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四界戦記  作者: 活字狂い
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第一部 黒界 帝都動乱篇  第二話 空中楼閣の女主人 序幕








三年前
















「何だったのかしら」





 黒鳥城の最上階に安置されているクリスタルが発した、これまで経験したことがないほどの強烈な光が部屋を満たし、だがそれがすぐに収まったのを、執務室に居たセフィリアは聡明な彼女にしては珍しくぼんやりとした顔で思い出していた。


 


 そのときである。不意に廊下をどたばたと走る音が聞こえてきた。恐らく自分と同じ“黙示録の四姉妹”の一人であるクリスティアが、配下の近衛騎士と共に皇帝パールの安否の確認に行っているのだろう。一瞬光っただけで何か起こるはずもないが、それでも何かあるかもしれない。夜遅くまで書類と格闘していたせいで少々乱れた髪を手櫛で整えると、セフィリアはパールの私室に向かうため、どたばたとうるさい廊下に出た。






 その音が聞こえたのは自分の執務室がある第四城壁から、誰も住む人がいない皇族専用の私室がある第三、第二城壁を通り、パールの私室がある第一城壁に入ったときだった。少し足を速めて廊下の最奥、即ちパールの寝所に近づくと、部屋の扉が外から壊されていた。おそらく先ほどの音の正体は、クリスティアが外から扉を叩き壊した時の音だろう。その証拠に、中から聞きなれたクリスティアとパールの声がする。黙示録の四姉妹、その筆頭であるクリスティアの大声に呆れつつ、セフィリアは砕け散った扉の脇を通り、パールの私室へと入っていった。





「ご無事ですか、パール様」

「あ、セフィちゃん、うん。私は大丈夫だよ」

「おお、セフィリアか」


 セフィリアが入ると、いつもよりどことなく明るい表情のパールと、それとは逆にすこし困惑した様子のクリスティアが顔を向けてきた。



「そうですか、それはようございました。それで、何か変わったことはございませんでしたか?」


「うむ、変わったこと・・・・・・か」


 

 よく言えばまっすぐ、悪く言えば猪突猛進なところがあるクリスティアが、彼女にしては珍しく口ごもりながら壁際に視線を向ける。その視線の先にいる床に寝かされた一人の“少女”を見たセフィリアはふと首をかしげた。記憶にない顔だったためである。そしてそれはありえないことだった。なぜなら皇族の住居となっている第一から第三城壁で働く女官は、全てセフィリア自身が面接しその素性を徹底的に調べ上げ、合格したものを侍女養成学校に入れ、なおかつ首席及び次席で卒業した女性を採用しているためだ。彼女たちは本来の女官としての仕事はもちろんのこと、有事の際には身を挺して皇族を守る最後の盾としての役割を持っている。



「あら、この女官はどうしたのです? 記憶にない顔ですが・・・・・・クリス、まさか近衛騎士ですか?」

「いや、それはありえん」

「まあそうでしょうね。随分と華奢ですし、身に着けているのもひらひらとした服だけ、これでは騎士とはいえな「いや、そうではない。こいつがどんなに武勇に優れていても、筋骨たくましくとも、近衛騎士には“絶対”になれない」・・・・・・どういうこと?」


 自分の言葉をさえぎってまで否定したクリスを、セフィリアが眉をひそめて見つめたときである。




「・・・・・・男の子、何だって」




 二人の声を聞きながら、それでも眠っている少女・・・・・・のような少年から目を離さないパールが、ぽつりと呟いた。





「・・・・・・・・・・・・はい?」


 少しどころではない人見知りで、自分たち以外では女官ともほとんど話すことのないパールが呟いた言葉に、セフィリアは一瞬確かに呆けた。だがすぐに我に返ると寝かされた少年を見つめ、次にクリスティアに目をやる。



「ああ、そのとおりだ。私は骨格の造りでこいつを“男”だと判断した。それが本当か確かめるために、先ほど既婚者で、子を生んだことのある口の堅い女官に確かめてもらったのだが・・・・・・間違いなく男だということだ」


