第一部 黒界 帝都動乱篇 第三話 銀豹との出会い 幕間 エルフの国の黒猪
帝国が間近に迫った三万年祭の準備で忙しいある日の事、帝都パンデモニウムから南におよそ三万マイル、南方平原にある公都ブランヴェールから深い森を抜けたさらに南、妖精や精霊、エルフやドヴェルグ、その他大勢の種族が住む南部三ヶ国の一つであるエルフヘイムのほぼ中央に、その巨大な樹はあった。ユグドラシル、噂では帝国以前の暗黒時代と言われた戦国時代、さらにそれ以前の古代文明より前からこの地に根付いている世界樹とも称される巨樹の中は空洞となっており、エルフヘイムの王都はこの空洞を利用して作られていた。
王都の直上、ユグドラシルの枝の中で最もクリスタルの恩恵を受ける巨大な枝の上に作られた城で、エルフヘイム女王エルフェリアは玉座に座り国内外から送られてくる報告書や陳情書に目を通していた。今読んでいるのは、エルフヘイム南西にある妖精郷からの陳情書で、国外からやってきて違法に木を切り倒していた罪人の処罰を決めてほしいという物であった。
植物の化身である精霊や妖精の多いエルフヘイムにおいてそれを許可なく伐採するのは重罪に当たる。それでも切って売らなければ家族を養っていけないという罪人の証言を目にした彼女はしばし考え込んだ後、罪人を家族ともども十年の間労働することで処罰とするように報告書の隅に書き込んだ。妖精郷に住む妖精たちは力仕事に向いていない。彼らの代わりに罪人が、そしてその家族が力仕事を担当すれば双方にとって良い結果となるだろう。そう考えて次の報告書に目を通した時である。
「失礼いたします、陛下」
「おはいりなさい」
彼女の頭上から鈴の音のような声がした。さして驚きもせずに顔を上げると、すぐ近くの窓から木で出来た弓を持ち、背中に透明な四枚の羽根を生やしたこの城の守衛を務める妖精の一人がゆっくりと部屋に入ってきた。
「黒猪騎士団団長閣下がお見えになっておられます、お会いになりますか?」
「ヤグルが? 珍しいこと・・・・・・おそらくあの件でしょうね、分かりました。お通ししなさい」
エルフェリアがそう答えると、どこからか来客を告げる笛の音が聞こえてくる。その笛の音に合わせて廊下に続く扉が少し乱暴に開かれ、外からあちこちの部分に棘のような突起を生やした漆黒の鎧で三メイルはあろうかという少々白くなった緑色の巨躯を包んだ老翁が入ってきた。額に斜めに走る巨大な古傷を始めとして顔や体のあちこちに大小数十の傷跡を持ち、口の端から延びる二本の牙の一本が折れているなどいかにも荒々しい性格を思わせる姿をしているが、その両目は以外にも理知的な輝きを放っていた。
「お久しぶりでございます、親愛なる女王陛下」
「ええ、お久しぶりですね。ヤグル・バル」
自分の座っている玉座から数メイル手前で立ち止まり、膝をついて一礼する老いたオークの名をエルフェリアは親しみを込めて呼んだ。ヤグル・バル、樫の木の精霊であるオークの中でも戦いに特化した闘士級と呼ばれる階級の中で、一・二を争う勢力を誇るバル族の元族長で、“猛き猪”の異名を持つ歴戦の戦士である。幼少のころから戦いに明け暮れ、三百を超える戦場に出て数多の傷を負うも無事生き延び、娶った十数人の妻全員に先立たれてからは族長の座を息子に譲り(片方の牙が折れているのは、族長交代の際の決闘で息子に折られたものである)、数十年ほど隠居生活を送っていたが百年ほど前にエルフェリアの要請を受け、現在は彼女の傍らでエルフヘイムにて随一の打撃力と突破力を誇る黒猪騎士団の団長を務めていた。
「此度はこの老僕、お願いがあってまいりました」
「お願いですか、長年仕えてくれたあなたの願いをかなえて差し上げたいのはやまやまですが・・・・・・その願いとやらは革命団についてですね」
「御意。我ら闘士級のオークは戦って死ぬるが本望、それゆえ戦場での死はむしろ誉れになりましょう。ですがオークの中には戦いを好まぬものも多くおります。先日テロリストに認定された革命団の者共は、卑劣にも戦う気のない同胞を奇襲し、命乞いにも耳を貸さず女子供、赤子に至るまで皆殺しにいたしました。同胞の敵を討つのは我らが役目、どうぞ我らに革命団の殲滅の任をお与えいただきたい。でなければ死してクリスタルに昇った後、再開した先祖の霊達にどう顔向けできましょうか」
「ヤグル、できるならあなたには若手の指導を頼みたかったのですが・・・・・・決心が変わらぬというのであれば仕方ありませんね。分かりました、許可いたしましょう。ですがくれぐれも死に急ぐことのないように」
