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四界戦記  作者: 活字狂い
12/17

第一部 黒界 帝都動乱篇  幕間④ 二つの手紙



 帝都パンデモニウムの中心にある黒鳥城、その頂にある四界の太陽たるクリスタルが最も強い光を放つ昼時でさえも、森は薄暗く感じられた。



 その森は、帝都パンデモニウムより南、南部大関所と呼ばれる要塞を抜けてさらに南西に数百マイル進んだ場所にあった。平原に広がる他の森同様鹿や猪、兎などの得物が豊富で、いつもなら近隣のいくつかの集落に住む男達が狩人となり、獲物を求めてさまよっていた。


 だがいま、森の中はいつもの賑わいがまるで嘘のように静まり返っていた。鹿や猪など動物の姿も、そしてそれを狙う狩人の姿もない。なぜなら今この森には、数か月前から招かれざる客人がいるからである。



「やれやれ、だ」


 その招かれざる客人、粗末な武器を空高く掲げ勝ち誇る十数体の小鬼族ゴブリンに囲まれ、男は呆れたように首を振った。千歳を超えている壮年の男だが、銀色の髪と髭は艶やかで肉体は鋭い針のように細く引き締まっている。敵に囲まれているというのに背中にある柄の先端に鈴が付いた剣には手を掛けておらず、あろうことかその端正な顔には皮肉気な笑みすら浮かんでいた。



「こっちはまだ傷を負ってすらいないというのに、随分と勝った気でいるじゃないか。ま、確かに森の奥でこうも囲まれたのでは並大抵の奴は殺されるか。だが全ての者がそうだと思わんことだな」


 男のどこか説教じみた言葉が終わらないうちに、まず一体のゴブリンが襲い掛かってきた。こちらを完全に嘗め切っているのかにやにやと笑みを浮かべる顔には警戒している様子は全く見られず、こちらに近付き手に持った粗末な石斧を振り上げる動きも随分とゆっくりだ。


「おいおい、そんな動きでこちらを殺そうというのか? 随分と嘗め腐ってくれるじゃないか。俺を殺そうというなら、せめてこれぐらいの動きはしてほしいものだな」


 自分に振り下ろされる石斧を見てあきれたようにつぶやいた男の身体がふと消えた。振り下ろした石斧が男ではなく固い地面に激突したことを、ゴブリンは気づくことはできなかった。なぜならこの時、石斧を振り下ろしたゴブリンは首を男の手刀に貫かれて絶命していたからである。自分が死んだことを認識できないままゴブリンが倒れるその間に、首から手刀を引き抜いた男はしなやかな動きで自分を囲んでいるゴブリンの一角に近付くと左足を振り上げ、横に薙いだ。目の前の四体のゴブリンの首に赤い線が走り、彼らの首が後ろに落ちる。まだ振り上げたままの男の左足の靴の部分には小さな、だが鋭い刃物が仕込まれていた。自分たちの仲間が五体、ほんの数秒で倒されたのを見て、男を囲んでいた他のゴブリンもさすがに恐れをなしたのか襲ってはこず、遠巻きに男を囲むだけだった。




「実力差がようやく分かったようだな。だが容赦はしない。畑の作物や家畜を盗んでいくのはまだ許せたかもしれん。だが」


 その時、男は初めて表情を変えた。先ほどまで笑みを浮かべていたその顔に、今度は底知れぬ怒りと憎悪が浮かび上がる。


「だがお前たちは寄りにもよって婚礼の日に娘を攫い、散々嬲ってから殺した挙句、その肉を喰らい残骸を実家に投げつけた。そんな鬼畜の所業を行ったお前達を許すつもりはないし、逃がすつもりもない」


 男の脳裏に三日前、妻と娘を連れて到着した集落で見た葬式の光景が浮かんだ。年老いた母親が、骨だけになった娘の入った棺に縋りついて泣き叫んでいる。その傍らには顔を重く伏せた父親と、そして気がふれたように呆然としている、娘を妻にするはずだった素朴だが働き者の若い男が立っていた。そして宿に泊まった際、男は娘を亡くした両親から自分たちの娘を食い殺したゴブリンたちの討伐を依頼されたのである。



 自分たちに怒りの視線を向ける男を見て、ゴブリン達はじりじりと後退した。彼らは本来臆病な性格で、自分達より強い相手からはすぐに逃げる習性があった。その修正にもれず、一匹のゴブリンが踵を返して逃げ出そうとした時、


