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2‐4

「一緒に探してくれるのか……?」


「勿論、交換条件を飲んでくれたらの話だけどね」


 テトは顎に手を当てて思案顔を浮かべる。ぬこの見つめるその瞳には、尚も希望の光が灯されていた。ぬこが自分を王と名乗ることには半信半疑、むしろ冗談の類かとすら思っている様子だが、母を探し出すと言う悲願を成し遂げる事ができるのならばと、今一つ間を置いて、その条件を承諾した。


「いいだろう。母さんを見つけられたその暁には、お前の王冠探しを手伝おう」


 ぬこはその言葉にニコッとはにかんで、「取引成立だねっ」と言って、テトに手を差し出した。険悪なムードが去り、ぬことテトが共に笑顔で約束の握手を交わしているのを見て、真は微笑ましい光景を見守るように柔和な笑みを浮かべた。



「でもぬこ、この広い街でどうやって探すの?」


 真はぬこに、何か考えがあるのかと問う。それにぬこは迷いの無い面持ちで真を見上げ、「勿論さ」と応えた。


「じゃあ早速お母さんを探しに行こうか。付いてきて!」


 そう言うとぬこは人の多い商い通りへと向けて駆けていった。それを見た真はテトに一言、「お母さん見つかるといいね」と添えて、ぬこの後を追った。


「ん? テト、何をしているんだい?」


 テトは荷車の持ち手に頭を潜らせようとしていた所を、ぬこの言葉に気づいて振り向く。


「え、これは僕の商売道具なんだから置いて行く訳にはいかないよ」


「そんな物は邪魔になるだけさ。お母さんが見つかったら一緒に取りにくればいいだろう」


「見つかったらって、簡単に言うなよな……」


 大きく手を振って二人を呼ぶぬこに、テトは小声でぼそりと呟くと、荷車を空き地に置いたまま、ぬこと真の元へと駆けていった。



 人気の無い小道を抜けて、街の門から繋がる商い通りへと出ると、先ほどよりも人の数が増してより一層の賑わいを見せていた。

 この世界に来てから二人は時間を確認できていない事を思い出すが、ぬこは天を仰いで、太陽が丁度真上に昇っている事を伺うと、今が昼過ぎ頃の時間なのだろうと推測した。


 ぬこはフードを深く被ったまま、尚もその人ごみの中を掻き分け、更に人の多い街の奥へと進んで行く。まだぬこの考えを知らない二人は、段々と心配気な表情を浮かべながらも、ぬこに付いていった。


 暫くするとぬこは徐に立ち止まり、街を行き交う人々を見渡しながら呟いた。


「ん~かなり人も増えてきたし、ここら辺で良いかな」


 さすがに我慢ならなくなった真は間髪入れずにぬこに問う。


「ねぇぬこ、どうする気なの? こんなに人が多いんじゃ逆に探し辛いんじゃ……」


「テト、この街に来たのはいつ?」


「え、ここに来たのは昨日だ」


「じゃぁここらへんの近くで広場ってあった?」


「ん?あ~。確かこの通りを真直ぐ行った所に、井戸のある大きめの広場があったかな。そこは商い通りの外れだからここ程人は居なかったけど」


「なるほどねっ」


 ぬこは二、三度頷いて相槌あいづちを打つ。未だに考えを明かしてくれないその様子に、真は焦れったそうにしながら、膝に手を突いて更に問いかける。


「ねーぬこー! だから何をする気なのか教えてよ!」


 少しばかり苛立ちの篭ったその言葉に、ぬこは涼しげな面持ちで真を見上げて、「まぁ見ててごらんって」と言って、突然周囲の人々に向かって大声で叫んだ。



「井戸のある広場に“二足で歩く猫”がいるぞー!!」



「!?」


「え、ちょっとぬこ!?」


 思いも寄らないぬこのその言葉に、周囲の人々も当然ながら、誰よりもテトと真が一番に驚いた。テトの言うように、この世界ではぬこやテトのような存在が人に知れるのが危険な事ならば、今ぬこのしている行動はどう考えても、自分のみならずテトやテトのお母さんを危険にさらす自殺行為に他ならない。


