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四界戦記  作者: 活字狂い
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第一部 黒界 帝都動乱篇  第一話 帝都の零騎士 序幕



落ちていく

































落ちていく












落ちていく












落ちて、いく








 光も闇もない真っ白な空間の中を、少年は一人、真っ逆さまに落ちていく。


いや、正確には一人ではない。彼を抱きしめている目には見えない二つの手と、周囲に漂いながら共に落ちていく三つの光る球体がある。だがそれ以外に彼に寄り添うものはない。少年は、たった一人で空間を落ちていく。



「ふむ、“また”来たか」



 不意に、男か女か判断がつかない声がしたかと思うと、落下する少年の身体ががくんと止まった。それと同時に何もない空間に光が灯され、少年の身体が見えた。





 ひどい有様であった。身体のほとんどは酷い火傷とケロイドに覆われ、片腕は肘から先がなく、右肩から左わき腹にかけて酷い裂傷と、胸に鋭い刃で刺し貫かれたような傷がある。そしてその目は片方がケロイドで潰され、もう片方は鋭い刃のようなもので貫かれ、完全に失明していた。





 はっきり言って、生きているのが不思議なぐらいの傷である。





「なんとも酷い状態ではないか。自らの唯一愛した存在を失い、文字通りその身を焼き尽くす絶望を味わい、世界の全てに裏切られ、ここまで堕とされた。だが」





 一端言葉を切ると、“それ”は少年に視線を向けた。餓死する寸前の子供を慈しむような、あるいは死んでいく瀕死の虫を哀れむような、どこまでも相手を見下しきった視線を。




「だが、まだお前は生きている。そして生きているならば、お前は生きねばならないということだ・・・・・・私を楽しませるために」






 そして、“それ”はそっと、少年に手を伸ばした。






バチッッ






「むっ!?」



 だが少年に伸ばした手は、鋭い電流の様な痛みに襲われた。それでも顔色一つ変えずに少年から放した手を見ると、激しい炎で焼き尽くされたかのように酷く焼け爛れていた。




「ほう、その身に百の次元を取り込み、我に匹敵する力を手に入れたか・・・・・・いいだろう、認めてやる。そなたが単なる玩具などではなく、“終焉”をもたらすにふさわしいものだということを。だが」





 焼け爛れた手を見てむしろ嬉しそうに顔をほころばせると、“それ”は少年に顔を近づけ、ふっと息を吹きかけた。




「だがその身体では落ちた先の世界でも生活はしにくかろう。ゆえにここで人としての肉体と記憶を捨てるがよい。その代償として強大すぎる力を封じ、新しい肉体と新しい名をそなたに与えよう。美しきそなたにふさわしい身体と、全てを失い、裏切られて堕とされたそなたにふさわしい名を」



 “それ”の息がかかると、傷ついた少年の身体が光に覆われる。その光に包まれながら、少年は再び、ゆっくりと落下していった。



「さあ行くが良い。三万年の間、凍てついた時の中で惰眠を貪っていた黒き楽園がそなたを待っている。変えるが良い。好きなように。そして全てが終わった先にある終焉のその果てで、再び合間見えよう。   よ」



 最後に呟いた少年の新しい名前は、誰にも聞こえることなく何もない空間にこだましていく。だが、“それ”は満足そうに頷くと、次の瞬間、音もなく掻き消えた。

 















 七王国を従える帝国の皇帝にして帝都パンデモニウムの統治者、総勢一千万に及ぶ帝国軍を束ねる総帥にして北部アイゼンガルド山脈を含む四百を越す州を私有地として持つ大公爵であり、四界の一つであるここ黒界の支配者であるパールは、部下でありそれ以前に姉のような存在であり親友でもある“黙示録の四姉妹”と呼ばれる側近の一人である近衛騎士団団長にして、全ての騎士を束ねる総代騎士であるクリスティアから嘆きの大戦に関する話を聞いた後、窓から見える紫色に輝く笑う三日月を見た。