 そのゴブリンの頭が、大きな手で掴まれた。






「なるほど、本来臆病なゴブリンがなぜ人間を攫ったのか疑問に思っていたが、貴様の仕業だったか」




 森の奥から現れ、逃げ出そうとしたゴブリンの頭を掴んでいるのは男より五十セイルほど背の高いゴブリンだった。ホブゴブリンと呼ばれるゴブリンの上位種で、群れの長として他のゴブリンを従えている。戦闘能力がゴブリンと比べて大幅に上昇しており、厄介な事に知恵も働くのか鉄製の武具を調達して着込む者もいた。目の前にいるホブゴブリンも鉄製の鎧兜に身を包み、逃げ出そうとしたゴブリンを掴んでいる手とは反対の手に大きなクロスボウを持っている。そのクロスボウに装填した矢を男に向けると、ホブゴブリンはにやりと笑いゴブリンの頭を掴んでいる手に力を込めた。途端にぐしゃりとゴブリンの頭がつぶれ、周囲に血肉と骨、脳漿が飛び散った。それを見て恐怖を感じたのか、残ったゴブリン達が半ばやけっぱちになって男に向かってくる。一度距離を取ろうと男が後ろに下がろうとした時、足元の地面にホブゴブリンが放ったクロスボウの矢が突き刺さった。



「やはり奴を先に倒さなきゃならんか」


 舌打ちした男の右手が、無意識のうちに背中に背負った剣に伸びる。だが柄を握った時、先端に付いている鈴がリンッと鳴り、その音で我に返った男はばっと手を離した。





「・・・・・・ったく、馬鹿か俺は、すぐ“これ”に頼ろうとするなんざあのころと比べて全然成長していないじゃないか。まあいい。やり方はいくらでもある」



 自嘲気味に呟いていた男の姿が、迫りくるゴブリン達の前でふっと霞のように掻き消えた。それを見て男に向かっていたゴブリン達の動きが止まり、慌てて周囲に目をやる。だが男の姿はどこにもなく、彼らが騒めきだした時、すぐ上にある木の葉が微かに揺れた。それに向かってホブゴブリンがクロスボウの矢を放つが、それが気に到着するときにはもう別の木の葉が揺れている。そしてさらにそれにクロスボウの矢を放つ、という事を何度繰り返しただろう。ホブゴブリンが背負っている矢筒の中にある矢が一本になった時、その頭上にいきなり黒い影が降ってきた。



「矢がすべてなくなればお前は逃げるだろう。残念ながら逃がすわけにはいかないんでな。悪知恵が働き、鉄の鎧兜に身を包んだとしても俺の動きについてこれないのでは・・・・・・こうなるのは必然だ」


 落下しながら、男は右足を振り回す。その一撃でホブゴブリンの被っていた兜は弾き飛ばされ、醜悪な顔が露わになった。その露わになった顔めがけ、今度は左足の踵に付いている刃を突き立てる。刃はホブゴブリンの左目に深々と突き刺さりそのまま横に滑った。


「ガッ」


 頭部の上半分がぱっくりと切り開いたホブゴブリンは短い悲鳴を上げると、そのままうつぶせに倒れて絶命した。


「魂よ、安かれ。一応そう言っておこう・・・・・・さて」


 

 地面に降り立ち、足を地面に擦り付け付着した血肉と骨を落とすと、男は自分を囲んで呆然としているゴブリン達を睨みつけた。彼の視線に怯えたのか、ゴブリン達は我先に逃げようとする。


「敵わない相手を前に逃げ出そうとするのは当然の行為だ。だが先ほども言っただろう、許すつもりも逃がすつもりもないと」


 一目散に逃げようとするゴブリン達を追いかけもせずにそう呟くと、男は右手の親指をくッと引いた。それから遅れること数瞬、周囲に生えている樹々の葉の中から十数本の矢が飛び出し、逃げようとするゴブリンに次々と突き刺さっていく。頭や胸に矢を受けたゴブリンはすでに絶命しているが、悲惨なのは腕や足に矢を受け、傷つきそれでも逃げることすらできずに喘いでいるゴブリン達だ。彼らの頭部を踵に付けた刃で踏み抜き楽にしていく男の目に、最後に残ったゴブリンの姿が見えた。恐らくまだ子供なのだろう、他の個体より二回りほど小さい、目に涙をためたゴブリンを無表情に見つめると、男はやはり足を振り上げ、その頭を何ら躊躇することなく踏み砕いた。







「・・・・・・ふぅ」




 自分以外に生きている者がいない森の広場で、切り株に腰を下ろした男は疲れたように息を吐いた。疲れたといっても、身体的疲労はほとんど感じていない。七王国を長年旅してきた彼にとって、この程度の先頭は朝飯前だ。彼が感じているのは、精神的疲労の方である。


『殺すしかなかったのか、他にもう方法がなかったとはいえ、殺すしか』


 頭の中でそう思考しながら、男は前方にある地面を眺めた。盛り上がっている地面の下には、彼が先ほど殺した十数体のゴブリンとホブゴブリンの死体が埋められている。その中には、最後に殺した子供のゴブリンの死体もまた、同じように埋められていた。


『殺すしかなかったのだ。人の味を覚えたゴブリンは再び味わうために人を襲い、喰らう。そうなればもう氏民でもなんでもない、ただの蛮族だ』



「分かっている、分かってはいるんだが」



 頭の中に響く己の答えに頭を軽く振ると、男はゆっくりと立ち上がった。いつまでもこうしてはいられない。村にゴブリンを退治したことを知らせて安心させてやりたいし、宿にいる妻と娘に早く会いたい。彼女たちの顔を思い浮かべ、幾分和らいだ気分で森を抜け出そうとした男の耳に、幻聴だろうか、笑う誰かの声がしたような気がした。