 困惑するテトを横目に、真は堪らずぬこの肩に手を回し、顔を覗き込み声を潜めて詰め寄る。


「ぬこ! 何でそんな事を言うの? 周りの人にバレないように探すんじゃ……」


 ぬこはフードの影から横目に、真を一瞥して応える。


「これが一番手っ取り早くお母さんを見つけられる方法さ。僕に力を貸してくれ。僕を信じて、真も僕に続いて。さぁ、テトも僕に付いてくるんだ!」


「ぬこ……」


 そう言ってぬこは大声で「広場に二足で歩く猫がいる」と叫びながら人ごみの中へと駆けていく。真が後ろに居るテトへと振り向くと、テトは小刻みに体を震わしながら怯えている様子で俯いていた。

 真は屈んで、そんなテトの背中に手を添えると、優しく言葉を送る。


「大丈夫。もうあなたは独りじゃないから。私とぬこがすぐ傍に付いてるから。それに、ちょっと自分勝手なところがあるみたいけど、ぬこはケットシーの王様なんだよ!」


「ケットシーの王様……」


「うん。だから今はぬこを信じて。そして私を信じて。行こ、お母さんに会いに!」


「……うん!」


 真の掛けた励ましの言葉が届いたのか、もうテトの面持ちに迷いの色は無く、体の震えはピタリと止まっていた。怯えていたテトは、「お母さんに会いに」という言葉を聞き、その目に覚悟と希望の明かりを再び灯し、真と共に先導するぬこに続いて、街中を駆けていった。


 その後姿を路地裏の影から見つめる、フードを深く被った人物には気づかないまま。



「この奥の広場に二足で歩く猫がいるよー!」


「広場に不思議な猫さんがいましたー!」


「に、人間みたいに歩く猫がいたぞー!」


 三人は商い通りを真っ直ぐに進み、その広場に向かいながら行き交う人々の注目を集めていった。その言葉を聞いた人々は、一様に怪訝な面持ちを浮かべ、半信半疑と言った様子で走りゆく三人を見つめている。


その中には、悪い冗談だといなす者。その歩く猫とやらに興味を示し話し合う者。見に行こうと仲間を誘って広場へ向かう者。これもぬこの思惑通りなのか、人々の間にはあっと言う間に歩く猫の噂が広まった。



程なくして、ぬこは中心に井戸を構える広場の前へと躍り出た。そこに少し遅れてテトと真が追いつくと、ぬこは二人の行く道を拒むように腕をかざす。


「二人はここで待ってて。後は僕がやるから」


 両膝に手を突いて、必死に肩で大きく息をする真は、俯いたまま上目に顔だけを縦に振ってぬこに応える。テトは深く被ったフードを手で抑えながら、一歩踏み出してぬこに声をかけた。


「ぬこ、人が集まってきてるぞ。大丈夫なのか?」


 ぬこはフードの影から視線だけを送り応える。


「あぁ、大丈夫さっ」


 そう言うとぬこは広場の中心、井戸の辺へと歩を進めた。


 気がつけば、テトと真の後ろには人集ができていて、商い通りから溢れた人々は広場を囲うようにしてずらっと立ち並んだ。「二足で歩く猫がいる」という噂を耳にした人々は、ざわざわと忙しない声色を醸しだし、猫は何処にに居るんだといった声を点々と上げる。


 その人々の注目する中、井戸の前でフードに素顔を隠したままどっしりと構えるぬこを、二人は心配気な面持ちで見守っていた。



 すると、二人の横から深緑色ふかみどりいろのフードを深く被った、猫背の小柄な男が人集から出て、ぬこの居る広場の中心へと歩み寄っていった。


 テトはその男が横を通り過ぎた時、フードの影から伺えた不気味な笑みに、異様なまでの不快な感情を抱かずにはいられなかった。



 その男は、井戸の前で佇むぬこの前に立ち止まると、ガラガラと掠れた無愛想な声で言葉を放つ。


「おめぇさんが噂を流してた張本人か」


「如何にも」


 ぬこはその男に物怖じせず、堂々と構えて言葉を返す。それに男は鼻で一つ笑って見せると、大きな掌をぬこに差し出した。


「その“喋る猫”は何処にいるんだ? 俺様に売ってくれや」


 ぬこは差し出された男の手には気にも留めず、俯きながら口元を緩ませて応えた。


「“喋る猫”? 僕は“二足で歩く猫”としか言っていないのに、どうして猫が喋るだなんて思ったんだい? この世界でそんな奇妙な猫を知っているのは、その猫を見たことのある人か“捕まえたことのある人”ぐらいじゃないかな」


