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四界戦記  作者: 活字狂い
10/17

第一部 黒界 帝都動乱篇  幕間② 暗躍者は暗闇で嗤う

 


 それは、四者の会談から七日後の深夜の事であった。




 雷鳴が鳴り響く豪雨の中、帝都パンデモニウムの外に続く門の一つが音もなく開かれ、一台の馬車がゆっくりと外に出てきた。帝都東にあるこの門の付近には帝国軍の詰め所があるなど軍の影響力が強く、近くに住む者も皆軍関係者であり、夜遅くに門を出ていく馬車を見てもそれを格別気に掛ける者はいなかった。なぜなら頑丈な鋼鉄で覆われ、窓に鉄格子がはまれたその馬車は、どこからどう見ても囚人移送用の馬車であり、夜遅く誰にも知られずに外に出るのは別に珍しいことではなかったためである。



 それでもこんな悪天候の中、囚人を移送することを疑問に思った門番の一人は軽く首をかしげたが、何か急ぐ理由でもあるのだろうと、特に注視することはなかった。





「・・・・・・けっ、暢気なことだな」



 門を出たこちらをぼんやりと見送る門番を馬車の中から眺め、イワンは毒づきながら足下に唾を吐いた。手足が自由なら振り回して喚き散らしたいところだが、残念なことに彼を含め、護送車に乗ている囚人達の手足には頑丈な鉄の枷がはめられており、自由に動かすことができない。


 だがそれは逆にイワンにとって幸運でもあった。なぜならこの車に乗せられている他の囚人たちは一人を除いて、皆が彼に憎悪と殺意を込めて視線を送っていたからだ。当然だろう、彼に誘われるまで多少の軽犯罪ぐらいは犯すことはあっても、皆場末の酒場で酒が飲めるだけの僅かな金と自由は持っていたのに、彼の口車に乗せられた結果、犯罪者として運ばれているのだから。



「な、何だお前ら・・・・・・お前らだってもらった前金で好き勝手に飲み食いしたり、女を抱いたりできただろうがっ!!」

「ああ、だが一番金をもらっていたのはお前だろうが」

「そうだ。枷がはめられていてよかったな、そうでなきゃここで絞殺していたところだ」

「監獄に着いたら、せいぜい同じ牢獄に入らないように祈るんだな」


 周りにいる囚人たちに凄まれ、元々気の弱いイワンはヒッと短い悲鳴を上げて身体を捩じらせた。その身体が隣で静かに目を閉じている囚人にぶつかり、瞑目していた男はゆっくりと目を開いた。



「お前達、少しは静かにしないか」

「け、けどよ、こいつのせいで俺たちは犯罪者になったんだぜ?」

「人を殺していないといっても騎士団を襲ったわけだからな、そろって無期懲役だ・・・・・・しかも収容される監獄が最低最悪、“アルトルズ監獄要塞”ときてやがる」


 おびえる囚人の話を聞いていたその囚人、襲撃した時にビックスにて傷を負わせ、クレアに惜しいと言わせた南部方面軍の元兵士は窓の外の雨が降り続く景色を見た。




 彼らを乗せた護送車が向かっているアルトルズ監獄要塞とは、帝都より北東に三十マイルほどの距離を進んだ山岳地帯の中に建てられた、周囲を底の見えない崖に囲まれている重犯罪者を収容する帝国最大の監獄である。地上七階、地下は少なくともニ十階建てのこの監獄は四層もの分厚い鋼鉄の壁と有刺鉄線で囲まれ、もしそれらを抜けられたとしても崖を渡るには向こう側から跳ね橋を降ろすしかない。極めつけとして監獄を囲む周囲の高台には軍の重砲部隊が常駐しており、飛行船などを使って外部から救出を試みる囚人の仲間を砲撃したり、もし監獄で暴動が発生した時は監獄もろとも犯罪者をすべて吹き飛ばすことになっているという、まさに犯罪者にとっては悪夢のような監獄である。そして、この監獄が要塞と名付けられているのには、もう一つ由来があった。