「そういえば、“あの頃”はよくこんな森の中で狩りをしていたな。将来のことなど何も考えず、ただ今を楽しんでいた」


 もっとも、あの時いた仲間はもう片手の指で足りるほどしか生きてはいない。再び重くなりそうな心を抱えたまま、男は今度こそ森を後にした。










 その日の夜の事である。木製の宿の一室で、すでにベッドの中で眠りについた愛娘の金色の髪を優しく梳いていたレイアは、廊下に続く扉の向こう側に感じた気配に、部屋に一つしかない机の上に置いた長剣に一瞬目をやったかと思うと、すぐに破願して立ち上がり、扉を開けた。



「お帰りなさい、遅かったですね」

「すまんすまん、ゴブリンを退治したことを知らせたら、そのまま宴会になってな。今まで酒に付き合わされていた。これは土産だ」

「あら、ありがとうございます」


 宴会で出た料理を詰めた物を妻に渡すと、昼間ゴブリンを倒した男と同一人物とは思えないほど柔和な笑みを浮かべ彼女の頬に唇を寄せてから、彼はベッドの中で眠っている娘に近付いた。


「俺たちの愛しい天使はもう眠ってしまったのかな?」

「ええ、ですが一時間前まで、貴方が来るのを待っていましたよ」

「おっと、それは大変だ。明日の朝の天使の機嫌は悪くなりそうだな。それを鎮めるためにも、今夜中にこれを完成させなくては」


 眠っている娘の髪を撫ぜてやり、その額に軽く唇を落としてから、男は机の前にある椅子に腰かけると、脇に置いてある長旅用の袋の中から作りかけの木彫りの人形と、小さなナイフを取り出した。人形が欲しいと駄々をこねた娘にやるために、少し前から夜空いた時間に作っている。自分が身体を、妻であるレイナが吹くと髪の部分を作っていた。




「そういえば」

「ん、どうしたレイア」


 

 自分たちが眠るベッドに腰かけ裁縫を続けていたレイナの呟いた声に、小ぶりのナイフで慎重に木を削っていた男は顔を上げた。すでに人形はあらかた形になっており、妻の方も服の大部分はできている。後は先に作っていた髪を付ければ、のっぺらぼうではあるが立派な人形の出来上がりだ。



「この村を出た後はどこに行くのです? 秋になりますからそろそろ大きな集落に行って冬支度の準備をしないと」

「ああいや、それなんだがな」


 

 妻の問いに珍しく即答を避けると、男は懐から小さな封筒を取り出した。すでに封は切られており、中身を見たことが分かる。



「それは何の手紙ですか?」

「いや、数日前に届いた古い友人からの手紙でな。頼みたいことがあるから来てくれとのことだった。仕事と住む場所も用意してくれると」

「まあ、それはいいことではないですか。それでどこに向かうのです?」

「ん、いや・・・・・・・それがどうやらパンデモニウムらしい」

「パンデモニウム・・・・・・大丈夫なのですか?」


 夫の口から出た地名を聞き、レイアは心配そうに彼の顔を見た。男が帝都を避けるように旅をしていることを、百年共に旅している彼女はすでに勘付いている。そんな彼が帝都に行くことはないと、彼女は考えていたが


「・・・・・・・・・・・・ま、いつまでも後回しにはできないしな、ちょうどいい機会だ。帝都に向かうとしよう。娘もそろそろ幼年学校に通わせねばならないと考えていたところだ」


 心配そうにに自分を見つめる妻の頬を元気づけるように撫ぜると、男は皹の入った窓から外を眺めた。すでに夜も更けた今、夜空には満天の星に囲まれて笑う紫色の三日月が浮かんでいる。それは今も昔も自分をあざ笑っているように、男には思えてならなかった。

 









「ふぅ、ようやく一息つける、かな」


 およそ七日ぶりに職人通りにあるエミリアの宿にある自分の部屋に入ったアベルは、集落を襲った巨人との戦いで折れ曲がり使い物にならなくなった剣の代わりに騎士団から新しく支給(ここ数週間で二度も剣を駄目にしたことで、補給係の衛兵から小言を言われた)された銅製の細剣を机の上に放り投げると、黒一色の制服にしわが寄るのもかまわずに部屋の隅に備え付けられたベッドに身を投げ出した。


