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2‐5

「まぁ、あの猫には檻から出す時に逃げられちまったがよぉ。代わりにおめぇを頂いて売り捌いてやらぁ!」


「逃げられた……?」


 次の瞬間、男はふらふらと体を揺らめかせながら屈むと、マントの影で地面の砂を掴み取り、それをぬこに向かって振るった。


「ッ……!?」


 ぬこが振るわれた砂を防ぐように腕で顔を覆ったその刹那、男は地面を蹴り、マントの中から伸びた大きな手でぬこを鷲掴みにして持ち上げる。男の大きな手で、両腕を巻き込む形で体を掴まれたぬこは、身動きを取ることができない。手の中でジタバタと体を(すじ)るその姿を見て、男は不適な笑い声を上げた。


 堪らずテトは駆け出した。 


「ぬこ!!」


「あっ、テト!」


 あの時のように見ているだけではいられず、また目の前で誰かを遠ざけてしまうことが耐えられず、無力だった自分を呪い続けたこの長い時間を背にして、もう二度と誰も悲しませないために、人の群れから四足で駆け出してぬこの元へと向かった。


 その時、駆け出したテトに手を伸ばす真の横から、無数の小さな影が飛び出した。それはどこからともなく現れ、広場の四方から人々の足元を潜り抜け、テトよりも早く井戸の辺へと駆け寄り、ぬこを掴む男に飛び掛る。


「ぬわぁあ! な、何だこいつら! ……猫!?」


 男に飛び掛ったのは、街に棲む大勢の猫達だった。その猫の数は十数匹どころに収まらず、尚も人々の間から駆け寄るその姿は、小柄ではあるものの人間の男の体を覆い尽くす程だった。男はあまりにも多い猫達に堪らず体をよろけさせ、井戸を背にしてぬこを掴む手の力を緩ませる。


 その瞬間を逃すまいとぬこは、男の手からスルッと抜け出すと、男の腕を伝い、眉間にシワを寄せて慌てふためくその無粋な顔面に渾身の蹴りをかました。


「ぐほぉっ……!」


 それと同時に、男の体を覆っていた猫達は一斉に飛び退き、その一撃でクラクラとふらつく男は後退りをして井戸の縁に手を突いた。すかさず二人を囲う猫達は男の足元へと集まり、その足をすくうようにして男を持ち上げる。



 上体を宙にさらして井戸に落ちそうになる男は、間一髪の所で井戸の縁に指を掛けて耐えようとする。すると、恐怖に顔を歪めるその男の体に、ぬこが飛び乗った。


「た、助けてくれえぇ~!」


「猫を虐めるような悪い人にはお仕置きをしないといけないね。反省できるまでその中で頭を冷やしてなっ」


 そう言うとぬこは手から鋭い爪をシャキッと伸ばし、歪む男の顔に”ぬこ”パンチを繰り出した。

 男はぬこのトドメの一撃を喰らい、その指を離して深い井戸の底へと落ちていった。



 ぬこの周りにはたくさんの猫達が集まる。


「君達、助けてくれてありがとね」


「ニャ~」


 危うくぬこを連れ去ってしまう所だった男に、勇敢にも立ち向かった猫達は、グルグルと喉を鳴らしてぬこに寄り添った。そして群がるその猫達の間から、一匹の灰毛のメス猫が歩み寄ると、徐に上体を起こして二足で立ち上がり、口を開く。


「私の名前はリリィ。あなたも……喋ることができるのですか?」


 ぬこは寄り添う猫の頭を撫でながら、リリィへと顔を向けて応える。


「僕はぬこ。君は、テトのお母さんだね」


「どうしてそれを……」


「おかあ……さん?」


 ふとリリィの後ろ、ぬこの視線の先から声が届いた。その声にピクリと耳を震わせて、ゆっくりと顔を向けると、信じられないものでも見るかのように、リリィは目を大きく見開いた。

 そして、震える口元からか細い声を放つ。


「……テト……なの?」


 テトは一歩、また一歩と地面を踏みしめながら、二足で佇み唖然とするリリィに歩み寄り、被っていたフードを脱いで見せた。


「僕だよ、テトだよ……。お母さん!!」


「テト!!」


 テトは母の下へと一目散に駆け寄り、リリィは大きく開いた腕でテトを力いっぱいに抱き締めた。


 日常の中に不意に訪れた悲劇から、長い悲哀ひあいの時を乗り越え、この地で再開を果たしたテトとリリィは、見紛うことの無いお互いのその姿を確かめ合うように、大粒の涙を流しながら抱きしめ合った。



 テトに少し遅れて駆け寄る真と、家族の再開を目の当たりにしたぬこは、身を寄せ合う二人を温かい眼差しで見届けた。


 しかしぬこは、周りに集る人々の様子に気づき、テトの名を呼ぶ。その声に、テトとリリィもふと顔を上げて周囲を見渡した。


 そこには、たくさんの猫達とその中心に居る二足で立つぬこ達を、物珍しそうに伺いながら歩み寄る人々の姿。テトとリリィはその姿に再び体を震わせ、より一層お互いの身を寄せ合って、手と手を固く結ぶ。


