をしていた。



「それじゃあ始めるよー! いーちっ……」


 しゃがんで両目を手で覆いながら、ジャンのゆっくりとしたカウントが始まった。それを見てぬこは真を手招きすると、真の手を引くようにして部屋の隅っこへと足を運ぶ。


 そして、ジャンに聞こえないような配慮を以て、ぬこは小声で言った。


「どうやらこの世界にあった王冠は僕の求めているものじゃなかったみたいだ。これ以上大きな発展も無さそうだし、あの子には悪いけどもう帰ろう」


「えっ、でもかくれんぼは……」


「僕達は遊びに来てる訳じゃないんだよ?王冠を探すためにこの世界に来たんだ。真だって、あんまりあの子に肩入れすると別れが辛くなるだけだよ」


「そ、そっかぁ……」


 名残惜しそうにしながら細く声を漏らす真は、ぬこの手に持つ王冠を見て、何かを思い付いたように口を開く。


「でも、どうしてその王冠じゃダメなの? オモチャだから?」


「ん? まぁ、そうだね。オモチャを被っていたんじゃ、王の威厳もあったもんじゃないだろうに」


「えーでも、磨けば綺麗になるかもだし。ねぇほら、試しに被ってみなよ!」


 そう言って真は王冠を取り上げると、興味なさげに腕を組むぬこの頭の上に添えて、パッと手を離した。

 しかし、思いのほか大きかったのであろうその王冠は、ぬこの頭をスルーして、腕周りで少しばかり引っ掛かりつつも、そのまま腰元にピタッと填った。


 腕を組んで仁王立ちをし、腰に巻かれたその王冠は、最早王冠ではなくチャンピオンベルトそのものだ。思いも寄らぬ出来事に真は、咄嗟に口元を手で抑えて吹いた。


「ぶふっ! い、いや、それも有りかなって思うよ」


 笑いを堪えて顔を逸らしながらも、真は横目にぬこを一瞥する。すると突然、ぬこはひょろひょろと体の力が抜け、ぬいぐるみのようにその場に横たわった。それを見た真は、ぬこに声を掛ける。


「え、どうしたのぬこ?」


 ぬこは腕を垂らして横たわりつつも、そのままの姿勢で目を背けながら応えた。


「……腰に巻かれると、力が出ないんだ……」


 それを聞いて真は、猫は腰が弱いということを思い出して、ぬこもそこが弱点なのかと納得する。それと同時に、何か悪巧みでもしているかのようなジト目でぬこへ視線を送ると、指先をくねくねと動かしながら手を伸ばした。


 それを見たぬこは、「そ、そんなことよりもジャンが数え終わる前に帰ろう!」と言って、力の入らない下半身はそのままに腕を上げて、意識を集中させる。



「あれ?円環の栞が出てこない……」


 しかし、ぬこの掲げた手からは円環の栞は姿を現さなかった。その様子を見て「どうしたの?」と声を掛ける真を尻目に、ぬこはそのことに既視感を覚えた。


「確か前にもこんなことがあったような……」


「なーなっ……はーちっ……」


 ふと気づくとジャンのカウントは終了目前にまで迫っており、それに気付いた真はあたふたと慌て出して部屋を見渡す。


「ちょっ、ぬこ! とりあえず隠れて!」


 そう言うと真は、王冠を腰に巻いたぬこを持ち上げると、力無く脚をぶらぶらと揺らすぬこを、オモチャの詰まったオモチャ箱の中に押し込む。


 しかしそのオモチャ箱は中身が詰まっており、その隙間からはぬこの頭が飛び出したままだった。オモチャ達と一緒に、まるでぬいぐるみにでもなったかのようなぬこを見て、真はまた咄嗟に口元を手で抑えた。



 その一連の流れをされるがままにしていたぬこは、オモチャ箱から顔を出してジト目を真へ送り、口を開く。


「真。まず、王冠を外してよ」


「え、いやだって、隠れる人は王冠を付けてなきゃダメなんだよ……ぷっ」


「それにこれ。隠れられてないだろ」


「いやいや、ぬいぐるみに成りきれば大丈夫!」


「本当かい?」


「う、うん! 大丈夫!」


「きゅーうっ……じゅう!」


 そこに元気なジャンの声が届くと、ぬこはジャンを一瞥してからまた真へと視線を戻す。すると真は、ニヤニヤとしながらも両手を差し出して、ぬこの返事を促した。


 ぬこは「本当に大丈夫なのかな」と疑いつつも、小さく一つ溜息を漏らしてジャンの声に返事をした。



「もーいーかーいっ!」


「もーいーよー」


「ぬこさんみーつけた!」

 