 この七日の間は、文字通り寝る間もないほど忙しかった。巨人との戦いで分隊が半壊したにもかかわらず通常の巡回に加えおよそ半月後に迫った三万年祭の警備のために中央平原のすべての民を雇い入れることが公表されたため、この集落だけでなく、周辺の集落の住民の訓練で夜もほとんど寝られなかった。幸いなことに衛兵の班長格であるウエッジがほぼ無傷で巨人戦を乗り切り、同じく班長格である数日前に負傷し、黒羊騎士団ご用達の病院に二日ほど入院していたビックスが復帰したため、二人に動ける衛兵の半分を任せて巡回をやってもらい、副官であるクレアに残り半分の衛兵を任せて男達に簡単な捕縛術を教えてもらっているため、自分は事務方の衛兵であるコールと共にルールやマナーの指導、住民の身分証明書の発行、彼らが扱う捕り物道具の手配、一人につき金貨三枚の給金の支払いなど裏方の仕事をしていたのだが、むろんそれだけをやっていればいいというわけではなく、一日に一度は必ず巡回と訓練に参加したため睡眠も入浴も満足に取ることができず、いつも頭の後ろで切り揃え、少し長めのおかっぱにしている夜空の星々の輝きを詰め込めたといわれるほど輝く黒髪はぼさぼさに伸びているのを紐で適当に結んだだけで、最高級の宝石に似た蒼い瞳の周りには深い隈が浮かび、恋人の一人であるグレイプリーに紅顔の美少年と称された中性的な顔はげっそりとやつれていた。


それでも一番忙しい仕事は何とか終わり、今日は七日ぶりにようやく部屋に戻ることができた。だが明日はまた朝早くから集落の方に出向かなければならない。今日はもう風呂に入ってさっさと寝てしまおう。ぼんやりとした頭でそう考えたアベルは、ふと何かを思い出したのかのろのろと顔を上げた。



「・・・・・・ああ、そうだ。義母さんに手紙を書かなきゃ」



 二年半前試験に合格し、騎士になるために実家である中央平原南西にある農園を出て帝都に住むことになった時、彼は義理の母であるアンナと一つの約束をした。三か月に一度、どんなに遅くとも半年に一度の頻度で、必ず手紙を出すという物である。ここ四、五か月ほどは多忙でそのことすら思い出せなかったが、前の手紙を出してから半年になろうとしている。さすがにそろそろ書かなければならない。それに毎月の給金から少しずつ溜めた金も送金し、義妹のラミナを始めとした弟妹達に小遣いもやりたいし、三万年祭の時に帝都を案内してやりたい。久しぶりに出会える家族の顔を思い出しながら、アベルはのろのろと机に向かった。







「あのぉ、すいません」

「はいはい、郵送屋職人通り支部にようこそ。あらアベルちゃん、こんにちは」

「は、はい。今回もお世話になります」


 それから一時間後、手紙を書き終え送金する金を準備したアベルが向かったのは職人通りの入り口付近に立っているこじんまりとした店だった。入り口の上に簡略化された封筒を描いた看板があるこの店は帝都の各通りに必ず一つはある郵送屋だ。帝国歴二万年代から始まった郵送屋だが、当初は法も何もなく、それゆえ荷物の盗難や紛失が相次いだ。それが改善したのは六百年前のセフィロトの治世の時で、帝都だけでなく帝国全土にある郵送屋に関しての法が作られ、荷物の盗難や紛失には重い刑罰を科すほか、郵送事業を法人化して引退した元文官や騎士などが働く場所になった。その結果モラルが向上し、今では安心して荷物を預けることができ、さらに飛行船が誕生してからは国内だけでなく、ほかの国にも荷物を届けることができるようになった。もっとも現在輸送路があるのは帝国南部にある国、エルフヘイムだけであるが。



 顔見知りの事務員である初老の女性(なんでも以前は黒鳥城で女官長補佐をしていたらしい)に促されて受付の前にある椅子に座ったアベルは、懐からつい三十分ほど前に書き上げたばかりの家族に向けた手紙と、ここ数ヶ月で貯めた銀貨十数枚が入った袋を受付に置いた。




「いつものご家族へのお手紙とお金の送金ですか? 今回はちょっと間が開きましたね」

「すいません、最近忙しかったので」

「いえ、いいんですよ。それより少し痩せたようですけど大丈夫なのかしら? 食事はちゃんととらないと駄目よ・・・・・・そうそう、今朝家で焼いたクッキーを持ってきたの。手続きは少し長引くし、良かったら味を見てくださらない?」

「ありがとうございます、実はお昼ご飯を食べていないので、お腹が空いていたんです」



 一人娘が独立し、数年前に夫が亡くなり暇を持て余していたところを今の職場に勧誘された彼女にとって、自分は孫のような存在なのだろう。手紙を出しに来るといつも茶菓子を用意してくれる。規定の代金である銅貨二枚を女性に払うと、アベルは受付の横にある扉を開けた。扉の向こう側は休憩室になっており、真ん中にテーブルが一つと椅子が二つ置かれている。テーブルの上にある皿に盛られたクッキーを見て空腹を訴える自分の腹を撫ぜて苦笑すると、アベルはさっそくクッキーに手を伸ばした。




「アベルちゃん、手続き終わったわよ・・・・・・あらあら」


 それから十分後、郵送のために必要な書類を作成した事務員は、青年から応答がないのを心配しつつ休憩室の扉を開け、顔をほころばせた。ここ数日の疲れが一気に出たのだろう、唇に食べかすを付け、皿に手を伸ばした状態で眠っている青年を事務員はしばらく微笑ましく眺めていたが、やがて近くにあった自分の肩当を取ると、そっと彼の肩にかけた。