「そんな・・・・・・ありえません。この部屋は千を越す数の特級の封鎖結界で守られているのですよ? 第一ここは女性だけで構成された五千の近衛騎士と二万の衛兵、武術と忍びの心得がある無数の女官に守られています。だというのに、彼女たちにまったく気づかれないというのはありえないことです」

「それがどうやらこいつ、普通の方法で入ったのではないらしい。陛下のお話では、クリスタルの光がやんだ瞬間、頭上の空間が“裂け”、その中から落ちてきたということだ」

「空間が裂けた? 陛下、それは本当なのですか?」

「・・・・・・うん、本当」


 

 気絶しているのかそれとも眠っているだけなのか分からないが、目を覚まさない少年を見続けたまま、パールは微かに、だが確かに頷いた。




「そうですか・・・・・・空間が裂けた、それに類似する現象は“門”が開いた状態だけれど、こちらから開くことはあっても“海”の方から開くというのは過去にほとんど例がない。だいたいここに“門”がないことは、帝国が興った当時から徹底的に調査をしているはず。ということは“門”ではなくもっと別の何かということ? 先ほどの現象が関係しているとしたら、クリスタルが招きよせたとも考えられるけど、そんなこと今までまったく前例がないし・・・・・・」


「お、おいセフィリア」

「・・・・・・ああ、ごめんなさいクリス。ちょっと考え事をしていたわ」

「いやいい。それよりこれからどうする?」

「そうね、とりあえず陛下は事態が収束されるまで離宮にいていただくとして・・・・・・この部屋は封鎖、調査団以外は誰も入らないようにしましょう。空間が“裂ける”という現象が、もう起こらないは限りませんから。それと“四姉妹”の他の二人に至急登城するように伝えて。緊急の会合を開きます」


 考え込んだ自分を見て、不安そうに声をかけるクリスティアに指示を出すと、セフィリアはパールの前に立ち、そっと跪いた。



「陛下、恐れながら申し上げます。この部屋は閉鎖しなければならなくなりました。どうぞ事態が収束するまで、離宮のほうにお越しください」

「う、うん・・・・・・あの、セフィちゃん」

「はい、何でしょうか、陛下」

「あの、その男の子はどうなるの?」




 パールの言葉を聴き、セフィリアは二つの意味で驚いた。まず彼女がこちらを見ずに返事をしたこと、そして数メイル以内に男が近づいたら強い吐き気に襲われる彼女が、平然と少年を眺めているためである。



「は。皇帝陛下のお部屋に許可なく進入したものはたとえどんな理由であれ例外なく死刑、そう法律で決められています。処刑の方法はバハムートに生きたまま飲み込ませ、溶かされる苦痛を永遠に味わうということですが・・・・・・もし陛下がお可哀想だとお思いでしたら、苦しまずに殺すことも可能です」

「え・・・・・・だ、駄目だよそんなの!!」



 目の前の少年が死ぬ、それはすなわち自分はもう彼と会うことが出来ないということだ。そのことを理解したとき、パールは無意識に叫んでいた。



「し、しかし陛下、これは法で決まっていることです」


 パールの叫びにセフィリアは再び驚愕した。いつもは聞き分けが良い・・・・・・というより、こちらの言うことにまったく反対しない少女が大声で反対したためである。



「法で決まってる? な・・・・・・なら、皇帝として命じます。セフィリア、その人の死罪は取りやめにして、わ・・・・・・私の、お側付きに任命します」

「お側付きですか!?」




 黒界において、唯一法に縛られることのない皇帝として少女が発した言葉を聞き、セフィリアは頭を抱えたくなった。彼を生かすのはまだいい、恩赦として過去に死刑と決まった罪人が助けられたことは何度かある。だがまさか側付きとは!! 皇帝の側付きとなればその権限は下手な貴族よりよほど上だ。しかもそれが男であり、皇帝自らが任命したことが知れ渡ると貴族の中にはこう思うものも出てくる。すなわち、