「老僕の願いを聞き入れてくださり誠に感謝いたします。これより某自ら百の手勢を率いて、無事革命団を壊滅させて御覧に入れましょう」
「期待しています。ですがヤグル、先ほども言いましたが決して無茶をしてはいけませんよ。古くからの友人は、もうそれほど残ってはいないのですからね」
「無論、それでは失礼いたします」
どうせ許可を出さずとも手勢を率いて革命団のアジトを襲撃するだろう。誠実で実直、どこまでも理知的だがそれでも目の前の友人は好戦的な闘士級のオークだ。諦めたように溜息を吐いて許可の旨を告げると、ヤグルは獰猛な顔に嬉しそうな笑みを浮かべ一礼して身をひるがえし、振り返ることなく玉座の間を出ていった。
「奴らは降伏勧告には応じぬか?」
「ええ、一時間前から沈黙したままでさ」
それから三日後の事である。エルフヘイムと帝国の国境線沿いにある丘の上に配下である百の騎士と後方にある巨大な火岩を撃ち出す十台の投石器と共に布陣したヤグルは、目の前の三千年も前に撃ち捨てられた砦を見上げた。この三日の間にエルフヘイムにある他の革命団の支部は全て彼ら黒猪騎士団の手によって壊滅させられ、残ったのは目の前の砦だけであった。巨大な漆黒の鎧兜に身を包み、右手で巨大なハルバードを握り、他の騎士が乗る馬より二回りも巨大な甲冑を着せた馬に乗るヤグルの問いに答えたのは、長い間彼の副官を務める、ヤグルの腰までの身長しか持たないドヴェルグやホビットと同じ土精族であるノームの老人である。バル族の集落の近くにある洞穴に住む一族の出身でヤグルとは物心ついた時からの幼馴染で親友でもあり、手先が器用なことから現在は彼の頼みで黒猪騎士団の後方部隊である投石部隊を率いていた。
「よかろう、それではこれより投石機による攻撃を行い、その後崩れ落ちた砦から出てきた敵を一掃する」
「ま、いつも通りですな。おい、そろそろ発射準備だ」
「了解です、親方っ!!」
部下から親方と呼ばれ慕われているオークの指示に従い、投石機に次々と巨大な岩が置かれていく。ただの岩ではなく割れ目を入れて中に油を入れており、松明を持ったオークが火を押し付けるとその巨大な岩は瞬く間に燃え上がった。
「団長、準備できましたぜ」
「ああ、皆良く聞け。我らが同胞を虐殺した革命団は、今日この日をもってエルフヘイムより消え去る。この一戦は理不尽に殺されクリスタルに昇った我らが同胞への手向けと思え・・・・・・発射っ!!」
ヤグルの怒声に合わせ、後方の十台の投石機から火岩が打ち出される。ナンパ柄は外れたが、それでも半分以上が古い砦に衝突し、壁を壊し木造の部分に当たって燃え上がった。その途端、先ほどまで静まり返っていた砦の内部からだいぶ離れているこちらにも届くほど大きな叫び声が聞こえてきた。
「ふむ、だいぶ効いているようだな。そろそろ止めを刺すとしよう・・・・・・大玉砲用意っ!!」
「へい、大玉砲用意っ!!」
騒ぎ始めた砦の様子を眺めて獰猛な笑みを浮かべると、ヤグルは右手を挙げて叫んだ。その叫びに応え、副官のオークが後ろを向いて叫ぶと、どこからかゴロゴロと巨大な物を引きずる音が聞こえてくる。ヤグルが後ろを振り向くと、後方には波の大砲の十倍はあるであろう巨大な大砲が、十名の闘士級のオークに引きずられてゆっくりとこちらに向かってきた。
「よぉし、そこいらでいいだろう・・・・・・団長、大玉砲準備良しでさ」
「ああ。これより大玉砲の一撃により砦に止めを刺す。大玉装填用意っ!!」」
副官の言葉にヤグルがうなずきながら右手を上げると、屈強な若いオークが四人がかりで先端から導火線が飛び出している、幅が二メイルを超す巨大な鋼鉄の弾を運んできた。年老いた副官の指示で四人が大玉と呼ばれるその球を慎重に巨大な大砲に装填すると、ヤグルはしばし目を瞑った。
「たとえ敵と言えど死してクリスタルに昇れば皆平等。魂よ、安かれ・・・・・・大玉砲、撃てぇっ!!」
目を開くと同時に、黒い甲冑に覆われた右手を勢いよく振り下ろすと、彼の号令に合わせて大玉砲から轟音とともに大玉が飛び出した。轟音と共に飛んでくる巨大な砲玉にさすがに気付いたのか、破損した砦から矢と時折銃弾が飛んでくるが、元々鋼鉄で覆われている大玉には効果はなく、大玉は砦の上層部に直撃し、爆発した。それだけでも直撃した上層部が跡形もなくなるほどの威力だが、大玉の恐ろしい所は中に火薬をぎっしりと積めた百個もの小型の爆弾を入れていることだ。大玉の中に入っている爆弾が散らばり、それぞれが爆発すると、炎と轟音は瞬く間に砦全体を包み込んだ。