「さてと、今のうちに準備を終わらせてしまいましょうか」



 青年の艶やかな黒髪をそっと撫ぜてから、事務員は受付に戻りアベルから預かった手紙と十数枚の銀貨が入った袋を持って奥に向かった。奥にはいくつもの棚が設置されており、棚の中には日付と名前が張られた大小さまざまな荷物が置かれている。これらはすべて客から預かり、そして帝国中に郵送される荷物だ。だが彼女はアベルからの荷物を棚の中には置かず、そのまま棚の間を通り過ぎ裏口近くに設置されている大きな赤い箱の中に置いた。それから数分ほど待つと、鍵をかけている扉の向こう側でトントンッと小さく扉を叩く音がした。ちょっと待ってちょうだい、そう応えて鍵を開け、ついでに扉も開けてやると、開いた扉の向こうに彼女の臍ほどの背丈しかない、白い服を着た小さな少女が一人佇んでいた。長い赤毛の髪を結びもせずにただ風に流れるに任せ、同じ色をした瞳は何の感情も見せず老婦人を写している。



「こんにちは、“フーちゃん”。今回はこれだけよ、お願いできるかしら」



 彼女の言葉にフーちゃんと呼ばれた少女は相変らずの無表情で頷き、老婦人の横にある赤い箱を持った。そして考えるように首をかしげると、きょろきょろと何かを探すように周囲を見渡した。


「あら、アベルちゃんに会いたいの? 休憩室にいるわよ、けど眠っているから静かにね」


 微笑する老婦人に促され、少女は近くの扉から休憩室に入ると、中で眠っているアベルに近付き可愛らしい小さな鼻で彼の匂いをかいだり、少々長くなった髪を触ったり、頬をつんつんと突いていたが、やがて飽きたのか離れたとき、ふと季節外れの強い風が開けられた窓が室内に吹き込んだ。


「きゃっ!?」


 強風に老婦人が悲鳴を上げるとともに一瞬目を閉じる。そして彼女が再び目を開いた時、部屋の中には少女も、先ほど少女に託した赤い箱もなく、ただ青年の肩に小さな赤い羽根が一つ、落ちているだけだった。









 

 


「戻ったか、フレス」




 帝都パンデモニウムの正門、通称“凱旋門”付近にある堅固な建物、黒羊騎士団本部の自室で書類の整理をしていた団長でありアベルの直属の上司であるミネルヴァは、僅かに感じた気配に顔を上げ、目の前に現れた“それ”を見てふと笑みを浮かべた。



 彼女の目の前にいるのはあしゆびで赤い箱を掴んだ、小さな深紅の鳥だった。ミネルヴァが娘のように可愛がっているフレスという名の幼い不死鳥である。




「ご苦労だった・・・・・・アベルの様子はどうだった? そうか、眠っていたか。巨人と戦って死者を出さなかっただけでも大したものだが、やはり人員不足はいかんともしがたいか。彼がもう少し偉くなれば、下に幾人か配置できるのだが、そもそもアベル自身出世を全く望んでいないからな、まあだからこそ好感が持てるが・・・・・・まあいい、奴が来れば多少負担が減るだろう」


 真紅の体毛に覆われたフレスの頭を撫ぜてやると、ミネルヴァはその手を赤い小箱に伸ばし、彼女の足首から器用に外してやった。


「そんな顔をするな、私とて手紙を盗み見るのは気は引けるが、これも職務だ。第一この騎士団が創設された理由は下町や集落の治安維持というのもあるが、本当の目的はアベルの監視だからな。まあ、彼は善良だからその心配はいらなかったが・・・・・・手紙の相手が相手だしな」


 赤い小箱の中から手紙を取り出した自分を非難するように見つめてくる小鳥に苦笑しつつ弁明するように答えると、ミネルヴァは封を切り、そっと手紙を開いた。と言っても内容はごくありきたりの事しか書かれていない。病気や怪我をしたものがいないかという家族を心配する物や、自分は変わらず息災であり、心配する必要はないといった物、そして三万年祭の際、都合が付けば一緒に帝都を回ろうというシンプルだが相手を思いやる気持ちがこれでもかと込められた内容を見て、安堵のため息を吐くと同時にアベルの優しい顔を思い出し、ミネルヴァはやんわりとほほ笑んだ。



「どうやら、何も問題はないようだな。ではいつも通り行くとしよう・・・・・・誰かいないか!?」



「は、はいっ!! 御用でしょうか、団長」




 手紙を閉じ、蜜蝋で封をするとミネルヴァは廊下に続く扉に向かって声をかけた。それから遅れること数秒、勢い良く扉を開け、外から少女が一人転がるように入ってきた。今年入隊したばかりのまだ若い娘で、右肩には騎士見習いを示す階級章を身に着けていた。


