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ハーメルン  作者: 亜流今
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地下車路

 地下車路には下水と生ゴミの腐敗臭が澱んでいた。目の前を轟音を上げて大型トラックが走り過ぎる。車を追いかけるたっぷりと湿気を含んだ熱風が、下水の臭いを顔に塗りつけて行く。


 ここは羽田空港国内線ターミナルビルの地下。業務用車路は南北400mに及ぶ3車線の直線路だ。昼なお仄暗いトンネルの中を10m間隔に設けられた天井の水銀灯が照らし、路面に書かれた『制限速度8Km』の白文字を踏み躙るように大型トラックが疾走する。


 白手袋の甲で顔を拭うと、排気ガスの混ざった汗がぬるりと嫌な感覚を伝えた。赤く点滅する誘導棒を振り、この先の工事地点でUターンするよう誘導するのが私の仕事だが、車の方は私の事になど路肩の虫ほどにも注意を払わない。この運行方法になって2週間が経ち、出入りの運転手は誘導されなくても十分分っているからだ。正直言って居ても居なくてもいいような役目だが、それで給料を貰えるのだから文句は言うまい。


 また1台、家庭のストレスを路面に叩きつける様な轟音を上げながら、ゴミ収集車のギラギラしたヘッドライトが近づいてくる。水平に上げた誘導棒をゆっくり上下させてスピードを落とすようにサインを送る。どうせこちらなど見ちゃいまいが。


 その時、「ニャア」という声を聞いた気がした。ふと足元を見ると、車路の真ん中に白い猫がちょこんと座り、こちらを向いて欠伸をしている。野良猫が迷い込んだのか?そんな事を考えている間も無い。ゴミトラックがすぐ先に迫っていた。


 慌てて路肩から飛び出すと、掬うように猫を抱え上げ、車路の反対側に駆け抜けた。クラクションの叫びと排気ガスの風が背中を叩き、心臓が耳まで飛び上がったかのように自分の鼓動が頭に響く。


我ながら無茶したもんだ。腕の中を見れば先ほどの白猫が驚いた様子も無く、大人しく抱かれたままゴロゴロと優しい振動を伝えてくる。Uターンして戻ってきた運転手が高い運転席の窓から怒鳴る。

「おい何やってんだよ!危ねぇだろうが!!」

「この野良猫が轢かれそうでしたから」

「あれ、そんなの居たか、気づかなかったなぁ。あんたも命は大事にしろよ」

荒っぽい運転手も性根は優しい男だったりする。


相変わらず目を閉じてゴロゴロ言っている猫を左腕に抱きながら、右手で無線機のトークボタンを押す。

「地下車路転回点から防災センターどうぞ」

ザッという短い雑音に続いて無電が戻る。

「こちらセンター」

「地下車路転回点にて迷い込んだ猫を確保。危険なため車路出口まで移送する」

「地下車路転回点、猫の移送を確認。それにしても、その猫どっから入ってきたんでしょうね?」

「私も入って来るとこは見ませんでしたが、とりあえず10分警備空けます」

なにせ車路最奥部の転回点から地上の出口までは500m近くある。往復すれば約1Kmの道のりだ。


腕の中ですっかり寛いでいる猫がようやく目を開けた。両目とも真っ青な「

ブルーアイズ」だ。純白の猫の中には「金目銀目」と言って左右の目の色が違う子がいる。黄色い目を金目、青い目を銀目と呼ぶのだが、多くは銀目の側の耳が聞こえない。この子のように純白で両目が青いブルーアイズは両耳とも聞こえない可能性が高い。迫るトラックにも動じず、のんびり座っていたわけだ。

「海・・・」

私は昔飼っていた猫を思い出していた。



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