「・・・・・・相変わらずの威力だな、だが全滅したわけではあるまい。そろそろ燃え盛る砦から敵が飛び出してくるぞ、突撃準備ッ!!」
「了解、突撃準備ッ!!」
燃え盛る砦を僅かに哀愁の感情を込めた両目で眺めていたヤグルだったが、軽く頭を振って気持ちを切り替えると隣にいるオークに向けそう叫んだ。伝令を務めるそのオークは彼の命令を復唱し、今度は両手で抱えるほど巨大な角笛を思いっきり息を吸い込んで拭いた。周囲に高々と角笛の音が響き渡り、その音を聞いた馬に乗ったオークの騎士達が兜を被り剣を抜く。自分の背後にいる百の騎士の準備が終わったことを見届けると、ヤグルは被っている角の付いた兜の面を降ろした。スリットの間から、燃え盛る砦から巣穴に水を流し込まれた蟻のように我先に外に飛び出してくる敵の姿が見える。その大部分はゴブリンで、中にはホブゴブリンやそれがさらに年齢を重ねて進化したハイ・ゴブリンも混ざっている。そしておよそ二百の敵の、ほぼ中央にいるのは
「・・・・・・闇の蛮族までいるか」
敵の群れの中央に狼の頭部と額に角を持つ蛮族であるゴウモールの姿を見たヤグルは、右手に掴んだハルバードの柄をきつく握りしめた。
「民主主義とやらを掲げ、皆平等だと話すくせに言っていることとやっていることがまったく違いますな。まさか闇の蛮族と結託していたとは」
闇の蛮族、それは本来であれば北方平原の北の国境を守るラグナブル要塞と、北方三国の国境との間に広がる緩衝地帯、その中央にある森に住まう者達の事を言う。この地に追放された者や理不尽に殺された者の怨念や憎悪、または深き闇溜まりから生まれたといわれる彼らは生ある者全てを憎んでいるのか一年に何度かラグナブル要塞に大挙して押し寄せてくる。種族も豊富で羽虫のように小さいものから家ほどもある巨大な者までいた。その中でゴウモールという種族は下級の蛮族に位置し、強靭な肉体こそ持たないが素早く接近し、その鋭利な爪で獲物を切り裂くことを得意としていた。さらに厄介なのは、彼らゴウモールが、巨大な蛮族の下僕として扱われていることである。
押し寄せてくる敵を見て、それでもひるむことなく突撃の号令を待っていたオークたちの目の前で、ほとんど崩れかかった砦の壁が内側からはじけ飛んだ。
「やはりいましたな」
「ああ。オーグルだ」
崩れ落ちた壁の向こうから現れたのは、数メイルは優に超す巨体と、男の性器にも似た頭部を持った蛮族だ。オーグル・・・・・・噂では南部三ヶ国の一つ、ヨトゥンヘイムの戦争で敗れ北に逃げ延びた巨人が蛮族に捕まり闇を注がれたのが始祖と言われる蛮族は、砦の爆発で身体のあちこちが焼け焦げていたが、巨人ゆずりの体力を持つ彼らはそれでも平気なのだろう、右手に持った巨大な棍棒を振り回し、常人ならばすくみ上る巨大な咆哮を上げたがそこは好戦的なオーク達、好敵手を見つけた喜びに兜の中で笑みを浮かべていた。
「ほう、なかなか威勢がいい。ですが生えている体毛を見るにまだ随分と若いようですな」
「だがそれでも強靭な肉体を持っていることに変わりはあるまい。さてどうするか、さすがにオーグルを倒すとなると死者が出るのは免れんが」
「ええ、誰かがオーグルを引き付けておくか、それとも相打ちとなるかですが・・・・・・問題は、希望者が多すぎるという事ですな」
彼ら闘士級のオークにとって最大の名誉は、強敵と戦い華々しく討ち死にすることである。そのためヤグルの左右にいる騎士たちは皆オーグルと戦いたいのか彼を見ているが、まだ若い彼らを死なせるつもりはヤグルにはなかった。
「どうやら、儂の出番のようですな」
「・・・・・・ああ、そうらしい」
悩むヤグルの後方で、しわがれたオークの声がした。予想していた声に深々と溜息を吐く彼の横に、ひょこひょこと左足を引きずり、自分同様老いた馬の手綱を引く年老いた一人のオークが現れる。幼少の頃からの親友でまだ生きている数少ない一人だが、数年前の戦いで若い部下を庇って左足を叩き潰され、それからは教官として騎士見習いのオーク達を育ててきた老騎士だ。
「やはり行くか? 友よ、お前にはこのまま教官を続けてほしかったのだが」
「動けなくなり、温かいベッドの中で糞尿を垂れ流しながら惨めに死ねと? そんな最期を迎えたんじゃあ、クリスタルに昇った時に始祖にどのような顔で会える? 長年の友なら、どうか儂の願いを聞き届けてくだされ」
「・・・・・・・・・・・・分かった。いずれ“宴”の席で会おう」
「ああ、その時は先に死んでいった奴らと一緒に出迎えてやる」