「これよりしばし出かけてくる。不測の事態が発生した場合は副団長室にいるパーシヴァルに相談せよ」

「え? あ、あの・・・・・・お供などはよろしいのでしょうか」

「いや、個人的な用事だから供は必要ない。厩舎に行き、馬の用意をするように言ってくれ」

「は、はいっ、分かりました」


 昔からの風習で、騎士見習いとなった者はまず団長の従者の仕事を与えられる。一昔前まで騎士は貴族の子弟か裕福な家の者しかなれなかったことから、まず団長の下に就かせ、誰かの下で仕事をすることを覚えさせる必要があった。現在ではセフィロトの政策で試験に合格すれば“表向き”には家格に関係なく騎士になることができたが、今でも仕事に慣れさせるために騎士見習いの初仕事として団長の従者にすることは風習として残っていた。




「それでは行ってくる。帰りは夜か明朝になるだろうから、厩舎に行った後はそなたも休むがよい」

「わ、分かりました、ありがとうございます!!」


 自分を前に、緊張してうわずった声を上げる年若い騎士見習いを見て苦笑すると、ミネルヴァは着替えるために執務室を後にした。








 帝都から南西に馬でおよそ二時間、中央平原南西部は肥沃な土地であり、昔から農業が盛んで帝都の穀倉庫と呼ばれ、今では十を超す大規模な農園、百を超す中規模農園、万を超す個人農家が存在していた。



 ミネルヴァが向かったのは、中央平原南西部を走る街道沿いにある、この辺りでは何の変哲もない中規模の農園だった。主に帝都に卸す小麦を栽培しているほか、キャベツやジャガイモ、トマトやピーマンなどを育てている。近年では牛や豚、羊などを育てるようになり、彼女が農園について最初に出会った少女も十数頭の羊を連れてちょうど放牧地から戻ってきた時だった。



「久しいな、ラミナ」

「へ・・・・・・わぁ、ミネルヴァ様、お久しぶりですっ!!」



ミネルヴァが声をかけた、ごわごわした黒羊の毛で作られた服を着た顔見知りのラミナという名の少女は彼女を見て顔をほころばせた。日焼けや泥で元々白かった肌は黒く、あまり整えられていない眉は太いがそれでも目鼻立ちの整った美少女と言ってもよい顔つきをしており、勝気だが面倒見の良い性格もあってか近隣の同規模な農園だけでなく、遠くの大規模な農園で働く男達から何度か声をかけられているが、少女はそれをすげなく断っていた。なぜなら



「また“馬鹿兄貴”の手紙を持て来てくださったんですか? いつもすいません、ミネルヴァ様」



なぜなら彼女が気にしている男は、義理の兄であるアベルだけだからである。





「まあその通りだが、義理とはいえ自分の兄を馬鹿呼ばわりは感心しないな」

「だって本当に馬鹿なんですもん、喧嘩が弱くて誰かを傷つけるのも嫌いなくせに、暮らしを良くしたいという理由で騎士なんかになって・・・・・・暮らしを良くしたいなら、私と一緒にこの農園で働けばいいだけなのに」

「アベルが騎士になったのは、別に暮らしを良くしたいだけではないと思うぞ? 誰かを守るための力が欲しい、そう思ったのではないか?」

「・・・・・知ってます、だって兄貴、私たちが一緒だと絡まれても絶対逃げたりしないんですもん、自分が一番怖いくせに」

「そうか、なら信じて待ってやることだ「姉ちゃん、どうかした・・・・・・あ、ミネルヴァ様」ああ、そなた達か、久しいな」

 

 頬を膨らませた少女を見てミネルヴァが苦笑していると、先に母屋に入っていたアベルの他の弟妹達が、帰りが遅い姉を心配してかひょいと顔をのぞかせた。皆心配そうな顔をしていたが、ミネルヴァの姿を見てパッと顔を輝かせ駆け寄ってくる。彼らにとって騎士団長でありさらに貴族でありながら気さくに農園を尋ねてくる彼女はあこがれの存在であり、またいつも本やおもちゃなどをお土産に持ってきてくれる人でもあった。ミネルヴァも元来子供好きな性格であり、抱き着いてくる幼子を抱きしめてやったり、恥ずかし気に立っている、彼らより少し年長の子供の頭を優しくなぜてやった。


「今日もアベルからの手紙と仕送り、そして土産を持ってきた。手紙と仕送りはご母堂に渡すが、土産はそなたに渡そう。皆で分けてくれ」

「はい、いつもありがとうございます、ミネルヴァ様」


 乗ってきた赤毛の馬の鞍に括り付けた一抱えほどの袋を降ろすと、ミネルヴァはそれをラミナに渡した。するとそれまで纏わりついていた子供たちが、今度は一斉に彼女に群がる。子供ながら現金な姿に苦笑しつつ、ミネルヴァは辺りを見渡した。