 そしてぬこは徐に、被っていたフードに手を掛けて、隠していた素顔を明かすように顔を上げながらフードを脱いだ。


 瞬間、広場に集まる人々がざわつく。マントを被った小人のフードの下からは、見紛う事のない黒猫そのものの顔が伺えたからだ。噂に聞いていた二足で歩く猫どころではなく、人間と面と向かって言葉を話すその姿に、周囲の人々は困惑と興味の色に染められていく。



 ぬこが素顔を晒したその姿を、人集の最前列で目の当たりにしたテトと真は、予想だにしない行動に目を丸くして呆然とした。


「ぬこ……?」


「あいつ……!」


 焦燥に駆られたテトは、つま先に込められていた力を解放し地面を蹴って駆け出そうとする。しかしそれを見た真は、咄嗟とっさにテトを呼び止めた。


「テト! もう少し……もう少しだけ、待ってみよう」


「ぬこ……」


 テトは尚も落ち着かない様子でいたが、掛けられた真の言葉に、自分の中の逸る気持ちを押さえ込んでグッと堪えた。


 テトは、今目の前でぬこと人間の男が対峙しているその光景と、幼い頃に母がさらわれた時の記憶を重ねていた。人間の前で自らの素性を明かす事がどれほど危険な事なのか、恐ろしい事なのかは、テトが一番良く知っている。


 しかし、広場の中心で眼前の男を見据えるぬこは、周りの反応を気にも留めず、むしろ勇ましい面持ち、堂々とした身構えで周囲の人々にも聞こえる声量で、男に言葉を放つ。



「僕の名前は“ぬこ”。ケットシーの王様さっ!」



 男はその言葉に目を丸くした。

 先に反応を示したのは、その様子を傍観する人々。


「え、今“ねこ”って言った?」


「そう聞こえたけど……」


「猫って自分のことを“ねこ”って呼ぶの?」


「“ぬこ”!!」


 その声の聞こえる方へと、ぬこは瞬時に首をぐるんと回して自分の名前を叫ぶ。そして静まり返る人々を差し置いて、目の前の男が声を上げた。


「ガッハッハッ! やっぱりおめぇの跡をつけてきて正解だったよ! ご丁寧にふざけた自己紹介までしてくれてよぉ。“ねこ”さん」


 ぬこは周囲の人々へ向けていた顔を男へと戻し、目を細めて鋭く尖った視線を送った。


「君は昔、僕のように喋る猫を捕まえた事があるんだろう? その猫の帰りを待つ家族が居るんだ。返してもらおうか」


「ん? おめぇが何でそれを知ってるのかは分かんねぇが、確かに俺様は喋る猫を捕まえた事がある」


 そう言いながら男は不適な笑みをその口元に浮かべると、顔を覆い隠すフードを脱いだ。


 そしてテトは、フードの影に隠されていたその男の顔を見ると、全身の血の気が引いていくのをその身に感じ、目を丸くさせた。


「あの男は……あの時僕の母さんを攫った……!」


 ぼさついた黒髪に、シワの深く刻まれた褐色の肌。その顔に張り付く大きな目玉と、不適に緩んだ口。見間違えるはずがない。テトの脳裏には今もあの時の光景がはっきりと焼き付いているのだから。今ぬこと対峙するその男は、紛れもなくテトの母を攫った男だった。


 その男の顔を見た途端、あの時運ばれる檻の中からテトへと手を伸ばし、悲痛に歪ませる母の顔がフラッシュバックした。


 全身の毛を逆立て、小刻みに肩を震わせるテトを見て真は、歯を食いしばらせるその顔を覗き込んで声をかける。


「テト、まさかあの人なの……!?」


 真は、今にも我を忘れて走り出してしまいそうなテトを(なだ)めるように手を回し、尚もその男の前に佇むぬこへと視線を送る。ぬこはテトと真の様子を男越しに確認し、真の視線を受け取ると、気を緩めることなくまた男を見上げた。


次回更新は11月3日金曜日19時ですっ。


感想、評価にて、読者様方の声をお聞かせください。

作品のクオリティアップ、執筆活動の糧とさせて頂きます!

心よりお待ちしておりますm( _ _)m

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