ヤグルの言葉ににやりと笑みを浮かべると、老いたオークは長年自分が乗ってきた、彼同様老いた馬にまたがりゆっくりとオーグルに向かって進んでいった。
「・・・・・・っ、教官っ!!」
「教官、どうかご武運をっ!!」
そんな彼に向かって、耐えきれなくなったのか居並ぶ百の騎士の中から声がかかる。彼らのなかにも、この老オークに教えを受けた者が幾人もいるのだ。
「落ち着けお前達、奴を・・・・・・わが友を誇りに思うのなら見届けてやれ、その生きざまをな」
「まったく、若造共は涙もろくていかん。おぬしもそう思うじゃろう?」
背後にかつての教え子たちの声を聴きながら、置いたオークは目じりが厚くなるのを誤魔化すように長年乗ってきた愛馬の首をポンポンと軽く叩いた。しかし、馬の方はヒンッと不機嫌そうにいななくだけだ。だがそれはいつもの事であり、オークは怒るどころかむしろ嬉しそうな笑みを浮かべた。
「まったく、いつも通りじゃな。じゃがそれでこそよ、おぬしも軍馬。やせ細り、革を剥がれるだけの最期などごめんじゃろう。わしら一人と一頭の最期の晴れ舞台、見事に花を咲かせて見せようぞっ!!」
からからと笑いながら、槍を持つ右手にぎゅっと力を籠めると、左手に持った伝令のそれより二回りほど小さな角笛を口に当て、三度高々と吹いた。三度吹かれた角笛は、敵に対して一騎打ちを仕掛ける合図である。そのことが分かったかどうかは不明だが、二メイルほど離れた場所に集まっている敵の中から咆哮を上げてオーグルが飛び出してきた。
「ふん、一騎打ちに応じるか。いいじゃろう、行くぞ相棒っ!!」
向かってくる巨体を見てにやりと笑うと、老いたオークは角笛を投げ捨て代わりに老馬の手綱を握りその脇腹を蹴り飛ばした。それに抗議するかのように低く鳴くと、馬は一直線にオーグルへと駆けだす。そのまま接近するかと思いきや、オーグルまであと百メイルの距離に来ると馬はまるで稲妻を描くかのようにジグザグに走り出した。左右に素早く移動する馬を見て、オーグルは頭を必死に動かすが、その素早い動きにまるでついていけない。そのうち巨人の足首に鈍い痛みが走った。馬が巨人の脇を通り抜けるたび、オークが槍を突き刺していくのだ。だが
「ちぃっ、やはり老いは隠せんか」
だが槍による攻撃は、オーグルの皮膚を傷つけるだけだった。槍の手入れは毎日欠かしたことはないから、やはり老いと戦いから遠ざかっていたことによる肉体の衰えが原因なのだろう。しかも肉体が衰えているのは自分だけではない。彼を乗せてジグザグに走っていた馬も、徐々にその速度が落ちてきていく。そして
「うぬっ!?」
ついに、馬の右前脚ががくりと崩れた。むろんオーグルがそれを見逃すはずがない。振り下ろされたこん棒が馬の頭部にぶち当たり、手に肉と骨がつぶれる感触を伝える。その感触で勝利を確信したオーグルが、血の匂いに酔いながら勝鬨の咆哮をあげようとしたまさにその時、
「相棒の敵じゃ、受け取れいっ!!」
激痛と共に、左目が見えなくなった。棍棒が振り下ろされる瞬間、馬の背から飛び上がりオーグルの身体を駆け上がったオークが渾身の力を込めて突き刺した槍が、左目に深々と突き刺さったのである。
「し、しもうたっ!!」
しかしここで彼にとって予想外の事が起こった。長年の相棒を殺された怒りで半ば我を忘れて深々と突き刺したため、槍が抜けなくなってしまったのである。とっさに槍から手を放し、腰の短剣を引き抜いたがすでに遅く、オークが見たのは血走った右目でこちらを睨みつけるオーグルであった。不意に、身体に衝撃が走る。棍棒を話したオーグルが両手で彼の身体を掴んだのだ。全身が押しつぶされるような激痛に何とか耐えつつ、抜け出そうと自由に動かすことができる右手に持った短剣で自分の胴を掴んでいるオーグルの指を何度も突き刺すが、槍と違い短剣では分厚いオーグルの皮膚を傷つけることはできず、何の痛痒も与えられることはできなかった。腹立ちまぎれにオーグルの右目めがけて短剣を投げつけるが、それは目を閉じたオーグルの堅い瞼に当たり、数メイル下の地面に落ちていった。武器をすべて失ったことが相手にも分かったのだろう。その醜い顔をさらに歪ませると、オーグルは口を大きく開け老いたオークの下半身にかぶりついた。
「がぁあああああっ!!」
意識を失ったほうが良いほどの激痛に叫び声をあげつつ、オークは自分をここ十数年苛んできた自由になることができない己の下半身が今まさに失われたことを悟り、激痛の中それでも笑みを浮かべた。