「“征服戦争”、その最後の舞台になった場所、か」




 “征服戦争”、それは帝国歴一万年前後に当時大小三千もの部族が乱立していたミッドガルド地方を広大なモルダ河が水の代わりに血と贓物が流れると称されるほどに戦いと殺戮を繰り返して統一、後に殺戮王とも魔王とも称されることになるミッドガルド王国初代大王“大帝”デモンが、五十万を超す大群を率いて当時はまだ王国と呼ばれていた帝国に侵入したことに端を発する戦争である。この戦争で現在の東方平原は瞬く間に征服され、一時は王都近郊まで侵攻された王国であったが、王都を守る騎士団や王国軍に加え当時はまだ奴隷の身分になかった獣人達と市民からの義勇兵、友好国であったエルフヘイムからの援軍により何とかデモンの軍勢を押し返し、僅かに得た時間を使って帝都近郊にあったアルトルズ城を要塞化、最終防衛線として再び押し寄せてきた軍勢と対峙し、最終的にはデモンを軍勢もろとも滅ぼすことに成功した。この功績によりアルトルズ要塞は“王国最後の砦”とまで呼ばれるようになったが、東方平原を取り戻し、デモンを失って混乱するミッドガルド王国を従属させてからは存在意義が低下し、さらに国力を高めるミッドガルドに対抗するため東方平原の東端にガストレイル要塞を築いてからは一万年以上無人で放置されており、一時は盗賊の根城にまでなっていたが帝国歴二万五千年、犯罪の増加を憂いていた当時の宰相の進言により大改装が施され、犯罪者たちが最も恐れる堅牢な監獄として生まれ変わった。



「あそこに入れられた囚人は死ぬまで・・・・・・いや、死んでも出られねえって話だ」

「しかも地上にある監獄はまだましだが、地下の監獄となると死んだほうがましな環境らしい。なんでも最下層に入れられた囚人は、食べ物を与えられずさらに死ぬことも許されず永遠に苦しめられるって話だ」

「おいおい、そんなところ考えただけでぞっとするぜ。ま、俺たちはせいぜい地上の牢獄だが、テメエは別だろうな、イワン」

「馬車を襲撃するだけじゃなく、井戸に毒まで投げ込んだんだ。さぞ地下深くに入れられるだろうぜ」



(せいぜい今のうちにほざいてやがれ)



 他の囚人の軽口に怯えるふりをしながら、イワンは心の中で舌を出した。実は帝国軍の特別犯罪捜査部隊に捕らえられ今回の事件の黒幕を吐くように尋問を受けていた彼は、僅かな休憩時間中に入ってきた顔を覆い隠すフードを被った怪しげな男から、自分は彼を雇った貴族の協力者であり、貴族の名前を忘れる薬を飲むのであれば監獄に入るのは避けられないが、監獄の中で楽に暮らせるように取り計らってやると言われたのだ。そしてこの取引にイワンはすぐに食いついた。何せ彼にとっては貴族の名を出して自分の身が危険になることを怯えるより、監獄という狭い場所で有意義に暮らしたほうがずっとましだったからだ。もっとも、男に渡された記憶を消し去るという薬は飲んだふりをしてこっそり吐き出したが。




(ま、今回の件でずっと脅すことができるだろうよ)



 そんなバラ色の未来を夢想する彼は、だがすぐに思い知ることになる。夢は結局夢でしかないという事を。  





「・・・・・・そういえばイワン」

「な、なんだよっ」




 それからしばらくたった時の事である。



 他の囚人のこちらを脅す声に怯えた“ふり”をしていたイワンは、不意に隣に座る元兵士の男が声をかけてきたことに、びくりと体を震わせた。どうも彼は苦手だった。なにせ大金を支払うとどんなに言っても、こちらの誘いに中々首を縦に振らなかったからだ。仲間に引き入れることができたのは、金を払う事の他に貧民街で彼と親しい子供の名を出したからであった。それほどまでにこの男の実力をイワンは買っていたのである。