「さて、そろそろご母堂にお会いするとしよう。アンナ殿は居られるか?」

「義母さんなら今台所で夕ご飯の支度をしていま「あらあら、ずいぶんと賑やかねぇ」あ、義母さん、ミネルヴァ様です」



 年下の弟妹達がミネルヴァが差し出した土産に夢中になるのを一歩引いて見守っていたラミナがミネルヴァの問いに答えようとした時、彼女の背後にある母屋から落ち着いた声がし、勝手口から一人の壮年の女性が現れた。特別美しいというわけではないが、少し白いものが混ざった栗色の髪を後頭部で結い、品のよさそうな顔には優し気な笑みを浮かべている。

 

「ええそうね・・・・・・さ、皆。お土産を頂いたら何と言うんだったかしら」


「「「ありがとうございます、ミネルヴァ様っ!!」」」



「あ、ああ。構わない」



 女性に促された子供達が玩具や本を抱えてこちらにお辞儀するのを、ミネルヴァは苦笑しつつ手を振って制した。


「はい、よく言えました。さあ皆、早く中に入って夕食の準備を手伝って頂戴。それとも畑に肥やしを蒔く方がいいかしら」


 自分の言葉を聞いた子供達がはしゃぎながら母屋に入っていくのを女性、この農園の女主人でありアベルやラミナ、その他の子供達の義理の母親でもあるアンナは微笑みながら見送った。


「すいません、騒がしくて。じゃあ母さん、私もこの子たちを羊小屋に入れたら台所に向かうね」

「ああ待てラミナ、お前はまだ土産を受け取っていないだろう」

「え? でもお土産袋はもう空っぽですよ」


 子供達を見送ったラミナが羊を小屋まで誘導しようとするのを見て、ミネルヴァは咄嗟に声をかけた。だが地面に落ちている土産袋に膨らみはなく、中に何かが入っているようには見えなかった。


「そなた用の土産は別に取ってある。どうせ弟妹達を優先させて、自分は最後に残った物か、数が足りなかったときは我慢するかするだろうと考えてな。ちょっと待っていろ・・・・・・あああった、これだ」

「え? あ、ありがとうございま・・・・・・すいませんミネルヴァ様、これ何か間違ってませんか?」

「いや、そんなことはないと思うが?」

「だ、だってこれ、どう考えても銅貨数枚で帰る代物じゃないですよっ!!」



 ラミナの言う通りだった。ミネルヴァが彼女に手渡したのは小柄だが工場で大量生産されている物とは違う、明らかに職人の手で丁寧に作られたと分かる手鏡である。鏡は丁寧に磨き上げられ、鏡が嵌っている木製のフレームや柄には煌びやかとは言えないが優し気な装飾が施されていた。確かに、銅貨数枚で帰る代物ではない。少なくとも金貨数枚はするだろう。


「何、アベルはあれでなかなか目が良くてな。これも休日に職人通りで行われている古物市で見つけた物らしい」

「で、でも、いくら中古品と言ってもこんないい物、本当に私なんかがもらっていいんでしょうか。だって私、親の顔も知らない浮浪「あらあらラミナちゃん、お土産をもらったら何て言うんだったかしら」へ・・・・・・か、義母さんっ!?」


 土産物の手鏡をぎゅっと抱きしめ、顔を伏せながら呟くラミナの声を、アンナの優しい声が遮った。


「他の子たちは皆もう母屋に入ったようだし、畑に肥やしを蒔くのはラミナちゃんになりそうねぇ。さ、それが嫌ならお礼を言って、羊を小屋に戻して夕食の準備を手伝って頂戴な」

「う、うん・・・・・・ミネルヴァ様、ありがとうございました」

「ああ、せっかくの土産なのだ。アベルもしまわれているより使ってもらったほうが嬉しいだろう。安心して使うが良い」


 その言葉にはいと頷き、頭を下げたラミナが羊を連れて小屋の中へ入るのを見届けてから、ミネルヴァは右手を胸の上に置き、こちらを優しく見つめるアンナに深々と一礼した。


「ご挨拶が遅れまして大変申し訳ございません、お久しぶりでございます、アンナさ「はい、ストップ」・・・・・・どの」

 今にも膝をつきそうな様子のミネルヴァを、アンナは微笑んだまま右手を挙げて制した。



「ねぇミネルヴァ“ちゃん”。この前も話したと思うけれど、私はしがない農園の女主人にすぎないわ。そんなどこにでもいる中年女に騎士団長様が、それも伯爵様が膝をついてはなりません。お判りになりましたか?」

「は・・・・・・了解した、アンナ殿」

「結構です。それでミネルヴァ様、貴女がここに来た理由をまだ聞いていないのですが」

「申し訳ない・・・・・・私の部下で貴殿の子息であるアベルより、手紙といくばくかの金を預かってまいった。お受け取りいただきたい」

「あら、アベルちゃんの・・・・・・ふふ、ありがとうございます。お返事を書きますので、少し中でお待ちいただけますか? そうそう、急ぎの用件が無かったら、ぜひ夕食を共にしてくださいな、子供たちも喜ぶでしょう」