「ふ、ふふっ、礼を言うぞオーグルよ、よくぞ儂を自由にしてくれた。その礼に一つ、いいことを教えてやる。勝利を確信するのは、敵の命をきちんと奪ってからにするのじゃ。でないと」
オーグルの口の中、痛みに震える声でそう呟くと、下半身を飲み込まれたオークはにやりと笑みを浮かべて自分の服に手をやり、一気に引きちぎった。服の中には彼の身体に巻かれた数十本の筒状の物体、それぞれに火薬をこれでもかと積めた手製の爆弾が巻かれていた。
「でなければ、このように瀕死の敵に逆襲を許してしまうからのぅ・・・・・・すまぬヤグル、先に行っておるぞ」
最後に幼い頃からの親友に謝罪の言葉を呟くと、オークは震える手で爆弾の導火線を握り、一気に引きちぎった。引きちぎられた導火線の中で火花が散り、それが引火して火をつける。
「宴の席で始祖たちが手招いているのが見える。ああ、隅にいるのは我が両親だろうか、物心つく前に死んだ、我が父と・・・・・・は、は」
朦朧とした意識の中で老いたオークがそう呟いた瞬間、その身体は閃光の中に消えていった。
「魂よ、安かれ」
幼いころからの親友であり、腹心の部下でもあった老いたオークを飲み込んだオーグルが、次の瞬間巨大な爆発と共にその頭部を文字通り粉々に吹き飛ばして倒れたのを見届けたヤグルは、オークの間でも広く信仰されているアスタリウス教において死者に対する祈りの言葉を呟いた。
「どうか、戦女神の手により、わが友が宴の席に無事導かれんことを」
続いて、彼らオーク独自の祈りの言葉を呟く。彼ら闘士級のオークにとって、クリスタルとはアスタリウス教が崇める太陽神であると同時に、名誉の戦士を遂げた仲間を始祖達の待つ宴の間へと導いてくれる戦いの女神でもあった。目を閉じて冥福を祈る彼の背後では、死んだオークに教練を受けた若い騎士の間から、僅かに押し殺すような声が漏れている。
「まったく、どいつもこいつも泣き虫でいけねえや」
「仕方なかろう、彼らはわが友を師として慕っていたのだからな」
「慕うねぇ、俺の瞼に残っているのは失敗した部下を殴り飛ばすやつの姿だけなんですが」
「年を取って、若いものに自分の技を教える楽しさに目覚めたのだろう。珍しいことではあるまい。それよりも・・・・・・皆、聞けっ!!」
親友の死を悼んでいたヤグルが後方を向いて発した雷鳴のような声に、仲間の死に項垂れていた騎士達はびくりと顔を上げて背筋を伸ばした。
「わが友の活躍により、敵の大将は見事打ち取られた。彼の名声は我々が生きている限り語り継がれるだろう。もはや奴らは烏合の衆にすぎん。死んだ彼の名誉を汚さぬためにも、雑兵相手にて傷の一つも負ってはならん・・・・・・分かったかっ!!」
信頼する上官であり、また尊敬する先達の言葉に、居並ぶ騎士たちは皆、言葉ではなく握る武器を掲げることで答えた。
「よろしい、ではこれより残党に対し突撃を開始する。伝令、突撃の号令を・・・・・・ええい遅いっ、貸せっ!!」
突然の指示に慌てて角笛を吹こうとした伝令からその角笛をひったくると、ヤグルは大きく息を吸い角笛を吹いた。本来なら数人の伝令でようやく騎士団全体に届く音が、高い肺活量を誇る彼ただ一人で全員に突撃の号令を知らせる。同時に手の中の角笛にびしりと亀裂が入り、次の瞬間粉々に砕け散った。だが突撃の号令は間違いなく伝わっており、騎士たちは皆、武器を持つ手に力を込めた。
「良し・・・・・・目標敵残党、黒猪騎士団騎馬部隊、突撃ィッ!!」
騎士たちの準備が終了したのを確認すると、ヤグル自身右手に持つハルバードを高く掲げ、他の馬より二倍は大きい馬の腹を軽く蹴り、オーグルが倒され慌てふためく集団に向けて突き進んだ。
「ふむ・・・・・・ゴウモール共は奴らのほぼ中央か」
敵集団に向け、愚直に突き進む騎士の先頭に立って突撃しながらも、兜の中のヤグルの目は冷静さを失っていなかった。近づいてくる敵の群れの中で目当ての闇の蛮族の姿を確認すると、鐙に力を籠めさらに後方の騎士たちを引き離す。彼があえて先陣に立って突撃したのは、闇の蛮族であり鉄をも切り裂く長い鉤爪と、鉄の鎧を身に着けるだけの知性、そして高い敏捷性を持つゴウモールを相手にするのは、ベテランの騎士ならともかくまだ若い騎士には困難だからだ。そのまま群れに接触すると、まず死んだ親友への手向けと言わんばかりに右手に持ったハルバードを横に薙ぎ払った。その一振りで数体のホブゴブリンの頭が宙に舞う。倒れる彼らの身体には目もくれず、群れの中央に向け突き進むとついに目当ての敵、即ちゴウモール達の姿を捕らえた。その頃には引き離した配下の騎士達もゴブリンの群れと接触しており、周囲で激しい戦闘が行われている。さすがに正規の訓練を受け、全身を黒鋼の装備で包んだ騎士と単なるゴブリンでは力の差が圧倒的なのか、倍近い数の敵相手に味方が圧倒していた。