「井戸に仕込んだ毒をお前はいったいどこで手に入れた? “特捜”の尋問でも聞かれたのだが、大貴族でもなかなか手に入れることのできない毒だったようだが・・・・・・確か、お前が雇い主とやらに売り込んだんだったな」

「何だそんな事かよ。いいか、あの毒は俺が二か月前、仕事がうまくいかなかった腹いせに帝都の裏路地にあるツケが効く場末の酒場で酒を呷っていた・・・・・・と、き」

「どうした?」

「いや、なんだか記憶が・・・・・・待て、俺はあの時、いったい“誰”から毒をもらった? やけ酒をかっ喰らっていた時、目の前に誰か、少女だったか少年だったか酒場に似つかわしくない小さな影が現れて、そいつから・・・・・・いや、そもそも俺はいったいどこで酒を飲んでいた?」

「お前、先ほど自分で帝都にある場末の酒場だといったではないか」

「は? 何言ってやがる。俺が帝都に出入りできるようになったのは貴族様に雇われてからだぜ? その前まで通行許可証なんか持ってなかったんだからよ・・・・・・なんだよ」

「・・・・・・いや、なんでもない。どうやら、俺風情には想像もつかないほど良からぬ何かが動いているようだな」



 最後にそう呟くと、男はこちらを胡散臭げに眺めるイワンのことなど気にも留めずに、静かに目を閉じた。







「・・・・・・お、おい」

「・・・・・・・・・・・・ん? 何だよいったい」




 夜間の移動という事もあり、馬車に乗っている囚人のほとんどが深い眠りについていた時である。




 これから行くアルトルズ監獄要塞での生活に怯えて眠ることができなかった囚人が、ふと何かに気付いたかのように隣で眠りこけている男に声をかけた。だがよほど深い眠りについているのだろう、何度か声をかけ、それでも起きないため枷のはめられた手で肩を揺すり、男は何とか目を覚ました。




「い、いや、なんだかおかしくないか?」

「はぁ? おかしいって何がだよ」

「おいおい、どうしたってんだ? 人が眠っているときによ」

「そうだぜ、これから“地獄”が待ってるんだ。少しぐらい寝かせてくれよ」

「いや悪い悪い、こいつがうるさくてよ。で?何がおかしいってんだ?」

「い、いや、なんだかさっきから、馬車が止まってねえか?」



 話す声がうるさかったのか、眠りについた囚人が一人、また一人と目を覚まして騒ぎだした。



「馬車が止まってるだ? あのな、御者だって休憩したり眠ることだってあるだろうが。どこがおかしいんだよ、そんなことで起こすんじゃねえよ。ったく」

「・・・・・・いや、確かにおかしい」


 最後に目を覚ましたイワンが騒ぎの発端となった男の言葉にやれやれと頭を振った時、隣にいる元兵士の男が目を開けて立ち上がった。男の事は他の囚人たちも一目置いているのか、彼らは皆騒ぐのをやめて男を不安げに眺めた。


「何だよお前まで、何がおかしいってんだよっ!!」

「・・・・・・俺は以前南方平原から帝都を経由してアルトルズ監獄まで囚人を運ぶ馬車の護衛についていたことがあるんだが、御者が休憩に入るときは必ず馬車の中に護衛の兵士が二人入り、囚人が逃げ出さないように見張っていた。だいたい、今回の移送はおかしなことばかりだ。夜間に囚人を移送するのは珍しいことではないが、そもそも大雨の時に移送はしない。雨音で足音がかき消されるからな。それに護衛が誰もついていないというのもおかしい。途中で合流するかと思ったがそれもない。それから」

「それから? それからなんだよっ!!」


 男の言葉に、囚人の一人がもはや悲鳴に近い声で叫んだ。


「・・・・・・帝都からアルトルズ監獄がある山脈地帯まではなだらかな街道が続くはずだ。間違っても、こんな“崩れ落ちそうなつり橋”は道順にはないっ!!」





「くそったれがっ!!」



 男の説明を聞いた囚人たちが、馬車の中からでようと馬車後部にある扉に体当たりする。だが頑丈な鉄製の扉は囚人たちが数名がかりで体当たりしても、びくともしなかった。



「おい御者、どういうことだよ、おいっ!!」


 扉を開けようと四苦八苦している囚人とは別に、イワンと元兵士の男は鉄格子のはめられた窓からわずかに見える御者に声をかけた。暗闇で明確には見えないが、御者席には確かにゆらゆらとゆれる誰かが座っている。そのことに安堵しながら、イワンが再び口を開いた時、