「やっぱりダメじゃないかっ!!」


 オモチャ箱の中に入ったぬこは、目を開いて立ち上がったジャンに物の見事に一瞬で見つかってしまった。半分期待した自分がバカだったと嘆くぬこを尻目に、真はお腹と口を抑えて、肩を揺らしながら顔を真っ赤にしていた。


 ジャンはぬこをオモチャ箱の中から引っ張り出すと、腰に巻かれていた王冠を外して「敵将討ち取ったり!」と言わんばかりに天高く掲げる。

 王冠の呪縛から開放されたぬこは、すぐにその場に立ち上がると乱れた毛を整えながら、笑いを必死に堪える真を、目を細め睨んだ。



「今度はおねえちゃんが隠れる番ね!」


「え……私?」


 そう言ってジャンは真の元に駆け寄ると、手に持つ王冠を差し出す。真はその王冠を受け取ってからジャンの輝く目を瞳に映し、それをゆっくりと頭の上に乗せた。


「あ、ピッタリ」


 それは真の頭には丁度良いサイズだったようで、その見た目はぬこの時とは打って変わって、例えるならば女王様と言ったところか。ジャンもその姿にご満悦の様子で、ニッコリと微笑んだ。

 真にもそれは嬉しかったようで、頬を緩ませてジャンに笑みを返すと、傍で佇むぬこへと視線を向けた。するとぬこは、見事に王冠を被りこなす真への妬みでも紛らわすように、腕を組んで目を逸らした。



 それからジャンはまた部屋の中心で屈むと、両手で目を覆って十秒のカウントを始める。


「オモチャの王冠がお似合いのようで良かったね。それで、この部屋の何処に隠れるんだい?」


 ぬこは声を上げて数を数えるジャンを横目にしながら、真へと歩み寄って声を掛けた。被った王冠を整えていた真はその言葉にハッとして、改めて部屋の中を見渡す。


 壁に寄り添う本棚。

 オモチャの詰まったオモチャ箱。

 汗だくのジャンのパパが入っていたタンス……。


 一度はそのタンスに隠れようかと思い歩み寄るが、未だ冷め止まぬ先程の衝撃と、どことなく香る汗の匂いに顔をしかめて諦める。となると残るはオモチャ箱のみ。

 ふと横目にぬこを見ると、ニヤニヤとしながらも両手を差し出して「どうぞ」と促していた。



 真は若干の躊躇いを持ちつつも、オモチャ箱の前へと歩み寄りその中を覗いた。


「どうやらそこしか隠れる場所は無さそうだね~」


 ぬこは躊躇う真を横目に、急かすように言った。それに真は、強気の姿勢で応える。


「や、やってやろうじゃない」


 真はオモチャ箱を手で避けて空洞を作りつつ、その中へと踏み入った。そして底に片足が着いた事を確認すると、もう片方の足も入れて屈み込む。



 予想通り、いや想像以上にも滑稽なその状況は、子供用の三輪車に大人が跨っているのにも似た、居心地の悪さを醸し出していた。

 

 溢れかえったオモチャに足を浸し、恥ずかしそうにする真を見て、ぬこは口元を抑えてわざとらしく「ぷっ」と笑ってみせた。


 それに対して真が、「オモチャ箱が小さいんだから仕方ないでしょ!」と言い掛けたその時、真の体がガクッと下がった。



「……え??」



 真はその奇妙な感覚にふとオモチャ箱の中へ視線を落とす。すると、先程までは飛び出していた膝頭が隠れ、腹周りまでオモチャの中に浸かっていた。


 そしてまたガクッとオモチャ箱に体が沈んだかと思った矢先、真は溢れるオモチャの中へと徐々に引きずり込まれていっていることに気が付いた。


 様子のおかしい真を見て、ぬこは眉根を寄せて声を掛ける。


「ん、どうしたんだい?」


「え、ちょ、なんかオモチャ箱の中に吸い込まれッ……!」


 次の瞬間、真は勢い良くズルズルとオモチャ箱の中へと吸い込まれていった。慌てて出ようとするがもう胸元までがオモチャに浸かっており、真はぬこへと助けを求めて手を伸ばす。


「なな、なんか吸い込まれてる!? ぬこ助けて!!」


「……!? 真!」


 ぬこは、見る見るとオモチャ箱に体を沈めてジタバタとする真を見て、咄嗟に駆け寄り真の伸ばす手を掴んだ。


 真の手を両手で掴み、オモチャ箱の縁に両脚を突っ張って引きずり出そうと踏ん張るが、引っ張られる力に負けてしまい、真はぬこ諸共、オモチャ箱の中へと吸い込まれてしまった――




 ――――――――――――


感想、評価にて、読者様方の声をお聞かせください。

作品のクオリティアップ、執筆活動の糧とさせて頂きます!

心よりお待ちしておりますm( _ _)m

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