「雑兵共の相手は部下達で十分だろう、貴様らの相手はこの儂だ」
周囲で行われる戦闘に混ざるためか、それとも逃げ出そうとしているのか、四方に散るゴウモール達の動きをハルバードの刃先を向けて止めると、彼らは皆グルルルッと低く唸りながら長い爪を構えこちらに向かってきた。それを見て兜の中で好戦的な笑みを浮かべると、ヤグルはハルバードを両手に持ち相手の長い爪を受け止めそのまま強引に叩き落とす。地面に倒れたゴウモールはそれでも何とか起き上がろうともがくが、その頭部をヤグルが乗っている巨大な馬が右の前足で踏みつぶした。彼が乗っているのはただの馬ではなく龍の血を引く、いわゆる龍馬と呼ばれる種族である。体格は並の馬の二倍、体重は四倍、戦闘能力は五倍、そして気難しさと誇り高さは十倍というこの馬を、ヤグルはまず自らの力でそしてその後は数多の戦いを通して互いに尊重しあい、信頼しあうことで乗りこなしてきた。そんな馬が背に甲冑を着込んだ巨大なオークを乗せた状態で踏んだのだ。ゴウモールの頭部は、まるで柘榴のようにはじけ飛んだ。その頃にはもうヤグルは五匹のゴウモールを倒しており、左右から襲い掛かる二匹のゴウモールの内、一匹の胸部をハルバードで貫くと、襲い掛かるもう一匹の攻撃を左手の小手に仕込んだ鉤爪で受け止め逆に首から頭部にかけて抉り殺す。その時にはもうこちらの力量が分かったのだろう、残りのゴウモールはこちらに向かって来ようとはせず身構えたまま距離を保っていたが、そこにゴブリンを倒し終えた数人の騎士たちが背後から襲い掛かった。
「ふむ、無事終わったようだな」
「お疲れ様です団長、大勝利ですねっ!!」
「ああ、そうだな・・・・・・ふんっ!!」
「ひっ!?」
周囲を見渡すヤグルに、騎士になったばかりのまだ若いオークが声をかけてきた。今回が初陣なのか、全身をゴブリンの血でどす黒く染め上げ随分と興奮している。自分にもそんなときがあったなと遠い過去を思い浮かべながら、ヤグルはその若いオークに向けてハルバードを突き出した。その先端はオークの兜ぎりぎりを掠め、死体の中に隠れて若い騎士を狙っていたゴウモールの胸部を、身に着けていた鎧ごと貫き絶命させた。
「今回が初陣の事ゆえ致し方ないが、勝ったと思った瞬間が一番気が緩みやすい。そのことを決して忘れるな」
「は・・・・・・はい、申し訳ありませんっ!!」
ハルバードの先端でゴウモールを突き刺したまま静かに諭すヤグルに、まだ若い騎士はガタガタと震えながら敬礼した。それを見て軽く頷くと、右手を振って武器の先端からゴウモールの死体を地面に投げ落とす。錆びているとはいえ鉄製の胸鎧ごと貫いたというのに、彼の持つハルバードは刃こぼれ一つしていない。ハルバードの刃の部分に高品質のミスリル銀が使われているためである。今から数百年前、帝国のナイトロード侯爵領に所用で出かけた際、ナイトロード侯爵であるレオンハルト・フォン・ナイトロードと手合わせし、敗れはしたものの一昼夜互角に渡り合ったその武勇を称賛され、褒美として受け取った武器の素材としては最高クラスのミスリル銀を使っているのだ。決して錆びることなく、そして刃こぼれもしない鉄すら容易に切り裂くこの武器は、扱うのに相当の技量を必要としており、騎士団の中でも扱えるのは持ち主であるヤグル一人だけである。
「話は変わりますが、敵の骸はいかがなさいますか」
「丁重に埋葬してやれ、来世では我らの同胞として生まれる可能性もあるのだからな」
「分かりました、行ってまいりますっ!!」
敬礼して元気よく走り去っていく若い騎士を苦笑しつつ見送ると、ヤグルはあらためて周囲を見渡した。彼の周りでは戦闘を終えた騎士たちが、自分や仲間が倒したゴブリンやホブゴブリンの骸を協力して埋葬している。自分よりまだだいぶ若い、それこそ子供と言ってもよい年齢のゴブリンの身体が土の中に消えていくのを見た彼は深々と息を吐いた。そんな彼を見て、埋葬の指示をしている騎馬部隊の部隊長を務める壮年のオークが近づいてきた。
「どうしたんです団長、そのようにため息など吐いて」
「・・・・・・いや、何でもない。少々疲れただけだ」
相手にそれだけ答えると、ヤグルは埋葬を手伝うため、若い騎士のほうに歩いて行った。