「・・・・・・まて、そいつ、本当に御者なのか?」

「あ? どういうことだよ、こいつが御者以外のなんだと・・・・・・おわっ!?」



 元兵士の男がかけた言葉に、苛立ちながら彼のほうを向くと、視界の隅で御者と思っていた“物”がふらふらと揺れながら御者席から転落し、底の見えない崖へと落ちていった。それが完全に見えなくなる寸前、なぜかイワンの目には見えてしまったのだ。それが生物ではなく、人ほどの大きさがある巨大な藁の人形で、顔に当たる部分には何か文字がかかれていたことに。









「なんだよあれ・・・・・・なんなんだよあれっ!!」

「どうやら、御者は人でも獣人でも、他の生き物でもなかったようだな。ということは、これを企てた奴の狙いは何だ、この古ぼけたつり橋の上に連れてくることか? だがなぜ・・・・・・まさかっ!?」



 訳が分からないといった様子で叫ぶイワンの横で考え込んでいた男が何かに気付いたかのようにはっと顔を上げたが、その動きはあまりに遅すぎた。彼の声にかぶさるように雷鳴が轟き、巨大な稲妻が轟音と共に彼らの乗る馬車と、そして馬車の立っている古ぼけたつり橋に突き刺さった。燃え落ちるつり橋と共に、所々焼け焦げた馬車は、感電死した囚人たちを乗せたまま、底の見えない崖の下へと真っ逆さまに落下していった。












「・・・・・・南無」




 馬車が谷底に落下していくのを闇に包まれた山の上で眺めると、ムメイは両手を合わせ、覆面の下で静かに瞑目した。





「これで情報が洩れる心配はない、か」

「お頭」

「お前達か」




 覆面の下で言葉を紡いでいると、不意に背後の空気が揺れ音もなく数名の男達が現れた。皆ムメイ同様覆面を被っており顔は分からない。だが、彼に驚いた様子は全くなかった。

 


「“いち”よ、ご苦労だったな」

「いえ、この程度造作もないことです」

「そうか。では続いて報告を聞こう、“”および“さん”、報告せよ」



 男達の戦闘、大きく“壱”と書かれた覆面を被っている男にねぎらいの言葉をかけると、ムメイは他の男達を見渡した。


 

「“革命団”を追い詰めることに成功しました。エルフヘイムに本拠地を置く精霊議会に属するオークの村を襲撃、住民を皆殺しにしたことで彼らは精霊議会の議長でありエルフヘイム女王エルフェリアの怒りを買い、先の精霊議会で満場一致でテロリストに指名されました。これにより帝国やエルフヘイムで、彼らは基盤を急速に失いつつあります。このままいけば狙い通り彼らは三万年祭で乾坤一擲の賭けに出ざるを得ないでしょう」

「“黒き戦斧”は、現在南方平原の高原地帯にあるアジトに身をひそめています。今回グレイプリーの殺害に失敗したことで、彼らは後がなくなりました。こちらの命令に無条件で従うでしょう」

「全てこちらの目論見通りというわけか。よろしい、そのまま任務を続行せよ。“よん”、貴様は北方平原の新興貴族達に接触、彼らの劣等感を刺激し反乱の種を蒔け。“”、貴様はアスタリウス教にひそかに潜り込み、大司教の一人と接触、向こうの命令に従え」

「御意、して、お頭はこの後どうなさいます?」

「我は“ろく”および“なな”と共にミッドガルドに赴く。“はち”はそのままオーダインの側に潜み、軍の情報を抜き出せ。“きゅう”、貴様はその間我の代わりに“若”に仕えよ」