「え、いや、確かに急ぎの用件はないが迷惑では・・・・・・ないようですね。分かった、お言葉に甘えさせていただく」


 夕食に誘われたミネルヴァは固辞して立ち去ろうとしたが、優し気な笑みを浮かべ、それでも断りを許さぬアンナを見て観念したように頷いたのだった。





「アンナ殿、お待たせしました」

「いいえ、待ってはおりませんわ。それよりも申し訳ありません、子供達の相手をしていただいて」

「大丈夫です、私も久しぶりににぎやかな食卓でしたので」


 それからおよそ三時間後、食事だけでなく入浴も済ませたミネルヴァは肌着の上に寝巻を一枚羽織った状態でアンナの部屋にいた。彼女の言葉通り、夕食は大変にぎやかなものだった。なにせアンナとそのも共たちだけでなく、農園で働く百人ほどの男女がそろって同じ食卓を囲むのである。それに加え、子供たちに人気のある彼女は食事中も、女の子達とは入浴中も一緒だった。そのため思いのほか遅くなり、今夜は客間に泊まることになったのである。


「そう、ならよかったわ。けれどごめんなさい、手紙だけでなくお金も持ってきてくれて。それに」


 先ほど書き上げたばかりのアベルに対する返礼の手紙を封筒に入れ、アンナは自分用の土産として渡された肩にかかっている赤い肩掛けにそっと触れた。


「この肩掛けも、ラミナちゃんやほかの子供達へのお土産もどれも中古品などではなく真新しいものでしょう。アベルちゃんのお給金では、送金用のお金を貯めながらではとても買える物ではないわ。貴女もお金を出してくれたのかしら」

「・・・・・・確かに土産として買いたがっていた物を買ったのは私です。ですが代金はすべて彼の懐から出ています。アベルは確かに私の直属の部下ですが、そこまで贔屓するつもりはありません」

「そう、じゃあ相変わらずアベルちゃんは“お仕事”を続けているのね・・・・・・まったく、セフィちゃんはいったい何を考えているのかしら」

「・・・・・・もうしわけありません、才無きこの身にはわかりかねます」

「あら、かつて総代騎士にして近衛騎士団団長の地位にいた貴女でもわからないのかしら」

「虐殺帝の治世が始まる前に片田舎に引っ込みましたので。復帰した今も城の中枢、第三城壁より中には出向くつもりはありません。ですが」

「ですが?」



 そこでいったん言葉を切ると、ミネルヴァは静かに、だが決して目をそらさずにアンナを見つめた。


「ですがセフィリアの行動に私欲はありますまい。彼女の行動理由はすべて陛下と帝国、何よりこの国に住む全ての民のためと考えています」

「あら、それは私も疑ってはいないわよ。だって彼女は・・・・・・セフィリア・ヴォ―ダンは元老院議長、ジャン・ヴォ―ダンの娘なんですもの」




 かつては数多くいた友人の一人であり、虐殺帝の殺戮を逃れ生き残った数少ない友人の一人である男の顔を思い出し、アンナは懐かしそうに目を細めた。



「・・・・・・まあ、セフィちゃんについては良いわ。元々いい子なのは分かっているし、何よりアベルちゃんの事を好きでいてくれるしね。そうそう、好きで思い出したのだけれど、ミネルヴァちゃんは誰か気になる殿方はいらっしゃらないのかしら」

「・・・・・・・・・・・・はっ」

「あら、あらあらあら、いつも明朗快活な貴女が口ごもるという事は、誰か気になる人ができたのね」


 自分の言葉に微かに頬を染め口ごもったミネルヴァを見て、アンナは手を合わせて笑い声をあげた。



「いえ、そういうわけでは・・・・・・ですが、“子”にしたいとは、考えています」

「そう・・・・・・ミネルヴァちゃん、貴女もようやく弟から解き放たれるのね」


 ミネルヴァの言葉に、アンナがどこか懐かし気に天井を眺めた時、





「アンネリーゼ様」





 彼女の言葉を聞いたミネルヴァは不意にその場にひざまずいた。勢いがあったためか、寝間着がずれて肌が見える。だが、アンネリーゼと呼ばれたアンナは咎めることなく、静かに彼女を見下ろしていた。



「アンネリーゼ様、どうか帝都に・・・・・・黒鳥城にお入りになり、陛下を支えてくださいませんでしょうか。セフィリア達はよくやってくれていますがまだ若く、ブランヴァイク公のような老獪な貴族を相手にするのは力不足です。確かにヴォ―ダン卿やナイトロード候など、お味方も何人かおりますが今は平時とは言い難く、今は貴族やほかの有力者を抑えられる方が一人でも多く必要なのです」

「私には、それが務まると?」

「では逆に伺いますが、あなた以外の一体だれが務まるというのです。継承戦争で多大な功績をあげられ、それ以前に陛下の“唯一のご親戚”である貴女以外の、いったい誰が」


 珍しく熱弁するミネルヴァをアンナは、“好色帝”ゼフィロスの次女であり聖樹帝セフィロトの姉、虐殺帝レフィロスと現皇帝パールの伯母であるアンネリーゼは、ただ静かに見つめていた。







                                       続く

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