それから数時間後、戦闘のあった場所から二マイルほど離れた丘にある岩に腰かけ、麦酒の入った盃を片手にヤグルは嗤う紫色の三日月をぼんやりと眺めていた。彼の後ろでは、戦いで気が高ぶった若い騎士達が酒盛りをして騒いでいる。規律の厳しい騎士団ならば指導しただろうが、ヤグルはあえて彼らの好きにさせていた。血気盛んな若者が、戦いが終わった後も血の高ぶりが抑えられないのはよく知っているし、ヤグル自身若いころはそうだったためだ。
しかし歳月が過ぎ、もはや老人と言ってもよい年齢になると、喧騒よりも静けさの方を好むようになった。そのため戦いが終わった後は宴の中央から外れた静かな場所で酒瓶を開け、戦いの中で死んでいった者達の冥福を、敵味方の区別なく祈るのが、老いた彼の日課だった。
「おやおや、まぁたこんなところで黄昏てるんかい」
「・・・・・お前か」
そんな彼に声をかけてくる者がいた。今まで部下と共に酒盛りをしていた、彼の副官であり幼馴染でもある老いたノームである。だいぶ酒を飲んだのか顔はすでに赤くなっており、右手には半分ほど減った酒瓶を持っていた。
「ったく、お前は昔から変わらんな。何かあるとすぐそうやって一人で塞ぎこむ」
「仕方なかろう、生まれつきの性分だ。今更変えられん・・・・・・友に」
「まあ、そりゃそうだな・・・・・・友に」
自分の言葉に苦笑しながら親友が注いだ酒が入ったカップを掲げると、ヤグルは今日の戦いでオーグルを道ずれに死亡したもう一人の親友を思いながら、静かに酒を口に運んだ。
「それにしても、ヨトゥンヘイムとの戦争で三十の巨人を殺したことから巨人殺しの名で知られたあいつが、若いとはいえたった一体のオーグル相手に相打ちとはなぁ」
「誰だって若いときのようにはいかぬさ。あいつもお前も、そして俺もな。川が上流から下流に流れるように、生物の一生も老いへと一直線に進んでいく。それが定めというものだ」
「・・・・・・なんだか今日はいつもよりむっつりしてるな、一体どうした?」
どこか様子のおかしい自分を気遣ってか、親友が尋ねてくる。その事をありがたく思いながら、ヤグルはため息を吐きつつ首を振った。
「いや、戦いの後若いゴブリンの死体が視界に入ってな、随分と若い・・・・・・俺にとっては孫のような年齢だった。その若者が、恐怖と絶望に顔をゆがませて事切れているのを見ると、どうしても寂寥を感じてな。もしかすると、戦いに飽いてきたのかもしれん」
「・・・・・・その発言は、闘士級のオークから見れば随分と問題があるぞ。死後宴の席に招かれなくてもよいのか?」
華々しい戦士を遂げた闘士級のオークは、死後始祖達がいる宴に招かれるが、恥ずべき行いをして死んだ者は、死んでも宴に招かれる事無く永遠にその周りを漂うことになるという言い伝えがあった。
「その心配はしていない、俺の死に方はすでに“予言師”殿により分かっているからな、黒界だけでなく四界全てを巻き込んだ、過去に類を見ないほど巨大な戦いの中、闘士級のオークにとって最も無様な死に方をするらしい」
「予言師殿か、なら十中八九外れることはないが・・・・・・しかし無様な死に方ねぇ、考えられるのは敵前逃亡か裏切りだが、お前さんがするとは思えんしなあ」
二人が話す予言師というのは、オークの集落に百年に一度ふらりと現れ、死を予言していく顔を隠した小汚い老婆の事である。どうやら他の地域にも現れているらしく、そこでは死神として忌み嫌われているが、戦いの中で死ぬことが最大の名誉と考えるオークにとっては予言師として尊敬されていた。
「だがその予言が本当となると、宴でいい席が与えられるとは思えんぞ?」
「まあ、最悪隅の床にでも座らせてもらうとするさ。少々話し過ぎた、皆のところに戻るとしよう・・・・・・むっ?」
ヤグルが心配そうにこちらを見る親友にそう言って、仲間のところに戻ろうと立ち上がった時である、足元の地面が微かに揺れたかと思うと、若い騎士達が酒盛りをしている方からわっと叫び声が聞こえた。急いで振り向いた彼の目に、焼け落ちた砦の後ろにある小高い山、その裏から一隻の飛行船が浮かび上がるのがが見えた。
「あれが本命だったか・・・・・・まずいな、空を飛ぶ相手にはさすがに手が届かん。大玉砲はどうなっている?」
「すでに運ぶためにバラしちまった。他の大砲ではあそこまで届かねぇっ!!」
「ならば逃がすしかないという事か・・・・・・待て、飛行船の船体に描かれている、あの紋章は」
こちらの攻撃が届かない上空まで上昇し北に向かって飛び去ろうとしている飛行船の船体には、薄暗い空の中でもはっきりと黒界に住む者ならば誰でも知っている、クリスタルの左右に黒い小鳥が描かれた、七王国を束ねる帝国の巨大な紋章が描かれていた。