「はぁ・・・・・・すごい話だったなぁ」





 嘆きの大戦の話は、幼い皇帝にはまるで夢物語のような話だった。自分を裏切りそれでも愛している妻ベアトリーチェを救うため現界に乗り込んでいった叔父のセフィロト、強大な敵と戦い誇り高く散っていった将兵たち。そして撤退する仲間を守るため魔女と相打ちになり、永遠の眠りに突いた黒い大樹―そのどれもが美しい物語で、少女はわくわくしながら話を聞いていた。






「でも、私には無理だよね、皆を率いて戦争をするなんて」






 そう呟いた瞬間、高揚していた気分が急激にさめていく。ため息を吐きつつ、パールは自分の身体を見下ろした。硬い貝の中に寝台を拵え、その中でしか生活することが出来ない極端なまでの人見知り、対人恐怖症である少女にとって、二十億に届く民が住む七王国と、その中枢である三千万以上の氏民が住むここ帝都パンデモニウム、さらには点在する集落に六千万以上の民が暮らす中央平原の統治など出来るはずがなく、そもそも五十年前にここに連れてこられるまで、北方平原にそびえるアイゼンガルド山脈の山奥で祖父母と暮らしていた彼女にとって七王国に住む民を慰撫し、導くことなど夢のまた夢であった。そのため現在パンデモニウムの統治は貴族院・元老院、そして帝都近郊にある帝立大学の卒業生を中心とした、優秀な人材で組織された執政官の三つが取り仕切っており、帝都とその直轄地を囲む六ヶ国も、前皇帝であり叔父である“虐殺帝”レフィロスの圧政からいち早く回復した国から順に、帝国に頼らずそして服従もしないという、独自の“道”を歩み始めていた。





「別に私なんて要らないんじゃないのかな。どうせ、他に誰もいなかったから皇帝になっただけだし、こんなちんちくりんの身体だしさ」



 ぶつぶつと呟けば呟くほど気持ちは暗くなっていく。もう寝よ、そう小さく呟いて、巨大な貝の中にある小さなベッドに身を投げた時、








カッ!!







「な、何!?」



 巨大な音と共に、周囲をあまりにもまばゆい光が包み込み、少女は思わず目をぎゅっとつぶった。どこまでも強く、そしてどこまでも輝く光は、間違いなく黒鳥城の異名を持つこの城の、誰も見ることのできない頂に安置している世界を照らすクリスタルの輝きである。だがパールが知る限り、クリスタルがこれほど光り輝いたことはなかった。これならば、黒界全土や“門”でつながっている赤界・青界・緑界のみならず、隔たる“海”を越え、遠く現界と呼ばれる世界まで光は達しているだろう。永遠とも一瞬とも思える時間が過ぎ去った後パールが微かに目を開けると、すでに光は消え去っており、部屋の外の廊下から近衛兵や女官の声と、ばたばたと走り回る足音が聞こえてきた。





「何だったの・・・・・・かな」





 首を傾げつつ再びベッドに入る。そう遠くないうちにクリスティアが安否の確認をしにくるだろう。その時に大丈夫と答えてやれば自分の役目は終わる。先頭に立ち民の安否を確認する必要はない。どうせ誰も自分がそんなことをするのを望んではいないのだ。ちょっとふてくされつつ、ぼんやりと天井を見上げたときである。






 頭上の空間が、いきなり音もなく“裂けた”






「え・・・・・・きゃっ!?」





 呆然とするパールの上に、避けた空間から何かが落ちてくる。その物体の下敷きになり、少女がもがいている間に空間の裂け目は最初から何事もなかったかのように消え去り、後にはパールと、そして彼女を押しつぶしている何かだけが残った。



「も・・・・・・う、なん、なの・・・・・・あ」



 自分の上に載っているそれを押しのけようと、ぐいぐいと下から押していった少女は、不意に其の動きをやめ、呆然とその“相手”を見た。



 それは、あまりに美しい姿をしていた。初雪を思わせる透き通る真白な柔肌、涼しげに整えられた中性的な美しさをもつ顔、そして晴れ渡った夜空に浮かぶ星の輝きを凝縮したように光り輝く黒髪。そのどれもが美しく、身体に伸し掛かる重さも忘れて、幼い皇帝はぼんやりと自分の上に載っているその誰かを見た。