「はっ」

「うむ、全ては我らが“主”のために」



 その時、ふと湿り気を帯びた風が、彼らがいる山の上を撫ぜた。その風が通り過ぎた時、十人の覆面をした男は、音もなく掻き消えていた。



















「・・・・・・ようやく諦めましたか」



 集落を襲撃した男達が谷底に墜ちたのとほぼ同じころ、帝立大学近郊にある迷いの森、その少なくとも五十マイルは地下にある巨大な空洞の中で、以前アベルにクァートと名乗った男は上を見上げて呟いた。数日前から今まで、アベルの話を聞いて不審に思ったココノ・スプリングスがこの迷いの森を調査していたのだ。目も耳も鼻も利く九尾族ならば、たとえ地下深くにいるといっても何か大きな音を発てばたちどころに自分の事を嗅ぎつける。だがさすがに一週間も調査を続けて何も出なければ諦めるだろうし、大学からの許可も出ないだろう。地上にいるココノの気配が遠ざかっているのを感じ取ったクァートは、かけている眼鏡奥で目を細めた。

 


「さて・・・・・・お前達、そろそろ出てきてもいいですよ」



 男の呼びかけに、洞窟の奥で何かが動く気配がした。それも一つや二つではない。何十、何百、何千、いや、何万もの動く気配がする。その気配の主を心地よさそうに眺めると、クァートは指をパチンと鳴らした。洞窟の壁にかかった松明にひとりでに炎が灯り、周囲を明るく照らし出す。



 その照らし出された洞窟の中にいたのは蜘蛛だった。それこそ何万もの蜘蛛が、この広大な洞窟に潜んでいる。しかもそれらは異様なほどの大きさをしていた。数日前、アベルを迷いの森で追い回し“一度殺した”蜘蛛たちも犬ほどの大きさであったが、ここにいる蜘蛛たちは比較にならないほど大きい。一番小さな蜘蛛でも牛ほど、大きい蜘蛛だと家ほどの大きさだが、それでもそれが最大のサイズではなかった。



「ああ、やっと来ましたね」


 騒ぐ巨大な蜘蛛たちを眺めていたクァートだったが、背後から流れてくる風にゆっくりと振り向くと光悦な笑みを浮かべた。奥の一際巨大な空洞から、何かがこちらに向かってやってくる。






 最初に姿を見せたのは、意外にも蜘蛛ではなかった。南部三ヶ国の一国“ヨトゥンヘイム”にて、有翼族と国を二分して争っている巨人族である。目が虚ろなのは、相手を意のままに操る特殊な神経毒を持つ蜘蛛が首筋にかみつき操っているためだ。虚ろな目をした巨人が四体、そして彼らが担いでいる巨大な玉座と、その上に座する一際異様な姿の蜘蛛が現れる。大きさは少なくとも五十メイル以上、身体だけでなく太い木の幹ほどの厚さを持つ巨大な足に至るまで無数の卵を張りつかせている。腹部からは三つの巨大な蜘蛛の顔を生やし、中央の顔からは美しい裸体の女が突き出ていた。



「ああ、アトラナート、アトラナート!! “黒き黄昏の書”に予言されし終焉の災厄の一つ、黒き世界を蹂躙する“四の王”の一柱、我が愛しき“深淵の女王”よ!! あと少しだけお待ちください、愚者共の絶望と憎悪から流れた血により終焉を告げる“鐘”は磨かれ始めました。この狭苦しい場所から解放されるのもそう遠くはないでしょう。その時は、ああ、その時はアトラナート、我が女王よ。どうか」



 口から流れ出る涎を気にもせず、すでに両目に狂った光を宿した男は、とろけた顔で蜘蛛の頭から突き出た女の裸体を眺めた。


「その時は、下賤なる私の愛に、どうかお応えください」



 その哀願にも似た言葉に蜘蛛は、全ての蜘蛛の母であり、“深淵の女王”の異名を持つアトラナートは何も答えず、ただ黙って男を見下ろしていた。








続く 

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