「革命団の壊滅、ご苦労様でした。ヤグル」
それから二日後の事である。エルフヘイム国内にある革命団、その拠点のすべてを鎮圧した黒猪騎士団団長ヤグル・バルは、任務完了の報告のためユグドラシル内にある王城、その玉座の間で女王エルフェリアと向かい合っていた。
「いえ、確かに拠点はすべて制圧いたしましたが、おそらく指示を出していた革命団の幹部は取り逃がしてしまいました。この失態、申し開きもできませぬ」
「国内から革命団の勢力を一掃できたのですから構いません。それより、此度の戦いにおいて貴方の古い友が亡くなったとか・・・・・・ご冥福をお祈りします」
「ありがとうございます。奴も宴の席で自慢していることでしょう・・・・・・ところで話は変わりますが、気になることが一つ」
「報告は効いています。革命団が逃走のために用意した飛行船に、帝国の紋章が描かれていた点ですね」
提出された報告書に目を通し、すでにそのことを知っているエルファリアは右手の中指をこめかみに当てた。困った事がある時にする彼女の癖である。
「御意、部下の中にはもしかしたら帝国政府と革命団が繋がっているのかもしれぬと考える者もおります。早急に帝国に確認を取る必要があるとも」
「ヤグル・・・・・・貴方自身はどう思っているのですか?」
「そうですな、まあ十割あり得ぬでしょう」
心配そうなエルファリアの声に、ヤグルは相変らず重々しく、だがきっぱりとそう答えた。
「つまり、帝国政府と革命団が繋がっていることはないと?」
「ええ、革命団は皇帝陛下の排除を公言しております。今の帝国政府の代表は陛下の側近中の側近、手を結ぶことはまずありますまい。さらに帝国の紋章など子供でも知っているため、偽装するのは容易い事かと」
「では今回の件は帝国と我が国の同盟に皹を入れる何者かの仕業・・・・・・そう考えるのですね」
「は、おそらくは反帝国政府の色合いが強い南方平原の貴族か東の獅子国ミッドガルド・・・・・・もしやすると両方が手を結んでいるとも考えられます」
「彼らにとっては帝国政府は共通の敵ですからね・・・・・・分かりました。この件は帝国政府に報告しておきましょう、貴方は部下を抑えてください」
「御意」
「ありがとうございます。さて、報告は以上ですね。褒美はすでに用意させていますので、退出する際に目録を受け取ってください」
「いえ陛下、最後に一つ決めていただかなければならないことがございます」
「最後に一つ・・・・・・ですか?」
話は終わりだと退出を促すエルフェリアに、しかしヤグルは顔を上げて応えた。
「はい、確かにこの国から革命団の勢力は駆逐できました。しかし彼らを指揮していた幹部を取り逃がしたのは大きな失態。信賞必罰は必須ゆえ、どうか罰をお与えください。ですが部下達はただ指示に従っただけのこと、罰はどうか某一人にお願いいたします」
「罰と言われても、すぐには・・・・・・ああ、いいことを思いつきました。ヤグル」
「はっ!!」
何を言っても聞かないだろう老人の頑固な態度に、エルフェリアは右手の人差し指をこめかみに当てて困った顔をしてしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げて笑みを浮かべた。
「貴方と貴方の騎士団には、近々帝都で行われる三万年祭に派遣する使節団の護衛として同行していただきます」
「護衛としてですか? お待ちください、それが罰になるとは思えぬのですが」
「使節団の代表がシルヴェリアでもですか?」
「し・・・・・・シルヴェリア様ですかっ!?」
シルヴェリア・・・・・・通称シルヴィ、エルフェリア女王の一人娘であり、彼女の後継者として彼女亡き後エルフヘイムの女王となるべき存在である。存在であるのだが、その性格はよく言えば自由奔放で活発、悪く言えばわがままで自分勝手なところがあった。そのため現在千歳(エルフの年齢ではまだ二十歳ほど)なのだが、いまだに結婚できないでいた。最も悪い所だけではなく、面倒見が良くどこか憎めないところもあるなどいわゆるガキ大将的な性格なのだが、闘士級のオークではあるものの生真面目なヤグルにとって最も苦手な存在であった。
「あの子の相手は大変だと思いますが、だからこそ罰になりますからね。娘をくれぐれも頼みましたよ、ヤグル」
苦虫をつぶしたような顔をしているヤグルを見て、エルフェリアはくすりと笑った。
続く