「・・・・・・女の子、だよね」




 小さく震える手を伸ばしすべすべとしたその頬に触れる。相手が男だとはパールにはまったく思えなかった。もし相手が男なら自分はこんなにも平然でいられるはずがない。どのような男であっても数メイル以内に近づかれると鳥肌が立ち、強い吐き気に襲われるためだ。



「ご無事ですか!? パール様!!」



 その時、廊下に続く鍵のかかった扉をどんどんと叩く音がし、同時に彼女の側近であるクリスティアの、こちらの安否を問う声が聞こえてきた。



「あ、クリスちゃん、うん、だいじょ・・・・・・きゃっ!?」



 クリスティアに、顔を上げて大丈夫と答えようとしたときである。無理に起き上がったのがいけなかったのか、相手の頭がかくんと垂れ、こちらに倒れてきた。頭が自分の首筋に、そして手は膨らみかけた自分の胸に微かに触れる。





「悲鳴!? 申し訳ありません、失礼いたします!!」



 主君の悲鳴を聞きつけ、クリスティアが鍵のかかった扉を蹴破って入ってくる。彼女の目に、押し倒されているパールと、彼女を押し倒しているどこの馬の骨とも分からない輩が映った。



「パール様!? 貴様っ!!」

「あ、大丈夫だよクリスちゃん、この子、女の子だから」

「女ですって? いえ、ちょっと待ってください。そいつ・・・・・・男ですよ?」

「え・・・・・・男の、こ?」



 姉同然の部下の言葉に、パールは呆然と自分を押し倒す、美少女にしか見えない少年を見た。とたんに頬が熱くなる。だが不思議と他の男に感じていた嫌悪感と吐き気は、彼にはまったく感じなかった。





「あ、あぅ」

「痴れ者が、陛下から離れろ!!」



 パールが真っ赤になって俯くと同時に、クリスティアが小走りでこちらに向かって駆け出し、少女を押し倒している不遜な輩を殴り飛ばす。まだ少年といってもいいその男は、彼女の一撃をまともに受けて反対側の壁まで飛んでいき、激突した。


「く、クリスちゃん?」

「お下がりをパール様。こやつ、まだ生きております」


 引き止めようとあわてて彼女の名を呼んだパールの前に立ち、クリスティアは崩れた壁の中、微かに痙攣している少年に、その背中に帯びている身の丈ほどもある巨大な剣を引き抜いた。




「我が拳の一撃を受けてまだ生きているか。いいだろう、ならば今度はこの剣で両断してくれるっ!!」

「だ、駄目だよクリスちゃん、お願い、待って」

「ぱ、パール様? お下がりください、危のうございます」


 小柄な自分の身体の二倍以上の長さもある大剣を振り上げ、今まさに少年に振り下ろそうとしている彼女を止めようと、パールは慌ててクリスティアの裾を掴んだ。自分から誰かに触れたという事実にパールが目を丸くし、クリスティアが退避を促したときである。



「・・・・・・・・・・・・う」



「なっ!?」

「あ・・・・・・」



 

 少女たちが見ている前で、瓦礫に埋もれていた少年がぴくりと動くと、そっとその目を開いた。






 どんな宝石でさえまったく敵うことのない、どこまでも深く澄んだ青い瞳を。







「なっ、ななななななっ!?」



 彼に見つめられた瞬間、クリスティアは自分の心臓が激しく鼓動するのを感じた。今まで感じたことのないその鼓動に、剛胆な彼女が後ずさりながら、それでも決して少年から目を離さず眺めているその横で、パールは身動き一つ出来ず、己の金色の瞳で少年の蒼い瞳と見詰め合っていた。




 この出会いが帝都だけでなく、黒界、そして四界全ての未来を決めることになるとはまったくしらず、このとき二人はただいつまでも












 いつまでも、見つめ合っていた。














続く




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