 陛下の男性恐怖症は、すでに完治しているのではないか、と。





 そうなれば、すぐに選帝侯会議が開かれることになるだろう。議題はもちろんパールの王配を決めることだ。選帝侯たちにはもちろん皇帝を決める権限はないが、それでもその配偶者を決める権限はある。そして配偶者は男であり、パールが公の場に出ることができない現状では夫の決定がすなわち皇帝の決定とみなされる。それだけは何としても避けたかった。




「陛下、この少年を生かすことは簡単です。陛下の恩赦という形を取ればよいだけですから。ですが申し訳ございません、側付きにすることは不可能です」

「え? ど、どうして?」

「はい、まず彼の身元がまったく分からないということがあります。黒界の氏民・・・・・・それどころかもしかしたら四界の氏民ですらないのかもしれません。それにもし彼の身元が判明したとしても、何の実績も持たない者がいきなり側付きになったら、貴族や重臣の方々が何を思われるか分かったものではありません」

「えと、じゃ・・・・・・じゃあどうすればいいのかな?」

「はい、ひとまずこの少年の身柄は私にお預けください。彼の身元が判明しだい改めてどうするか考えさせていただきます・・・・・・さ、もう夜も遅うございます。どうか離宮にてお休みください」

「う、うん。いこう、カイちゃん」



 有無を言わさぬセフィリアの様子に、少なくとも少年が助かるということは理解できたのか、パールはほっとしたように息を吐くと、自分の寝所がある貝の中にぺたりと座った。そのとき、微かに地響きがしたと思うと、彼女を中に入れた貝がいきなり“閉じた”。そしてその両端にそれぞれ四本の足を生やして起き上がると、中にいる少女を名前のとおり“真珠”のように守りながら、ゆっくりと部屋を離れていった。












「・・・・・・さて、とりあえず陛下はこれで安全ね」

「あ、ああ。しかしセフィ、こいつ一体どうするつもりだ?」




 パールが離宮に行くため寝所にしている、外からの攻撃を完全に防ぐ巨大な生きた貝と共に部屋を出て行くと、クリスティアはいまだ目覚める気配のない少年を眺めた。


「どうするって、陛下がああ仰った以上死刑にすることは出来ないわよ。とりあえず研究所に運んで、彼がどこの氏民かどうか調査してから・・・・・・まあ、その後のことはそれから考えるわ。クリスティア、悪いのだけれど彼を私の研究所まで運んで頂戴」

「は? わ、私がか!?」

「当然でしょう? 彼のことをまだ知られるわけにはいかないわ。ここにいる女官たちは皆心得ているからいいけれど、第三城壁より外に出たら何と噂されるか、あなたでもわかるでしょう?」

「む・・・・・・だ、だが私は今まで訓練と戦以外で、その、男に触れた経験はないのだぞ?」

「あらそう・・・・・・良かったわね、経験できて」



 真っ赤になって俯くクリスティアを見て、それは私も同じよと声に出さずに心の中で呟くと、セフィリアは研究所まで歩かなければならない長い道のりを考えて息を吐いた。



「しかし随分と距離があること。これだから巨大すぎる城というのは嫌なのよ、できれば徒歩以外の移動方法があればいいのだけど・・・・・・あれ、ちょっと待ちなさい。何を言ってるのかしら私。なければ作ればいいじゃない、簡単なことだわ」



 まるで目の前の霧が晴れたかのように晴れやかな顔をして、セフィリアは早足で歩き出した。



「たとえば何を作る? 馬車より早い乗り物、そして空を飛べる乗り物、けど動力はなんにする? ああそうよ・・・・・・蒸気にしましょう。けど、動力に耐えられる製鉄技術の向上も必要ね。これから忙しくなるわ、さっそく研究員たちに指示を出さないと」



 先ほどの少年のことなど頭の片隅に追いやり、セフィリアは研究所へと駆け出していった。











 なぜこんな簡単なことが今まで思いつかなかったのか、そのことをまったく考えないまま。













 そしてその数日後、この時の彼女の思い付きは、三年後の今日までなお続く、産業革命を成し遂げることになる。










続く



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