「テト、もう絶対にあなたを一人にはしないから。何処に連れて行かれてもずっと一緒だから……!」


「怖いよ……お母さん……!」


「わー猫さんがいっぱい! かわいいー!」


 耳に届いた幼げのある少女の声に、二人はふと瞑った瞼を開いてその声のする方へと目を向ける。眼前には、二人にはいささか信じ難い光景が広がっていた。


「この街にもこんなにたくさん猫が居たのか~」


「わぁ、かわいい~。ねぇねぇお母さん、あの猫さん達喋ってるよ!」


「ホントねぇ! 頭の良い猫さんなのかしら」


「おーよしよし、お前ら本当に可愛いなぁ」


 猫へ歩み寄り優しく手を差し伸べる者。

 抱き寄せては猫の頭を撫でてでる者。

 猫達と笑顔でじゃれあう者。

 商品の食料を猫へ分け与える者。

 猫との出会いを喜ぶ者。


 その光景を目の当たりにして唖然するテトに、ぬこは声をかける。


「テト、君達の思っている程、猫は嫌われ者ではないのかもしれないねっ」


 その声にテトが振り返ろうとした時、ふと目の前に歩み寄った少女が声を放った。


「ねぇねぇ猫さん! あなたのお名前は?」


 テトは、かけられた少女の言葉に少し躊躇いながらも応える。


「僕は……テト」


「私はリリィ……」


 テトの言葉に続いてリリィも口を開く。すると少女は、頬を緩ませて無邪気な可愛らしい笑顔を浮かべた。


「私の名前はアリス! テト、リリィ。私達とお友達になってくれませんか?」


「えっ、友達……? こんな僕達で、良いの……?」


「私、猫さん大好きなの!」


 テトとリリィは、少女の輝く瞳に映し出される慈愛に満ちた眼差しを浴びて、塞ぎ込んだその心に光が差し込むような温もりを感じ、お互いの目を見合わせると、不思議に安堵と喜びの笑みが漏れた。


「えっと、じゃ、じゃあ僕の友達も紹介するよ! ねぇぬこ、真! ……あれ?」


 しかしテトの振り向いた先には、ぬこと真の姿はもう無かった。




 ――――――――――――




「ねぇぬこ、何で帰っちゃうの? 王冠の約束はいいの?」


 ぬこと真は、広場から商い通りを抜けて、街の門を潜った。気がつけば日も傾きだして、世界は仄かに赤みがかった表情を浮かべている。


「うん、良いんだよ。条件とは違うけど、お代は受け取ったしね」


 そう言いながらぬこは帰り道の途中、空き地に置いてあるテトの荷車から持ってきた売り物の煮干を、小包から掴み取って、口に運んだ。


「ん~おサカナは美味しいね~。……それに、あの程度の稼ぎで買える程王冠は安くないよ。一体あと何年待てば王冠を手に入れられるのやら。僕は待つのが嫌いなんだ」


 そしてぬこはまた、煮干を口いっぱいに頬張り、もぐもぐと咀嚼そしゃくする。


「え、それじゃあ何であんな約束をしたの? それにわざわざ黙って帰らなくても……」


「あの様子だとテトとリリィは嫌でも僕達に恩返しをしようと付き纏うだろうし、ここに居る時間が長くなれば帰り辛くなってしまうからね……。ナギサ書林に居る雅を一人にする訳にもいかないだろう? 何で約束をしたのかは……何でだろうねっ」


 ぬこは誤魔化すように顔を逸らすと、また煮干を頬張った。

 二人はこの物語の中で起こった出来事を話しながら、街を出て道なりに歩を進めた。


 ぬこ曰く、元の世界に戻るには、ここに来た時に初めて地に足を着いた場所の近くに行く必要があるのだと言う。小包の底に残った煮干を口の中に放り込むぬこを横目に、真は徐々に遠ざかる街へと振り向いた。


 すると、街の門から一匹の猫が飛び出して、二人の後ろ姿を見つけると二足で立ち上がり、大きく手を振ってきた。


「おーい! ぬこー! 真ー!」


 そこには、二人の名を呼ぶテトの姿があり、少し遅れてリリィと街の猫達も。そして、アリスと村の子供達も姿を現した。彼らは一様にして二人の背中へ手を振っている。


「俺はまだお前らに何も返してないぞー!」


「それならもう貰っておいたよ~」


ぬこはテト達へと振り返り、手に持つ空っぽの包み紙をヒラヒラと掲げた。それから少し間を置いて、テトはまた口元に手を添えながら大きな声で言った。


「お前王様なんだろー! お前の王冠、行商でたくさんお金を稼いで、お前の所に必ず届けてやるから待ってろよー!」


ぬこはその言葉に少し驚いたような表情を浮かべると、ふと頬を緩めてはにかんで、帰り道へと身を翻しながら片手を振って応えた。


「気長に待ってるよ~!」


そうして二人はテトとリリィ、そしてその新しい友達に見送られ、この物語セカイを後にした――


「ねぇ、ぬこ」


「ん?なんだい、真」


「ぬこって優しいんだね」


「ふん、当たり前だろ? なんたって僕はケットシーの王様なんだからねっ! ……さぁ、円環の栞に手を添えて」


「……うん!」




 ――――――――――――




ある日から、国中にこんな噂が流れ始めた。



それは、街を転々としては王冠を買い求める、珍しい二匹の猫がいるのだという。



なんでもその二匹の猫は、人のように立ち振る舞い、言葉を話し、行く街々で人間と友好的な関係を築いていくのだそうだ。



いつしか人々の間には、その二匹の猫に出会った者は幸せになれるという噂まで流れ、それはもう猫達を手厚く歓迎した。




人々はその猫をこう呼んだ。



『行商人のねこ』



と。




次回は短編一作目完結を記念して、

ぬこと真が絵本の世界に入る前の、『行商人のねこ』オリジナルストーリーを公開します!

挿絵はありませんが、絵本感覚で楽しんで頂ければなと思います。

更新日時は11月4日土曜日19時ですっ。


感想、評価にて、読者様方の声をお聞かせください。

作品のクオリティアップ、執筆活動の糧とさせて頂きます!

心よりお待ちしておりますm( _ _)m

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